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魔法銃士ルーサー、ジョロネロ国に入国する

 俺達は獣人族、ミィム・ハーフワーキャットの王女のココナに森の中を案内され、ジョロネロ国の門へと辿り着いた。

 目の前に広がるのはゴミの散らばった土丸出しのまっすぐな道路と、左右に無秩序に並ぶあちこちが歪んで崩れそうな木製の家。

 そしてチラホラ見えるのは道路や空き地で腹を出して昼寝をしている毛むくじゃらのワーキャット達である。

 ココナよりも猫に近く、手足も顔も赤みの強い茶色いくせ毛で包まれ、口も突き出ていて鼻が黒い。

 ミツールは興味深そうに近くの道路に寝転がったワーキャットに近寄り、上から見下ろした。

 そのワーキャットは腹をだして仰向けになり、虚ろな目で虚空を見ながらよだれを垂らして口を開けっぱなしである。

 ミツールに上から覗き込まれても、ちょっと目を動かして視線をやった後、無視して腹をポリポリと掻く。


「ルーサーさん、これがペッパーワーキャットですか?」

「そうだ」


「ココナと全然違いますね。

 コイツは肉球のある猫の手だけどココナは爪が尖ってても人間の手だし、顔も耳が生えてるだけで可愛い女の子だし」

「まぁココナ達よりモンスターに近いからな」

「こんな糞共と一緒にするニャ」


 エリックが周囲をキョロキョロ見回しながら言った。


「一応私達は人間側からの特使なんですよね?

 お迎えとか無いんでしょうか?」

「人間の国とやり取りする外交官、本人しか俺達が来る事を知らない可能性がある。

 ペッパーワーキャットは全員自己中だから自分の事しか考えん。

 その場その場で好き勝手に話を進め、決まった内容を誰にも知らせず、言った言わないでモメるのはいつもの事だ。

 元からまともな出迎えなど期待してねぇよ。

 まずは公館へ向かおう。

 ココナ、俺達から離れるんじゃないぞ」

「わ、分かったニャ」


 ココナは俺の言った事を言葉通り理解したのか、右手で俺の腕を掴み、左手でエリックの腕を掴み、二人に挟まれて手をつないだような形で一緒に歩き始めた。

 ……まぁ、安全さで言えばそれで確実かも知れない。


 しばらく歩いていると二匹のペッパーワーキャットが言い争っているのに出くわした。

 俺は彼らを無視して横を進んでいく。


「お前! サワガニなんかの何がいいミャ!」

「はぁ? サワガニの天ぷらは最高ミャーよ」


「白々しい嘘を言うなミャ! あんなどぶ臭いもの美味い訳が無いミャアアッ!」

「美味い物は美味いと言ってるミャ、このドブネズミがミャ。お前殺すミャ」


 ワーキャットの喧嘩の声はどんどんと大きくなっていく。


 ガシャァァンッ!


 サワガニ否定派のワーキャットは近くの人の家の玄関にあった壺を持ち上げ、思いきり地面に叩きつけて割った。


「この糞野郎、おオミャーのその歯糞まみれの便所臭い口にウンコを詰め込んでやミャーかっ!?

 いっぺんしばいたるミャアァァァッ!

 この〇×▽□がミャアアアアアッ!

 今すぐここで土下座しろミャアアアアッ!」

「調子こいてんじゃミャーじゃがっ!? どつきまわしたるミャアアアアア!

 いっぺん本当に殺したるかミャァァァ!」


 ガシャアァァン!


 サワガニ大好き派のワーキャットはやっぱり人の家の玄関に並んでた別の壺を蹴飛ばして割った。

 二匹のワーキャットはにらみ合って一瞬両手を組みあって力比べのように踏ん張った後、同時に背後に飛びのいてお互いに威嚇し合う。


「ワ――ゥワ――ゥワ――ゥワ――ゥワ――ゥワゥ」

「ワ――ゥワ――ゥワ――ゥワ――ゥワ――ゥワゥ」


 ダイヤが心配そうにそれを指さし、俺に真剣な顔で訴える。


「ルーサーさん、なんか物凄い喧嘩ですよ?

