魔法銃士ルーサー、やむを得ず一人を選ぶ
俺は森の中を駆け抜けて、ココナとピーネが居るであろう場所を目指す。
勿論周囲への警戒は怠らない。
こういう単独で敵地に乗り込む行動は、本来極めて危険な自殺行為だからだ。
もうすぐ南側の道に抜けると言う所で、鬼気迫った状態のココナの声が響き、俺は近くの大木に身を隠しながら様子を伺った。
「ウボォォアァァ!」
「お前のようなノロマに掴まるかニャァッ!
スキル・ニャンパラリ!」
「甘い!
お前はもう詰んでいるのだ!
アディペム エクスピラビット!」
「くっ、体が急に重く……」
「ウバァァ!」
――――― 森の道 南ルート ――――――
木木木木草__________草木木木木
木木木_ル__________草木木木木
木木木草木__________草木木_木
木木木木草__________草木木木木
木_木木_木_________草木木木木
木木木木草__フフフ_____草_木木木
木木木木草__フフフ__ニ__草木木木木
木木木_草___コ______草木木木木
木_木木草__※※※※※__木_木_木木
木木木草木_※※※※弓※※__草木木木木
木木_木草__※※※※※___草木木_木
木木木木草___※※※____草木木木木
木木木草木_____ピ____草木木木木
木木_木草_____狼狼___草木木_木
木木木木草_____狼狼狼__草木木木木
木:森の木々
草:膝から腰ほどの背丈のある雑草
※:地表から30センチほど、緑色の濃い霧が漂っている。これは魔王軍の術士が稀に使う足止め魔法だ。足を踏み入れればまるで沼の様に足に絡みつく。
弓:足止めの霧の中に放置されたピーネの武器、熾天使稲妻渦大砲だ。
ル:木の陰から様子を伺い、状況を見定めるルーサー。
コ:肉達磨の様な巨人に両手で掴まれ、今まさに頭から食われようとしているココナ。体中にそこそこ深い傷を負っており、放置すれば出血多量で死ぬ可能性がある。
フ:ココナを掴み上げる肉達磨の様な巨人。頭部が巨大化して腹に移動している。恐らくこれもニールの使役するスーパーアンデッドだ。
ニ:ココナに対して単体に作用する何かの術を掛けている。片手に持つオーブ、服装からしてネクロマンサーのニールに違いない。
ピ:地面にへたり込み、自分に襲い来るインフェクテッド・ウルフを見上げるピーネ。
狼:ピーネの前に立ちふさがって大股を開き、大口を開けて今にもピーネの上半身に齧り付こうとしているインフェクテッド・ウルフの生き残り。
――――――――――――――――――――
ヤバイ!
ピーネもココナもあと1秒で死ぬ!
この局面を打開する一手を今打たなければならない!
俺はニールと思しきネクロマンサーにエイジド・ラブを向けながら道に走り出た。
「ニールゥゥ――ッ!」
「何っ! ファゴス、俺を守れっ!」
「ウゴアッ!」
巨漢デブのクリーチャー、ニールにファゴスと呼ばれた肉達磨がココナを掴む手を離し、ニールを俺から守る様に素早く移動した。
俺はエイジド・ラブの銃口を素早くピーネの方へ向ける。
「スキル・マジック・ポテト・ガン!」
ドゴォ!
放たれた風属性弾はその周囲に風を集めて、直径1メートル程の潰れた球状の魔法のクッションを作り出す。
そのままピーネの背中に命中し、激しく突き飛ばした。
「きゃあっ」
ズザザザザザァ――!
この弾丸に殺傷力は無い。
ダメージの代わりに、ただ激しく命中した単体を跳ね飛ばす。
本来であれば同時に襲い来る複数のモンスターの隊列を崩して各個撃破を狙う時に使用する。
スキル・シルフ小隊の突撃の前提スキルだ。
突き飛ばされたピーネはインフェクテッド・ウルフの腹の下をくぐり、地面を滑りながら2、30メートル奥の方へと地面を滑って転がって行った。
それを見たニールは慌ててインフェクテッド・ウルフに指令を出す。
「その小娘を逃すなっ!
