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魔法銃士ルーサー、ジョロネロ国の腐敗に失望する

 二日目の朝。

 俺達は外交官マルフクにジョロネロ国の武器製造工房に案内させていた。

 工房へ歩く間、目的の確認も兼ねて、俺がギルドから預かった書類を読み上げる。


「光輝の陣営連合国は、ジョロネロ国に経済的な恩恵を与える意味も込めて、兵士達の使う武器の一部をジョロネロ国に生産委託している。

 もっとも使用数の多い武器、『槍』だ。

 だが最近のジョロネロ国から納品された槍の品質が酷く、ジョロネロ国が魔王軍を利する為に意図的に手抜きをしているんではないかと疑う声もある。

 なので実態を確かめて欲しいとの事だ」

「失礼な話だミャ。

 人間達もドワーフ達もエルフ達も、ちょっと妄想が激しすぎるミャ」


「まぁ、妄想で物事を決める訳にはいかないから俺達が来たわけだ。

 で、工房ってのはあれか?」


 目の前には塀で覆われた100メートル四方くらいの敷地があり、鍛冶用の煙突の付いた小屋が2、3軒、資材置き場らしき倉庫、材料の木材が寝かせてピラミッド状に積まれたものなどが見えた。


「そうだミャ。

 今日も職人たちは朝早くから頑張っているミャ」


 俺達は敷地内に入った。

 小屋の中からはカンカンというハンマーが鉄に打ち付けられる音が響き、別の方では職人ペッパーワーキャットが木材にカンナ掛けをしている。


「まずは完成品の槍から見せて貰おうか」

「そこの職人さん!

 この人達に完成品の槍を見せて上げて欲しいミャ」

「あぁん? 今忙しいミャよ。

 ったく、こっちミャ。

 ついて来いミャ」


 カンナ掛けしていた職人ペッパーワーキャットは面倒臭そうにしながらも作業の手を止め、俺達を手招きして敷地の片隅へ案内する。

 そして荒く野積みされた沢山の槍を指さした。


「あれが完成品ミャ」

「よし、じゃぁ品質を見させて貰おう。

 ダイヤ、ちょっとその槍を手に取って、適当に槍使いの型とかをやって見せてくれ」

「分かりました」


 ダイヤは歩み出て積まれた槍の中から一本を選び、広い場所へと歩み出た。


「それでわっ!」


 ブォン、スポ――ン


 最初の構えに入る為に足を開きながら槍を振り回した瞬間、槍の穂、鉄製の刃の部分がすっぽ抜けて壁の外へとすっ飛んでいった。


「あら?」


 俺は野積みされた槍からもう一本取り、片手で木の棒部分、片手で刃の部分を掴んで捩じってみる。


 ズリズリズリ、スポン


 何の留め金の無いので、当然の如くすっぽ抜けた。

 俺は職人に詰め寄る。


「ちょっと、あんた、これは一体どういう事だ?

 槍は一体何で、どうやって使う物か理解しているか?」

「ちっ、うるさい奴だミャァ。

 槍ってのは売って金にする物だミャ」


「いや、こんなもんじゃもう以後人間側も買い取らなくなるぞ?」

「はぁ……。

 確かに、お金が払われる前にバレてしまう品質なのは不良品ミャ。

 ちょっと直すミャ、その槍を渡すミャ」


 どうも俺の言ってる事と、職人ペッパーワーキャットの観点にズレを感じるが、渋々槍を渡した。

 職人ペッパーワーキャットは釘と金づちを取り出し、カンカンカンと釘を打ち付けて穂を棒に固定する。


「これで完璧ミャ」

「ダイヤ、これを使ってもう一回やって見せてくれ」

「分かりました。それでわっ!」


 ブォン、シュバシュバシュバッ!


 ダイヤは槍で演舞のような物をやって見せた。

 兵団の元隊長から訓練を受けていたというだけあり、様になっている。


「はあっ!」


 バンッ!


 ダイヤは足元に落ちていた小枝を踏みつけ、てこの原理で曲がった枝の重心が浮き上がり、枝が真上に飛び上がる。


「ヤアッ!」


 ダイヤは落ちてくる枝を穂先で突いた。

 ど真ん中にクリーンヒット。


 カァン!


 枝は槍の穂先の衝突の勢いで跳ね返り、遠くへ飛んで行った。


「ちょっと待て、ダイヤ、ちょっとその槍見せろ」


 俺は受け取った槍の穂先を指でなぞった。

 皮膚が槍の刃で切れる……事はなく、全然刃が無い。


「おいおい、これ刃が入ってないぞ」

「ちっ、仕方が無いミャ、研ぐから貸すミャ」


「いやっ、それ以前にさっきの衝突の衝撃で曲がってるぞ。

 横から見て見ろ、くの字型に曲がってる。

 焼き入れや焼き戻しとか、やってすらいないだろう?」

「ちっ、だから……」


「あのな、さすがにアンタも槍はどう使う物か知ってるだろう?

