魔法銃士ルーサー、ジェロネロロイヤルホテルで宿泊する
俺とミツールとダイヤは工場の査察を終え、今日の宿泊予定であるジョロネロロイヤルホテルのフロントへと来ていた。
このホテルはジョロネロ国で最も大きく、VIPが多く泊まるホテルで、三階建てで総部屋数が30部屋程、一階にはフロントの他に土産物を販売する売り場もある。
俺はフロントの受付ペッパーワーキャットに言った。
「冒険者ギルドが予約を取ってくれているはずだ。
俺はルーサー、他にミツールとダイヤが居る。
エリックだけは事情があって先に帰国したので3名だ」
「『打倒魔王アバドーン』パーティーの方ですミャ?
予約は受け付けておりますミャ。
お部屋は三階で既にお休みになれますミャ。
ルーサー様は305号室、ミツール様は306号室、ダイヤ様は308号室ですミャ。
これが各部屋の鍵ですミャ」
「お、おぅ。
ありがとう。
しかしどの部屋が誰か指定が有るのか?
変わってるな。
部屋によって何か違うのか?」
「当ホテルはお客様一人ひとりに合わせて部屋の調度品を変えたりと、細かなサービスを心がけているミャ。
ジョロネロ国一のロイヤルホテルですのでミャ」
「そうか、じゃ、今日はもう休ませてもらうことにするよ。
ほれ、ダイヤ、部屋の鍵だ。
あれ?
ミツールは何処へ行った?」
「土産物見てくるって向こうの売り場に行ったわよ」
俺はミツールに鍵を渡す為、土産物売り場へと移動した。
***
「毎度ありがとうございますミャ」
ミツールは既に何か購入したようである。
「どうしたミツール。
何か土産物を買ったのか?」
「やっぱせっかく来たんだし買わないといけないでしょう。
ほら、どうです?
ルーサーさん」
ミツールは片手で木刀を持って俺に見せつけた後、それで自分の肩を叩く。
「なんでこんなところに来てわざわざ木刀なんて買ってるんだよ?」
「兵団の訓練所に一杯あるのに……」
「やっぱ木刀ですよこういう時は。
後これも」
ミツールは小さなタペストリーを買い物袋の中から取り出して見せびらかす。
「変な趣味をしてるんだな、異世界人って奴は。
どれ、ちょっと俺も見てみるか」
俺は売り場を見回し、ある物が目に留まる。
手のひらサイズの卍型の刃物である。
俺の視線に気付いた店員がそれを手に取って解説する。
「これはシュリケンという投擲武器ですミャ。
ジョロネロ国に太古に存在したと言われるスルサという黒装束に身を包んだ暗殺組織が使用したという伝統的な武器で、その活躍ぶりは数千年前のものと言われる岩に描かれた壁画にも残っていますミャ。
東方の人間の国の忍者という職業、そこに技を伝授した起源がわが国のスルサと言われていますミャ」
「投擲武器か、そういえば忘れてた。
5つくれ」
「お買い上げ有難うございますミャ」
「包装はしなくていいぞ。裸のままでいい」
俺は代金を払い、5つの卍型手裏剣を受け取ると、そのままミツールに渡した。
「え? くれるんですか?」
「あぁ、お前が勇者として伸ばすべきスキルの一つだからな。
暇なときにでもそれの投擲の訓練をするんだ。
いつか必ずお前の身を助ける事になる」
「有難うございます」
「いいなぁ、ルーサーさん私にも何か買ってぇ――」
「駄々っ子かよ、つーかダイヤ、お前はそもそも何が得意なんだ?」
「お屋敷に居た時はレイピアとエストック、槍とアーチェリーの訓練を受けてたわ。
元兵士長だったお庭番のブラッドから」
「突き刺す系ばっかだな……というか凄いな。
貴族と言っても武人系なのか」
「ムカつくんですよ、兵団の模擬訓練でダイヤと初日にやり合ったらそもそも近寄れなくて間合いに入れなくてフルボッコ」
「貴方が弱すぎるんでしょ」
「まぁ継続する事が大事だ。
ミツールもつい木刀を買ってしまったという事は、魂が何かしらそれに引き付けられたという事。
ひょっとしたら化ける可能性だって無くは無い。
それにしてもダイヤは刺突系かぁ……」
話を聞いていた売り子のペッパーワーキャットが、金や宝石で装飾されたレイピアを自分の顔の横に並ぶように両手で持ち、超ワクテカした顔で目をキラキラさせてこちらを見ている。
値札には30万ゴールドと記載されていた。
「……よし、じゃぁ各自自分の部屋に移動するぞ。
まだ二日あるんだ。
今日はゆっくり休め」
***
部屋にはベッドが一つ、分かれた空間に浴槽と暖炉が有り、暖炉の上にはヤカンが有って自分で湯を沸かせるようになっている。
