魔法銃士ルーサー、坑道に威力偵察を行う
俺はドワーフの魔法使い、カルーノの案内を受けて街はずれの登山道を一時間ほど登り、ミスリル鉱山の坑道入り口に立っていた。
硬い岩壁に開いた坑道の入り口は木と楔、金属の縁取りのされた巨大で重厚な扉で封鎖されており、錠前もかけられている。
「なるほど、魔物が町から一時間の場所を占拠してるのに町の人が平然としているのはこういう理由か」
「左様。
厳重に封鎖されているのでコボルドどころかオーク程の体格と筋力があっても扉を破って中から出る事は出来ぬ」
「ぶっちゃけ中で勝手に死滅してるんじゃないの?」
「そうであってくれれば有難いのだがな。
では今から鍵を開こうと思うが……準備は宜しいかな?」
「ああ、開けてくれ」
カルーノは預かっていた鍵を取り出し、ガチャガチャと音を立てながら錠前を開ける。
そして巨大な扉の窪みに両手の指を掛け、ゆっくりと開き始める。
ギギギギギギ……
俺はホルスターに指をかけ、いつでも銃を抜ける体勢で開かれる坑道を注視する。
ガチャン
プゥ~~ン
「うっわ、やっば……ゲホッ、ゴホッ」
「これは堪らぬ」
開かれた坑道から刺激臭といってもいい程の濃厚な糞尿の香りが溢れ出る。
グピッ、ジュビピッ、ンモォォォ――
グモォォォ――
ボフゥ――シュピルシュピル……
坑道内から低くも辺りに響く唸り声が幾つも起こり、三体ほどの茶色い高さ2メートル程の人型のゴーレムがゆらゆらと入り口へ近寄り始める。
パァンッ!
ビチャッ!
真正面に居たゴーレムの頭に一発ぶち込んでみたが、頭がはじけ飛んで首から上が無い状態でも移動が止まらない。
「ルーサー殿、糞尿ゴーレムは体の内部のコアを狙わなければあまり効果が無い」
「コア? どこら辺にある?
心臓か?」
「個体によってまちまちなのだ。
手足にある事もあるし、胸や腹にある事もある。
もちろん頭に有る事もあるが、今回は外れの様であるしな」
パァンッ! ビチャッ
パァンッ! ドシャッ
パァンッ! ビチョ
パァンッ! パッキィィン! ドロドロドロドロ……
「大当たり、その一匹は15分位はそのまま床に液状になって広がったままですぞ」
「厳しいな。
一匹相手にこんなに弾丸使うのも、周囲の壁に飛び散る糞尿も、床に広がった糞尿も……。
この臭いが毒よりもたちが悪い。
せめてサンドゴーレムのような無害な砂だったらこん棒なり槍で手あたり次第倒しながら進めるんだがなぁ。
……どうしようマジにかなり厄介だ。
まだオーガ100匹倒す方がマシだぞ。
狙ってやってるならコボルド・シャーマンはかなりの知恵者だぞ。
そうだっ!
カルーノ殿、ディスペル・マジックは使えるか?」
「すまんな。
某の使う魔法体系にはディスペル・マジックは無い。
だが使えたとしても無駄だ。
前に別の冒険者パーティーを案内した時にウィザードがおってな。
そ奴がディスペル・マジックを試みていたが全く通用していなかった」
「ディスペル・マジックが通用しないゴーレムか!」
「どうする? 取りあえずもう少し中へ突入して様子を見ますかな?」
「そうだな、せめて二部屋目まで乗り込んでから考える事にしよう。
火力で押し切る。
カルーノ殿も全力での攻撃魔法を頼む」
「あい分かった!
うぉおおお――らぁ!」
ドゴォォン! バゴォォン!
ガララララ……
カルーノは坑道入り口の横の岩壁をぶん殴った。
一発目で蜘蛛の巣状に岩壁に亀裂が入り、二発目で大小さまざまな岩へと砕け落ちる。
「(フォン フォン フォン フォン フォン)どおおおおらぁぁぁ!」
カルーノは直径1メートルほどはある岩を両手で拾い上げ、体を5回転させて勢いをつけ、糞尿ゴーレムに投げつけた。
バゴォォン ビッチャァァァ パッキィィン ドロロロロ……
一撃でゴーレムの上半身を粉砕し、見事にコアを破壊して倒す。
「すっ、凄いな。
ところでそれ……、魔法か?」
「これは筋肉魔法というもの。
ドワーフの中でも某ほどの使い手はおらぬ!」
「そか。
ようしっ、俺も負けていられないぜ。
目標は二部屋目の制圧だ!