 別に名工の超高品質な物を求めてるわけじゃ無いんだ。

 これ、最低限の槍として機能しないだろ、これで敵にダメージを与えられるか?」


 職人ペッパーワーキャットは鼻息を荒くしてその場に胡坐をかいて座った。


「贅沢言うなミャよ。

 大体一番悪いのはお前ら人間が製造資金を碌に渡さないからミャ。

 むしろ俺達職人ペッパーワーキャットはこのクオリティで、ギリギリ赤字だミャ。

 俺達は奴隷じゃ無いミャよ?

 槍300本を3万ゴールドで作れなんて言う方が鬼畜だミャ」

「さ、3万ゴールド!?」


 俺は耳を疑った。

 そして持ってきた資料をくまなく見直す。

 そこには一本5万ゴールド、300本で1500万ゴールドでの発注の記録が、何回にもわたって記載されていた。

 槍一本は安物であれば普通2万ゴールド程度、ジョロネロ国への支援を考慮したかなり太っ腹な発注である。


「一体どこで1500万ゴールドが3万ゴールドに化けた……」


 ミツールが眠い目を擦りながら聞いてきた。


「ルーサーさん、ここへ来る街道は陥没した穴で塞がってたのにどうやって品物のやり取りやってるんですか?」

「あぁ、それはな。

 ここの場合……あったあった!

 ワイバーン宅配便による空中運輸サービスを利用している」


 バサッ! バサッ! バサッ!


 はるか上空を紫色の箱を掴んだワイバーンが羽ばたいて行くのが見えた。

 ワイバーンは轡と手綱が付けられ、その上には人が乗って操っているようである。


「恐らくあれだ。

 光輝の陣営の政府経由の運搬物は紫色の箱が使われる。

 よし、ミツール、ダイヤ、あのワイバーンを追うぞ!」


 ***


 ワイバーンは王城の庭で箱を置き、傍に着地した。

 4人のペッパーワーキャットが走り寄り、箱の四隅から出た担ぎ棒を担いで王城の中に運び込む。

 ワイバーンはその場に鎮座し、乗っていた人間の男はポケットから受け取り印を貰う為のスクロールを取り出しながら後に続く。


「よし、俺達も後を追うぞ」

「あ、あんまり好き勝手に行動して貰っては困るミャ」

「あぁん?」


「分かりましたミャ」


 マルフクは眠そうなミツールに肩にもたれ掛かられ、至近距離で睨まれて冷や汗を流しながら歩いて付いてくる。


 ***


 箱は大臣の部屋に運び込まれた。

 大臣は手下に命令する。


「箱を開けて中身を数えるミャ」


 手下たちは大きな台座を二つ用意し、入っていた金貨を積み分けながら大臣の目の前で数える。


「1500万ゴールド、確認しましたミャ」

「うむ、よろしい。これ配達人、受け取り印を押してやろうぞミャ」

「はい! ここにお願いします」


 配達人は真っ白いスクロールを差し出し、大臣は机に置いてあった大きな印章を片手にとって朱肉に付け、スクロールに印を押した。


「それでは今日はこれで帰らせて頂きます。

 二週間後には完成した槍300本を受け取りに参りますのでよろしくお願いします」

「うむ、ご苦労ミャ」


 ワイバーン運輸の配達人は帰っていった。

 大臣は手下に命令した。


「そっちの半分をワシの倉庫に運び込むミャ。

 もう半分は内政府へ運ぶミャよ」


 手下たちは言われた通りに分けて運び始める。

 ダイヤが俺に囁いた。


「酷い、いきなり半分着服されましたよ?

