魔法銃士ルーサー、魂の一撃
ミツールは頭から外れなくなった俺の帽子を手で押さえながら取り乱す。
エビル・アナグマは俺の上から降りてミツールにターゲットを定め、歩み寄り始めた。
「グルグルルル……(泥棒めぇ! アナグーさんの帽子を返すのだ!)」
「ミツール、近くの棒きれを拾え! 早くっ!」
「棒っ! 棒!」
ミツールは足元から棒きれを拾う。
ちょうど素振りに使っていたものと同じくらいの大きさである。
俺は上半身を起こしてミツールとエビル・アナグマの方に向き、無事な方の魔法銃を両手で構えながら叫んだ。
「エビル・アナグマは自分の頭が向いている方向に突っ走る性質がある!
いいかっ!
奴が突進してきたら、冷静に狙って横っ面を棒で殴って顔を反らせ!
チャンスは一発! タイミングを間違えるなよっ!
今のお前がエビル・アナグマの突進を受ければ一発で即死する!」
「ひえぇぇぇ!」
「グオオォォ――!(アナグーさんのものなのだぁ――!)」
エビル・アナグマはミツールの方へと突進した。
ミツールは棒を両手で構えて上段に振りかぶる。
「ウガァ!(だぁー!)」
「ウルァァ!」
バシィィン!
ミツールの振りかぶった一撃がエビル・アナグマの右頬を殴り、エビル・アナグマは顔を背ける。
そして種族の性質に逆らえず、顔をそむけた方に突進の方向を転換、ミツールの左側へと通り過ぎる。
だが再びスリップしながら向き直り、ミツールへの突進を再開する。
「一発も! 一発もミスるな! 30秒持ちこたえろぉ!」
「ウガァァァ!(帽子を渡すのだぁぁ!)」
「ウアァァァ!」
バシィィン!
ミツールは2回目の突撃も回避した。
やればできるじゃねぇか。
俺は銃口をエビル・アナグマに向けながら呼吸を整える。
この世界には俺のような魔法銃士を含め、様々なジョブがある。
そしてそれぞれのジョブに応じた様々なスキルを持つ。
これらのスキル体系は長い時と、大勢の使い手を経て洗練され、選別され、伝承されてきた物。
必然的に伝えられ、生き残ったスキルはどれほど使用用途不明で弱くて無駄に見えるようなものでも、『必要性』が有る場面があるから伝えられてきたのだ。
コオォォォォ! コォォォォ!
独特の呼吸法で気力を体から捻出し、構える魔法銃へと貯めていく。
この技には30秒間のチャージ時間がかかる。
そしてその結果撃てるのは一発のみ。
99%の戦局で、普通に弾丸や属性弾を乱射した方が強い。
しかし、これが無ければ完全に詰む局面、襲い来る敵がユニーク個体でアストラルボディを持ち、こちらは有効な属性弾を持たず、頼れる魔導士のような仲間も居ない。
こう言う危機を打ち破る為だけに存在し、忘れずに魔法銃士に伝授されるのがこの技だ。
「スキル・ソウル・ショット!」
スキル・ソウル・ショットは高威力の霊属性の弾丸を放つ。
一撃必中。
撃ち終われば俺は気力と体力の消耗で意識を失い、俺は倒れるだろう。
この技を真に使えるのは、グランドマスタークラスの魔法銃士。
一発の重みを知り、ここぞという一発を絶対に外さない実力と運命力を持つ者のみ。
外せば俺もミツールも、そしてひょっとすれば人類の命運もここで途絶える。
パアァァァ――ン!
