魔法銃士ルーサー、糞尿ゴーレムを攻略する
俺は一旦カルーノと別れ、必要な素材の入手の為に隣町へと向かった。
そしてその日は終了、俺は隣町の安宿で泊った。
***
翌日の朝。
俺は隣町の馬借に年老いた荷馬を安値で借り、用意した素材でパンパンに膨らんだ巨大な麻袋二つを背負わせて再び鉱山都市オウレルの町の門をくぐる。
門を抜けてすぐの場所で、既にカルーノが腕組みしながら待っていた。
「ルーサー殿! おはようございます。
おやっ?
何か準備してこられたようですな?」
「ああ、準備オーケーだ。
それじゃもう一度坑道入り口へ向かおうぜ」
***
行動の入り口に到着すると、俺は荷馬の背に積んでいた巨大な麻袋の一つを降ろす。
そして麻袋を開くと中には多数の小分けにされた枯草と藁のような物が姿を現した。
カルーノが横から覗き込む。
「一体これはなんでござるか?」
「ファブリ草だよ」
「ファブリ草……あの臭い消しの!」
「そう。
観葉植物として育てていても大きな消臭効果はあるが、燃やした時に出る煙はさらに即効性の強い効果がある。
薬効成分を凝縮したファブリオイルも二瓶買って来た」
「これでどうやって攻略するのだ?」
「ま、説明は後でするからカルーノ殿は入り口の扉を開けてくれ」
カルーノは錠前を外して扉を開く。
俺はその扉の前に乾燥したファブリ草を山積みにし、上からファブリオイルを二瓶分ぶっかけた。
「ルーサー殿、扉は開き申した。
幸い入り口付近には今は糞尿ゴーレムは居ないようだ。
して、これからどうすればいい?」
「まずは坑道内を一旦消臭する。
カルーノ殿はこれを頼む」
俺は荷馬の背に括り付けていた人の背丈ほどもある巨大な団扇を取り、カルーノに手渡した。
そして火打石を取り出し、山積みにしたファブリ草に着火する。
火はじわじわと燃えて広がり、白い煙が爆煙状態で激しく噴出し始めた。
「なるほど、そういう事ならばこの魔法使いカルーノにお任せあれ。
筋肉魔法、ウィンドストーム!
オーラッ! オラ! オラ! オラオラアアア!」
ブウォン! ブウォン! ブウォン! ブウォン! ブウォン! ブウォン!
カルーノが巨大団扇で激しく仰いで立ち昇る煙を全て坑道に流し込む。
俺はしばらく鉱山全体を観察し続ける。
「オゥラ! オラッ! オラッ! オラアァァッ!」
ブウォン! ブウォン! ブウォン! ブウォン! ブウォン! ブウォン!
5分ほどするとミスリル鉱山のあちこちから細い煙が立ち昇り始める。
「よし、坑道の中に煙が充満して換気口からも漏れ始めたな。
カルーノ殿、もう少しだけ頑張ってくれ!
そこの乾燥ファブリ草の山が燃え尽きたらしばらく扉を封鎖しなおして時間を置く」
「フンフンフンフン――ッ!」
ファブリ草の消臭効果のある爆煙が坑道を満たし、乾燥ファブリ草の山は燃え尽きた。
ガチャリ
団扇を横に置いてカルーノが再び扉を封鎖し、施錠する。
「これで良いかな?」
「あぁ、ファブリ草の効果で2時間ほど待てば中は完全に無臭になるだろう。
ま、生木を燃やした煙のような、生き物へのダメージは期待出来ないがな」
「確かに臭いは解決するかもしれぬが、糞尿ゴーレムが汚い事に変わりは無いぞ」
「ま、次の仕込みがあるんだ。
ちょっとキツイかも知れないが鉱山を取り戻す為だ。
手伝ってくれないか?」
俺は荷馬の背のもう一つの麻袋を下ろした。
そして中から緑色の液体が入った瓶を取り出して地面に置く。
その隣には大量のマキビシが入れられた箱を置いた。
「何だそれは?」
「見ての通りマキビシ、四方に鋭い針が飛び出ていて地面に置けば必ず上に棘が向く仕組みの追っ手をまく為の武器だ。
その隣の瓶の中の液体はベノム毒、アサシンが使う最強の致死毒だ。
カルーノ殿も安全の為にこの皮手袋を付けて、マキビシの針に毒を塗って欲しい。
そして塗り終わったら、こっちの麻袋に入っているブツに仕込むんだ」
俺は麻袋の口をカルーノに向けて開く。
中には大量の古着のような物が入っていた。
「ぶっ、ゴホッ、ゲホッ!
