魔法銃士ルーサー、老ネズミのラッグについて聞き出す
ミツール達は尚も慎重に下水道内を攻略し、B1のクリアリングを大方終えてB2へ潜っていた。
B2は長い間人の整備が入らなかったせいか、あちこちに木切れや板、岩が積み上がっている。
「なんかゴミゴミしてますねぇ」
「汚いなぁ」
「うーむ、視界があちこちで遮られて私の魔法を遠くに飛ばしにくい状況ですね」
「なんか臭いよね」
「そりゃここに入ってずっとだろ」
しばらく歩くと前と左へ枝分かれしたT字路に差し掛かった。
前方30メートル程前は下水が泉のように溜まった大きな空間になっており、不自然なほどに流木やゴミや木箱が詰め込まれてジャングルの様になっている。
左は長いまっすぐな道である。
ミツールはエリックに尋ねた。
「エリック、地図ではどうなってる?」
エリックは地図を開いて眺める。
――― シルフィルド下水道B2全体マップ ――――
回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回
回回回回回回回回回回回回回回回回広広広回回回回回回
回回______________広広広_____回
回回_回回回回回_回回回回回回回広広広回回_回_回
回回_回回回回回_回回回回回回回回回回回回_回_回
回回_回回回回回_回林林林回回回回回回回回_回_回
回回________林林林_________回_回
回回_回回回回回回回林林林回回回回_回回回___回
回回_回回回回回回回回_回回回回回_回回回_回_回
回回_________★回回回回___回回_回_回
回回回回回回回回回回回_回回回回_凹_回回_回_回
回回回回回回回回回回回_回回回回回回回回回___回
回回回回回回回回回回回凸回回回回回回回回回凹回回回
回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回
回:壁
凸:B1へ向かう登り階段
凹:B3へ向かう下り階段
★:現在位置
林:不自然に瓦礫のつまった広い空間
広:地図にはB1まで貫く天井の高い大きなホールになっていると記載されている
―――――――――――――――――――――――――
「B3に行くならまっすぐ行って右ですね」
「……左から行こうか。
掃除するなら隅っこからしたいしな」
「ちまちまやってんじゃねぇよ!
ど真ん中突っ込もうぜ!」
「あっ、サーキちゃんちょっと待ってください。
単独行動は危険ですよ!」
サーキはズンズンと前へ進み、パーティーメンバーもつられて後を追う。
だが広い空間に近づくと、ごちゃごちゃと詰め込まれた流木や木のゴミの各所でオオネズミがうごめいているのが見えた。
恐らく数十匹が潜伏し、一部はこちらに威嚇をしている。
「サーキ……さん。
やっぱまっすぐはやばいって。足場だって悪い上にまるで藪の中みたいに流木が貯め込まれてまともに動きにくい。
いっそフィリップさん、ファイヤボールで丸焼きにしちゃってよ」
「多分無理ですね。
広間全体が湿ってる上にB1から滴り落ちる水が全体を濡らしてるから燃えないでしょう」
エリックが一歩踏み出すと、途端に広場のこちら側に潜む数匹のオオネズミが威嚇を始めた。
気おされてエリックは一歩引く。
「絶対にここは通さないぞっていう執念みたいなものを感じますねぇ」
横から腕組みして地図を覗いていたダイヤが言った。
「B2のどの位置にも襲撃をかけられる要所みたいに見えるわね。
まるで軍師に命令されて死守しているみたい」
「……またまたぁ――。
ダイヤさん、変な冗談言わないで下さいよ。
それじゃまるでオオネズミが人間並みに賢いみたいじゃないですかぁ――」
「人間が城や砦を作るみたいに、流木を集めてオオネズミ達用の砦を築いてるんじゃ。
なぁ――んて」
「ははは……」
「畜生なんかにビビってんじゃねぇよ、オメェ」
「べ、別にビビってなんかいないわよっ!」
「取りあえずどうせ下水道全体を駆除して回るんだ。
左からいくぞ。
パーティーリーダーの決断だから従ってくれよな」
