ハーフワーキャットの王女ココナ、ミツールにドン引きする
ペッパーワーキャットの外交官、マルフクはジョロネロ内政庁舎の中の廊下を先頭に立って歩き、俺達を案内した。
「どうぞ、どうぞこちらミャ。
皆さま長旅でお疲れでお腹も減っているでしょうミャ。
皆さまの為にお食事も用意していますミャ」
ミツールもエリックもダイヤも獣人の国の建物に入るのは初めてな為か、キョロキョロ周囲を見回しながら歩く。
ココナは俺の手をしっかり握りながら付いてきている。
心なしかその手には力が籠り、内心緊張しているのが伺えた。
「ほら、この角をまがればすぐミャ」
ドンッ
マルフクはいきなり立ち止まったので、よそ見をしていたエリックはマルフクにぶつかってしまった。
「す、すいません。よそ見をしてまして……」
マルフクは無言でエリックを見てしばらく沈黙する。
そして少し口元に笑みを浮かべてから顔を激怒状態に豹変させ、強い口調で言った。
「コラッ! 気を付けるミャアッ!
ちゃんと前を見て歩けミャアアアアッ!
……返事は?
(ポン、ポン)
返事はミャ?」
態度を豹変させたマルフクはエリックの頭を手でポンポン叩きながら促す。
ダイヤはびっくりして目を丸くして見ている。
エリックも狼狽えつつ答えた。
「すいません、分かりました。
以後気を付けます」
「ほんとにいい加減にして欲しいミャ!
ああんっ!?
今度やったら許さないミャァよ?
じゃぁ国賓用の晩餐室にはいるミャ」
部屋に続く通路を歩いている間、ココナがエリックの耳元で小声でささやく。
「ペッパーワーキャットに対して頭を下げてはいけないニャ。
今のやり取りでアイツはエリックさんの事を自分よりヒエラルキーが下の存在と位置付けしたニャ。
多分これから事あるごとに……意味も無く階層を再確認し続けるようなイビリをしはじめるニャ。
これから付き合いが長くなりそうな今、非常に不味い状況ニャ」
「えええぇぇ……そんなぁ……」
不安そうな顔のエリックをミツールは横目で見て、黙って頭の後ろで手を組んで歩く。
案内された部屋にはテーブルクロスの掛けられた長机が中央にあった。
天井にはシャンデリア、テーブルの上には二つの燭台、床には乾いた茶色い丸い物が転がっていた。
「ささっ、どうぞそちら側に座るミャ」
「ミツール、勇者となれば王様に招待されることもある。
儀礼的な事、礼儀作法はお前も知っておく必要がある。
ここで客を招いているのはあの外交官のマルフク、つまり俺達は彼が座ってるのと反対側にテーブルをはさんで向き合うように座るんだ。
今回の依頼はお前のパーティーで受けた、そのリーダーであるお前がこちら側の中央に座るんだ。
こういう席順にも細かな決まりやしきたりがあるんだ」
俺はミツールに外交儀礼の基本的な事を説明する。
そして俺達と外交官マルフクは以下のように席に着いた。
―――――――――――――― 晩餐室 ―――――――――――――――
糞
マルフク
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□□□□□□燭台□□□□□□□□□□□□□□□燭台□□□□□□□□ 糞
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ココナ ダイヤ ミツール エリック ルーサー
糞
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
チラチラと地面に転がっている茶色い物を見続けていたエリックが俺に小声でささやく。
「ルーサーさん、信じられないというか……嘘だろうと思って何度も見返したんですが……。
ここ晩餐室で食事をする部屋ですよね?
あちこちに糞が転がってますよ」
「この国ではそれは気にするな。
ペッパーワーキャットには他の種族のような衛生観念が無いんだ。
彼らは糞に囲まれた中で平気で寝るし、食事するし、地面に落ちた物を平気で食う。
彼らにとってみれば俺達が何に不快感を示しているのか、どうしても理解できないんだよ。
だから、あの糞については悪意がある訳じゃない。
糞に関してはな」
外交官マルフクは食堂に繋がるドアの方を向いて、両手をパンパンと鳴らした。
「お客様へのお料理を持ってきてくれミャ」
「失礼しますミャ」
ガラガラとカートを押しながら雌のワーキャットが晩餐室に入って来た。
そして俺達の前の机に、次々と皿に載った料理を置いていく。
全員分置き終わると、外交官マルフクがワクワクした顔で言った。
「それでは皆さん、お召し上がり下さいミャ」
「美味しそうなイカ焼きね」
「上品な飾りつけがしてありますね。それでは頂きましょうか」
食べようとしたダイヤとエリックを、俺は無言で手と目線で制する。
バンッ!
ココナが両手で机を激しく叩いて立ち上がり、興奮しながら叫ぶ。
「お客様であるワタシ達にイカを出すとはどういう事ニャアッ!」
「え、そ、それは……そ、そう興奮なさらずにミャ」
「ワーキャット族はいくつも種類があるニャが、イカを食べれば毒なのは皆共通ニャ!
そしてお客にたいしてイカ料理を出すのは、出された料理が食べれなくてションボリするワーキャットを見る為の陰湿なイジメ行為ニャ!
