魔法銃士ルーサー、カエデに出会う
ルーサーが滞在している集落の別の場所に、場に不釣り合いな恰好の三人の人間が訪れていた。
一人はでっぷりとした腹、鼻と顎の下全体に白いボリュームのある髭を蓄えた中年男でゆったりとした黄色の衣類の上に、マントまで羽織っている。
一見簡素に見える衣装だがきめ細かなシルクで作られており、金銀の糸で辺境の王国、ミルトン王家の紋章が刺繍されていた。
自分の身分を主張する衣装と裏腹に、本人はお忍びでの行動を意識しているのか頭にかぶったヴェールのような物を両手で抑えて足早に移動している。
彼に付き添って移動しているのは護衛らしき二人の騎士。
全身を鋼の鎧で包み、鞘に入ったロングソードを腰にぶら下げているが、さすがに暑いのかヘルメットは外している。
一人は短髪、もう一人は長髪のどちらも20代から30代の男性である。
「ウオラ様、本当にこんな辺鄙な場所に例の方が住んでいるのですか?
もし彼女に関する噂が本当であればわざわざこんな場所に住まなくても、城……は個人では持たないとしても、砦くらいの家に住み、召使いを100人規模で雇って生活するすることも出来るはず」
「噂などではない。
この私が毎日のパンにすら困る貧乏商人から一国の王にまで上り詰めたのも、彼女の助力があったからなのだ。
彼女は誰も把握してない程の……この大陸全体の富の7割と噂されるほどの財産を持っているが、超ドケチでな。
好んでここに住んでおる。
ほらっ、そこの茅葺き屋根のあばら家があるだろう?
あそこだ。
懐かしい。20年前と変わっておらんわ」
「信じられない……あんなもの、せいぜい中流の農民が住む家ですよ?
ウオラ様がわざわざ足を運ぶのではなく、むしろ呼びつけるべき相手……」
「お前はその口を閉じておればよい。
さぁ、着いた。
いくぞ」
ウオラと呼ばれた男はあばら家の戸をノックした。
家の中から老婆の声が響く。
「鍵は掛かってないよ。入りな」
「それでは失礼いたします」
ウオラはヴェールを脱いで畳むと、二人の護衛と共に戸を開けて中へと入った。
家に入ってすぐの場所に土間が有り、その先は膝程の高台となった畳部屋が広がっている。
畳部屋の真ん中には囲炉裏があり、一人の老婆が背中を向けて正座し、湯飲みで茶を啜っていた。
ウオラは部屋に上がると、背を向けたままの老婆の後ろで正座し、土下座しながら声をかける。
護衛二人は戸惑いつつも、主であるウオラに合わせて左右で跪いた。
「カエデ様、お久しぶりでございます」
「……樽商人のウオラかい。何十年も無視しておきながら都合のいい時だけ来るんだねぇ」
「なっ、この方はミルトン王国の王……」
ウオラは黙って怖い顔で護衛の顔の前に手のひらをかざして言葉を遮った。
「あの時助けて頂いた恩は忘れたことは御座いません。
貸して頂いたお金を元手に商売を広げ、山ほどの財宝や物資を土産にお礼に伺おうと常々思いながら生活しておりましたが、ついつい機会を逃し続け……」
カエデと呼ばれた老婆は湯飲みを持ったまま振り向いた。
「あの時はお主が返せると見込んだから金を貸しただけじゃ。
で?
何の用じゃ?」
「ミルトン王国は魔族の支配する地域に隣接した辺境の地、国を守る為の兵隊を揃え、度重なる魔獣の侵略で破壊された都市を再建させたりなど、常に大量の資金が失われ……」
カエデは再び囲炉裏の方を向いてウオラに背を向けた。
「金は貸さんよ。帰りな」
「そっ、そんなっ!
ミルトン王国には100万人の国民がおるのですぞ!