ミツール達は左側の通路へと進み始めた。
まっすぐの通路を進んでいる間は不気味なほど静かでオオネズミの襲撃が無い。
「襲って来ないな」
「気を抜いてはいけませんよミツールさん。
皆さんも。
私は何度もこういう気の抜けた状況から突然の不意打ちを受けて大混乱ってのを経験してますからね。
大気に宿る火の精霊よ、我が……」
オオネズミ達の襲撃が一切ないままミツール達は一番奥まで進み、右へと曲がっておかしな光景に驚き、一時足を止めた。
―――――― シルフィルド下水道B2 ―――――――
回回回回回__炎炎炎__回回回回回回回回回回回回回回
回回回回回__炎炎炎_____礫__________
回回回回回__炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎
回回回回回__枯炎炎炎炎礫炎炎炎鼠炎炎炎炎炎炎炎炎炎
回回回回回__枯枯枯__礫鼠______礫_鼠___
回回回回回_礫枯枯枯__回回回回回回回回回回回回回回
回回回回回藁藁藁藁藁藁藁回回回回回回回回回回回回回回
回回回回回藁藁藁藁藁藁藁回回回回回回回回回回回回回回
回回回回回藁藁藁死藁藁藁回回回回回回回回回回回回回回
回回回回回藁藁藁藁藁藁藁回回回回回回回回回回回回回回
回回回回回藁藁藁藁藁藁藁回回回回回回回回回回回回回回
回回回回回__枯枯枯礫_回回回回回回回回回回回回回回
回回回回回ミ_枯枯枯__礫_______礫鼠鼠鼠_鼠
回回回回回__エ枯枯枯炎炎炎炎炎炎炎礫炎炎炎炎礫炎炎
回回回回回フ_枯枯炎炎炎炎炎炎礫炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎
回回回回回__ダ_サ__________礫_____
回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回
回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回
回:下水道の壁
炎:一段深い水路を流れる汚水
枯:下水の汚水が枯れて地面の露出した箇所
礫:大きな木箱や、立てかけられた流木、積み上げられた岩などの瓦礫
藁:何故かモコモコの絨毯のように敷き詰められた藁
死:ライトプレートを装備した冒険者の死体
鼠:音を殺して忍び寄るオオネズミ達。ミツール達は誰も気が付いていない。
――――――――――――――――――――――――――
「なんだこの藁の絨毯は?」
「あっ、あそこに人が倒れています!
行ってみましょう!」
「死んでるの!?」
「皆さん、慎重にっ、慎重に!」
エリックが藁の絨毯の上を歩いて死体に近づき、しゃがみ込む。
他のメンバーも仕方なく後に続いて藁の絨毯の上を歩いて周囲を取り囲んだ。
エリックが向こうを向いていた死体のプレートヘルムの頭をこちらに返すと、中身はほぼ白骨化しかけた状態の死体である。
「ずいぶん前に死んだようです。手遅れですね」
「いてぇっ!」
ミツールが飛び上がり、片足で跳ねる。
「足の裏に棘がぶっ刺さった! これは……マキビシが仕込んであるぞ!」
「皆さん不用意に動かないで!」
フィリップが一喝し、自分の持っていたマジックロッドで恐る恐る周辺の藁を慎重にかき分ける。
そして露出した金属部品の端っこを見つけ、しゃがみ込んで足元にあった木切れを拾い、そこへ投げつけた。
ガチャーーン!
ギザギザの金属の歯が立ち上がって口を閉じる。
所謂トラバサミである。
「有り得ねーよ。
こんなの有り得ねーよ! ネズミだぜ!?
畜生こんな餌でおびき寄せやがって!」
ミツールは腹立ちまぎれに冒険者の死体のボディプレートを蹴った。
ボゴン!
死体の下で何かが炸裂し、一気に周囲に白い粉塵が充満する。
爆発性の熟したキノコが仕掛けられており、衝撃で破裂して胞子をばら撒いたのである。
「きゃぁっ!」
「ぐわっ、ゴホッ、ゴホッ」
「目を開けて居られない」
「マズいです! 皆構えてっ! 来ます! 絶対来ます! 今来ますよおぉっ!!」
キキキィ――ッ!
