説教おじさんと化した魔法銃士ルーサー、ゴブリンの巣穴で姫騎士を説教する
俺は畑から葱2本を引き抜いて土産にし、おたゑちゃんの待つ家へと帰った。
「おたゑちゃん、ただいま。今日俺の畑で育った葱2本とって来たよ。
今日の食事の材料にでも使ってくれ」
「ホワホワハフヒヘ(おやおや、悪いねぇ。有難く使わせてもらうよ)」
「キキキッ!」
掃除をしているおたゑちゃんの背後からリスザルのミミちゃんが現れ、俺から葱を受け取る。
そして流し台の方へ走っていき、泥を洗い始める。
「俺も只の居候じゃ悪いからさ。何か手伝わせてくれよ」
「ホウヘヘ(そうねぇ)」
「キキッ! キキキッ!」
ドタッ、ドタドタッ!
ズズズ……
ミミちゃんが物置に駆け込み、木のタライと洗濯板を押しながら現れた。
「そうか、洗濯だな? いいよ、俺が行ってくるぜ」
「ヒホフヘヘ(気を付けてねぇ)」
俺は木のタライと洗濯板、そして洗濯ものを入れた籠を背負って家を出た。
向かう先はたけのこ村を出て少し歩いた先の小川だ。
***
たけのこ村の近くの小川は、ドーラの町やさらに遠くへ流れるミルティ川の源流、清らかな水の流れる清流だ。
ここではウナギや鮎、イワナが棲み、時折たけのこ村のお婆さん達の食卓を彩る料理となる。
おたゑちゃんの話では秋から冬にかけて、鮭も川を登って来るそうだ。
俺はおたゑちゃんたちがいつも洗濯をしている場所、河原にたどり着いて荷物を下ろす。
こういう川でよくある光景、カーブした川の内側に広い砂利の河原が広がり、外側は岩の削れた岸壁となり、その上にうっそうと茂る木々や雑草。
川幅は今は10メートルくらいだろうか?
源流故に小さいが、外側の深みでは多分色々な魚が潜んでいるだろう。
「しかしこういう川のせせらぎの音と、虫やカエルの鳴き声だけの世界というのもいいもんだなぁ。
目の前で静かに流れる透明な水……後ろにあるのは自然の山。
ん?
なんだあの穴?」
川と反対側は急勾配の斜面になっており下草がいっぱい生えている。
だが一か所、見覚えの無い大きな丸いほら穴が開いていた。
高さは1.5メートル程。
背の高い草で隠されているようだが、明らかに奥深くまで続いている。
「熊か? 狸か? ここはたけのこ村のお婆さん達が良く使う場所。
放置するわけにはいかんなぁ」
俺は洗濯物類を置いて穴の入り口に近づき、マジックトーチという魔法がチャージされたリングを指にはめて中を覗き込む。
指輪は黄色い光を放ち、たいまつのように洞穴の内部を照らし出した。
洞穴の中は1メートルおきくらいに不格好な木と蔦で作った鳥居のような形のもので補強されている。
「……マズいな。
コイツは野生動物じゃねぇ。
ゴブリンの巣穴だ。
放ってはおけねぇ。駆除しとくか」
俺はリングを左手に嵌め直し、右手には赤い銃『エイジド・ラブ』を構えて洞穴の奥へと進んでいく。
穴は硬い岩盤を避けるように右へ、左へと曲がりくねり、少し広めで幅3メートルほどのまっすぐな回廊へと出た。
天井は窪んでおり、リングの放つ光の影になってよく見えない。
俺は足を止めて息を潜め、目を閉じて気配を伺う。
……ギ……ピギ……
……フゴ……
「居やがるな、ゲートキーパーだ」
ゴブリンの巣穴にはたいていこういう幅広のまっすぐな回廊があり、その上に穴が開いて二階に掘られた通路を繋げた構造が多い。
そしてハチの巣やアリの巣同様、交代制で常に門番が複数匹張っている。
無知な冒険者が回廊を無防備に進んだ時、その前方と背後に天井の穴から次々と飛び降りて包囲するのだ。
それほど強くなく、俊敏ではないゴブリンと言えども重力が加速をつけてくれるので、上からの登場と包囲は一瞬で行われる。
俺は近場の小石をいくつか拾い、一つずつ、徐々に回廊の奥に進むように投げていく。
カチッ……
カタッ……
チッ……
「ギュワァァァ!」
「ピギピギ!」
「ギョギョギョギョ!」
ある程度遠くまで小石を投げたところで、目の前と遥か奥でドサドサドサッと黒い影が地面に次々と降り立った。
手斧や石のナイフ、こん棒で武装したゴブリン共である。
その数合計7匹。
「はい。ご苦労さん」
パァ――ン!
直線の回廊という事もあり、俺が一発撃つと、4匹をまとめて貫通した。
胴体や頭に大穴が開いて全員即死。
「さぁ、どいたどいた」
パァン! パァン!
