魔法銃士ルーサー、地獄の闘技場に引きずり出される
森の中央の幅広の道にて。
ミツールのパーティーは単独突撃して来たリッチ・ウオラと死闘を繰り広げていた。
ウオラは再び両手を左右に開き、手のひらを上に向けて空を仰いで詠唱を始める。
「大気の精霊達よ、天上のそのまた上の白き気高き雲の、そのまた上の智天使の神殿……」
それを見たフィリップが叫ぶ。
「皆さんっ!
リッチがまた智天使の祝福を詠唱しています!
何としても止めて下さい!
あれが掛けられたら、リッチの隙がなくなってまた私達が大魔法連発を浴びます!
早くっ!」
「うぉぉぉ――っ!」
「フニャァァッ!」
直前の魔法で吹っ飛ばされていたミツールやココナが立ち上がり、ウオラの方へと走り始める。
が、素早く無駄のないウオラの詠唱完了にまで一歩、届かない。
「くそぉっ! ダメかぁ……」
だがボロボロになりながらも上半身を起こしたピーネがダイヤに借りた弓を構えて集中し、矢を放つ。
「スキル・跳躍の矢!」
放たれた矢は発射されてすぐにその場から消滅し、直後ウオラの眼前にテレポートしてミイラ化したアゴに突き立った。
「雲上の宮殿からの勅令に従い、我が存在を照らしっ」
ドガッ
終わる直前のギリギリのタイミングでウオラの詠唱は止まった。
だがウオラはすぐに両手を胸の前で構え、低級範囲魔法で応戦する。
「ボーン・ブラスト!」
「皆! 伏せろぉぉっ!」
そんな中、森の奥からリッチ・ウオラの背後に迫る影があった。
それを見たココナがすぐさま声を上げて警告する。
「みんな!
リッチの後ろにファゴスが来てるニャ!
見えないけど近くにニールも居るニャ!
インフェクテッド・ウルフの臭いも近づいてるニャ!」
「くっそ、リッチだけで手いっぱいなのにっ」
「ルーサーさんの言葉を忘れないで下さい!
ファゴスに手を出してはいけない!
全力で持ちこたえる事を最優先にっ!」
***
ミツール達とリッチ・ウオラが戦っている少し奥、大木の陰に隠れてニールは様子をうかがっていた。
そばの茂みにはインフェクテッド・ウルフもニールの指示を待って座っている。
(ウオラめ、やはり薬を飲んだな?
あの臆病者がまさか本当に飲むとは思わなかったが。
だがファゴスとインフェクテッド・ウルフ、そして俺が加わればあのミツールとやらのパーティーはほぼ確実に葬れる。
神器級のクロスボウには呪術の罠を仕掛けた。拾われる心配はない。
問題はルーサーとか言う魔法銃士。
俺はこの戦いで何度も勝利を確信して追い詰めながら、覆され続けて来た。
ウオラがあれだけド派手に大魔法ぶちかましやがったからな……。
ルーサーも必ず奴の存在に気付いているだろう。
そしてミツール達を助ける為に必ずここへ来る)
ニールは大木の横から覗くのをやめると、その幹に背をつけたまま親指くらいのサイズのマナ・アンプルを取り出した。
そしてその首部分を親指で割って飛ばすと飲み干す。
(今までの戦いで感じた奴の印象……。
魔法銃士は戦士系の戦闘職だと聞いていたが、ルーサー、奴は策略家タイプだ。
俺と同じで直接的な戦闘能力はそれほど高く無く、罠をはり策略を巡らして敵をはめて勝利するタイプ。
さっきファゴスを盾にして戦った時に確信した)
ニールの口元にニヤリと笑みが浮かぶ。
(そして、真正面からの……。
反射神経と瞬間判断、閃きだけの至近距離の激闘は得意ではない。
勇者サリーや戦闘鬼神テンライと違ってな。
ならば簡単な事だったな……)
ニールは本陣から丁度すぐそばまで歩いて来てたオークスケルトン5体に手をかざして呪文を詠唱する。
「モルティス・フリグス・レミニスケレ……
オディウム・レミニスケレ……
マナ・メウム・コンスーメ、トーテム・イラエ・フィアト」
ニールの手から放たれた魔力が5体のオークスケルトンの体にまとわりつく。
そしてオークスケルトンの体が倍くらいのサイズまで膨れ上がり体中の骨から多数の骨がスパイク状になって生えて一部は鎧を突き破る。
窪んだ眼は赤く光って妖気の炎が立ち上りバーサーカー・スケルトンと化した。
5体揃って大きな咆哮を上げる。
ウオオォォォ――――!
