魔法銃士ルーサー、ミツールの勇者教育の仕事に復帰する
俺はゴブリンの巣を完全に掃討後、万が一子供が迷い込んだら危険なので入り口の支え木を破壊、威力重視の骨銃『デス・オーメン』で一発撃って落盤させて封鎖した。
新銃の威力は凄く、まるで小型の大砲でも撃ち込んだかと思うほどの地響きを立てて岩肌は砕け散る。
なお、戦利品はめぼしい物は無かった。
まだ作り立ての巣だったからな。
その日は元の予定だった洗濯を終えると一日休んで体の回復に専念した。
***
翌日、俺はドーラの町の兵舎に入る。
いつもの丸テーブルでコップで水を飲んでいたスラールさんは俺を見て引きつった顔で笑う。
「おはよう、スラールさん」
「おはようございます。ルーサーさん。体調は大丈夫ですか?
あまり無理をなさらずもう少し休んで頂いても……」
「あれっ? ミツールはまた来てないのか?」
「はははは……、彼はその……」
スラールさんは俺から目を反らしながら言った。
「なんか自分はもう勇者に向いてないから辞めますと……」
「いや、困るだろう。
異世界転移者ってのは国家レベルの重要人物、今の魔王との闘いでのキーパーソンだ。
一体何が彼をそうさせたんだ?
何か思い当たることは?
昨日一体どんなことをしたんです?」
「ミツール殿も色々辛い事もあって落ち込んでるかも知れないから気晴らしにと思いましてな。
ドーラの町の博物館の見学をさせたんです。
彼は新米のエリックと仲が良くなってたので、一緒にね。
所謂休暇みたいなものですよ」
「ちょっとエリックを呼んでくれるか?」
***
丸テーブルに呼ばれ、俺とスラールさんの間にエリックは座った。
俺はエリックに尋ねる。
「エリック、この前はどうもな。助かったぜ」
「いえいえ、僕はたまたま治癒魔法の初歩を知ってただけですよ。
それよりもルーサーさんの顔色が以前より良くなってて安心しました」
「ところでミツールなんだが、どうも勇者を目指すのを辞めたいとか言ってるみたいでな。
今日出てきてないんだよ」
「えぇぇ!? 昨日は『俺は絶対勇者になって世界を救ってハーレム作る』とか言ってましたよ?
『エリック、お前は俺のパーティーメンバー確定だからな』とも言ってましたし。
博物館の見学で芸術家のオルタックの描いた裸婦像見て凄い興奮してはしゃぎまくってましたし……」
「特に心当たりが無いと?」
「無いですねぇ……、何か博物館出るときは妙に無言だった気もしますが」
「ふぅむ。
ちょっと博物館に案内してくれるか?
ミツールと一緒に見て回った場所を頼む」
「スラール隊長……」
「いいよ、ルーサーさんの依頼だ、行ってきなさい」
***
俺はエリックに導かれ、ドーラの町にある小さな博物館の中へ来ていた。
この国の内政官は教育熱心で、若者の知識を高めるためにとあちこちの町に無理やり大小様々な博物館を立てている。
とはいっても王宮の王族と違い、飾る物などそう集まるもんでも無い。
どこかの少年が無器用に彫った木像や、失敗したような陶芸作品が無造作に陳列されている。
「これです。これが芸術家オルタックの描いた裸婦像です」
「ほぅ」
俺は裸婦像をチラ見した後、周囲を念入りに見回す。
そしてある提示品が気になった。
解説プレートには解説が記載してあった。
―――――――――――――
『魚石』
石の中に生きた魚が住み、泳いでいると言われる伝説の石。
実在が疑われていたこの石は、ドーラの農民マルスさんが偶然掘り当てました。
元々博識だったマルスさんは手に取った瞬間に伝説の魚石に間違いないと直感し、15年の歳月をかけて丁寧に石を磨き続け、ついに中を泳ぐ魚が透けて見えるくらい薄く、そして中の液体が漏れ出ないほと精密に仕上げる事に成功したのです。
本来数百万ゴールドの価値のある石ですが、マルスさんがドーラの町の子供たちの為にと展示する事を強く希望したため、何百人という商人達の購入の申し出を断り続けながらここに展示しています。
ドーラの町、最大の秘宝と言えるでしょう
――――――――――――――
白いレースの被せられたその机の上には、木製の台座だけが置かれている。
俺はその台座に歩み寄り、裏側を見た。
エリックもつられて裏を見る。
「あっ!」
「割れてるな」
台座の裏では粉々に割れた薄い石の欠片と水、そして魚の死体が横たわっていた。
俺は予め借りていた魔導会話貝を取り出し、通話を開始する。
ガタ、ゴト、カチャ
「……はい」
「ミツール、どうした? 勇者辞めたいんだって?」
「そうです。やっぱり僕には向いてなかったんですよ」
「ちょっとその事で話があるから、町の博物館に来てくれるか?」
「え? は、博物館?
