魔法銃士ルーサー、バンシュ地方の農地を訪れる
俺は鉱山都市オウレルを後にして、今度は直接バンシュ地方を訪れた。
たけのこ村へ帰る前に一気に冒険者ギルドで受けた依頼を片付けてしまうつもりだからな。
バンシュ地方はドワーフの国と領土を接するハーフ・ドライアード族の国の一地方で、広大な畑で米や麦、トウモロコシと言った穀物を栽培する大穀倉地帯だ。
俺は街道から少し入った場所にある、森を切り開いて作られた広場に入り、周囲を見回していた。
この広場はハーフ・ドライアード族の国の玄関口に当たる場所だ。
「よう!
誰か居ないか?
俺は冒険者ギルドから畑に埋められた魔術起爆壺の撤去依頼を受けて来たんだが」
木々が風で少しざわめく。
そして一人の少女が木々の影から現れ、俺の前へと歩み寄った。
少女は人間と同じくらいの背丈で、青いロングヘアーをしており、巨大な草の葉を幾つも組み合わせて出来た派手な襟付き付きの緑のマントを羽織り、白いゆったりとした衣類、ロングスカートを履いている。
これがハーフ・ドライアードの一般的な服装であり、彼らは植物の精霊であるドライアードの特性を持ちつつも、人間に近い情緒を持ち、土地に根差した平穏な生活を好む。
「お待ちしておりました。
冒険者ギルドから連絡は受けております。
魔法銃士ルーサー様ですね?
私はハーフ・ドライアードのピーネと申します。
貴方を歓迎致します」
「どうも、俺が魔法銃士のルーサーだ。
可能なら手早く終わらせたい、問題の畑まで案内して貰えるか?」
「分かりました。
それではこちらへお掛け下さい」
「ん? 変わったベンチだな」
俺はピーネに指定された木のベンチに腰掛けると、ピーネも俺の隣に座る。
メキメキメキメキ……
「うわわわ……」
ベンチは宙に浮き始め、あっという間に周囲の木々の天辺を超えて俺とピーネが持ち上げられる。
俺がベンチだと思っていた物は、実は窪地にしゃがみこんだ巨大なウッドゴーレムの肩だったのだ。
肩まで高度50メートル以上は有ろうかと思われるウッドゴーレムは体に比べて不自然な程に長い脚で歩き始める。
「これは乗り物? 凄いというか落ちたら死ぬな」
「落ちそうになったらこうやって蔦を出して掴まって下さい」
シュルシュルシュルッ
ピーネは服の裾から所々に葉っぱの付いた長い蔓を5、6本出し、すぐ傍のウッドゴーレムの巨大な顔に巻き付けた。
「いや、そんな物俺は出せないから」
「あっ、そうでした。
人間は出せないんでしたね。
失礼しました。
ではそこに生えている枝にしっかり掴まって下さいね」
俺は隣、ウッドゴーレムの肩から生えてる枝をしっかり脇で抱え込む。
「で、どのくらい行くんだ?」
「あそこに山が見えますよね?
そしてその後ろにうっすらと別の大きな山が見えますよね?
その裏っかわ辺りから私の畑が広がっています」
「ピーネちゃんの畑なのか?
魔術起爆壺が埋まっているのは」
「はい、一生懸命10年以上かけて耕して育てた畑で、3キロ四方は有ります。
運悪く魔王軍のが前線基地を作ってしまい、光輝の陣営の兵士達が追い返してくれたのはいいのですが、魔王軍は嫌がらせに魔術起爆壺をあちこちに埋めて立ち入れなくしてしまっていたのです。
あの土地はこの一帯でも特に栄養豊富な土壌で、大地のマナも集約される位置にあります。
毎年何百トンもの米や麦を取れる土地が今では見捨てられた荒れ地で雑草も生え放題、収穫的な被害もありますが、苦労して育てた土地の荒れようがとても悲しくて……」
「どれくらいの間隔で埋められているんだ?」
「恐らく20メートルに一つくらいは埋まっていると思います」
「そうか……多分嫌がらせと言うよりは拠点の確保の為だな」
「拠点の確保?」
「そうだ。
軍隊が敵の拠点を占領した時、すぐさま防衛線を張らなければ逆襲を受けて取り返される。
それを防ぐのに一番理想的なのは防衛用に城や砦を建築する事だが、とても時間と費用が掛かってよっぽどの優勢が保たれた状態でなければ非現実的だ。
そこで一番お手軽なのが魔導起爆壺を周辺に埋めて拠点を守る事だ。
これなら人数と労力を割けば数日で完了する。
ま、安くお手軽故に人道的に問題が多いがな」
「どうやって魔導起爆壺を取り除くんですか?」
「状況を見て考えようと思っていた。
地道にやるなら地面に這いつくばって、魔力を探知しながら壺の場所を見つけ、安全な距離から魔法銃で一つずつ撃って破壊するしか無い。
が、3キロ四方で20メートルに一個埋まってるとなると一年掛かっても終わらないかも知れないな」
「酷いっ!