冬場の場合は自分で湯を沸かして風呂の温度は調整しろって事であり、この世界では一般的なホテルの調度品と言える。
机と椅子も置いてあり、俺は机の引き出しを開けた。
そこには漫画スクロールが2つほど入っており、ベッドに寝転がりながら開いて見てみる。
スクロールにはこのホテルの創業者がいかに苦労して成り上がったか、奥さんペッパーワーキャットと協力して事業を拡げたかの物語が漫画形式で記載されていた。
面白いかというと、それほど面白くは無いが暇つぶしにはなる。
しばらくそのまま漫画スクロールを読み込み始めた。
トントン、トントン
「開いてるぞ。入ってくれ」
ガチャリ
入って来たのはダイヤであった。
「どうした、もう夜遅いから早く寝ないと明日辛いぞ」
「部屋がなんか気持ち悪くて……」
「気持ち悪い?」
「いろんな場所から見られている気がして怖いの」
俺は仕方なく立ち上がってベッドから降り、ダイヤを連れて自分の部屋から出る。
「気にし過ぎなんじゃないのか?」
そう言いつつも、勇者パーティーが寝込みを襲われるというのは良くある事だ。
俺も勇者サリーのパーティーに居た時、5、6回は襲われた。
その中には俺でも手こずるターバンを巻いたアサシンが魔王軍に雇われて部屋に潜んでいたこともある。
流石にまだ名を成していないし、実績もないミツールのパーティーが狙われる事は無いと思うが念のためだ。
ガチャ
後ろにダイヤを引き連れ、ダイヤの宿泊する308号室のドアを開けた。
「……」
「ね? 何かおかしいでしょ?」
「何かこの部屋のものに手を触れたか?」
「ドアを開けて見回して、そのままルーサーさんの部屋に行っちゃった」
俺はまずベッドの方へと歩き、布団をめくった。
バサッ
「お、お布団を温めておきましたミャ」
中には雄のペッパーワーキャットが入っていた。
「ギニャー! 只のサービスなのに酷いミャ」
ドガッ、ガチャン!
喚くペッパーワーキャットを廊下に蹴り出してドアを閉め、再びベッドに近づく。
そしてしゃがみこんでベッドの下を見た。
「ど、どうもー。曲者がお客様に近寄らないように見張ってるミャ」
もう一匹居た。
「お前が曲者だ、出てけっ!」
「あんれまーミャァアアア!」
ドガッ、ガチャン!
再びドアを閉め、周囲を見回す。
そして暖炉に近寄り、四つん這いになって顔を暖炉に突っこみ上を覗いた。
「プ、プレゼント精霊だミャ、プレゼントをあげる為の良い子はどこかミャァァ?」
顔中ススだらけの雄のワーキャットが円筒内に両手両足で逆立ち状態で踏ん張って詰まっていた。
「プレゼントはいらな、ミャアアアア!」
ドガッ、ガチャン!
不審亜人を廊下に放り出し、ドアを閉める。
まるでダンジョンの中に居るような緊張感で周囲を慎重に見回して気配を探る。
そして俺は洗面所の大きな鏡に近寄り、鏡の中を睨みつけた。
ガタッ
中から音がしたので鏡を外す。
「あらっ、良く見つけたミャァ。
は、ハーフミラーで部屋の中でお客様が危険な目に合わないか監視してたミャ」
ドガッ、ガチャン!
俺は部屋中を探りまくる。
食料を入れる冷蔵魔法チェストの中に一匹。
風呂場の天井部分に両手足を壁に突っ張って張り付いていたのを一匹。
机の下から一匹。
ベッドの上のクッションの布を裂いてみたら綿にまみれて出て来たのが一匹。
カーテンの裏、右と左に各一匹。
床が実は隠し倉庫のようになっていて床板を剥がしたら下の空間に潜んでいたのが三匹。
窓を開けて周囲を見回したら上下左右の壁に貼り付いていたのが四匹。
最初は呆れていたダイヤも最後はガクガクと震えはじめていた。
「ルーサーさん……私今日はルーサーさんの部屋に泊まりたい」
「……ふぅ……。
ジョロネロ国だしなぁ……。
静かにしてるんだぞ」
ダイヤは結局俺の部屋に泊まる事になった。
布団に入って俺は漫画スクロールを読み、隣でダイヤが同じ布団に入って俺の片腕にしがみ付いている。
トントン、トントン
(やばっ、多分ミツールだ。
変なこじれ方するのは嫌だからお前布団の中に隠れるんだ)
(分かりましたっ!)
慌ててダイヤが布団の中に潜り込んで隠れる。
ちゃんと収まったのを確認し、俺は声を上げる。
「まだ鍵は開けてる。入っていいぞ」
ガチャリ
現れたのはミツールであった。
「どうしたんだ?」
「ルーサーさん、部屋がなんか微妙に気色悪くて……」
「お前は男だろ!
