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魔法銃士ルーサー、戦略家に対応した戦いを展開する

 俺は下水道の中を音を殺して歩き、ミツール達の戦った痕跡を観察する。


「この血痕やネズミの体毛の散らばり方。

 全方位から同時襲撃を受けてるな。

 間違いなく統制の取れた動き、今ネズミの集団は一匹のブレインが動かしている。

 恐らくそれがラッグ……おっと」


 俺は素早く下水道内にあった柱の陰に身を潜めた。


 タッタッタッタッタ……


 一匹のオオネズミが隣を走り抜けて俺に気付かずに去っていく。

 完全に気配を殺した俺のすぐ30センチ傍をすれ違ったが気が付くことが無い。

 俺の潜伏能力は只の素人とは一線を画す程になっている。

 アサシンに教わったことが有るのだ。

 俺は過去、とあるアサシンの技術の教え合いをした事があった。


 ***


「銃の極意を教えてくれだと?」

「あぁ、頼む。

 特別な条件付きの依頼でな。

 どうしても指定された銃弾を使って離れた敵を仕込み銃で抹殺しなけりゃならないんだ。

 俺は投げナイフやクロスボウなら慣れてるが、銃なんてものは使った事が無い」


「只で教えてやる義理もねぇな」

「ならば俺の潜伏ハイディングの極意を対価に教えよう」


「俺は魔法銃士マジック・ガンナーとして頂点に居る男、俺の技もまたその頂点にある。

 高度過ぎて素人のお前には理解出来ない。他を当たれ」

「俺もまたアサシンのグランドマスターだ。

 あらゆる暗殺術を極めている。

 どんな高度な技や概念であろうと必ず消化してみせる。

 なんなら一言、二言での表現だけでいい。

 俺はそれを確実に消化し、それに対する礼として自分の極意を教えよう」


「素人は1に呼吸を整え、2に敵を狙い、3に照準を合わせ、4に引き金を引いて弾丸を発射する。

 俺の場合は、1に『命中した』が来る。

 そこに雑念や無用な動作は無い」

「……なるほど。

 あんたのその言葉には十数年にわたるのそこらのプロの指導に勝る深みがある。

 こんどはこちらの番だが、図らずも俺の潜伏ハイディングの極意も同じような内容を伝える事になるな。

 敵の視線の流れの影に隠れ、怯えず、祈らず、敵が通り過ぎる事を確信する。

 例え見つかれば包囲されて確実に死ぬ状況であろうとも、見つからない事が当然だと確信するのだ。

 そうすればそこには感覚を鈍らせる曇りは無い」


 ***


 極意の教え合い、それはただ一言ずつのやり取りだった。

 だがあのアサシンは任務を達成し、俺は魔法銃士マジック・ガンナーでありながら潜伏技術は人知を超えた領域に高めている。

 二匹、三匹、四匹……。

 俺は下水道を静かに進みながら何匹もの走り回るオオネズミ達を気付かれる事なく回避していく。

 老ネズミのラッグ。

 人間で例えるならば天才戦略家、天才軍略家。

 この手の相手に自分の姿を見せ、自分の存在を教え、自分の行動を見せれば絶対に勝つことは不可能だ。

 活路は一つ。

 自分の存在を悟らせず、相手の予想を上回る懐へと潜り込む。


「なんだ?

 さっきのオオネズミが出てきたのはこの崩れた壁だったな。

 下へと続く穴が開いているな」


 ***


 ミツールとフィリップとダイヤは不安な面持ちで寄り集まっていた。

 回復役ヒーラーのエリックと分断された。

 それは傷を負う毎に確実に死が近づく事を意味し、三人とも身を固くして寄り集まる。


 キキキィ――ッ!

 キキィ!

 キィィィ――!


