魔法銃士ルーサー、投げやりなミツールを説得する
翌朝。
宿屋を出た俺はダイヤとナオミと一緒に下水道の入り口に向かって大通りを歩いていた。
勿論目的はようやく機嫌の直ったダイヤをミツールのパーティーに合流させる為である。
で、なんか巨大な目立つ街路樹の傍で寝袋で寝る三人組を見つけてしまった。
「ん?
あれ?
ひょっとしてミツールじゃねぇか?」
俺は近寄って確認しようとするとダイヤが俺のコートを後ろから引っ張って止める。
「ルーサーさん、放っときましょ。
関わっちゃ駄目ですよ」
「いやいや、間違いない」
俺は傍にしゃがみ込んで寝袋の上から肩をゆする。
「おい、ミツール……」
「ん……?」
「うわ、臭ぇ!」
「ルーサーさんじゃないですか。
何でこんな所……あっ、ダイヤてめぇ昨日はよくも勝手な真似を」
「ミツールが勝手に私のスマホを衛兵に渡しちゃうのがいけないんでしょ!?」
「まぁまぁ。
ミツール、まずその件について話そうや」
騒がしさでエリックとフィリップも目を覚ました。
「ルーサーさん、それにダイヤさん」
「お久しぶりです。ルーサーさん」
「おはよう。
いきなりだがまずはちょっと話し合いだ。
あっちの下水道入り口の階段付近に移動しようか」
***
下水道入り口はすり鉢状に広がる半月型の階段の一番下にある。
俺達はその周囲の階段を椅子代わりにして座り、話し合っていた。
ナオミは少し離れた場所の段差に座って遠巻きに様子を見ている。
「ミツール、お前ダイヤのスマホを本人の同意も無しに剥ぎ取って衛兵に渡したんだって?」
「ダイヤのってか、あれ元々僕のですよ?」
「そういう考え方が良くないんだよ。
お前は一度ダイヤにあげただろう?
その時点で所有権はダイヤに移ってるんだ。
スマホは既にダイヤの物なんだよ」
「所有権を渡すとは言ってないですよ!
同じパーティーなんだから持たせてあげただけ。
大体、僕がパーティーリーダーだから、パーティーの物の所有物の管理は僕がしますし、僕の勝手ですよ!」
「俺は覚えてるぞ。
俺が証人だ。
ダイヤが『チョ――可愛い! 欲しいぃぃ!』と言って、お前が『じゃぁ、あげよう! はい、プレゼント』と言って渡してた。
プレゼントしたんだ。
持たせてあげてるだけってのは通用しない」
「所有権を渡すとは言ってないし」
「この阿保んだらぁっ!
パーティーリーダーってのはな、パーティーメンバーに対して責任を負う事になるんだ。
独裁者であってはならない!
確かに貴重品の回復アイテムやレアな武具等、パーティーの物として扱う事も有るがその場合は明確にその認識をメンバーと共有しなけりゃならねぇ。
親しい仲にも礼儀あり。
払うべき対価はちゃんとメンバーに払わなければならないし、不当な酷使や迫害をしちゃいけない。
そういう行動はモラルの低下を招くし、お前自身の心を歪める事になる。
やっている事が魔王軍と変わらなくなってきたら光輝の陣営の勇者としてお仕舞いだぞ!?」
「だってあそこを通るにはそうする以外無いじゃないですか」
「よく居るんだ勘違いする奴が。
高価な鎧や武器を持った戦士や騎士をパーティーメンバーに引き入れて、その持ち物を全て売り払ってから解雇する奴とか。
製薬技能を持った奴をパーティーメンバーに引き入れて休みなしで素材をポーション類に作り替えさせて大儲けしてこき使い、ボロボロにした挙句金が目標額たまったら解雇して戦闘メンバー雇う奴とかな」
「グズッ」
「フィリップさん何いきなり泣いてんですか」
「いえ……ちょっとつまらない事を思い出してしまって。
すいません」
「話を逸らすなミツール。
面倒くさい事とか、しんどい事と思うかもしれないが、光輝の陣営の勇者ともなればより一層そう言うところに気を遣うように心掛けないといけない。
お前のやった事は略奪行為、魔王軍と変わらないぞ?」
ガッシャ――ン!
ミツールはいきなり鞘に収まったままの両手剣を近くの石畳に投げつけた。
「やってられないっすよっ!
なんすか勇者って!
何で俺リアルでも碌な目にあって無かったのに、異世界に来てまでこんなキツイ苦行しないといけないんですか!?
大体他の異世界転移者は皆チートスキル貰ったり、魔法や剣の才能が最強すぎたりっ!
神器貰って初日からドラゴンを瞬殺したりしてるのに僕だけ何も無いんですか!?」
「いや、そんなのは知らねぇが……」
「昨日だってオオネズミ相手に大苦戦ですよ!