どうして私達ばかりがこんな目にっ!
魔王軍の勢力が近づいてからは災難ばかり。
隣のお友達の農地も最近異常繁殖した魔獣のスタンピードでグッチャグチャに荒らされたって泣いてました!」
「気持ちだけは明るく持とうぜ。
落ち込んで嘆き続けても得る物なんて無いからな。
大丈夫、俺が何とかしてやるよ。
その為にここへ来たんだ」
***
俺とピーネは一時間ほどウッドゴーレムの肩に乗って森の木々を見下ろしながら進み、ピーネの所有する農地へと到達した。
切り開かれた広大な農地は、かつては大量の穀物が育っていたのだろう。
地平線まで広がる綺麗にまっ平な地面には、いくつもの種類の雑草が生い茂り、魔導起爆壺を踏んで死んだと思われる野生動物の骨等が散らばっている。
地面に降りたピーネは農地を見回した後、近くに有った大きな木に走り寄って抱き着く。
「うぅぅ……私の大切な農地がぁぁ……」
「グムム……ギギギ……」
よく見るとピーネが抱き着いているのは巨大なトレントである。
困り顔で枝の手でピーネの背を優しく撫でている。
恐らく畑を守る為の野生動物除けの役割をかつては行っていたのであろう。
「しかし、どうしたもんかなぁ……」
地平線にまで広がる平地を見回して俺は腰に両手を当てて考え込む。
だがそういいアイデアが簡単に浮かぶものでもない。
「取りあえず一つか二つ、魔導起爆壺を処理してみるか。
行動し始めて手を動かして、初めて見えてくる物もあるだろうしな」
俺は地面に這いつくばり、じりじりと進みながら精神を研ぎ澄まして周囲の地面の魔力を探知する。
普段から魔力の籠った魔法弾を扱っている俺は、自然とある程度の貯め込まれた魔力は探知出来るようになっていた。
5分ほど経過し、1メートルほど地面を這いずりながら進んで一つそれらしい物を2メートル前に見つける。
「多分あの辺りにあるな……」
「こんなっ! こんな事やってたら100年経っても終わらないじゃないですかぁぁぁあ!
もう終わりよぉぉぉ――!」
「あぁっ! ばっ、馬鹿っ!
止まれ!
走るなぁぁ!」
やけくそになったピーネは農地のど真ん中に向かって全力で走って行く。
そして俺が見つけた危険ポイントの上を通過した。
ドゴォォ――ン!!
「ピーネぇぇぇ――!!」
激しい爆煙が吹き上がり、ピーネは一瞬空中に浮きながら炎に包まれ、ドサッと地面に落ちた。
「はっ、早まるんじゃねぇこの馬鹿野郎!
畜生!
畜生ォォォ――!」
俺はその場で叫ぶ。
何故止める事が出来なかった?
沸き上がる後悔と自責の念、そして混乱でどうしてよいか分からず、しばらくその場に佇んだ。
「死んじゃったじゃないですかぁぁ――!」
「へ?」
後ろを振り返ると、無傷のピーネが森の木々の間から歩み出てくるのが見えた。
「あれ? ピーネだよな? お前さっき死んだよな?」
「死にましたよぉ!」
俺は前を向いてピーネの死体を見る。
ピーネの死体は瞬く間にボロボロの土と化し、地面と同化して消えていった。
再び後ろを見ると確かにピーネが俺を見下ろして立っている。
「なんで生きてるんだ?」
「ハーフ・ドライアードの本体は森の中に生えている木だから、それが枯れない限りは復活するんですよぉ!
でも超痛いし、死んだらレベルダウンするし!
木の寿命だって縮むんですよぉ!」
「じゃ、死ぬなよ!
まったく、おっとりしてるようで冷静さに欠ける奴だな」
「だって! だって! だって!」
「まぁいいや、お前の自殺特攻を見て一つ思い付いたことが有る。
確か友達の畑が魔獣のスタンピードで目茶苦茶に荒らされたって言ってたよな?」
「えっぐ、えっぐ。
カメリアちゃんです。
ズビッ」
「そのカメリアちゃんとやらを呼んでくれる?
ちょっと話が聞きたいんでな」