追いついて食らい付き、止めを刺せっ!」
「バゥッ!」
インフェクテッド・ウルフは素早く体を反転させ、飛ぶような速度でピーネの方へ走る。
だが俺もニールを自由にする気は無い。
地面にうずくまったココナの方へ駆け寄りながらも、デス・オーメンをファゴスの背後に隠れているニールに向けて乱射する。
今は緊急事態、冷静に探りを入れている余裕など無いし、そんな隙を見せればニールに冷静な対策を立てる時間を与えてしまう。
「スキル・連続杭打ち!」
今、デス・オーメンに装填されているのは火炎弾丸。
黒曜石弾と違って貫通能力は無い。
ならばその特性はスキルで補うしかない。
スキル・連続杭打ちは弾丸に貫通属性を与えながら素早く連射を可能とする。
クイック・ショット程の素早さは無いが、時間を稼げる分、今は好都合だ。
バシュゥッ! バシュゥッ! バシュゥッ! バシュゥッ! バシュゥッ!
ファゴスは常に俺からニールを庇い続けて両手を広げ、弾丸を受け入れ続ける。
おかしい。
全ての弾丸が命中しているはずだが手応えが無いし、ファゴスのブヨブヨの体を貫通してニールに当たっている様子も無い。
だが今はそれどころじゃない。
「大丈夫かっ、ココナ!」
「うっ……くっ……」
俺はココナに駆け寄ってしゃがみ込み、ぐったりして傷ついた体を肩に担いだ。
そのまま踵を返して今度は反対側、自分が元来た方向へ走る。
バシュゥッ! バシュゥッ! バシュゥッ! バシュゥッ! バシュゥッ!
バギィ! バシィ! バリバリ!
「ぐわぁっ!」
突如、ファゴスのブヨブヨの体内に消えたと思っていた弾丸が、自分の方へ向かって飛んできた。
完全に俺が射撃した位置をトレースして、跳ね返しているのだろう。
俺がココナを抱えて進んでいる方向が、射撃時とは逆方向なのが幸いし、射撃の軌道が交差して一瞬だった事だけはラッキーだった。
命中したのは腹部の端っこ、内臓に大きな損傷は無い!
俺はある程度距離を取ると、魔法道具店から拝借していた煙玉を懐から取り出して地面へ投げた。
シュゥゥゥゥ――、モワモワモワ
魔法も呪術も、ターゲットを視認してその魔力を対象に行使する。
視線を切れば術士からは逃れられると言う事だ。
特定の種類の魔法でなければだが。
「はぁっ、はぁっ」
俺はしばらく森の中を走り続けた。
少なくともニール達を撒くのには成功したようだ。
担がれたココナが苦しそうな顔のまま俺に尋ねる。
「る、ルーサー様、ピーネさんはどうなったニャ?」
「……あの場ではああするしか無かった。
あの様子では小川まで辿り着く事は出来ないだろう。
恐らくインフェクテッド・ウルフに……」
「そんなっ! 早くピーネさんを救いに戻らないといけないニャ!」
「無理だ。
今の状況で戻っても俺達が追加で壊滅するだけ。
心苦しいがあの場で俺が二人共救出する事は不可能だった。
どちらか一人を選ぶしか無かったんだ。
例えピーネを囮にしてでも素早いインフェクテッド・ウルフを遠ざけて逃げるしか無かった」
「いやっ、そんなっ!
なぜ、何故ルーサーさんはワタシなんかを選んだニャアッ!
どうして、どうしてぇぇぇ!
