魔法銃士ルーサー、シルフィルドでの一日を終える
ミツール達はミルトン王国の首都シルフィルド地下にある下水道で、オオネズミ相手に激闘を繰り広げていた。
―――――― シルフィルド下水道B1 ―――――――
回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回
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炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎
炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎
___鼠___鼠____炎炎炎_鼠_________
_________鼠__炎炎炎___________
回回回回回回回回回__鼠炎炎炎___回回回回回回回回
回回回回回回回回回_鼠ミ炎炎炎鼠__回回回回回回回回
回回回回回回回回回エ__炎鼠炎___回回回回回回回回
回回回回回回回回回__フ炎炎炎___回回回回回回回回
回回回回回回回回回___炎炎炎___回回回回回回回回
回回回回回回回回回___炎炎炎___回回回回回回回回
回:下水道の壁
炎:一段深い水路を流れる汚水
鼠:土佐犬程の大きさのオオネズミ
ミ:左足をライトプレートの上からオオネズミに噛まれながら、前のオオネズミに両手剣で突きを放つミツール
エ:ミツールの脚に噛みついているオオネズミに必死でモーニングスターを振り下ろすエリック
フ:対岸から汚水を泳いで近寄ろうとするオオネズミにファイヤーボールを放つおっさんマジシャンのフィリップ
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「こんにゃろっ! 死ねっ! 死ねぇぇぇっ!」
ザクッ! ザクッ!
ピギィィィ!
「やぁっ!」
ドガッ!
ピギィィ!
ミツールとエリックがそれぞれ一匹のオオネズミを片付ける。
だがその先にいる別のオオネズミが立ち上がって周囲を見回しながら鳴く。
「ピィィィ! キ――キ――!」
汚水を泳いでいたオオネズミをファイヤーボールで片付けたフィリップがミツール達の方を向いて警告する。
「ミツールさん、エリックさん。
気を付けて下さいよ!
今そこの角の奴が仲間を呼びましたぞ」
「ハァ……ハァ……またかよ……。
もう腕がつりそうだぁぁ!」
「休む暇も有りませんねぇ。
素材集めの為の解体をする暇もない」
「気を抜いてはいけませんぞ!
オオネズミは下水という不衛生な環境で生きています。
その牙にはナチュラルに糞尿が塗りつけられているようなもんで、噛まれたら毒を受けます。
私達のパーティーはギリギリのバランスで成り立ってるので一人倒れたら総崩れになりますよ!
ほらっ! 前見て!」
「こんちくしょおおぉぉ!」
***
シルフィルドの中央にある大きな湖で、俺はナオミとダイヤと一緒にボートに乗り、両手でオールをもって漕いでいた。
ギーコ、チャポン。
ギーコ、チャポン。
「ルーサーさん見て見て!
あそこに白鳥の親子が泳いでますよ!」
「ん――? そうだな」
「水も綺麗で落ち着くわね――」
「ルーサーさん、さっき買ったパンプキンチップス食べます?」
「おいダイヤ。
おめー気を付けろよ。
そんなプレートメイル着て池に落ちたらマジで溺れるからな」
「ルーサーさんが私の事心配してくれてる!
でも大丈夫。
私は古式泳法で鎧を着たまま泳ぐ訓練してるから」
「ほら、あ――ん」
「あ――ん」
***
お昼過ぎ頃、ミツール達のオオネズミ討伐はまだまだ続いていた。
ドジャッ、バタッ
オオネズミに突き刺した両手剣を引っこ抜いたミツールがエリックに尋ねる。
「はぁっ、はぁっ。
え、エリック、これで何匹目だ?」
「46匹ですね。
それなりに売れる骨素材や内臓素材集めようかと思ってたけど、討伐の証拠の尻尾だけでもうバックパックずっしりですよ。
というか……(ポリポリ)なんかさっきから背中が痒い」
「オオネズミは不衛生だからねぇ。
ノミやダニが一杯ついて……いや。
何でも無いです」
「うえぇ、汚なっ」
「ひぃぃ、バックパックからゴキブリが飛び出たぁ!」
「私はマジシャンだからね。
筋力無いですから!
身を軽くしてないとマナ回復出来ないからね!」
***
「イェ――ィ!」
「イェ――イ!」
「イェ――イ!」
カチャ、カチャ、カチャ
俺とナオミとダイヤはシルフィルドで有名なビュッフェ形式の食べ放題の店に入り、料理だらけのテーブルを囲んで乾杯していた。
正直遊びまわっているようで不本意ではあるが、取りあえずはダイヤに機嫌を直してもらってミツールのパーティーに戻って貰う必要がある。
俺はグラスに入った赤ワインを飲んでから言った。
「ダイヤ、そろそろミツールのパーティーに戻らないか?
多分アイツら今必死に戦っているからよ」
「えー、こっちのパーティーのほうが楽しいもん!