何だこれは!?
地獄のように臭いではないか!」
「隣町にドワーフの兵の訓練所があっただろう?
そこで要らなくなったものを貰って来た。
フンドシ、ヘルムを被る際に頭に付ける頭巾、スポーツの蹴球同好会のメンバーの靴下。
釣り同好会が餌のミミズを包むのに使ってたボロキレ、ワキガのドワーフの来ていたシャツ。
全て使い込んで洗ってない物を厳選した」
「うっ……たまらぬわ……、良くこんなものを持ってきたな。
こうやって仕込めばいいのか?」
カルーノを顔を背けて手を目一杯伸ばし、口で息をしながら毒の塗られたマキビシを靴下の中に入れた。
「そう、それでいい。
出来上がったものはこっちの籠の上に積んでくれ」
俺とカルーノはくっさい坑道の入り口扉の前で、くっさい作業を続けた。
***
2時間ほどが経過し、俺達は毒マキビシを悪臭立ち昇る衣類に仕込む作業を終えていた。
「頃合いだ、カルーノ殿、一旦扉を開けてくれ」
「あい分かった」
ガチャリ、ギギギギィ……
カルーノが錠前を外して坑道の扉を開く。
俺は仕込みを終えた古着が盛られた籠を両手で持ち、坑道に走り込んで一番近い部屋の中央の床にばら撒く。
そして大急ぎで脱出した。
「閉めてくれ!」
「了解ぃ!」
ギギギィ、ガチャリ
カルーノは再び扉を閉めて錠前を掛ける。
作業を終えて俺とカルーノはようやく椅子に座って一息ついた。
「しかしこれは一体どういう作戦なのだ?」
「犬の性質を利用するんだ」
「犬の性質?」
「犬は自分の体を洗われて綺麗になってしまうと自分の臭いが無くなり、落ち着きを無くす。
そういう時に臭い物を見つけると、あの背中擦り付け行為をして再び臭くなろうとする。
ファブリ草の威力は絶大だ。
今坑道の中は大量の糞尿ゴーレムが闊歩していようとも完全な無臭状態、当然コボルド達もな。
そこであの入り口の部屋であの衣類を見つけると……」
「体を擦り付けて毒塗りマキビシがぶっ刺さって死ぬ。
果たしてそう上手く行くものかのぅ?
良くて引っ掛かるのは一匹か二匹では?」
「カルーノ殿も見ただろう。
侵入者が糞尿ゴーレムをすぐ近くで蹴散らしているのに気付かないほどの一心不乱なコボルド・ウォーリアのあの行為を」
「仮にうまく行っても、糞尿ゴーレムは毒では死なぬぞ?
どちらかというと糞尿ゴーレムの方がコボルド共より厄介だ」
「威力偵察して糞尿ゴーレムを蹴散らしてた時、俺は中のコアが糞尿溜まりから出ているのを見た。
あれは魔導ゴーレムチェスで使われるのと同じ、魔力を封入して内部からゴーレムを自動で動かすタイプの魔導エメラルドだ。
ディスペル・マジックは魔導士が外からゴーレムに対して魔力をリンクして操作している時に、そのリンクを断ち切る魔法、中から魔力供給されて自動で動いてるゴーレムには効かないのさ」
「そうだったのか!
確かにこのミスリル鉱山では魔導エメラルドも産出される。
それを利用していたのだな?」
「恐らくな。
で、魔導エメラルドには弱点があり、蓄積された魔力は長くても半日ほどで尽きる。
そうなると魔導士はエメラルドを取り出して再度魔法をチャージする必要が出てくる。
この坑道内では、恐らくコボルド・シャーマンが魔導エメラルドにチャージを行い、コボルド・ウォーリアがそれを坑道内各所に運んでゴーレムのメンテナンスを行っていたのだろう。
まぁこれだけの数のゴーレムを稼働させ続けるシャーマンの魔力は化け物級だがな。
で、メンテナンスをするコボルド・ウォーリアが壊滅すればゴーレム達は勝手に崩れ落ちるという寸法だ」
「そうか……我々はゴーレムが十数分で復活すると思っていたが、今思えばコボルド・ウォーリアが常に周囲を隠れながら動き回って居た。
新しい魔導エメラルドを入れ直してたんだな。
だが、この作戦、上手くいけばいいがのぅ」
「やれることはやった。
考えられるだけの最高の手はうったんだ。
必ず上手くいくさ。
後は半日後、夕刻辺りに戻ってきて状況確認するのみ。
それまでそうだな……何かオウレルの名所とか、上手い料理屋とか紹介してくれよ」
「その前に一旦我々もファブリ草で体を清める必要があろう」