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魔法銃士ルーサー、理不尽にワーキャット族に襲われる

 俺はミツールのパーティー三人と共に木の大賢人タカーシに別れを告げ、再び馬車でジョロネロ国へ向かっていた。

 しばらくうたたねしながら揺られていたが、御者の声と馬のいななきと共に馬車は停止した。


「お客さん! ジョロネロ国の町までもう少しなんですがちょっと問題が発生しまして……」

「どうした?」


「道が大きく陥没してて進めないんでさぁ」


 俺は馬車から出て道路を見る。

 森の中に一本続く道は、深さ3メートルくらいのクレーターのような穴で分断されていた。


「こりゃぁ、確かに馬車で行くのは無理だなぁ」

「すいませんねぇ。ジョロネロ国はもう少し、あと1キロも進めば着きます。

 申し訳ないがここからは歩いて行って貰えませんかねぇ?」


「仕方が無い、ここまで運んでくれてありがとよ。ほら料金だ。

 ミツール! エリック! ダイヤ!

 ここからは歩きだ。

 行くぞ!」

「まいどっ。今後ともごひいきに」


 俺は運賃を払い、ミツール達パーティを連れて森に少し入った側から穴を避けて通った。

 馬車は反転して元の町へと帰っていく。

 エリックが巨大な穴を覗き込みながら言った。


「凄い穴ですね。何があったんでしょう?」

「多分地下水の汲み上げ過ぎで地盤沈下が起きて放置されてるんだ。

 底にいっぱい草生えてるだろ。

 多分一か月以上は放置されてるはずだ」


「放置? ジョロネロ国へ行く道は他にもあるんですか?」

「いや、この一本だけだ」


「大変だ、町で何かが起こってるんじゃないですか?」

「いや。

 面倒くさいだけだ。

 確かにこの道は大勢の人が通るし、時には物資の輸送、商人の行き来もある。

 みんなが困るから誰もが直してほしいと思っているはずだ。

 誰かが直せば皆が有難く利用するだろう。

 だがそんな慈善事業などしたら損だと考えるのがペッパーワーキャット族だし、実際に彼らの国の中でだけはそれが正しいんだ」


 ダイヤが言った。


「でも普通はこういうインフラは国にとっての重要な物だから国がお金を払って直させるんじゃないの?」

「ペッパーワーキャット族の統治機構は上から下まで、完全に腐敗しているのが伝統だ。

 自分の懐に利益が入らなければ役人は動かんよ。

 というか……道が途中から無くなってるな」

「道路が使えなくなったから人も通らなくなって、誰も手入れしないから草ぼうぼうになっちゃってますね」


 俺達は完全に森の中をさ迷いながら、草木をかき分けて進み続ける。

 手入れのされてない森と言う物は人の背丈より高い木々、生い茂る草で視界を遮られ、簡単に方角など見失ってしまうのだ。

 毒蛇をうっかり踏まない様に地面を見ながら草をかき分けていると、ミツールが藪の奥を指さして言った。


「ルーサーさん、あっちに藁の家みたいなのがありますよ!

 天辺からモクモク煙出てるから人が住んでますよきっと。

 行って助けて貰いましょう」

「おっ、そうだな。

 ま、何があるか分からんから念のため俺が先頭を行こう。

 お前らは見失わない程度に離れて後ろをついて来な」


「ちぇっ、先頭を行くのは勇者である僕の役割なのに」

「もう少し経験を積んで、レベルを上げたらな」


 俺は草をかき分けながら家に近づいていく。

 家は直径5メートル程、高さ2メートル程で、円錐形に組んだ骨組みに細長い葉を被せた原始的な作りのようだ。

 葉っぱで作った帽子を被せたような天辺からは、葉の隙間を通って煙が立ち昇る。

 何かを焼いているか、もしくはいぶして燻製を作っているのだろう。


 ドサッ!


 前触れもなく、俺の上に何者かが上から飛び降り、両肩に足をおいて乗っかって来た。


「お前らいい加減にするニャッ! ワタシの忍耐にも限界があるニャ!