レッツ、パーレィ――!」
「ダイヤさん、後で戦わないといけないならアルコールは控えたほうが……」
「いいのぉっ!」
***
夕方頃、ミツールのパーティーはまだ戦っていた。
ドチャッ
生気を失ってぐったりしたミツールが死骸となったオオネズミから両手剣を抜き、その場にしゃがみ込む。
そして近くに落ちていた木切れで両手剣にこびり付いた血のりをこそぎ落とし、バックパックから砥石を取り出して胡坐をかいた。
ジョリジョリジョリ……
ジョリジョリジョリ……
疲れ切った重い動作で両手剣に砥石をこすり付けて刃を研ぐ。
「俺は一体何してんだ。
こんな汚い場所で体中汚物まみれになって、何度も噛まれて痛い思いをして。
延々と続く苦しい戦い。
苦しいだけの戦い。
何やってんだよ俺、畜生っ!
勇者なんて何が楽しいんだよっ!」
周囲を警戒しながらフィリップが言った。
「ミツールさん。
勇者でなくても皆そんなもんですよ。
気が付かなかったですか?
ここは地獄の三丁目。
ミツールさん、貴方も泣いて生まれて来たのでしょう?
嫌だ嫌だってね」
「ふぃ、フィリップさん、そういう言い方はちょっと」
「はぁっ?
ふざっけんなっ!」
「じょ、冗談ですよミツールさん。
世の中楽しい事は一杯有ります。
貴方はまだ若いから目の前の苦しさで心がいっぱいになってしまっているだけ。
私達は確実に前に進んでいるんです。
ルーサーさんだって貴方に見込みがあるから、得る物が有るから、このダンジョンのクエストを受ける事を黙認したんですよ。
大丈夫!
大丈夫です!」
「ったく……、ほんと一言多いおっさんだよなぁ。
エリック、今でだいたいどのくらい片付いた?」
「そうですね、この地図を見る限り……大体下水道全体の三分の一ってところですね。
でも今日はこの辺が引き上げ時でしょう」
両手剣を研ぎ終えたミツールがだるそうに立ち上がると、20メートル先の曲がり角から一匹のオオネズミが顔を覗かせ、こちらの様子を伺っているのが見えた。
「じゃぁ次でラストバトルだ。
皆固まってゆっくり動くぞ。
ついて来い」
「分かりました。行きましょうフィリップさん」
「了解です」
ミツールは今日何度もオオネズミの大群に出会って危うい目に合っており、慎重さが増していた。
じりじりとゆっくり、壁から顔を覗かせているオオネズミの方へ近づく。
「妙だな、突っ込んでこないぞアイツ」
「オオネズミにも臆病な奴が居るんですかねぇ」
「事前詠唱しておきましょう。
大気に宿る火の精霊よ、我が手に集い力を集めよ、ファイヤーボール」
ミツール達はさらにゆっくりと近づく。
じっとミツール達の様子を伺っていたオオネズミは、ミツール達が15メートルまで近づいた瞬間に引き下がって姿を消した。
「ちっ、逃げられたぜ」
「やっぱり今日はここまでですかねぇ」
「はっはっは気味の悪いオオネズミでしたねぇ。
私のファイヤーボールの射程は15メートル。
まるで把握してたかのように逃げ出しましたよ。
まっ、偶然でしょうけどねぇ」
***
俺とダイヤとナオミは結局宿屋にまで一緒に来ていた。
ナオミが宿屋の主人に言った。
「三人なんですけどお部屋は空いてますでしょうか?
あ、あと荷馬車と馬二頭があるのでそれを泊めれる場所と干し草等あればうれしいのですが……」
「荷馬車と馬は厩舎が開いてるよ。
干し草は一束300ゴールドだね。
ただ部屋は二部屋しか空いて無いんだよねぇ」
「困ったわどうしましょう。
もう夜も遅いですし、他の宿屋を探し回るにしても厳しいし」
「私がルーサーさんと同じ部屋で泊れば二部屋で済みます。
ここにしましょう」
「あぁ、開いてる部屋の一つはファミリーで泊れる広い部屋だからベッドもラージサイズが二つあるね」
ナオミはしばし黙り込んだ。
そして宿屋の主人に言った。
「じゃぁその大きい部屋一つでお願いします。
あと干し草も二束で」
「割引しとくよ。
合計12000ゴールドだねぇ。はい、毎度。
干し草は厩舎へ案内するときに渡すからね」
***
ミツール達は下水から撤退した後、大通りの近くのひときわ大きな街路樹の下で寝袋を広げ、干し肉を齧っていた。
周囲を歩く人々がミツール達に憐れみの視線を投げかける。
「ミツール殿、さすがにここでの野宿は恥ずかしいですよ。
もっと別の場所にしませんか?」
「やだよ。
そんなのホームレスみたいじゃないか。
エリックは人の目を気にし過ぎだ。
堂々としようぜ」
気付くと遠くから一人の老婆歩いて来る。
そしてミツール達の傍に来ると足を止め、黙って三人の前に一つずつ大きな葉に包まれた餅を置いた。
さらに小銭の山、合計300ゴールドを地面に置き、黙って立ち去った。
黙って見送ってたフィリップがミツールの方を見て言った。
「策士ですなミツールさん。
これが狙いだったんですね?」
「ミツール殿、これこそ正にホームレスと思われてるんですよ」
「ラッキーじゃないか。
棚ぼたって奴だよ」
***
宿屋の大部屋で、俺はラージベッドのど真ん中で寝ていた。
何故か左右にはナオミとダイヤが寄り添っている。
なんか左右が生暖かいし、香水の匂いで落ち着けん。
どうしてこうなった?