 問い詰めるべきじゃないの?」

「まぁ、待て。

 実態を確かめる事が先だ。

 まだ750万ゴールドあるはずなんだ。

 内政府へ運んでいる方を追うぞ」


 ***


 750万ゴールドを運ぶ大臣の手下は、内政府の建物へと入っていく。

 俺達は隠れながらその後を追跡した。

 大臣の手下は国際協力事業部と書かれた部屋へと入り、そこの事業部長に金貨の山を提示する。


「人間の国から槍300本の発注の為、720万ゴールドを受領しましたミャ。

 受け取り印をお願いしますミャ」

「分かりましたミャ。今数えさせるミャ」


 再び二つの入れ物が用意され、内政府の事業部長の部下が金貨を数えていく。

 ミツールが小声で聞いてきた。


「今あいつ720万ゴールドって言いましたよね?」

「分かってる。

 大臣の手下の尻のポケットを見て見ろ。

 不自然に盛り上がっているだろ。

 こっそりちょろまかしてるんだよ。

 だが俺達が追うのは残り720万ゴールドだ」


 内政府の事業部長の部下は金貨を二つの入れ物に分け終わった。


「720万ゴールド確認しました」

「よろしい、じゃ、これハンコです」


 大臣の手下は受領印を受けて帰っていく。


「じゃ、そっちの360万ゴールドを国営事業部へ運んでくれ」

「了解したミャ」


 事業部長の部下が金貨の入った入れ物をもって部屋を出た後、事業部長のペッパーワーキャットは自分の机に残りの金貨を詰め込んで鍵を掛けた。


「信じらんない……」

「予想通りだ、残り360万ゴールドを追うぞ」


 ***


 国営事業部と書かれた部屋の中で、金貨を運び込んだペッパーワーキャットは言った。


「人間の国から槍300本の発注分の資金、300万ゴールドを受け取ったミャ。

 これで槍300本、しっかり作るミャよ」

「分かりました。今数えさせるので」


 その後、地域課へ来たときには120万ゴールド。

 商工部へ来たときには50万ゴールド。

 ようやく内政府の建物を出て武器工房の所長室へ来たときは25万ゴールド。

 所長室から班長へ来た時には10万ゴールド。

 そして最終的に職人の元へ来た時には3万ゴールドとなっていた。

 俺はずっと息を潜めながら俺達についてきていたマルフクに詰め寄る。


「マルフク殿。

 貴方もこの実態を最初から最後まで目撃しましたよね?

 どうお感じになりましたかね?」

「どうって言われましても……普通だミャ」


「普通?」

「高い地位に居る者が、多くの恩恵を享受する。普通の事だミャ」


「いや、人間の国は正当な金額を払ったにも関わらず、職人たちからは鬼畜扱いされてるんですが。

 それに高い地位になったって事はそれだけの責任があるって事だぜ。

 大きな責任があるから選ばれた有能な連中が上へと推挙される。

 そしてその高度な仕事に対して給料が高くなるのは正当だ。

 だが今見たのは全部横領だろ」

「推挙?

 プッ、ルーサー様、貴方子供じゃあるまいし。

 高い地位と言うのは天がその人に与えた物、誰にも覆されることの無い『徳』という物ミャよ。

 地位の高さが責任の高さになる?

 プププッ。

 地位の高さは役得の大きさミャ。

 だからこそ皆争って足を引っ張り合い、ライバルを蹴落としながら上り詰めるミャよ。

 職場の同僚は皆、敵ミャよ。

 隙あらば蹴落とすのが賢いペッパーワーキャットのビジネススタイルミャ」


 ミツールが言った。


「ルーサーさん、このことを職人達にばらしましょうよ」

「いや、そうするとどうなる?

 職人たちがボイコットを始め、ジョロネロ国の中で混乱が発生。

 自分たちの不正を隠すために金貨をちょろまかした上層部が粛清を始めるかも知れない」

「ほほっ、人の為に物を考えるなんて、ルーサー様はお人よしですミャ。

 なんなら私が実態を大公開しましょうかミャ?」


「マルフク殿、あんた自分の国が混乱して、崩壊してもいいのか?」

「知った事じゃ無いミャよ、旨い汁を吸うだけ吸って、最悪他のワーキャットの国に亡命すればいいミャ。

 他のワーキャット共はお人よしばかりだからちょろいミャ」


 俺はしばらく考え込み、言った。


「マルフク殿、確かに貴方が言う事もまた、この世界の真理ではある。

 他のワーキャットも、人間達も過去は貴方達よりはるかに長い戦乱の歴史があった。

 圧制の歴史があった。

 抑圧と理不尽の歴史があった。

 だがその中で人がどうあるべきか、人だけでなく社会がどうあるべきか、それぞれの国なりの美徳を生み出し、生活に結び付いた宗教が生まれた。

 そしてその美徳とされる制限が当たり前の環境で子が親となり、さらにその子がまた親となる。

 そうやって今の光輝の陣営として価値観を共有した集団が今存在するんだ。

 純粋にアンタの国、ジョロネロ国は歴史が浅すぎる。

 いきなり成長しろと言う方が無理な話だ」

「くっ、何か侮辱されているような気分ミャ」


「よっての俺の知り合いのワータイガー族の中でも、最も厳しい性格で雄の成人の儀式は体高4メートルのドラゴサウルスを一人で仕留めるか死の二択、あいさつ代わりに拳の飛ぶ亜人種、ベンガル・ワータイガー族の軍隊を常駐させて監視に当たらせる事を光輝の陣営内政部に要求しておく。

 元勇者のパーティーメンバーとしての強い要望としてな」

「いやミャアアアア!

 そんなのやめてミャアアアア!」

 

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