 本当に殺すニャァァァ!」


 驚いて上を見る。

 上からは黒髪でバッツン一文字に切り揃えた前髪、後頭部で紐でくくったおかっぱっぽい短いポニーテールの少女が覗き込んでいた。

 三角の大きな猫耳も生えている。

 猫科の獣人族の少女である。


「てっ、敵だぁぁ!」

「る、ルーサーさんっ! 大丈夫ですか!?」

「剣っ、剣をっ」


 俺の後頭部を挟み込むようにして肩の上でしゃがみこんでいたワーキャットの少女は後ろを素早く振りむいてミツール達を睨む。


「大勢で来たニャか!? それなら手加減は出来ないニャ! 覚悟ニャァァァ!」


 少女は両手を広げて振り上げた。

 皮のグローブをはめて握りしめた拳の、指の隙間からは金属製のカギ爪が光っている。

 湾曲した爪先は鋭く尖り、俺の頭に打ち付けられたら只では済まない。


「ま、待て! 落ち着け、ちょ、まっ」

「死ねニャァァ! スキル・キャットストライク!」


 ガキンッ! ガキンッ!


 俺は反射的にホルスターから二丁の魔法銃、エイジド・ラブとデス・オーメンを抜いて自分の頭の左右をガードする。

 少女が頭の両側から挟み込むように叩きつけて来た鋼の爪は魔法銃の銃身にぶつかって止まった。


「待てって落ち着けって」

「舐められてたまるかニャァァアッ!」


 少女は俺の肩から再び飛び上がり、空中回転して爪を振り回しながら俺に向かって落下する。


「スキル・イベージョン」


 俺の体は瞬間的に分身状態となり、少女の攻撃はスカって地面へ着地する。

 だが俺は爪を振り終えた少女をそのままにする気は無い。

 魔法銃を素早くホルスターに収め、両手で少女の両手首を掴み上げた。


「こんのっ! 大人しくしろっての」

「いやニャッ、離すニャァアッ!」


 ミツールが剣を構えながら走り寄る。


「ルーサーさんが先頭でよかっ……、いや、えっと、モンスターですか?」

「いや、こいつは人間では無いが、光輝の陣営に属する獣人族。

 意思の通じ合える種族だ」


「獣人族! これがジョロネロ国のペッパーワーキャット族ですか?」

「いや、もっと人間に近い。

 ペッパーワーキャット族は雄も雌も全身を体毛が覆っているが、こいつの手足と顔には無いだろう。

 しかも髪の毛の色が黒。

 もっと東南の方に住むミィム・ハーフワーキャット族の雌だ」


「髪の毛の色?」

「ワーキャット族には色々種類があるが、髪の毛の色でおよそ性質が判別出来る。

 覚えておけ。

 黒は友好的、白は神経質、茶色と白の縞模様は警戒心が強くて、白と黒と茶色の混ざったのは暴力的だ」

「と、とっても友好的なワーキャットさんね!」


 話を聞いて少し落ち着きを取り戻した獣人の少女は俺達を見回し、暴れていた手を下げた。


「ペッパーワーキャットの糞共じゃニャイのか?

 脅かすニャ……、うっ、うっ、脅かすニャァァァ……」


 獣人の少女は顔を抑えて泣き始めた。


 ***


 木の葉と骨組みで作られた家の中で、俺達と獣人の少女は火を囲んで座っていた。

 俺は嗚咽する獣人の少女に尋ねる。


「お前一体、こんな場所で何してるんだ。

 一人で生活してるのか?

 お前らの種族は人間と同程度の文化があるだろう」

「迫害から逃れる為ニャ」


「迫害から逃れる?

 国に帰ればいいだろう。

 お前らの国は魔族との闘いの最前線から離れてるから今は平和なはずだぞ」

「10歳の弟がジョロネロ国の王城の地下牢に幽閉されてるニャ。

 置いて帰る訳にはいかないニャ」


 ミツールが吊るしてあった魚の燻製を遠慮なく齧りながら言った。


「地下牢に幽閉されてる?