……。
いや、もう僕は見識を広めるための旅に出ようと思ってまして、もうドーラの町を出る準備をしている最中なんですよ」
「……来てくれるか?」
「いや、もう勇者は辞めるんです。申し訳ないですがもうルーサーさんのお世話になるのもお仕舞いです」
「……で、来てくれるな?」
「はぁ……、分かりましたよ……」
***
「よぅ、1日ぶりだなミツール」
「……どうも」
俺はミツールを博物館の入り口で出迎えた。
「まぁ歩きながら話そうや」
俺とエリック、そしてミツールは3人で博物館の奥へと歩く。
「なんで向いてないと思ったんだ?」
「僕なんて弱いですし、お役に立てないですよ。
ほんと御免なさい」
「誰だって最初は弱いんだ。
だから訓練をするんだよ。
俺は断言するが、本当の強さというのは生まれながら腕っぷしの強さじゃない。
苦痛や逆境に耐え続け、例え最初は弱くても長い年月をかけて鍛錬を続けていく。
その心こそが本当の強さなんだ。
生まれつきの強さ何て限界がある。
何十年も、何百年もかけて知識と知恵を磨き伝えてきた人類は巨大な象なんかよりはるかに強いだろう?
お前にも何度もそれを教えてやろうとしたのになぁ。
まったく残念だ」
「すいませんね。
でも僕の心はもう変わりません。
決心したんです。
だからもう帰っていいですか?」
ミツールは立ち止まった。
「もうちょっと、もうちょっと話そうや」
「いや、もうほんと、変わらない、結論は変わらないですから」
「ミツール殿、もう少しだけ話しましょうよ、これで終わりなんて悲しいじゃないですか」
エリックがミツールの手を取って引っ張り、強引に再び歩き始める。
「いや、僕の決心は硬いですし」
「決心かぁ――。
ところでミツール。
これ、お前やったな?」
ミツールの背を押し、割れた魚石の前に立たせた。
「……いやっ! 僕じゃないですよ!
なんですかっ!
僕を疑ってるんですか!?
酷いですよルーサーさん!
いつもいつも僕を馬鹿にしてっ!
いい加減僕もキレますよ!
あ――頭来たっ!
いろんな場所にルーサーさんを訴えてやりますよ!?
はぁっ?
毎回毎回僕ですかっ?
ふざけないで下さい!
いやっ! ふざけんな!
もうキレましたっ!」
ミツールの態度を見て、俺とエリックはミツールが黒と100%確信した。
「エリック、すまないが館長を呼んできてくれないか?」
「分かりました。行ってきます」
***
エリックに連れられてやってきた博物館館長は、割れた魚石を見て絶句した。
額に手を当て、フラフラッと倒れそうになるのをエリックが慌てて支える。
俺は館長に深々と頭を下げた。
「申し訳ございませんでした。
異世界転移者のミツールはまだこの世界に慣れておらず、私が教育係として常についていなければならなかった所、不覚にも体調を崩してしまいこのような顛末になってしまいました。
とても高額な展示品という事は存じておりますが、私達もそれほど裕福なわけではなく、すぐに弁償と言う事も難しく……何年かかけてコツコツと弁償は続けますので何卒……」
真っ白な顔をした館長はフラフラしながら答える。
「いえいえ、人類の救世主の勇者パーティーのルーサー様と、これから勇者になろうというミツール様に対して損害の請求など……出来ようはずがございませんよ。
お代は結構です。
これは魔王を倒し、人類を救う事で返して頂ければ私共は何も問題の無い事です」
***
結局のところ、弁償は無しで話が付いた。
普通はあり得ないだろうが、元勇者パーティーだった特権と言うところだろうか。
「という事だミツール。
こりゃ勇者を目指し続けるしかないな」
「そうですよミツール殿。一緒に頑張りましょうよ。
僕もミツール殿のパーティーメンバーの名に恥じない様に努力を続けますから」
「……分かり……ました」