一番の雑魚モンスター。
この世界の一番の雑魚モンスター相手に必死。
しかもウンコが浮きまくって吐きそうな下水道で、ノミやダニにたかられながら戦い尽くめ。
フェアじゃない。
こんなのぜんぜんフェアじゃないですよっ!
俺だって神器持たせて貰ったら一瞬で魔王なんて瞬殺して見せますよっ!」
「ナオミ、悪いが今朝買ったおにぎり、皆に配ってやってくれないか」
「分かりました」
ナオミは立ち上がってミツールやエリックやフィリップ、そしてダイヤと俺の前を移動し、持ってきていた籠からおにぎりを取り出して一人に一つずつ渡して回った。
「取りあえず朝飯はまだだろう。
皆食ってくれ」
「……」
「有難うございます。頂きます」
「私も頂きます」
しばらく皆無言でおにぎりを頬張る。
「ミツール、俺だって昨日色々大変だったんだ。
ダイヤを説得したりとかその……接待的なやつで」
……
……
……
……
……
……
……
「まぁその話はいいや。
お前はフェアじゃないって言ったな」
「……」
「偶然といやぁ偶然だがな、そのおにぎりの中に入っているのはイクラだ。
魚の卵の漬けだな」
「……」
「この世界、自然の世界は甘くねぇ。
お前はフェアじゃないって言ったがな。
言ってることが甘ちゃんなんだよ」
「んなっ!?」
「お前に食われてるイクラはどうだ?
まだ卵だから手も足も出ないぞ。
そいつらに心が有ったらこう思ってるだろう。
『俺達は身動き一つとれないのに食われるなんてフェアじゃない。
戦ったら勝てるんだ。
動き回る事さえ出来ればこんな奴一瞬で振り払えるんだ。
なんで成す術なく俺達は敗北者にならないといけないんだ!?
神様がまともに戦わせてくれたら俺達は絶対勝てるんだ。
フェアじゃない!』」
「……」
「今のお前はどうだ?
何だって出来るぞ?
どんな事をする自由も天に与えられている。
このイクラ達が夢見ても絶対に叶えられないような事をお前はやることが出来る。
魔王を倒すという夢みたいな目標を達成する道は、数えきれないくらい与えられている」
「そんな事言ったって、僕なんて只の雑魚じゃないですか」
「生まれつきの天才的な才能が与えられてない?
鍛えればいいだろう。
それに最強であれば魔王が倒せて、そうでなければ倒せないってほど世の中脳筋な仕組みになってねぇんだよ。
例えば200年ほど前に人間とドワーフが争っていた時代も有ったんだがな、その時にドワーフ族にはヘラクセスという英雄が居たんだ。
ヘラクセスはまさに最強、人間の最強の騎士が4人で取り囲んでもかすり傷一つ負わせる事も出来ず、両手の手斧で4人とも首を飛ばされる程だった。
当時の最強とされた人間の武人がほぼ壊滅し、絶望かと思われたがボロボロになった人間軍の撤退戦のさなか、ついにヘラクセスは倒される事となった。
当時ヘラクセスと対峙して相手になる者はもう居ない。
誰がどうやったか想像がつくか?」
「……どうしたんすか?」
「死ぬのが嫌だから地面でうつ伏せになって死んだふりしてた歩兵が、ヘラクセスの騎乗する腹の下で気まぐれに起き上がったのさ。
そして彼はとっさに馬の脇腹にまで垂れていたヘラクセスの長い長い顎鬚を、隣をあるく馬の手綱に固く結びつけ、その馬の尻尾に油をかけて火を放った。
馬は大慌てで全力疾走を始め、ヘラクセスはそれに引きずられて死亡した」
「……」
「有名な話ですね」
「ドワーフ族の前ではその名前は出さない方がいいですよ。
私もうっかりドワーフ族の居るパーティーで出しちゃって険悪なムードになりましたからねぇ」
「ま、要するにミツール、お前の頭が固いって事だ。
何が強くて何が有効かなんて所詮結果論だし、未来は誰にもわからねぇ。
だから一人の最強だけが生きてるんじゃなく、無数の変な奴が生きているんだよ」
「僕が変な奴って事すか……」
「まぁ、ガチで強い勇者サリーではなくお前がアバドーンを倒すかも知れない、それは誰にも分からない。
だがお前は紛れもなく異世界転移者、この世界に代々伝わる正当な勇者であることは間違いない。
そしてお前だからこそ、お前でなければ開けない道だってあるはずだ。
その領域は俺にだって分からないし予測不能だ。
ジョロネロ国での事もあるしな」
「……」
「重要なのは邪な心に支配されず、光輝の陣営としての誇り有る、人々の尊敬を集める精神を持ち続ける事だ。
形はどうあれ、必ずその先にお前の勝利がある。
その為にもまず、パワハラとかは止めるように心掛けからだ」