 どんな犯罪やらかしたんですかね?」

「ミツール殿、いくらなんでも10歳でそれは無いですよ」

「そうよ、そんな事する訳ないでしょう?」


 獣人の少女は顔を両手で押さえてすすり泣きながら言った。


「弟はジョロネロ国の王大使ニャ。

 父上様、ミィム11世が処刑されてからは形式上は弟がまだジョロネロ国の最高権力者ニャ。

 でもペッパーワーキャットの糞共の汚い権力闘争に巻き込まれて幽閉されたニャ。

 ワタシも城から追い出されて、町に居たらいつ掴まって吊るし上げられるか分からニャイからこんな場所に隠れ住んでるニャ。

 でもたまに地元のペッパーワーキャット共が襲いに来るニャ。

 あいつら確実にワタシを犯そうと狙って来てるニャハアァァ……」

「まさかお前は……」


「ミィム11世の娘、ココナ。ニャ」

「やっぱりそうかぁ……大変だったなぁ……」

「あぁ……なるほど……」

「可哀相……、お話として聞くのと生々しい現実はやっぱり別物なのねぇ」


 クレリックの家庭のエリック、貴族のダイヤはそれなりの教養があり、伝え聞いていた世界情勢からココナの口にしない事情を色々察したようだ。

 だがこの世界の情勢に疎いミツールが不思議そうな顔で聞いてきた。


「あれ? なんでペッパーワーキャットの国の王様をハーフワーキャットがやってたの?」

「歴史を見れば良くある事なんだよ。

 王の血筋ってのは思いのほか重要でな。

 国を作ったり、大きな勢力をまとめ上げる時に、旗印のように祭り上げられる事が多い。

 ジョロネロ国は内部の争いの絶えない国だ。

 内輪の殺戮で王家の血ってものが途絶えてしまってたんだよ。

 だからこそ『権威』って奴を作る為に、ミィム・ハーフワーキャットの国から伝統ある王家の末裔だったワーキャット、ミィム11世を招いて王にしたんだ。

 だがペッパーワーキャットってのは情勢によってあっちへフラフラ、こっちへフラフラ国民全員が右へ倣えでコロコロ主張を変える奴らだ。

 1年ほど前、まだ勇者サリーが活躍していなかった時期、魔族が圧倒的に優勢だった時代にクーデターを起こしたんだ。

 そして王家の『権威』欲しさに自分で招いていたミィム11世を悪者としてつるし上げて処刑してしまったんだ」


 ココナはその話を聞いて、嗚咽しながら涙を流し、顔を覆った。


「おおっと悪かったな。

 余計な事を思い出させてしまってよ。

 だが丁度いい、俺達はこれからジョロネロ国に行って、色々と王城も含めて見て回る予定だ。

 人間側の特使としてな。

 お前も同行するんだ。

 ついでに弟の様子も探ってやる。

 大丈夫、皆でお前を守ってやるよ」

「グズ……エッグ……ニャ……」

「えぇっ? ルーサーさん、なんでトラブルを自分から招くような事するんですか?」


「いいじゃねぇか。そもそもジョロネロ国に行く道案内だって必要だろうよ」

「グズ……、か、顔を洗ってくるニャ」


 ココナは一人、小屋を出る。

 俺は三人の前に顔を出し、小声で言った。


「放っておけば確実にここだって見つかるし、見つかればココナは酷い目に合う。

 今まで無事に生きてこれた事すら奇跡だ。

 最悪ペッパーワーキャットの群衆が興奮して吊るし首や公開処刑にしてしまう事だってあり得る。

 その時が近いか、遠いかは別として彼女一人じゃそれは絶対に避けられないんだ。

 ミツール、お前は光輝の陣営の勇者なんだ。

 すぐ先に見えている悲劇を見捨てるなんてしねぇよな」

「……」

「そうですね。僕達で彼女を守りましょう」

「可能なら弟さんも救出してあげましょう?」

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