ニールはミツール達の方を指さしてバーサーカー・スケルトンとインフェクテッド・ウルフに命令する。
「ファゴスとリッチに加勢してミツールパーティーを襲え。
ターゲットは隙がある奴全てだ。
手近の者、弱い者から順番に本能のままに殺していけ」
***
戦場は混沌としていた。
バーサーカー・スケルトン5体が飛び跳ねながらミツールパーティーに襲い掛かり、ファゴスが体から何本ものフック付きチェーンを飛ばしてメンバーを狙い歩く。
リッチ・ウオラも容赦なく魔法を連発。
直接戦闘能力の低いフィリップやピーネを狙ってインフェクテッド・ウルフが飛び掛かり、サーキやミツールやココナがそれを弾いたり仲間を突き飛ばして守る。
唯一マシなのはリッチが味方への攻撃を避けて大魔法を控えている事くらいである。
しかしもはや、パーティーの壊滅は秒読みに入っていた。
リッチ・ウオラが満身創痍のフィリップに魔法を放つ。
「火山弾の砲撃!」
直径1メートルは有りそうな炎をまとった岩が幾つも放たれて、フィリップへ飛ぶ。
それを見たサーキは焦りながら叫んだ。
「おっさん!
避けろぉっ!」
だがフィリップはフラフラとして立っているのがやっとで、歩こうとしても再び地面へ膝をつく。
ミツールもココナもダイヤもエリックも、そしてサーキ自身も各々が目の前の怪物と戦闘中で手が離せない。
「くっそぉぉっ!」
サーキはダッシュし、フィリップとウオラの間に立って身構えた。
だがそのサ―キの前にピーネが横から割り込む。
ドガドガドガドガッ! ボワワッ!
ピーネは背中に多数の火山弾を受けてのけ反り、体が燃え上がる。
「ピーネッ!
お前っ!」
「また……死んじゃいましたね。
サーキさん、がんば……て……」
サーキの目の前でピーネはケシズミになって消えた。
「きゃあぁっ!」
離れた場所でダイヤは足をも連れさせて転び、その上にインフェクテッドウルフが覆いかぶさっていた。
「離せっ、このっ」
ダイヤはもがくが、レイピアを持つプレートメイルの右手はインフェクテッド・ウルフの足で押さえつけられて全く動かせない。
インフェクテッド・ウルフはダイヤの目の前で大きく口を開けて、ダイヤの首をひと噛みで食い千切ろうと構える。
「くっ……ルーサーさぁん……」
パァ――ン!
銃声が鳴り響き、インフェクテッド・ウルフは口を大きく開いたまま顔をのけ反らせた。
パァ――ン! バァ――ン! パァ――ン!
立て続けに3発顔やアゴに銃弾を受け、インフェクテッド・ウルフは2、3歩下がって邪魔をした相手を探す。
***
俺はドローラに追われたまま木々の隙間から見えるミツール達の状況を確認する。
ピーネが居ない、おそらくまた殺されたのだろう。
そしてニール以外の全ての敵が大集合、ミツール達の壊滅は秒読みだ。
一刻の猶予も無い。
そのまま全力で道へ走り出ると、あちこちで仲間に止めを刺そうとしている敵の攻撃を銃で弾く。
パァ――ン! バァ――ン! パァ――ン!
パァ――ン! バァ――ン! パァ――ン!
パァ――ン! バァ――ン! パァ――ン!
遅れて走り出たカルーノもまた筋肉魔法の岩石投げや丸太で突きでアンデッド共を攻撃しながら参戦する。
ベテランの参加で状況は少し、持ち直したと言えるだろう。
(ん?)
俺は新手のアンデッドが居る事に気付き、味方の援護をしながら姿を観察した。
見覚えのある豪華なマント、見覚えのある王冠。
ミイラ化しているがどこか知っている顔。
「おおっとぉ――こいつは――。
ウオラさんよ。
ちょっと見ない間に随分と老け込んじまったなぁ」
「ルゥ……、ルゥゥウウサァァァ――――!