キキィ――ッ!
忍び寄っていたオオネズミ達が一斉にミツール達に押し寄せ、飛び掛かる。
「皆その場から動かずに戦うんだぁ!」
「無茶よそんなっ!」
「ゴホッ、ゴホッ」
ミツールもダイヤもエリックもふら付きながらその場で武器を振るい、周囲を駆け回るオオネズミに攻撃を行う。
「いたっ、アイタタタタッ!」
フィリップは至近距離攻撃に対する抵抗力が無い上にせき込んだり噛まれたりで魔法を詠唱する余裕もない。
だがサーキは胞子の煙幕が少し収まると、木刀を振り上げて走り回り始めた。
「舐めてんじゃねーぞコラァッ!」
「サーキさんっ! 不用意に動き回っちゃ危険です!
さっきのトラバサミがまたどこかに隠れてて引っかかったら重症ですよ!?」
「んなもんにビビって喧嘩が出来るかぁっ!
ハッタリだそんなもん!」
サーキは一人、動き回って木刀でオオネズミを次々打ちのめし、蹴り飛ばし、ドロップキックを放って壁にオオネズミを踏みつけて潰し、首投げで壁に吹っ飛ばしたり、エルボーを食らわしたりと完全フリーダムなバトルを遂行する。
実際の所、喧嘩慣れをしているサーキが知性ではなく直感と蛮勇で行ったその行動は正解であった。
得体の知れないオオネズミが仕掛けたトラバサミは相手を嵌める事が出来ればラッキー程度。
あえて見つかりやすいように仕掛けた脅しであり、人間を委縮させて動きを封じるのが目的だったのである。
そして高密度に罠を張り巡らせば襲撃する下っ端オオネズミ達が引っ掛かってしまう為、人間の死体周り以外の藁の絨毯もまた只の脅しであった。
サーキの奮闘が功を奏し、何とかミツール達が攻勢に回り始め、しばらくの死闘の後にオオネズミ達を全て撃退した。
「危なかった……」
「助かったよサーキちゃん。
もう貴方今日のMVPですよ」
「エリックぅぅ、俺の足をヒールしてくれぇ」
遠くから様子を見ていた茶毛のオオネズミは無念そうに背を向け、一時退却していった。
***
俺は下水道管理人に若干脅しの混じった聞き取りを続けていた。
冒険者ギルドへの告発や、多くの冒険者を死に追いやった場合の罰則を言い聞かせると、ようやく下水道管理人は重い口を開いた。
「最初は町の若い衆をバイトで駆除に行かせたんです。
でも全滅。
次に衛兵5、6人と熊やイノシシを狩ってるハンター3人を向かわせてもう終わりだろうと思ったらまた全滅。
嘘だろうと思いながら冒険者ギルドから10人組のパーティーを派遣して貰い、私が案内しながら駆除しようとしたら、一人一人と巧妙に殺されていき、最後は一人逃げ帰ってしまいました。
それ以来怖くて入れなくなったんですが、オオネズミはどんどん増えていきます。
放っておけばいつかこの町をも襲って奪い取ってしまうのではないかと……」
「それで定期的に犠牲覚悟でオオネズミを減らす為に冒険者ギルドへ依頼を出してたのか。
危険性を隠して」
下水道管理人は当時を思い出してガタガタ震えている。
「それでもただのオオネズミ、数が多くたって限界があるだろう。
情けない話だ」
「貴方は実際に出会って無いから分からないんだ。
自分の知性を超越して、自分を殺せる力を持ったあのオオネズミに見つめられる恐怖が。
蛇に睨まれるカエルの気持ちが。
どう頑張っても抗えない恐怖が」
「あのオオネズミ?」
「老ネズミのラッグ。
かつて私が気まぐれにペットとして育てていたオオネズミ。
まるで人間の言葉や行動を全て理解しているような不気味さを感じて、恐ろしくなって下水道に捨てたんです。
ペットとして飼っていた情もあって殺せなかった。
それがまさかこんな事になるなんて」