魔法銃士ルーサー、人間の国を代表した外交を繰り広げる
俺達は今日の最後の視察予定の場所へ向かっていた。
「案内しろと言われればしますけれども、何故ジョロネロ最高裁判所なんか見たいんだミャ?」
「今日、もうすぐ始まるだろう?
徴用ペッパーワーキャットが原告になった人間のギルドの資産差し押さえ要求の裁判」
外交官マルフクはそれを聞いてビクッと反応し、態度が一気によそよそしくなった。
「も、もっといい所があるミャ。
例えばジョロネロ国一高い物見櫓とかどうですかミャ?
元々は周囲の監視用だけど、とんでもない高さで上から見る景色は絶景だミャ。
観光用にお金を払えば登らせて貰えるミャ。
なんなら外交機密費で料金は払っておくミャ」
「そんな事してたら裁判が終わってしまうだろう。
俺達の任務の一つが達成出来なくなる」
ミツールが尋ねる。
「徴用ペッパーワーキャット?
一体どんな裁判なんです?」
「今の魔王軍と人類軍の戦いは既に300年に及ぶ。
その間に優勢劣勢は何度も変化してきたんだが、これは人間が超優勢だった70年前の話だ。
当時ジョロネロ国は光輝の陣営に属していた。
人間の国々は新しい技術、ルーンマジックの発見によって色んな防具、武具からゴーレム型兵器に至るまで技術革新が起こっていた。
あちこちで工房が作られ、ルーン石の材料の採掘があちこちで行われていたんだ。
そして人手が足りないので人材を国の垣根を越えて広く募集していた。
給料が良かったので、ペッパーワーキャット達も争って応募し、最高50倍の倍率の競争を超えて人間の国で雇われて働いた。
だが光輝の陣営の勇者が魔王軍のアサシンに殺され、戦いを静観していた亜人族、竜人族が魔王軍についてからは一気に情勢が変わった。
光輝の軍は敗戦を重ね、領土や鉱山、資源を次々と奪われて領土縮小を繰り返し始める。
いよいよ前線から離れていたジョロネロ国が防衛線に……となった時、ジョロネロ国の人々は突然こう言い始めたんだ。
『俺達は光輝の陣営に植民地支配をされ、搾取され続けてきた。
実は隠れてレジスタンスを続けていたが、ついに勝利の時が近づいた。
我々は元より魔王軍の陣営だったのだ』」
「失礼な、本当に人間の支配と収奪は酷かったミャよ」
「ジョロネロ国は人間の国に植民地支配の賠償を請求した。
無論それは根も葉もない嘘で、魔王軍に媚びる為に必死で人間を叩く口実だ。
だが人間の国々ではペッパーワーキャットも一時的とはいえ自分たちの工場で一生懸命働いてくれていた仲間だったという意識の人も多く、見舞金として纏まったお金を払い、この問題は解決しようという事で条約を結び、人間側もジョロネロ国も合意した。
でもまた最近請求をしようとするペッパーワーキャットが現れ、人間の国々もその裁判の行方に注目してたのさ。
俺達はその結果を直に見届ける必要がある」
「裁判なんてつまらないミャ。
もっと楽しい所の見学をお勧めするミャ」
「で、外交官であるマルフク殿は、それがいかに危険な状況であるか分かっているから誤魔化そうとしているのさ」
***
ジョロネロ最高裁判所の傍聴席にて、俺達は裁判の行方を見守っていた。
裁判長のペッパーワーキャットがコンコンと木槌を打ち、裁判所内が静まり返る。
「判決を言い渡すミャ。
原告の訴えを認め、人間の国の鍛冶ギルド、鉱山ギルド、その他ギルドに対して徴用ペッパーワーキャットの遺族4人それぞれに対し、1000万ゴールドの支払いを命令するミャ。
そして支払いを拒否すればジョロネロ国内のみならず、国外にある人間の資産を強制的に接収する事となるミャ。
なお、最後の多数決の際、訴えの棄却側に入れた2名のペッパーワーキャットの実名を国中に貼りだす事とするミャ」
「そんなっ! 裁判長は誰にも言わないから心の求めるままに正しいと思う方に挙手しろって言ってたミャ!」
「ばらしてしまったら全員体操座りで顔を伏せていた意味が無いミャ!」
裁判所内では二匹を除き、ペッパーワーキャット達の歓声が上がった。
俺は立ち上がる。
「ちょっと待ってくれ!」
裁判所内が静まり返り、ペッパーワーキャット達は俺に注目する。
「人間側は見舞金を払い、当時ジョロネロ国もそれを受け取って条約を受け入れたはずだ。
その中にはペッパーワーキャット個人に支払う分も含まれている事が明記され、ジョロネロ国も認識していた。
その国際合意を完全に無視する今の判決は、世界中にジョロネロ国がまともな国ではないと宣伝するのに等しい。
今後何処にもまともに相手にされなくなるぞ?」
「吾輩はインテリなのでそれは分かっているミャ。
でも訴えを棄却なんて判決を出したら吾輩が殺される可能性があるミャ。
吾輩は自分の命が一番大事だミャ」
ダイヤが小声でつぶやく。
「なんて正直な人なの?」
ミツールは何気なく裁判所内を見回した。
傍聴席には数百人以上のペッパーワーキャットが居るが、剣や槍をもって目を血走らせている連中が大半である。
中には弓を裁判長へ向けて弦を引いたまま静止している者もおり、裁判長の言葉は比喩でも冗談でも無いのが分かった。
俺は声を張り上げる。
「人間やエルフやドワーフに関わらず、商人達と言う物は国の垣根を越えて商売をする。
ジョロネロ国にも多数の人間が働いていたり、人間のギルドが事業を広げている所が多くある。
この判決が示すのは、彼らの身が法で守られないという事。
彼らの身と資産の安全が守られないという事。
そうするとどうなる?