インフェルノ・スト……」
パァ――ン!
俺は即座にウオラのアゴに弾丸を打ち込んで詠唱を止める。
魔法銃士が扱う魔法銃の利点、それは瞬間的に遠距離に正確に攻撃を当てて詠唱を止めるのが得意なこと。
インフェルノ・ストライクの詠唱時間は2ワードでおよそ2秒。
魔法使いや弓使いでは難しい芸当だっただろう。
「危ない危ない。
物騒な特技を身につけたなウオラ。
そして……何があったか知らないが、リッチになっちまったようだなぁ。
あとみんな、すまんな。
ヤバイもんを一匹連れて来ちまった」
ドローラも俺を追って道へと現れる。
その瞬間、どこからかニールの声が響いた。
「ファゴス!
周りの奴を全部囲え!」
直後にファゴスは戦闘を一旦止めて何かのスキルを発動する。
「スキル・虚無の牢獄!」
俺とミツール達、ウオラや2体のスーパーアンデッド、インフェクテッド・ウルフに5体のバーサーカー・スケルトンを取り囲むように、ガラスの壁のような物が出現した。
俺も長い魔王軍との戦いで様々なシールド系魔法を見て来たが、こんなものは初めて見る。
試しに地面の石ころを壁に蹴飛ばしてみる。
だがカチンと当たる音も立てず、まるで光が反射するかのように石ころは180度方向を変えて勢いを落とさずにこちらへ飛んで戻って来た。
道の奥からニールの声が響く。
「くっくっく、はぁ――――はっはっは。
ご苦労だったな魔法銃士よ」
今まで隠れていたニールが姿を現し、透明の壁の向こう側に立ってニヤ卦ながらこちらを見ている。
俺はニールの額に向けてエイジド・ラブを構えた。
「おおっと、いいのかな?
ルーサーとやら。
お前ならそれを撃った結果どうなるか、既にさっきの石ころで見当がついているんじゃないか?
そして分かっているはずだ。
お前達はもう詰んだ、俺の勝ちが確定したから俺はこうやって無防備に出て来たという事を」
「ちっ。
カルーノ殿!
この壁は攻撃を完全に反射するようだ。
岩石投げは撃たないでくれ!」
「あい分かった!」
「魔法銃士よ。
お前、なかなかやらかしてくれたな。
それと、お前と一緒にいた俺と同じネクロマンサーのババァもな。
こんな……、ふっ。
素人に毛が生えた程度のお子ちゃまパーティーを引きつれて良くやったもんだ。
お陰で俺のアンデッド軍団はもう散々な状況だ。
腹いせに俺はお前達がこの地獄の闘技場で惨めに殺戮されるのを見物して留飲を下げさせてもらう事にしよう。
もうお前は逃げられん。
この壁は物理攻撃も魔法攻撃も完全に跳ね返すし、お前達は通行不可能だ。
おっと」
壁が少し動き、それに合わせてニールも数歩下がる。
そしてまたニヤケ面で言った。
「ドーラの町の事は安心しろ?
ここでお前達が全員死んだあと、魔王軍が最前線の勇者サリー達率いる光輝の陣営を壊滅させてドーラになだれ込み、全て根絶やしにするだろう。
今、魔王軍が慎重になって攻撃に消極的になっている理由を知ってるか?」
ニールは必死でバーサーカー・スケルトンやインフェクテッド・ウルフと戦っているミツールとサーキを指さした。
「あの伝説の異世界転移者、光輝の陣営の伝説の勇者とやらを恐れているんだとよ。
ぷっ、はっはっはっはっはっはっは!
こんな貧弱な鼻タレ馬鹿小僧共をよ。
はぁ―はっはっはっは!
ひっ、だがっ、だがな。
俺が魔王軍に伝えてやれば終わりだ。
光輝の陣営の伝説の勇者は二人共俺が殺しましたとな。
まっ、そいつらの強さについては大幅に盛って報告しといてやる。
俺の手柄と報酬に関わってくる問題なんでな。
それじゃぁ見といてやるから、最後に俺を楽しませてくれよ?」