 ドサドサドサッ


 広間の上から再び大量のオオネズミがなだれ落ち、ミツール達へと押し寄せた。

 ダイヤはレイピア、ミツールは両手剣、フィリップはエアカッターの魔法で応戦するも敵の攻勢に押されどんどんと下水道の奥へと追いやられる。

 エリック達からどんどん遠ざかっているのは三人とも認識しているが、どうする事も出来ない。


 ―――― シルフィルド下水道B2:ホール ―――――


 回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回

 回回回回回回回回回回鼠回鼠鼠鼠回回回回回回回回回回回

 ___鼠__鼠_鼠鼠__ダフ_鼠鼠_鼠__鼠__鼠_

 _鼠__鼠_鼠鼠鼠鼠__ミ__鼠_鼠__鼠_____

 炎炎炎鼠炎鼠炎鼠炎鼠炎炎炎炎鼠炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎

 炎炎鼠炎炎炎鼠鼠炎鼠鼠鼠茶炎鼠炎鼠炎鼠炎炎炎炎炎炎炎

 ___鼠_____鼠鼠_鼠_____________

 __________________________

 回回回回回回回回回回回____回回回回回回回回回回回

 回回回回回回回回回回回____回回回回回回回回回回回

 回回回回回回回回回回回____回回回回回回回回回回回

 回回回回回回回回回回回____回回回回回回回回回回回

 回回回回回回回回回回回____回回回回回回回回回回回

 回回回回回回回回回回回____回回回回回回回回回回回

 回回回回回回回回回回回_音__回回回回回回回回回回回


 回:下水道の壁

 炎:浅い下水の汚い水

 鼠:ミツール達を取り囲み、床、壁、天井の梁、下水の水、至るところから寄り集まったオオネズミ。

   エリックとサーキを追い詰めていた部隊も左側から戻って来たと思われる大群である。

 ミ:手足に傷を負いながらも両手剣を構えるミツール。

   もう体力の限界に達し、疲労と恐怖でカタカタ震えている。

 ダ:レイピアがついに折れてから戦意喪失し、泣き崩れるダイヤ

 フ:ダイヤをなだめるフィリップ

 茶:ミツールを追い詰め、真正面から堂々と不気味な瞳で見つめる老ネズミのラッグ

 音:下水道B3に向かう階段から何か音がしているが気付く者は居ない。


 ―――――――――――――――――――――――――


「いやよ、こんなの……。

 私まだ死にたくないっ!

 死にたくないよぉ……ヒッ……ヒッ……」

「大丈夫、大丈夫だからね。

 絶対なんとかなるから。

 ぜぇ――ったい大丈夫だから。ね?」


 全身傷だらけのダイヤを抱き寄せて、フィリップは周囲に押し寄せるオオネズミの姿を見せない様に体で隠していた。

 そういうフィリップもラッグの顔を見て内心凍り付く。

 もしもフィリップがマジシャンではなくウィザードであったなら、風神の魔法で周囲のオオネズミを一掃出来たかもしれない。

 だがそれが出来ない事はこの茶色く白髪のあるオオネズミには確実に見透かされている。

 フィリップはラッグの不気味で感情の読めない黒い瞳を見て、それは何故か確信出来た。

 今や只の無力なおっさんと化したフィリップに出来るのは、虚言で娘と変わらない年頃のダイヤを勇気付けるだけ。

 それが精一杯である。

 自分の身が震えるのを隠すので精一杯である。


 ミツールは昨日からもやっとした悪寒は感じてはいた。

 それは詰みの20手前。

 先の読めないミツールにとっては気のせいみたいなものであった。


 今日一回目のラッグの罠、藁の絨毯で襲われた時は少し体が震えたが気のせいだと自分に言い聞かせた。

 それは詰みの10手前。

 まだ明るい未来があると信じていた。


 エリック達から分断された時、ミツールは内心心底震えた。

 それは詰みの5手前、流石に怖くなってきた。

 ダイヤが天井を指さした時、その先に居たラッグの目を見て心臓が凍った。

 だがそんなはずはないと自分に言い聞かせた。


 今、詰みの1手前。

 さすがに馬鹿なミツールも局面が読めた。

 今までの悪寒は、ラッグがこの状況をはるか昔から読み切っていたせいだとまでは頭が回らない。

 だが目の前に顔をそろえて不気味にうごめくオオネズミ達の親玉、こいつには知恵では絶対に勝てないと本能で分かった。

 永らく忘れていたか弱い子供の頃の感覚が蘇り、涙が浮かび、恐怖で失神しそうになりながら覚悟を決める。


「ダイヤ……お前のスマホ、奪っちゃったりしてごめんな。

 すまなかった。

 謝るよ」

「……ヒッ……ヒッ。

 何言ってんのよこの馬鹿ぁっ!

 今更そんな事言ったってしょうがないでしょ!?

