魔法銃士ルーサー、魔王軍を撃退する
無数の矢を受け、体中から緑の血を流す四騎の護衛に守られながら、ローブとマントで体を隠した二騎の騎兵が一直線にミツールの方へと向かって来ている。
流石のミツールも事態のヤバさを感じ、焦りながら俺を振り向いた。
「ルーサーさん、速くあいつらを魔法銃でズガーンとやっちゃって下さいよ」
俺はデス・オーメンに風属性弾、エイジド・ラブに黒曜石弾のカートリッジをさしながら言った。
「駄目だな、相手はまだ手の内を見せていないから無駄に弾丸を浪費する可能性がある。
これは魔法銃の弱点なんだが、俺の魔法銃の場合1カートリッジに10発しか弾が入っていない。
使い切ればリロードしないといけないんだよ。
敵が接近中に中途半端に消費して、いざ相手が至近距離に到達した激戦状態でリロードなんてのが一番の魔法銃士のやられパターンだ。
代わりにモクロン殿、ミツールに何かエンチャントを掛けてやってくれ。
多分ミツールが死ぬ事態になれば、あんたも死ぬ事になる」
「ひ、ひえぇぇ、そいつは勘弁ミャ」
モクロンはカバンからタンバリンを取り出すと、シャラシャラ鳴らしながら詠唱を始めた。
「クッよ、この異世界転移者に加護を与えたまぇミャ。
力を高めたまえミャ。
素早さを高めたまえミャ。
この者の知性を力と素早さへ変換したまえミャアア!」
ボワッ……ヒュルルルル
突如人魂のような物が現れ、ミツールの頭の周りを浮遊しながら回転し始めた。
ミツールは力と素早さが上がり、より馬鹿になった。
「な、なんか強くなった気がする」
「モクロンさん、助手さんが居なくてもシャーマンの術が使えるの?」
「儀式魔法は大勢を対象にした軍隊魔法とか、天候を操ったりする環境魔法の時に行うミャ。
一人が対象ならこれで十分だミャ」
そうしている間にも魔王軍の騎兵は迫って来る。
ジョロネロ兵達が必死で矢を放ってはいるが、護衛の四人は鬼の形相で耐えながらミツールの元へグングンと迫る。
本物の殺意、お遊びでない真剣勝負。
そしてそれが自分に対して向けられている。
ミツールは恐慌状態に陥った。
「何とかしてよルーサーさん、前に出て僕を守って下さいよぉおおおお!」
「勇者は先頭に立って皆を守るもんだぞ?」
「あああぁぁ! 殺される、殺されてしまうぅぅ!
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だよぉぉ!
誰か何とかしてくれよぉぉ!」
ミツールはもう前を見る事もしない。
泣きそうな顔で後ろを振り向き、ミツールが手綱を握っていたラクダも合わせてフラフラ挙動や怪しくなり始める。
俺は真剣な血走った目でミツールを睨んだ。
「逃げるなミツール!
現実という物はお前ほど甘くねぇ。
お前の心が逃げてしまえば、お前は間違いなくここで死ぬ。
俺が保証する。
必ず死ぬ。
だから敵を見据えろ!
恐怖を見据えろ!
そうしなければお前の全力が発揮されることは無い。
生きる事に対して、お前の授かった命と体に対して真剣に向き合え!
このまま我を失って訳も分からず人生終わりました、それじゃぁ余りにもお前の肉体が可哀相だろう?
男を見せろミツール!
お前は男レベル1になったんだろ!」
「ぐぅっ、くぅうう……」
ミツールは涙目になりながら剣を構え、迫りくる魔王軍騎兵の方に向き直った。
俺も銃を持つ両手を曲げて、どんな状況でも即座に対応できる構えを取って備える。
ドドドドドドド……
騎兵達はミツールまで10メートルに迫り、満身創痍の四人の護衛はニヤリと笑い、ドサドサドサッと地面へ崩れ落ちて絶命した。
代わりに背後から現れた二人の騎兵は、揃ってマントとフードを脱ぎ捨てた。
バサッ ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン!
バサッ ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン!
現れたのはターバンを巻いた毛むくじゃらの顔の蜘蛛人間。
顔には赤い目が五つ光り、口の辺りでは昆虫の触手のような牙がウジュルウジュルうごめいている。
そして右手には1メートル程で三日月のように湾曲した両刃・幅広の曲刀を逆手に持ち、左手では投げ縄をもってヒュンヒュン回している。
「ニズル族のアサシンだ!
奴らは牙にも致死毒を塗っている!
気を付けろっ!」
シュバッ!
シュバッ!
アサシンは二人そろって投げ縄を投げ、ミツールは両腕ごとすっぽりはまって胴体を拘束された。
このままではミツールは引きずり降ろされて終わる。
「スキル・クイックショット!」
俺はデス・オーメンを瞬間的に二発撃った。
風属性弾丸は真空の刃を巻き起こしながら飛び、アサシン達の手からミツールの胴へ伸びる二本のロープを切断した。
後ろのモクロンが懐からナイフを出して、必死でミツールの胴体をまだ拘束するロープを切り始める。
だが手練れのアサシンは悠長にそれを待ってくれはしない。
「スキル・シャドウスクワッド!」
「スキル・シャドウスクワッド!」
シュババババババ!