いくぞぉぉ」
パァンッ! ビチャ
パァンッ! ドチャ
パァンッ! パッキィィン ドロドロ
「(フォン フォン フォン)う――るぁ――!」
ドチャアッ! パッキィィン ドロドロ
俺達はゴーレムの復活前に最大火力で強引に坑道を進む。
―――――――――――――― 坑道1F ―――――――――――
岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩
岩岩溜_岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩
岩岩__溜________岩岩岩岩岩
口__溜岩岩岩岩岩岩岩岩__岩岩岩岩
岩岩__岩岩岩_溜_岩岩岩__岩岩岩
岩岩溜_____ル_岩岩岩岩_岩岩岩
岩岩__岩_岩_カ_岩岩岩___岩岩
岩岩岩岩岩_岩_溜____兵__岩岩
岩岩岩岩岩_岩溜__岩岩岩___岩岩
岩岩岩岩岩_岩岩岩岩岩岩岩___岩岩
岩岩___ゴ____岩岩岩___岩岩
岩岩________岩岩岩___岩岩
岩岩_凹____________岩岩
岩岩________岩岩岩__凸岩岩
岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩
※敵はルーサー達の視界内のみを記載しています。
岩:硬い岩盤
口:坑道の入り口
凸:坑道の2Fへの階段
凹:坑道のB1Fへの階段
ル:ルーサー
カ:カルーノ
溜:コアを破壊され、下痢便の水たまり状になったゴーレム
ゴ:糞尿ゴーレム
兵:コボルド・ウォーリア
――――――――――――――――――――――――――――――――
俺達が二部屋目の掃除を終えた時、俺は奥の部屋にゴーレム以外の動く物を見つけた。
全身が毛むくじゃらで左手に木の丸盾、片手にショートソードを持った犬頭の亜人が居る。
そして何か地面でもがいている。
「カルーノ殿っ!
そこにコボルドが居る!
恐らくコボルド・ウォーリアだ!」
「何と、こんな中でまだ平然と生き残っているとは!
……一体奴は何をしておるのだ?」
コボルド・ウォーリアは坑道の地面に点在する糞の欠片をクンクン嗅いだ後、仰向けにその上に寝転がった。
モゾッ! モゾッ!
グリグリグリッ!
グリグリグリッ!
背中と尻をくねらせて、一心不乱に地面の糞を自分の背中に擦り付けている。
信じられない光景だが、行為に集中し過ぎてこちらの存在に気付いていない。
「……」
「……」
唖然とした顔で見守る俺とカルーノ。
グリグリグリッ
「ハッ、ハッ、ハッ、ハグッ」
パクリッ!
ついにコボルド・ウォーリアは糞の欠片の一部を口に入れた。
俺はゆっくり後ずさりながら言った。
「カルーノ殿、もう十分だ。
戻ろう」
***
坑道から出た俺とカルーノは再び扉を施錠し、近場に二つ並んで落ちていた椅子に座った。
「何なのだあいつは!?
普通のコボルドでは無いと思ってはいたが、真正の変態コボルドの集まりだったのか!?」
「いや、俺達が今まで知らなかっただけであれがコボルドにとって普通なのかも知れん」
「ルーサー殿、正気か?」
「ワーキャット族が本来の猫の性質を受け継いでいるように、コボルド族もまた犬の性質を受け継いでいる。
ああやって糞に体をこすり付ける行動、実は犬は良くやるんだ。
変態だとかそういうんじゃない。
野生の本能でな」
「犬が? 某は犬など飼ったことが無いから分からんがまことか?
飼い主は大慌てでびっくりするでござろう?」
「もちろんびっくりして汚いから引き剥がそうとするさ。
だが犬のあの行動にはちゃんとした理由があるんだ」
「理由? 糞を体にこすり付けるのに理由があるとな?」
「犬の祖先はオオカミ。
元々は動物を狩って生活するハンターだ。
そして獲物に気付かれずに近寄る為、自分の存在を消す為に臭いには細心の注意を払う。
ああやって臭い物を体に擦り付けて、ハンターである自分の存在を隠し、周囲の臭いに紛れ込もうとするんだよ。
まぁあとはただ単に臭い物が好きって事もある。
人間にとっては耐えがたい悪臭でも犬にとっては心地よい香りだったりな」
「しかしコボルドの知られざる性質が分かった所で、問題が解決するわけでは無い。
一体どうしたものか」
「いや、いい手段がある。
糞尿ゴーレムとコボルド・ウォーリアは無力化出来るかも知れん。
問題はシャーマンがユニーク個体という事。
ユニーク個体は変わった性質が付いて種族の枷を超えた予想外の行動を取ることが多い。
それだけが未確定要素だ」
「ほほぅ。
シャーマン以外を解決出来るならば早速進めようではないか。
一体どうしようというのだ?」
「色々と準備するものがある」