国が亡べば彼らの安全は失われ、多くの家族が……」
「ミルトン王国の都市の商人達は言っておったぞ。
王家は人を救う援助など一切せず、全て自分たちの力と金、責任で防衛も復興もさせられておるとな。
大方お主は大きな事業に手を出して失敗しただけじゃろう」
「必ずや倍、いや、3倍にしてお返しいたします。
どうかお力添えをお願いします。
どうか……どうかっ! この通り、20年前のあの時のように」
「20年前と違い、お主の瞳は濁っておる。
私は返す見込みの無い奴に金は貸さん。
帰りな」
「……」
ウオラは歯を食いしばり、その顔に怒りの表情が広がる。
そして立ち上がり、左右の護衛に目で合図した。
二人の護衛は頷いて立ち上がり、鞘から剣を抜いて構える。
「カエデよ、庶民の分際で王の懇願を踏みにじりおって。
お前のやっているのは所詮、金属の欠片を玩具にしたおままごと。
本当の力というものが何か教えてやろうか?
鋭く研ぎ澄まされた鋼を味わいたくなければ財産の在り処を言え!
それとも拷問がお好みか?」
「薄っぺらい芝居をしおって、元よりそのつもりだったか。
金に目のくらんだ奴の演技は見飽きたわ。
本当の想いのある奴は居ないのかい。
あたしゃ悲しいよ」
「後悔させてやる。やれっ!」
パァン! カキ――ン! ゴトッ
パァン! キィィ――ン! ゴトッ
突如発砲音が響き、二人の護衛の剣は何かに弾かれて空中を飛び、地面に転がった。
開いた扉の向こうに立っていたのは魔法銃を片手で構えたルーサーである。
「誰だっ!?」
「おいおい、お前らの剣は無抵抗で武器も持たない老婆を切る為にあるのか?
情けねぇ」
「畜生っ!」
「おおっと!」
パパァ――ン!
護衛二人が転がった剣を拾おうと動き始めたがルーサーが再び素早く2連射する。
二人の頭の上には弾丸が通り過ぎた一文字のハゲが作られた。
「勝負はもう決まってるんだ。足掻きなさんな。
俺がその気だったら、お二人ともあの世に行ってるぜぃ?」
「くそっ、邪魔が入った。引き上げるぞ!
婆ぁ、そしてそこのお前!
覚えてろよ!
後悔させてやる!
次は国王の力、軍隊の力を教えてやる」
「多くの人々が魔王と魔獣相手に戦ってる中、味方の人間相手に喧嘩かい。
情けないねぇ」
「ほらさっさと帰れ!」
ウオラと二人の護衛はルーサーに向けて両手を上げたままズリズリと玄関の扉まで移動し、外へ出て逃げ去った。
ルーサーは三人の後ろ姿を眺めながら魔法銃をクルルと回してホルスターに収め、カエデへと近寄る。
「大丈夫かい、婆さん」
「悪いねぇ助けて貰って」
カエデとルーサーの目が合った瞬間。
ルーサーは心の中でヒュゥッっと口笛を吹いた。
(可愛いじゃねぇか。どことなくお嬢様的な気品の漂う……)
そう、ルーサーに見える老婆と、一般人に見える老婆は別物なのである。
だから皆さんは理解しようと思わないで欲しい。
「無事で良かったよ、こんな可愛いお婆ちゃんが怪我でもしたら世界の損失だったぜ」
ルーサーの心に裏は無い。
当然この言葉に金銭欲も計算も何も無い。
「俺はルーサー、プリティお婆ちゃん、お名前は?」
カエデはポッっと頬を染める。
「か……、カエデ……」
「世紀末悪役令嬢伝説 悪役令嬢として転生した冴子はモヒカン野郎共を導き異世界を征服する」
この物語は創世神によって「望み通り、悪役の令嬢にしてやったぞ」と世紀末カオスワールドに転生させられた主人公、冴子のコメディ戦記です。
基本はギャグばかりの構成ですが、彼女の繰り出す戦術、戦略はつたない妄想ではなく、本物と言っていいでしょう。
何故ならばRTS、FPS、村ゲー、あらゆる戦場で数千回戦い続けた作者の経験が詰まっている為です。
本当の戦いは分からない事、不確定な事に満ちており、自分も他人も同じ条件、同程度の知性で対峙します。
その中で編み出される戦術こそが『武』であり、主人公『冴子』の本質なのです。