青白い光の筋が俺の魔法銃の銃口から発射され、エビル・アナグマの側頭部を貫いた。
「グフゥゥ(あっ、あれれぇ? どしてぇ?)」
ドサッ
ミツールに8回目の突進をかまそうとしていたエビル・アナグマは、フラフラとよろけながら少し前進し、その場に倒れた。
後は時折痙攣するのみである。
棒を持ち、肩で息をしていたミツールはエビル・アナグマが動かないのを確認すると、俺の方へと駆け寄った。
「ルーサーさん! 大丈夫ですか!?」
「……」
俺はもう指一本動かせん。
かすれる視界に映ったミツールは両腕と胴と顔のあちこちに反射の毛針を受け、重症とは言わないまでもかなりの負傷だ。
「ルーサーさん! ……サーさ……」
俺も毛針を受け、いくらか引っかき傷を受けた上に、ミツールの奴が放った矢も刺さっている。
出血もヤバイ。
なんとか……なんとかしなければ……。
なんとか……。
俺はそこで意識を失った。
***
ミツールは昼食を取っていたスラール隊の所へと駆け戻っていた。
何度も足を滑らせて転び、急斜面を滑り落ちてあちこちに擦り傷を作り、茨の茂みをうめき声を押し殺しながら突き進む。
そしてついに野原へと走り出る。
ガサガサッ!
新兵達が注目する中、ミツールは倒木に腰かけて食事をするスラール隊長の所へと走り寄り、目の前でへたり込んで肩で息をする。
「スラールさん! お願いです!
ルーサーさんをっ! ルーサーさんを助けて下さい!」
「どうしたのだ?
ルーサーさんの身に何か?
いや、それよりもミツール殿、その傷は何だ?」
「俺の事はいいんです! ルーサーさんが魔獣に襲われて……何とか倒したけど、怪我をして、
揺すっても叩いても起きないんです!
このままでは死んでしまいます!
俺がっ! 俺が悪いんです!」
「魔獣だとっ!?
どんな奴だっ?」
「ルーサーさんはエビル・アナグマと言ってました。
一匹で、既に倒してます!」
「マズいな……、エビル・アナグマは常につがいで行動する。
もう一匹近くに居る可能性が高い。
案内するんだ!」
「ルーサーさんはっ! ルーサーさんは助けて貰えますか!?」
「残念ながら今回衛生兵を連れてきて居ない。
緊急手当てくらいならば俺でも出来るが、話を聞いた限りどこまでやれるか分からん!」
「分かりました! 案内しますから少し待って下さい!」
ミツールは各所で数人ずつ集まって食事をとる新兵達の間をふらふらと歩く。
正直なところ、当然であるがミツールは全員に嫌われていた。
自分たちの事を散々馬鹿にした挙句、チーム戦の敗戦の戦犯となり、さらにはその責任を兵士達に押し付けたのである。
かなりの怪我を負っているのに新兵達の何人かは気付いては居たが、鼻で笑って無視するのみ。
新兵以下の実力と経歴の分際で、異世界転移者として特別待遇を受けているのもさらに状況を悪化させていた。
フラフラ歩いてい来るミツールを無視して胡坐をかいて飯を食っていた兵士がいた。
兵士はミツールの接近を知りながらも顔を背ける。
ドガッ
ドサッ
冷静な判断力も失いかけていたミツールはその兵士の足に躓いて転ぶ。
「おおっと、ごめんよミツール殿」
「それよりさ、こんどの休暇どこ行こうか」
「やっぱ首都に繰り出そうぜ」
差しさわりの無い声程度は掛けてくれるが、周りの新兵達は完全無視である。
ミツールは再び立ち上がり、周囲を見回してある新兵の方へとフラフラ移動した。
クレリックの家系に生まれた、ミツールが散々馬鹿にしてなじった新兵。
エリックの前へと崩れ落ちる。
「エリックさん!
今日の失礼な態度は謝ります!
後でどんな責め苦でも受けます!
どうか!
どうかルーサーさんを助けて下さい!
このままではルーサーさんが死んでしまうかも知れないんです!
お願いします!
どうか!
どうかお願いします!」
ミツールは土下座をした。
他の新兵にパシリ扱いにされ、スープの配膳係をさせられ大忙しのエリックの前で地面に額をこすり付ける。
「ミツール殿……」
「お願いします! 僕は後でどうにでもして頂いて構いません!