だからお前達ペッパーワーキャットも共通で、イカ料理を出すのは外交儀礼上、最大限の非礼に当たるニャ!
だから例えば相手がワーキャットでなくても、イカを食べても大丈夫な人間相手でももてなしの心を疑われないために、絶対にイカ料理など出さないと暗黙で決まってたはずニャァアアッ!」
「いや……まぁ落ち着くミャ」
「いいですかぁ? ちょっと」
ミツールが立ち上がった。
「まず自己紹介がまだだったので言っておきますけど、僕はミツール。
異世界転移者です」
「ミャ! い、異世界転移者ミャ!?
こ、これは……お会いできて光栄でございますミャ」
「今回の君達の数々の無礼な行為に今、非常に不愉快な気分ですよ。
……キレますよ?」
「ご勘弁くださいミャ、どうか冷静に……」
ミツールは目の前のイカ焼きの乗った皿を手に取り、マルフクの顔面に投げてぶち当てた。
ビシャァッ!
「あちゃっ、あついミャ! お許し下さいミャ!」
「収まりませんよこれでは。
貴方の上司と、この建物内の全職員をこの部屋に呼んで貰いましょうか」
「ご容赦くださいミャ」
ドオォォンッ!
ミツールは椅子に登り、机に足を思い切り踏み鳴らして乗せた。
「容赦出来る訳ないでしょ!?
呼んで来いよ!
お前の上司と、この建物の全職員!」
「だ、だから」
「呼んで来オォ――イッ!」
マルフクは怯えながら退場した。
しばらくしてぞろぞろとペッパーワーキャット達がドアから現れ、晩餐室の机を取り囲むように集まる。
ミツールは机の上に乗って言った。
「マルフクゥッ!
お前まず机に載って土下座だ。
周りのお前らっ!
お前らも壁に貼り付くまで下がってから土下座だっ!」
「許して下さいミャ」
「土下座ァァァアアアッ!
いいんですか?
異世界転移者の僕がキレますよ?
あと今の勇者サリーの連れをやってた超強いルーサーさんが貴方達を魔法銃で虐殺しますよ!?」
「い、いや、ミツール、そこまでは……」
「お許しミャ……」
机の上でさらし者にされながら土下座するマルフクの頭を、ミツールは靴でグリグリ踏みつけた。
踏んだ痕には何か茶色い物も混じっている。
実はミツールはこの部屋に入って糞を踏んでいた。
「こっ、これで勘弁してミャ」
「誠意が無いですね。服を全部脱いで下さいよ。
全裸土下座、あ、あと自分のケツの穴にそこのスープ用鍋に入ってるお玉の柄を突っ込んで全裸土下座してください」
「ひぃぃぃぃ……わっ、分かりましたミャ」
「早くしろおっ!」
マルフクは外交官として、ペッパーワーキャット族の中では珍しく整った衣服を着ていたが、全てを脱ぎ捨てて全裸になる。
「ひっ、ひぎぃっミャ」
そして長いお玉の柄を自分のケツの穴に差し込み、この建物の全職員が見ている前で机の上で土下座をした。
「ほらほら、ちゃんと額を机に擦り付けて、グリグリと。
そうですね二桁というのは我慢してあげますよ。
9回、お尻を高く上げて、お尻にささったお玉を左右に振りながら、心を込めて額をこの机に打ち付けて土下座をして下さい」
マルフクは涙を流し、ミツールに片足で頭を踏まれながら机に額を何度も擦り付ける。
「ご勘弁ミャ!」 ゴンッ! グリグリグリ!
「ご勘弁ミャ!」 ゴンッ! グリグリグリ!
「ご勘弁ミャ!」 ゴンッ! グリグリグリ!
「ご勘弁ミャ!」 ゴンッ! グリグリグリ!
「ご勘弁ミャ!」 ゴンッ! グリグリグリ!
「ご勘弁ミャ!」 ゴンッ! グリグリグリ!
「ご勘弁ミャ!」 ゴンッ! グリグリグリ!
「ご勘弁ミャ!」 ゴンッ! グリグリグリ!
「ご勘弁ミャ!」 ゴンッ! グリグリグリ!
マルフクの額には血が滲み、部屋の周囲で同じように土下座しつつ机の上の様子を見守るペッパーワーキャット達は顔面蒼白である。
「よぅし、これからはちゃんとしろよっ?
分かりましたよね?
……返事ワアアアアアァァァッ!?」
「分かりましたミャ! 以後気を付けますミャア!」
「よし」
ミツールは机から降りて椅子に座り、俺に向けてサムズアップした。
「ルーサーさん、ちゃんと分からせましたよ」
「あ、ああ……、多分ここのペッパーワーキャットは制しただろう……た、大したもんだ……。
だがちゃんと相手は選べ。
他のワーキャットや人間にこんな事するんじゃないぞ」
ダイヤは余りの衝撃的な光景に怯え、小さく震えながらココナに小声で尋ねる。
「ココナちゃん……この国の人たちってここまでやるの?
もうあのマルフクさんのプライドはズタズタじゃないの?」
「奴らにダイヤさんが想像するようなプライドや誇りは存在しないし、虐げるのにも虐げられるのにも慣れてるニャ」
「でも……酷すぎよねぇ。そうでしょう?」
「……ドン引きニャ……」




