魔法銃士ルーサー、我を忘れる
晩餐室での配膳されたイカ料理は一旦取り下げられ、代わりに一品ずつ芸術的な盛り付けのなされた宮廷料理がふるまわれた。
メインディッシュはマグロの肉をペースト状にした、ワーキャット族の中では有名な人気料理『マグチュウル』である。
周りに転がっている糞も見慣れてしまえば……、気にしなければ苦しむほどの事でも無い。
俺達は食事を終え、会談を行う為の別室に移動、今回の視察の目的について外交官マルフクと話し合っていた。
ミツールはまだこの世界の事情が分からず、エリックは既に外交官マルフクに舐められてしまっており、ダイヤに交渉能力があると思えない。
必然的に会話を主導するのは俺だ。
「魔王軍に対して支援物資を送らないという条約、これは2年前に締結してあったはずだ。
だがペッパーワーキャットの補給部隊があちこちで魔王軍と一緒に行動している目撃証言が多数上がっている。
まずはこの件について、マルフク殿の見解をお聞かせ願おうか?
返答次第で我々はジョロネロ国の補給部隊を隅々まで調べ、兵士一人ひとりに聞き取り調査をしなければならない」
「あれはミィム11世が決めた条約ミャ、もうミィム11世は処刑されてしまっているから無効ミャ」
「はぁ?
条約というのは国と国、果てはその上位にある連合と連合の決めた約束。
個人との口約束とは違うぞ」
「全てミィム11世が悪いミャ。アイツは本当にろくでもない事をしでかしてくれたミャ。
それよりもここはツートラック外交で、ジョロネロ国への経済支援を……」
バァン!
ココナが机を両手で叩いた。
「お前達は父上がジョロネロ国の国王に即位した時、全員で喜んで祝ってたはずニャ!
魔王軍への支援物資を送らない条約を結んだ時も、代わりに人間の国いくつかから経済支援を引き出して、国民全員が『外交の天才』と褒め称えていたニャッ!
それに元国王陛下であった父上に対してアイツとは何ニャッ!」
「え? そういえばどこかで見た顔と思っていたミャが……貴方は王女ココナ……」
「そうニャッ!
ルーサーさん……申し訳ないけどどうしても先に聞きたい事があるニャ」
俺はココナが言いたい事を察して答える。
「あぁ、構わないぜ」
「ありがとうニャ。
マルフク殿、ワタシの弟のクレオは……ミィム12世は無事なのかニャ?
今王城の地下牢に幽閉されていると聞いているニャ」
「えっと……それは……その……」
マルフクのまごついた態度に不安を感じ、俺も問いただす。
「どうなんだ?」
「多分……生きてるミャ」
「多分? 多分って、マルフク殿は外交官でありながら自国の今の元首の状況を知らないニャかっ!?」
「私も外交官としての仕事で忙しくて、直接関わっては居ないのでそれほど詳しくはないミャ。
でもさすがに死んだらその情報は来てるはずなので死んでないはずミャ」
「誰が世話をしてるんだ?」
「牢屋に囚われた者の世話をするのは牢番ミャ」
「他には? 誰も様子を見ないのか?」
「自分に割り当てられてない仕事を好んでやる馬鹿は居ないミャがよ」
あんぐりと口を開けていたココナの表情がだんだん不安に染まっていく。
ココナは泣きそうな顔で俺を見た。
俺はココナの気持ちを察して言った。
「まず真っ先にミィム12世に合わせて貰いましょうか。
今から」
「い、いや、色々手続きがあってそんなホイホイと部外者を牢屋に通す訳にはいかないミャ」
「俺達は今、見たいんだ」
「い、一週間まってくれミャ」
ミツールがマルフクの目を見つめ、口を半開きの『あ?』という形にして身を乗り出した。
「畏まりましたミャ、それでは今から行きましょうミャ」
***
外交官マルフクに案内されて王城に入り、地下牢へ向かう廊下を進んでいる間、ココナは震える手で俺の手を握り、心配そうにこちらを見ながら小声で言った。
「ここ数日間、どうしても嫌な胸騒ぎと焦燥感がして止まらなかったニャ。
クレオが無事だといいニャ。
無事であって欲しいニャ」
「少なくとも生きているなら大丈夫なはずだ。
今気に病んでも解決するものでも無いしな。
それとペッパーワーキャットを憎んで生きてもお前自身を傷つけるだけだ。
俺はココナにそんな敗北者の人生は送ってもらいたくないと思っている。
可哀相に。
両親が無残に殺されたんだ、そう簡単に割り切れるものじゃないだろうがな」
「誤解しないで欲しいニャ。
父上も母上も、今のような状況は予想してたニャ」
「予想?」
「ジョロネロ国が国として正式に設立して、歴代8名の王が居たけど、全員が処刑か獄死しているニャ。
父上はそれを承知で、光輝の陣営としてこの国を導きたいと国王になることを承諾したニャ。
この国の人々にとっては地位は役得、天が与えた自分への利益で不正をして私腹を肥やすのが常識ニャ。
でも実際の国王は、父上は常に自分の死の危険を認識して戦っていたニャ。
ワタシは近くで見てたから分かるニャ。
父上は寝転んでサボる豚ではなく、最前線で命懸けで戦う兵士のように国政を行っていたニャ。
父上も母上も可哀相に殺されたワーキャットでは無いニャ。
立派に戦って、戦死したニゃ」
「そうか、……そうだな」
***
俺達は外交官マルフクの紹介で牢番のワーキャットに出会い、連れられてミィム12世、ココナの弟のクレオが閉じ込められている牢屋の前に来ていた。
レンガの壁で覆われた牢には窓は無く、出入り口は錆び付いた金属製の扉一つだけ。
しかもその扉から外に見えるのは顔の高さにある小さな鉄格子だけである。
「今開けるミャ」
チャリッ、ガチャガチャ
牢番は腰に下げた鍵束から鍵を一つ取り出し、ドアのカギを外す。
そしてドアを開く。
ギギギギギ……
重い金属のきしむ音を立てて扉は開いた。
牢屋の中は真っ暗、見えるのは扉を開けてすぐの地面に置かれた金属製の汚れたボウルのみ。
中にはカビが生えて干からびた乾パンが手つかずの状態で入っていた。
ココナは胸に片手を当てて、過呼吸になりそうな興奮状態で必死で暗闇の中を見る。
ダイヤは乾パンを見て驚きながら言った。
「こんなもの食べさせられてたの……、病気になるわよ?」
「マルフクさん、そのランタンを借りますよ」
「えぇ……は、はいミャ」
ミツールに睨まれながら、マルフクはエリックにランタンを渡す。
エリックはランタンを掲げ、牢獄の中へと踏み入れた。
窓一つない異臭の漂う牢獄。
中には多数の糞が転がっていた。
そして奥では既に衣服の形の残っていないボロキレが体に付いたような状態で、ガリガリに痩せて毛髪もごっそりと抜けたハーフワーキャットの10歳の少年が横たわっていた。
キキッ チュゥチュゥ
灯りに驚いてネズミが走り回り、多数の蛆虫が石の床を這っている。
「ゴホッ……ゴホッ」
せき込む声を聞き、ココナはその少年の元へ駆け寄り、すがり付くように叫んだ。
「クレオッ! クレオッ! 御免ニャァアア!