一生のお願いです!
ルーサーさんを助けて下さい!」
ひたすら揺れ動く地面の砂と小石を至近距離で見ているミツールの腕を誰かの腕が掴んだ。
「聖なる力よ、不浄なる力を浄化し、この者の血と肉を癒し給え、治癒」
ミツールの腕に付いた無数の傷が消えていく。
顔を上げるとエリックはミツールの横でかがみ込み、ミツールの腕を片手で持ち、片手で神聖魔法の印章を形作りながらほほ笑んでいた。
「行きましょう。案内してくださいミツール殿」
***
ミツールの案内で、スラールとエリックは森の中を走り、ルーサーの元へとたどり着いていた。
ルーサーは元の位置に倒れたままである。
顔は真っ白いまま、動く気配は無い。
そしてなぜかルーサーの横たわった体には、木の葉が半分掛けられ、半身が埋まっていた。
「ルーサーさん!」
「まてっ!」
駆け寄ろうとしたエリックをスラールが制止する。
「ミツール殿、そこに大きな木があるでしょう。
少しその上に登って見ていて頂けますかな?」
「分かりました」
足手まといだから退いてろ。
要するにそういう事であろう。
それはミツールも察していたが、今ある現実、目の前の現実を直視すれば、従う他は無かった。
ミツールが木に登った後、スラールは腰からダマスカス・グラディウスを抜き、両手で持って八相に構える。
スラールはエリックに指示する。
「いいか、合図と共にルーサーさんの傍へ駆け寄り治癒魔法を掛けるのに集中しろ。
見たところ状況は良くない。
何があってもお前がやるべき事は治癒のみ。
いいな?」
「はいっ! スラール隊長!」
「よし、ゴー!」
スラールとエリックは走り始めた。
エリックは素早くルーサーの傍にしゃがみこみ、クレリックの神聖魔法の詠唱を始める。
スラールはその背後で肩幅に足を開いて立ち、中腰になって集中する。
ガサゴソッ! ガサゴソッ!
「グオオオオォォォ!」
近くの茂みからエビル・アナグマが飛び出し、エリックの方へと突進する。
ルーサーが倒したのとは別の個体、つがいの方である。
木の上からそれを見ていたミツールは叫んだ。
「スラールさん! 後ろだぁ! 後ろから来ている!」
「スキル・クロススラッシュ!」
スラールは素早く反転すると、ダマスカス・グラディウスを十文字に振るった。
「グフィィィ!」
エビル・アナグマの頭はまず上アゴと下アゴが上下に切り離され、今度は左右半分に分断される。
頭が十文字に切られて即死状態になりつつも、突進の勢いが止まらない。
「はぁっ!」
ドシャァァッ!
スラールは力強い回し蹴りをエビル・アナグマの腹に放ち、エビル・アナグマは横へと吹っ飛ばされた。
「スラールさん! ルーサーさんが目を覚ましました」
「うん……んん?」
「おおっ、ルーサーさん、良かった!」
ルーサーは周囲を見回し、頭が十文字に切られたエビル・アナグマの死体を見た。
「そうか……つがいの方、この周りの木の葉。
俺は食われかけていたんだな。
ありがとうスラールさん。
そしてエリック君の治癒魔法で救われたということか。
ありがとう」
「つがいのほうはユニーク個体でなくて良かったですよ。
もしユニーク個体なら私も危なかったでしょう」
「そこの木の上のミツール殿が私達に知らせてくれたんですよ。
ルーサーさんが死んでしまうって悲壮な顔して泣きそうになりながらね。
あっ、あと何でもするって言ってたかな。ふふっ」
「ミツールが……。おい、ミツールいつまでそこに居るんだ。降りてこい」
「……」
ミツールは木の上から降り、俺の傍に立った。
「助かったぜミツール。ありがとな」
「……」