さらに2発発射。
1発は2匹をまとめて貫通し、最後の1発は洞窟の奥へ逃げようとしていたゴブリンの頭部を破壊した。
この巣穴はまだ出来て日が浅い。
恐らく次がメインホール、せいぜい他には貯蔵庫とトイレが有るくらいだろう。
さっさと行って全滅させるぜ。
***
回廊奥のS字カーブの穴を進み、木の扉を静かに開ける。
その奥は予想通りプリン型の大ホールとなっていた。
予想外だったのは最奥の壁で手足に傷を負った紫髪ロングヘアーの女の騎士が胸を隠しながらへたり込んでいた事である。
年齢は十代後半、胸のプレート鎧と剣は剥がされて遠くの地面に転がり、女騎士の周囲を5匹のゴブリンが取り囲んでいる。
女騎士はヘルムの代わりに何故か宝石の散りばめられたティアラを被っていた。
「くっ、殺せ!」
「ギョギョギョギョ」
「ギュフッ、ギュフッ」
興奮しているのか、誰も俺の侵入に気が付いていない。
「スキル・クイックショット!」
パァン!
一発の銃声音が響く。
だが一気に5匹のゴブリンが、振り返る暇もなく頭が炸裂してその場に崩れ落ちた。
「きゃぁぁぁ!」
俺は左右を見回しながら女騎士に近づいた。
そしてへたり込んだ女騎士の隣に同じように壁を背にして座る。
「ひぃん、ヒッグ、怖かったぁ」
「ちょっと待て。鼻水付けんな」
俺は抱き着こうとしてきた女騎士の顔にアイアンクローするように片手を押し当て、押し戻して姿勢を正させる。
女騎士の顔は世間一般的な価値観で言うところの、絶世の美女かも知れない。
俺の手で押されて豚鼻状態になってたが。
「お前何故、どういった経緯でここに居るんだ」
「ひっぐ……それは」
「ギョギョギョギョ!」
パァン! ドサッ
登場した新手のゴブリンを俺は女騎士を見たまま片手で撃ち殺す。
「たまたまメイウィルドに向かう途中でゴブリンを見かけて……。
この辺にゴブリンが居るなんて聞いてなかったから、絶対新しい巣穴が有ると思って……後を付けて……」
「一人でか?」
「手つかずの巣穴の宝箱独り占め出来るかなぁなんて……。こんな雑魚モンスターすぐ退治出来ると思っちゃったのぉぉ!」
「頭のそれ、何だ?」
「サラエナで買ったの。超可愛いでしょ?
王宮の姫様達にまで納品している有名ブランドの……」
「戦いを舐めるなぁっ!」
「ひっ、怒んないでよぉぉ!」
「お前はな、このコボルドのコロニーを滅ぼしに来た、こいつらにとっての悪魔なんだ」
「……ゴブリンだし」
「揚げ足を取るなぁっ!」
「ギョギョギョォ――!」
パァン!
ドサッ
「大きな声出さないでよぅ! 怖いじゃないっ!」
「いいか? コイツらにも人生がある。
共に育った兄弟、親子、洞穴の補強の仕方を教えてもらい、最初は無器用だが師に教えてもらい、長い月日をかけてスキルを上げていく。
兄弟たちと切磋琢磨して武器の使い方を覚えていく。
コイツらにとってこの場所は新天地、広がる夢もいっぱいあっただろう。
お前は、そういうコイツらの兄弟、親や子を虐殺し、ゴミのように地面に捨てて腐った果物のように踏み潰し、思い出も愛も全てを奪い取りに来ているんだ!」
「私悪くないもんっ! コイツらはゴブリンだから悪者だも――ん!」
「ギョギョォ!」
パァン!
ドサッ
「もちろんこいつらは放っておくと人間を狩り始める。
それは避けられない、どうにもならない性質だ。
辺境で勝手に生きている分にはいいが、人間の生活圏に現れたら駆除しなければならないのは正しい。
だがお前は、その駆除をする際の気構えが無さすぎると言うんだ!
なんだその頭の飾りは?
ゴブリン共は死に物狂いでコロニーを守るためにお前に襲い掛かって来るんだぞ!
舐めてんのか!?
最悪でもヘルムを被ってこいっ!
なんだっ! こんなものっ!」
俺は姫騎士のティアラを奪い、ホールの向こう側にぶん投げた。
ガチャン!
「いやぁぁ、私の大切なティアラが……」
「馬鹿かお前は!? お前のティアラはお前の命よりも大切なのかっ?
お前のように頭すっとろい奴は戦いに向いてねぇ!
ここを出たら別の職を探せ!」
「ギョギョギョォ!」
パァン!
ドサッ
「ひっ……ひっ……」
俺は別にこの娘が憎い訳でも、八つ当たりしているわけでも、まして虐めて楽しい訳でも無い。
だがこういう馬鹿でも親が居て、友達が居て、死んだら悲しむ人間が居る。
悲しい犠牲を未然に防ぐための、光輝の陣営の人間としてのボランティアのような物だ。
「分かったらさっさと荷物持って出ていけっ!」
「ひぃぃん……グズッ」
この馬鹿は果たして一生のうちに分かるかなぁ……。
こういう『嫌な事』を言ってくれる『人間の本当の善意』が。
そしてそれこそがゴブリン如きの宝箱から得られない、本当の本当の宝であるという事が。