 このゴミクズ!」


 ネズミに生きながらかじられる拷問の話を聞いたことが有る。

 とても痛いんだろう。

 とても怖くて絶望的で、想像を絶する苦しみなんだろう。

 終わりを覚悟し、目に涙を貯めながらミツールはラッグに叫んだ。


「おいそこの白髪のネズミ。お前だよお前。

 お前ブッサクなつらしてるなぁ」

「キキ?」


「はぁ? 何言ってるか分かんねぇんだよ」

「キキキ」


「は?」


 ミツールはラッグを挑発した。

 何故か言葉が通じていると感じた。

 さっきから自分の脚がカタカタ震えているのは分かっている。

 怖い。

 だが、自分が巻き込んだこのパーティーで自分より先にダイヤやフィリップが泣き叫びながら、生きたままむさぼり食われるのを見るのだけは嫌だった。

 今のミツールに出来るのは、今まで付き合ってくれた二人へほんの数十秒、自分より長く生きる猶予を与える事だけ。

 自分を犠牲にしてほんの数十秒の時間を恩返しするだけ。

 それがミツールの精一杯。


 ジョロジョロジョロジョロ……


 遠くから何かが垂れる音が近づいていた。

 下水道のB3へと続く通路、小さかった音は段々とミツールを取り囲むオオネズミ達のほうへと近づき、最初は一匹、そして次々と振り返りその存在に気付く。

 近づいていたのはルーサー、左手に水瓶のような物を抱え、チョロチョロと地面に垂らしながら、右手を背中に隠して歩み寄る。


 キキキィ!


 ラッグの一喝でオオネズミ達が道を開け、ラッグにルーサーの姿を見せた。


そいつ(・・・)を目からこぼしたら、俺がおまえをぶん殴るぞミツール!

 お前は勇者だろ!」

「ルーサー……さん」


 俺はミツールの正面に佇みながら、振り返って俺を見つめるラッグを見た。

 下水道管理人に聞いた通りの顔。

 ラッグは生まれつき白髪が有ったそうだ。


「お前がラッグだな?

 ほほぅ。

 さすがに似ているもんだなぁ」


 俺は背中に隠していた右手を前に出した。

 その拳には尻尾が掴まれ、両手、両足を縛られ、ラッグと同じ位置に白髪を持った30センチほどの子ネズミの姿が有った。


「キ、キキィィッ!」

「ピ――ッ! ピ――ッ!」


「ラッグ。

 お前人間の言葉が分かるんだって?

 今お前が相手にしているのは人間様だ。

 動物の中で最も賢く、最も狡猾で、最も卑怯な動物の中の王。

 火の扱いに関してもお前なんぞとは歴史が違う。

 巣の近くの倉庫に一杯水瓶に入れて油を貯め込んでいたよなぁお前。

 お前の巣を油でビシャビシャに洗ってやったぜ」

「キキキィ――ッ!」


 ラッグは俺の意図を察し、俺がここまで垂らしてきた液体の意味を察し、焦り始めた。


「人間様の卑怯な罠、仕掛けも隠さず丸出しの罠をお前は避けれるかな?」


 俺は右手で掴んでいた子ネズミを背後の液体の筋の一か所に投げ捨てた。

 子ネズミは手足を縛られ、自分で動けない。


「キィ――ッ! キキキィ――ッ!」

「ピ―ッ! ピ―ッ!」


 俺はデス・オーメンをホルスターから抜き、地面に垂らした油を撃った。


 ドゴォ――ン!

 シュバッ、ボワワワワワワ――


 油に火が着き、凄まじい速度でオオネズミ達の巣へ向かって炎が走る。


「キィィ!」

「ピ――ッ!」

「オオネズミの友釣りだ」


 パァ――ン


 ラッグが炎に飛び込んで子ネズミを咥え、逃げようとしたが俺は素早く走るラッグの太ももを撃ち抜く。

 敵が来る位置が分かっていれば、どれだけ小さく素早い物でも当てる事は容易い。


 キキィ!

 キィィィ!


 オオネズミの大群たちも自分の子ネズミを案じて一斉に炎の渦巻くB3Fへ向けて突っ込んでいく。

 ミツール達の周囲を囲んでいたオオネズミ達は一斉に姿を消した。


戦術タクティクスの基本、レッスン(ワン)だミツール。

 最前線の敵集団を追い返したければ、本陣を襲え」

「ルーサーさんっ!

 ラッグが、ラッグが障害物の隙間に紛れて走り去って行きます!

 あいつを狩らないとこの先何人も殺される!

 あいつは悪魔、畜生のくせに超頭良くて……」


「ミツール。

 オオネズミ共にお前の特技を一度でも見せたか?」

「いいえ」


「ラッグは頭がいい。

 俺の武器を知った今、二度と射程内で俺の前に姿は現さないだろう。

 奴を追えミツール、ラストヒットはお前の物だ」

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