 止めたほうがいいんじゃないの?

 このままじゃ大事になっちゃうんじゃ……」

「放っとけ。

 あれはペッパーワーキャット族の只の日常会話だ。

 初めて見る人間には信じられないかも知れないが、人間同士の常識はここでは捨てろ」


 エリックも驚きながらココナに尋ねる。


「ココナさん、ワーキャット族っていつもあんななんです?」

「同じにしないでニャ。

 ここのペッパーワーキャット族だけニャ。

 あいつらおやつ代わりに唐辛子ばっか食べてるから、みんな頭がおかしいニャ」


 それでも心配そうに振り向いて喧嘩を見続けるダイヤの傍に、通りすがりの別のワーキャットが近寄った。

 顔の毛が整ってるし、体格が若干丸みを帯びている、雌である。

 そのワーキャットは当たり前のようにダイヤが頭に付けているティアラをスパッと取り、持ち去ろうとした。

 慌ててダイヤはそのワーキャットの手を掴んで引き留める。


「ちょっ、ちょっ、ちょっと待った! 待ちなさいよっ!

 貴方今私のティアラ取ったでしょう?」

「取ってないミャ」


 雌の盗人ワーキャットは、俺やミツール、エリックまでもが注目してる中、ささっと奪い取ったティアラを自分の手提げかばんの中へ入れる。


「いや取ったわよ白々しい、私見てたんだからね!

 それに近くに貴方以外居ないじゃないっ!

 ほら、今鞄に隠したでしょ、見せなさいよっ!」

「俺も見てたぞ、ダイヤの大切なティアラだ、大人しく返してやりな」

「私も見てましたよ、酷いですね貴方」

「取ってないったら取ってないミャ。

 ほんと何を言って……ちょ、勝手に開けないでミャ」


 ミツールがその雌のワーキャットの手提げかばんを強引に開ける。

 そこにはスマホが飾り付けられたティアラが入っていた。


「このティアラ、あんたの?」

「当たり前ミャ、一体何言ってるミャ」


「これ何か分かる?」


 ミツールはスマホを指さした。


「ブラックプレート、ミャがよ」

「スマホって言ってね、多分この世界には一つしか無いんだ。

 そしてこれは僕がダイヤにあげたものなんだ」


「何言ってるミャ、私のものミャがよ」


 ガサゴソッ!


「うニャァァァッ!」


 パシーンッ!


 ココナが鞄からティアラを奪い取り、その雌の盗人ワーキャットの頬にいきなり平手打ちをした。


「うミャアアァ……、酷いミャ、酷いミャァ…、鬼畜生ミャァァァ……」


 雌の盗人ワーキャットは頬を抑えて泣きながら走り去った。


「はい、どうぞニャ」

「あ、ありがとう……。でもちょっとあれやり過ぎだったんじゃないの?

 もうちょっと優しく諭してあげないと……」


「気にするニャ。

 ワタシもこの国へ来てしばらくは理解出来なかったミャ。

 理解するまで、いっぱい痛い目を見ないと分からないニャ。

 アイツにはあれが適切な扱いニャ」


 俺はほっとしながらも諭す。


「ダイヤ、エリック、ミツール。

 ここに居る間は持ち物には細心の注意を払い続けろ。

 ペッパーワーキャット族は『所有』の概念が希薄だ。

 そして彼らの日常の会話、彼らの日常の当たり前の触れ合いが相手との上下を決めるマウンティング行為だ。

 関わっていたら一瞬たりとも気が休まらない。

 何人もの外交官がノイローゼになって国に逃げ帰る原因だ」


 茫然として肩を落とすエリックとダイヤ。

 だがミツールは先を歩き、振り向きながら言った。


「なかなか気に入った。いい所ですね」


 俺は一瞬頭の中が白くなった……気がした。

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