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魔法銃士ルーサー、週明け早々、異世界転移者の指導を開始する

 月曜日。

 俺はおたゑちゃんに作ってもらった朝食を食べ、ドーラの町へと一人向かった。

 道を行く人、出会う知り合いが俺に声を掛ける。


「あ、ルーサーさん、おはよう」

「おぅ、おはよう」


 仕事が有るってのはいい事だ。

 自分の社会的な立場が存在する、それがあると無いで安心感が段違いだ。

 そしておたゑちゃんやたけのこ村の皆にも顔が立つ。

 俺はさっそくドーラの町の兵舎の門を潜った。

 約束の待ち合わせ場所、奥にある食堂の、一番奥のテーブルに向かう。


「これはこれは、ルーサーさん、おはようございます」


 そこには立派な白い口髭を蓄えた40代くらいの壮年兵士が座っていた。

 彼の名前はスラール、今ドーラの町に駐屯しているいくつかの兵団の一つ、スラール兵団の隊長であり、300名ほどの兵のトップだ。

 以前勇者パーティーと共同作戦をした事があり、その時以来親密な付き合いがある。

 厳密にはもっと前からの縁だがな。


「おはよう、スラールさん。一体なぜここに?」

「ルーサーさんが異世界転移者の指導を行うと聞きましてな。

 お手伝いをさせて頂こうかと……色々お世話になっておりますからな」


「いやいや、スラールさんも兵隊を率いているのだから暇では無いでしょう」

「お気になさらずに。私共のスラール兵団も三日後には最前線のメイウィルドへ向かう故、恩は返せる内に返しておきたいと思ったまでのこと」


「メイウィルドか……情勢は悪いのですかぃ?」

「昨日もまた魔王軍の波状攻撃が有って何とか砦を死守したとの事。

 まだ攻勢に出れる状態では無いらしいです」


「そうか……」

「お気持ちは察しますが、ルーサーさんにも秘密の任務があるのでしょう?

 異世界転移者の育成という任務が。

 なんでも潜在的に勇者に並ぶ力を持つとか」


「ま、まぁな。

 というか、その肝心の異世界転移者、ミツールが来てないな。

 もうとっくに約束の時間だというのに」

「ミツール殿は宿屋のスウィートに泊ってるとの事。

 この魔導会話貝で呼んでみてはどうでしょうか?」


 スラールは30センチほどの大きさの巻貝の殻を取り出した。

 魔法のルーンがびっしりと記載されており、念じた先に同じ魔導会話貝が置いて有れば離れていても通話出来る魔法具である。

 そこそこ高級品だが、宿屋のスウィートであれば置いてある。


「悪いな貸してくれ」


 俺は魔導会話貝を受け取り、額に当てて通話先をイメージして念じる。


 ポワンポワンポワン、ポワンポワンポワン


 通じたようである。


 カラッ、カカカカ、ゴト


 貝の穴を耳に当てると、相手側が通話貝を手に取った音が聞こえてきた。


「誰?」

「ミツールだな? どうした、待ち合わせの時間はもう過ぎてるぞ」


「げっ。

 すいません。ちょっと熱が出まして。

 今日はお休みさせて頂こうかと」

「何?」


「38度も出てるんですよ。ゴホッ、ケホッ。

 多分風邪をひいてしまったんだと……」

「この糞熱いのに風邪などひくか。

 出てこい!」


「そんな無茶苦茶な、熱出てるんですよ? 病人に出てこいって?

 ルーサーさんあんたは何て酷い人だ」

「うんうん。休み明けに働くのは億劫になることもあるわな。

 ……出て来い。

 今すぐだ」


「はぁ!? 何言ってるのか意味分からない」

「何ならこっちから行ってやろうか? 宿屋のお前の部屋のドアを破壊することになるが……」


「えっ、ちょっ……。分かりましたよ……行けばいいんでしょ? 行けば」


 ガチャッ


 ミツールは通話貝を切ったようだ。


「何て言ってました?」

「あぁ、問題ない。宿屋からなら10分もありゃ来るだろう」


 ***


 10分ほど経過した頃、不貞腐れた顔のミツールが兵舎に現れ、俺の座ってる席へと歩み寄る。

 俺は黙ってミツールの額に手を当てた。

 ……まぁ、言うまでも無く平熱だ。


「ミツールよ、俺は勇者サリーと古くからの付き合いでな。

 奴がまだ名を成していない頃を知っている。

 見習い兵士の中で定期的に開かれる剣術試合でな、奴は自分を酷く侮辱する先輩に一回負けちまったんだ。

 それからは来る日も来る日も、朝から晩まで、土曜日も日曜日も無く鬼のような形相で一人で訓練を続けた。

 周りの奴も引くくらいにな。

 そして次回の剣術試合、次から次へと先輩たちを打ち負かしていったが、周りの評価はこうだった。

 『あれだけキチガイみたいに訓練し続けてたら、あれくらい強くて当たり前だろう』。

 だがその当たり前を、負けた奴らは出来なかったんだ。

 だからサリーは勝ち進んだ。

 そしてついに自分を侮辱した先輩をコテンパンに打ちのめした」


 『オカマ舐めんじゃ無いわよー!』とか言ってたな。


「人より秀でる奴ってのは才能はもちろんだが、常人離れした努力をしているもんだ。

 それに比べて今のお前は何だ?