何のために今日木刀を買ったんだ。
勇者たるものいつ何時敵に襲われるか分からない。
それは日常なんだ、例え周囲で魔獣が吠えまくっても注意を怠らずに、平気で寝れるくらいになれ。
これも修行だ。
さぁ、帰った帰った」
「はぁ……そうすか……」
ミツールは渋々自分の部屋へと帰った。
***
ミツールは自分の部屋に入り、机の前に座って引き出しを開ける。
漫画スクロールが有るのに気が付き、それを手に取って眺めながらベッドへ移動、布団を開いた。
「ふぅ――、ふぅ――、お布団を温めておきましたミャア……」
「げぇっ! この野郎! 何のつもりだよ不審者めっ!」
「朝まで時間はたっぷりあるミャ、さぁ俺と友情を深めるミャよ」
「やめっ、このやめろっ!」
ゴロゴロゴロ、ゴロゴロゴロ、ドカッ、パシッ
「いい加減にしろこのっ!」
ミツールは筋肉質な雄のペッパーワーキャットから逃れると自分の鞄から木刀を取り出して振り回した。
「このっ! このっ!」
ドガッ! バキッ!
「い、いでぇミャ、勘弁ミャ」
「出てけっつってんだろぉがっ! このっ!」
「わ、分かったミャよ、殴らないでミャ」
ドガッ、ガチャン!
「はぁ……はぁ……。まじでビビった。
心臓止まるかと思った。
くそっ、風呂でも入って気分直すか」
ミツールは服を脱ぎ、全裸になって水の満たされた浴槽に入った。
季節的にはまだ夏なので水風呂でも入れるだけマシである。
「ふぅぅ――、今日はホント最悪……。
ひえっ!」
天井を見上げたミツールはフリーズした。
ペッパーワーキャットの雄がよだれを垂らしながら、両手両足を壁に踏ん張って天井に張り付いて見下ろしている。
「お、お兄さん、中々ご立派なものを持ってるミャ。
お背中お流しするミャ」
ミツールは慌てて浴槽から手を出して脱ぎ捨ててあった服を探り、卍手裏剣を取って天井に投げつける。
ドガッ、グサッ!
「イギャアアアアアア!」
ドタッ! バッシャァァン!
「額に、額に手裏剣がぶっ刺さったミャアアアア」
「この野郎!
頭を手裏剣だらけにされたくなかったら出ていけっ!
このっ!
このっ!」
ミツールは裸で再びベッドの方へと走り、木刀を手にして不振な雄のペッパーワーキャットをたたき出す。
「最悪だこのホテル!
悪夢だよ糞!
もう寝る!」
ミツールは体も拭かずにベッドにのって布団を頭の上にまで被って目を閉じる。
ソソッ、ズシッ!
何かが布団の上に乗っかった感触がする。
ミツールは恐る恐る顔まで被った布団を下ろした。
至近距離からまた別の雄のペッパーワーキャットが鼻息をミツールの顔に吹きかけながら小声で言った。
「ジングル……ベール……ミャッ」
***
結局俺は同じ布団でダイヤと一緒に寝た。
さすがに俺の技量の事は知っていたのか、それとも何かの動物的なカンが働いたのか、俺の部屋に近づく不審者は居なかった。
起きてダイヤと交代で洗面所を使い、ダイヤがちゃんと帯剣して武装したのを確認してから部屋を出る。
そしてミツールの部屋に行き、ノックした。
コンコン、コンコン
「おはようミツール。昨日は大丈夫だったか?」
ガチャリ
現れたのは目の下にクマを作ってやつれたミツールであった。
「ルーサーさん……勇者というものは厳しいんですね……」
「お、おぅ」
遅れてやってきたダイヤもミツールを見て若干引いている。
「どうしたのミツール。酷い顔してるわよ?」
「寝れなかった……寝かせて貰えなかった……」
「お前まさか……、大丈夫か?
なんならジョロネロ国の警察に通報した方が。
いやシャーマンを呼ぼうか?」
「安心してくださいルーサーさん。
僕は守り抜きました」
守り抜いた?
ん?
何かが違う。
普通の人間には感じれないが、戦闘職の頂点の一角を担う俺にはミツールの体から発するオーラが増大しているのが感じられた。
「ミツール、ちょっとあのステータスの奴、異世界転移者だけが使える魔法、使ってみろ」
「ステータス・オープン」
―――――――――――――― ミツールのステータス――――――――――――――
レベル:6
種族:人間?
筋力:42
知力:13
俊敏さ:36
【スキル】
剣術:レベル5
寝技系格闘術:レベル3
手裏剣・スローイング:レベル13
威嚇:レベル5
気配探知:レベル3
フェイント・テクニック:レベル5
ハイディング:レベル5
交渉術:レベル6
【ユニークスキル】
屁理屈:レベル32
ティッシュ・スローイング:レベル45
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「すっご……ミツール目茶苦茶パワーアップしてるじゃん。
レベルも4つも上がってるし」
「大変だったんだな。
よく頑張ったミツール」
上がったスキルでミツールの激しいギリギリの長時間に及ぶあらゆる意味での激闘が推測出来た。