ピーネさんが可哀相だニャアッ!」
「すまんな。
俺は……何が有ってもココナ、お前を死なせるわけにはいかなかったんだ。
(ピーネは死んでもレベルダウンして本体の木から復活出来るが、ココナは違うからな)
許してくれ」
「へええっ!?」
ココナははっとした表情になり、顔を赤らめた。
だがすぐに顔を振って抗議する。
「と、突然そんな事言われてもっ!
ピーネさんに悪いニャ!
生き残ってしまったワタシはどんな顔をすればいいか分からないニャアッ!」
「……(しかしあのファゴスとか言うスーパーアンデッドの特性を一つ暴いたな)」
ガチ恋ココナは両手で紅潮した顔を覆う。
「ワタシなんか、ワタシなんかを選んでくれたのは嬉しいけど、ピーネさんがっ、ピーネさんが」
「……(恐らくあれは受けた攻撃を完全に吸収し、攻撃した対象、いや方向へそのまま打ち返す能力。弓兵集団で取り囲んで打ったとして、弓兵集団が壊滅すると言う訳か。反射までの時間差、5秒くらいあったな)」
ガチ恋ココナは顔を真っ赤にしながら俺を振り向く。
「せめてピーネさんの為にも絶対にあいつらを倒すニャ。
その後は、その……ワタシも実は結婚適齢期が迫っていて焦りを感じていて、ニャァンて」
「……(物理攻撃のみだろうか? 魔法に対しても同じように作用するのだろうか?)」
「あっ、ルーサーさん! いくらルーサーさんでもあまりウチらをお荷物扱いしてっと……。
ココナさんっ!?」
ようやく中央の道の半ば、小川で区切られた位置に辿り着いたようだ。
俺は小川を越えてエリックの隣に辿り着くと、ココナを降ろして寝かせる。
「はあっ、はぁっ。エリック、悪いがココナをヒールしてやってくれ」
「分かりました!
先にこのポーションを飲んでくださいココナさん!
聖なる力よ、不浄なる力を浄化し、この者の血と肉を癒し給え、治癒」
状況を何となく察したのか、ミツールがばつの悪そうな顔で歩み寄る。
「すいませんルーサーさん。ココナさん。あれっ、ピーネさんは?
ピーネさんはどうしたんですかっ!?」
「ルーサーさん、ココナさんのヒールは終わりましたが一時的に失神したようです。
結構重症だったので本来の栄養素が行き渡るまで、数分間はこの状態かも知れませんが比較的安全な塔の中で眠らせて置けば意識を取り戻すでしょう」
「ありがとう、エリック。
次は俺の回復を頼む。
ピーネは恐らく、インフェクテッド・ウルフにやられた。
問題なのは彼女のヘビークロスボウを回収する余裕が無かった事だ」
「いやっ、ルーサーさんそれは酷すぎですよっ!
何言ってんですが流石の僕でもドン引きですよっ!」
「ピーネはレベルダウンしてドーラの町の最終防衛地点に埋めた本体の木で復活する」
「あっ」
「ドーラ防衛本部に連絡してワイバーンで彼女を安全にこの森の俺達の本陣に運ぶように言ってくれ。
後一緒に補給物資も追加、ポーション類に加えて鉄破片入り爆弾ポーション、最低20メートルのタコ糸、詠唱速度上昇効果が可能な限り付いたマジックスタッフ、高速詠唱効果のあるエンチャンテッド・アップルパイ、ダメージ反射エンチャントが使えるワンドにオイルだ」
「私が連絡しましょう。エリックさん魔導通話貝をお借りしますよ」
「ミツール。お前のしでかした事の責任を取って、小川を越えずエリック達の居る場所にすぐ戻れる範囲内の森に潜れ。
そしてパープル・マウンテン・アップルの実を手に入れろ。
木の上になる直径5センチ程の紫のリンゴだ。
この辺の森に生えているし、今の時期なら実が残っている可能性が高い」
「分かりましたよ。
取ってくりゃいいんでしょ?」