 週5日、特別な理由も無い限りズル休みせずに励む、その最低限のハードルすらをも越えられないのか?」

「お、俺だって本気出せばやれるよ!」


「おうおう、今のお前の本気など3日持たねぇよ。

 今日一日を頑張る、それすらもこなせずに負けかけてたじゃねぇか。

 毎日励み続ける、地味な努力がどれほど大変で、どれほど強い物か知れ。

 よし、さっそく訓練に取り掛かる。

 スラールさん、ちょっと訓練場に案内してくれないか?」

「分かりました。どうぞこちらへ」


 ***


 兵舎に隣接して高い板の壁で囲まれた訓練場が会った。

 幅と奥行き50メートルほどの広さで、何人もの兵士が槍や剣をもって素振りしたり、ダミー人形相手に打ち付けたり、模擬試合を行っている。

 訓練場の壁にはいくつもの様々な刀剣が吊るしてあった。

 ミツールはその壁に近寄るとショートソードを手に取り、訓練している大勢の兵士達をチラ見しながら、聞こえるような大声で言った。


「魔獣の喉を掻っ切る時の感覚は、まるで温かいバターを切るようなもんだぜ!」

「……」

「……」


 しばらく訓練場は静まり返る。


「おい、ミツール。お前刃物で動物切ったこと有るのか?」

「いや……その……有るかというと、まぁあるとも言えるか」


「切ったこと有るのか?」

「……無いです」


「そ、そうか……。じゃぁちょっと口閉じとけ。余計な事は言わんでいい」


 俺は触り方の危なっかしいミツールからショートソードを取り上げて壁に戻す。

 そして周囲を見回した。


「ふむ。あれがちょうど良さそうだ」


 俺は重さ3kgほど、長さ1メートルほどの木の棒を拾い、自分で軽く何度か振って感触を見る。

 そしてミツールにその棒を手渡した。


「お前は両手剣を使いたいとか言ってたな。

 両手剣を含めた様々な剣の、剣術の初歩の初歩、それはまず型の練習、つまり素振りだ。

 ここをこう……そう、左手を下、右手を上にして握る。

 そしてまっすぐ上に振り上げて……、ちょい歪んでるぞ、こうっ!

 よし、それで前へまっすぐ振り下ろす」


 ミツールはブゥンと棒をまっすぐ振り下ろした。


「まぁ、最初はそんなもんだろう。

 いいか、剣というものはグルンと回転するように動く、その支点となるのがこの部分だ。

 この部分に力を入れ、他は力を緩めるように意識しろ」


 俺はミツールに基本的な動作を教えた。

 そして待ちながら水を飲み過ぎたのか、少しもよおしてきやがった。


「ミツール、素振りを続けるんだ。

 スラールさん、こいつがサボってたら容赦なく張り倒して下さい。

 俺はちょっとトイレに行ってきます」


 ***


 用を足しながら思い出す。

 俺も最初は剣士として訓練し、いくらかの戦場に出て、いくらかの魔獣と戦ったものだ。

 まぁジョブチェンジして魔法銃士マジックガンナーとなったが、武器の扱い方の知識は剣を使う敵に相対した場合などに役に立った。

 ……さぁて、ミツールの奴、心を入れ替えて頑張ってるかな?


 ***


 俺が闘技場に戻ると、ミツールは金ピカのダマスカス製グラディウスで素振りをしていた。

 細かな飾り細工、刃先の光、一流の銘品に間違いない。


「おっ、おい!

 ミツールどうしたんだその武器は?」

「え? スラールさんに貰ったんだ」


「す、スラールさん?」

「は、ははは……」

「やっぱ僕のような『天才』の異世界転移者ともなると、一流の道具を使わないと箔が付かないよね」


「おい、ミツール。

 ちょっと止まれや……」

「え? 何?

 ちょっ、止めてくれよ、取らないでくれよぉぉ!

 もおおぉぉ!!」


 俺は強引にミツールからダマスカス製グラディウスを奪い取り、スラールに返却する。

 そして横に放り投げられていた木の棒を強引にミツールに持たせた。


「この見習いのド素人がっ!

 使えもしない一流品をお前が持つなど100年早ぇ!

 あれはスラールさんが使ってこそ真価を発揮するもの、今のお前にふさわしいのはこの木の棒なんだよっ!

 たわけがっ!」

「俺だって一流の武器使わせて貰えば強いんだよっ!」


 パァァ――ン!


 俺の平手が飛ぶ。


「何するんだよ、暴力は止めろよ!」

「いいか、お前が身に着けるべきものは実力だ。

 薄っぺらいハッタリじゃねぇ!

 人からの羨望がお前の目的か?

 違うだろう、それはお前を邪道に落とし、只のゴロツキへとおとしめる。

 真に価値ある物は何かを見極めろ!」

さぁ復調なるか

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