早く助けに来れなかったお姉ちゃんを許してニャアア!」
「ゴホッ……ココナお姉ちゃん……神様……ありがとう」
「ココナさんっ! 弟さんを抱き起こしてはいけませんっ!
出来るだけ触らない様にして下さい!」
エリックはランタンを床に置き、懐からポケットサイズの聖典のような物を取り出してパラパラめくる。
「クレオ君は危険な状態、今まさに衰弱で死のうとしている状態です。
ほんの小さな姿勢の変化、ちょっとしたショックで死んでしまうかも知れません。
私は出来る限りの治癒を試みますが、本来治癒魔法は体の持つ自然治癒力を高める物。
ここまで衰弱した飢餓状態ではそれほど効果が出ません。
ココナさん、ずっとクレオ君に呼びかけ続けて下さい。
彼が諦めてしまったらそこで終わりです!」
「クレオッ! 頑張るニャ!
みんなが今助けてくれるニャ!
貴方はミィム王家の王、こんなところで負けてはいけないニャ!
戦うニャ!」
「わっ、私は何をすればっ!?
エリック君何か持ってきて欲しい物ある!?」
エリックが必死で治癒魔法を詠唱し、ココナが呼びかけ、ダイヤがあたふたと駆け回る。
クレオは浅い呼吸をしながらココナに尋ねる。
「お姉ちゃん……父上は?
母上は?
どうして会いに来てくれないの?」
「クレオ……。
頑張るニャ!
頑張って元気を取り戻せばもう一度会えるニャ!」
ココナは全身をカクカクと震わせていた。
寒いのではない。
怖いのではない。
幼いクレオをこんな容赦の無い地獄へ突き落した連中への限界を超えた怒りが、ココナの理性の制御を飛び越えてココナの体を支配し、意思とは無関係に全身を震わせていた。
俺はそれを見ながら俺は牢番に尋ねた。
「彼の世話をしていたのはお前だけか?」
「そうだミャ」
「なぜちゃんとした食事を与えて、牢の中を掃除しない」
「なぁにを言ってるミャ。奴は反革命勢力の親玉ミャ。
ジョロネロ国をボロボロにしたミィム11世の手先、悪の総本山ミャ。
ジョロネロ国の今の汚点は全てコイツラが作り上げたミャ。
全てはミィム王家が悪いミャ。
むしろまだぬるいミャ!
まだまだ躾けが足りてないミャ!」
ドガンッ、ゴリゴリゴリゴリ……
俺は牢番の頭を開いた鉄の扉に片手で押し付け、顔を牢屋の中へと向けさせた。
「いぎゃミャアアァァッ! 痛ぇミャァァ!
なっ、何するんだミャアアァァッ!」
「見て見ろ、この牢獄の中の様子を。
何が見える?」
「は、反革命分子のミィム王家の糞のゴミガキが入っているミャァァ」
ゴリゴリゴリゴリ…
牢番の頭を片手で鉄の扉に押し付けたまま、鉄格子で擦り下ろす様に上へ持ち上げる。
牢番の足は宙に浮いた。
「ちゃぁんと見て見ろ」
「だっ、だからっ暴力は止めるミャ!
こんな事は許されないミャ!」
「見えないか?
おっかしーなー。
俺には何の罪も責任もない10歳のワーキャットが、まともに食事も与えられず、風呂にも入れられず、1年以上も窓も無い真っ暗闇の中で虐められ続けて、今まさに飢餓と衰弱で立ち上がる力も無くして死にかけているのが見えるが?」
「なぁにが何の罪も無いだミャ!
ミィム王家は悪そのものだミャ!」
カチャッ
俺はホルスターから魔法銃、デス・オーメンを抜いた。
「そうか。
お前は目が開いているのに物が見えないんだな?
じゃぁ、生かしておく価値が無いな」
ガチャリ
俺は牢番のこめかみに銃口を押し当て、ハンマーを親指で押して下ろした。
「ひぃぃぃミャァアアアア!」
ジョロロロロロ……
牢番は魔法銃士という戦闘職の頂点に居る者の、本気の殺意を感じて失禁する。