彼らは全員引き上げて自分の国に帰る。
そして人間の国の前例があるならばエルフやドワーフ、他の獣人族の商人達も一斉に引き上げるだろう。
ジョロネロ国の多くの人々が職を失い、貧困が加速する。
誰もジョロネロ国と商取引をしなくなる。
だって約束を守らないし、国もそれを保証しないんだからな。
そして国というシステムの維持すら困難になり、ジョロネロ国も崩壊、君たちの国が滅ぶぞ?」
「吾輩はインテリである故、それは分かっているミャ。
ロジック的にまったく原告に正しさが無いのも、国際的な裁判になったら絶対負けるのも分かっているミャ。
でももう止められないミャ」
「しかし……」
「ルーサーさん、僕に言わせてください」
ミツールが立ち上がった。
知性の低いミツールに何が出来るが疑問だが、とりあえず黙ってみる。
「僕は異世界転移者のミツールと言います。
今まで見てきて思いますが、ルーサーさんはとても頭がいいので、おそらくこの判決が通ればルーサーさんの言った通りにジョロネロ国は滅びます。
そうなったら貴方達はどうやって生きるんですか?
道は一つ、他の国に難民として出て行ってそこで生きていくんでしょう。
多分貴方達、受け入れられた国々で嫌われます。
そして心の中でこう思うんです。
『僕はエルフじゃない、僕はドワーフじゃない、僕は人間じゃない。
じゃぁ僕は一体何なんだ?
僕は何人なんだ?
でももう心の中の祖国は無くなるんです。
貴方達だけじゃない、貴方達の可愛い可愛い子供達も、祖国や誇りが無くなるんです。
人間の国で生まれ、人間の国で育っても鏡を見れば貴方達の子供には耳が生えているし鼻も赤いんです。
だから僕は人間なんだと、絶対に割り切れないですよ?
国が無くなるって事は全員、全員の子孫がそうなるんですよ?
自分のせいじゃないのに、生まれながらにして敗北者であると決められてしまうんです。
いいんですか?
そうなるかどうか、今の貴方に全てが掛かっている。
ジョロネロ国の全ての国民の未来を今この瞬間の貴方がどちらにも変えられるんです」
裁判長ペッパーワーキャットは沈黙し、震えながら声を出し始める。
「こ、今回の件は、国際慣例から見ても……理不尽な要求であり……、げ、原告の要求を、
き、き、ききゃ……」
「待てやゴルァミャ!」
「お前がその後に続ける言葉次第ではこの場で公開処刑ミャアアアァァ!」
傍聴席で聞いていた多数のペッパーワーキャットが武器をもって柵を乗り越え、裁判長の方へにじり寄り始めた。
裁判長は恐怖でガタガタ震え、必死で机にしがみ付きながら続ける。
「今回の原告の要求は、き、き、きき、ききゃ……」
「いいのかミャ? いいのかミャ?」
「んんんっ? 何を言おうとしているミャ?」
ついに一匹の筋肉質なペッパーワーキャットが裁判長の隣に立ち、片手にナイフを持って裁判長の首に手をまわし、片手で水の入ったジョウロを持って裁判長の頭の上に構える。
ドォォォ――ンッ ドガァァァン!
裁判所内に大きな音が響いた。
俺がデス・オーメンを抜き、窓の外に見える慰安ペッパーワーキャットの銅像を粉砕したのだ。
ペッパーワーキャット達は静まり返って俺に注目する。
俺はエイジド・ラブも抜き、両手の拳銃を武装したペッパーワーキャット達に向けて構えながら裁判長の方へとゆっくり歩く。
「ここは裁判所、唯一力を持つのは暴力ではなく、法のはずだ。
暴力を使っていいと言うなら俺も使うぜ?
俺は勇者サリーと共にあらゆる場所で戦ってきた魔法銃士だ。
時には数十匹の大地を揺るがすオーガの大群、時には数百のスケルトンの兵士、時には視界を覆いつくすファイヤリザードの群れと戦ってきた。
お前達程度……そうだな。
40秒あれば全滅させることが出来る。
一人も近寄らせずに無傷でな。
それでいいのか?」
裁判長が震える声で言った。
「こ、ここは裁判所内です。
法のみが正義、暴力は許されません」
「そうかぁ? もしそれが本当ならば俺も銃を使う事は出来ないという事になるなぁ?」
武装したペッパーワーキャット達は、一匹、また一匹と武器を下ろしていく。
そしてほとんどのペッパーワーキャットが武器を下ろして傍聴席へ戻ったが、裁判長にナイフと水入りジョウロを突き付けた筋肉質な奴は動こうとしない。
俺はゆっくり歩きながらデス・オーメンをホルスターに収めた。
そして左手で筋肉質ペッパーワーキャットの後頭部を掴んで固定し、右手でエイジド・ラブの銃口をその口に強引に突っ込んでハンマーを親指で下ろす。
ガチャリ……
「ンッ、ンガガッ」
「得物を下ろそうな?」
筋肉質ペッパーワーキャットは渋々ナイフとジョウロを下ろした。
裁判長は判決を言った。
「げっ、原告の要求は棄却しますミャ。
これにて裁判は終了ミャ。
なお、この結果は重要な判例として以後の同様の裁判でも参考にされるはずミャ」
俺はニヤリと笑いながら左手で筋肉質ペッパーワーキャットと握手した。
「だとさ。
末永く人間と仲良くやろうや。
な?」
「ンッ、ンガガッ」
銃口を口から抜いてやる気は無かった。
少なくともしばらくの間は。