シュババババババ!
アサシン達は次々と分身を作りながら、ドラグウォーカーの背からミツールの上空に飛び上がった。
その数は合計15以上。
ミツールが見上げると多数のアサシンが空を覆いつくして真っ黒な風景である。
まだ腕の自由の無いミツールは恐怖に抗い、必死で上を見据えている。
俺は魔法銃を持つ両手を、空を覆うアサシンの群れへと構えた。
「スキル・天球迎撃!」
ドガガガガガッ!
パシュパシュパシュパシュ!
本物は二体で他はイリュージョンだが、只の一人もミツールへ到達させる訳にはいかないので弾丸をケチっていられない。
敵の数は18体丁度、一発でも無駄撃ちしていれば逃していただろう。
「ゴフゥ」
「グペッ」
全ての弾丸がアサシンに命中し、イリュージョンが消えて二人のアサシンが吹き飛んで地面に落ちた。
だが上等なマジックアーマーを付けているのか、ダメージは致命傷には至っていない。
「畜生、見てろよぉ!」
縄を解かれて自由になったミツールが再び剣を構える。
「スキル・シャドウスクワッド!」
「スキル・シャドウスクワッド!」
シュババババババ!
シュババババババ!
アサシンは即座に起き上がって再びイリュージョンを生成した。
素早い動きでミツールとモクロンの乗るラクダを取り囲みながら走り回る。
俺は素早く二丁の銃からカートリッジを排出し、次のカートリッジを装填する。
「シャアアッ!」
「ミツール殿、危ないミャアアア!」
ザシュ
ミツールに走り寄ったジョロネロ古参兵が体でガードし、ミツールの代わりにアサシンのジャンプ噛みつきの牙を腕に受ける。
「はぁ……はぁ……、うっ……」
そのままジョロネロ古参兵は胸を抑えて崩れ落ちた。
「すまないっ、感謝する!」
俺は今度は銃を片方ずつ使い、アサシンを撃っていく。
使っていない方でリロード、攻撃や防御の隙を作らない為であり、魔法銃士が全員二丁持ちの理由でもある。
「えいっ! やあっ!」
ダイヤも槍でアサシンを突いていく。
だがことごとく外れ、イリュージョンである。
外れを撃って消えてくれればまだマシだが、この技は本体を仕留めなければイリュージョンは消えない。
そして常に走り回って攪乱を繰り返すのは、一度見破られたイリュージョンを覚えられない様にする為でもある。
「このっ! このっ!」
ミツールも剣を振っているが全て外れ。
このままでは体力と弾丸を消費していく。
ガィン
ミツールは反射的に剣で本物のアサインの曲刀攻撃を防御、その勢いで剣の平たい面で自分の頭を殴った。
そしてヨロヨロし始める。
マズい、意識を失いかけている!
「ミツール! 大丈夫か?」
「こんの、何がジングルベルだあぁぁ――!」
ミツールは自分の斜め後ろへと突然手裏剣を投げた。
そしてそれはアサシンの腕の露出箇所にヒットする。
ザシュッ
「ぐっ」
「大当たり、お手柄だっ!」
ドゴォン!
プジャァッ
体を止めて一瞬呻いたアサシンの脳天を逃さずにデス・オーメンで撃ち抜く。
アサシン一体を始末し、イリュージョンの数は半分に減った。
「ルーサーさん!」
走り回るアサシンの一人を目で追い続けながらダイヤが言った。
俺は意図を察して銃を構える。
「やぁっ!」
ザシュ
ダイヤの槍は本物に命中、動きを止めたアサシンを俺は見逃さない。
「オッケィ!」
ドゴォン!
プジャァッ
ミツールを狙ったアサシンは二体とも討伐が完了した。
同時に遠くで歓声が上がる。
「やったミャアアア! 魔王軍騎兵が全滅したミャアア!」
どうやらジョロネロ兵達は弓ですべてのドラグウォーカー騎兵を仕留め終わったらしい。
数的にほぼ全滅させたと考えていいだろう。
もうこれ以上の襲撃はあるまい。
ジョロネロ兵達は歓喜しながら俺達の元へと集まり始め、モクロンは地面に横たわったジョロネロ古参兵に解毒と治癒の術を施していた。
「それにしてもミツール、最後の手裏剣良く当てたな」
「なんか無我夢中になってたらおぞましい視線を背後に感じて、つい体が反応して投げたら当たりました」
「マグレね。
私はちゃんと幻影は全部覚えて、狙って当てたんだからね?」
「いや、ミツールば気配探知スキルが上がってたからな。
そのせいもあるんだろう。
手裏剣を与えておいて良かったぜ。
ミツールもダイヤも今回よく頑張った。
武人としての活躍も大きいが、この戦いではもっと大きなものも救ったんだ」
俺は周囲に集まるジョロネロ兵達の顔を見回した後、大きく息を吸ってから拳を上げて叫んだ。
そしてその場の全員が呼応する。
「輝ける勝利だ!!」
「うおおお――!」
「勝ったあぁぁ!」
「やったミャアアア!」
「ビクトリィィィ!」