魔法銃士ルーサー、ピーネとココナの救出に動く
ココナは身構えて周囲を慎重に確認しながら、スケルタルナイト5体の後に続いて進む。
ピーネはその少しあとから、熾天使・稲妻渦・大砲という名の神器級の破壊力を持つヘビークロスボウを持って付いていく。
しばらく進むと道の奥からはニールの操る5体程のアンデッドオークが現れた。
スケルタルナイト達もそれを検知し、盾を前に出して身構える。
ドゴォォ――ン! バリバリバリバリィィ――!
波打つ稲妻の渦を残しながら放たれた矢は、スケルタルナイト達の脇をすり抜けて一撃でアンデッドオーク達を粉砕した。
「おし! ヒットォ――!
進め進めぇ――!」
「相変わらず凄い威力だニャ」
スケルタルナイト達は再び前進、ココナとピーネもさらに道を奥深くまで進む。
バシャ、バシャ
グイグイと彼女達は前進し、森を分断する小川の浅瀬も乗り越える。
「ピーネさん、石の上に藻がついて滑りやすくなってるニャ。
滑らない様に注意するニャ」
「ココナさん、少し左に寄って!」
「んニャ?」
ドゴォォ――ン! バリバリバリバリィィ――!
再びピーネの放った矢が稲妻の渦を残しながらココナの横をすり抜け、スケルタルナイト達に近寄ろうとしていたオークスケルトンとケンタウロスゾンビの小隊を粉砕した。
今度は立ち位置のせいか、一匹だけ生き残ったオークスケルトンが進むが、スケルタルナイト達に囲まれて一瞬で倒される。
「あ――っ、悔しいっ!
一匹撃ち漏らしてしまいましたぁ」
「ルーサーさんはフェーズ1ではあまり進まない様に行ってたニャ。
本当にこんなグイグイ進んでいいのか不安だニャ」
「大丈夫ですよ。だってほら上を見て下さい。
あれはドンドン行けって事ですよね?」
ピーン!ピーン!ピーン!ピーン!ピーン!ピーン!ピーン!
ピンピンピンピンピンピ――ン!
ピンピンピンピンピンピ――ン!
「う、う――ん。ルーサーさんはあんな落ち着きのない指示するかニャァ?」
「ほら、次行きましょう!
なんなら私達で敵の本陣に一番乗りしてニールという悪者をやっつけてしまいましょう!」
***
道から外れた森の中、ニールは足を止めて宝珠を凝視していた。
うっそうと茂る木々の向こうで自分の操るアンデッド達が一撃で粉砕される音が響く。
それを聞いて、いつの間にか隣に立っていたカバのような大口の顔が腹についた巨漢デブのスーパークリーチャー、地獄の司祭・ファゴスがピクっと反応し、救援のために歩み出そうと足を踏み出す。
だがニールは片手でそれを制した。
「待て。
もっとだ。
奴らを仕留めるにはもっともっと奥へ来てもらわなければならない。
そうしなければ仕留め損なうからな」
ニールは片手に魔力を込めて動かし、それに反応して反対側にお座りしていたインフェクテッド・ウルフが立ち上がった。
そしてピーネとココナが向かおうとしているもっと先、ニールの本陣近くへ移動し始める。
それに合わせてニールも、地獄の司祭・ファゴスも森の中を歩みながら先回りする。
***
俺は小川沿いを全力で走り、森を抜ける三本の道のうち中央のものへと向かっていた。
幸いにも川沿いは小石や砂利が浮き出る程の浅瀬が各所にあり、雑草や木々の密集する森の中よりは走りやすい。
本来はこういう浅瀬は敵が通る事が予想しやすく、待ち伏せしたり罠を張るには絶好の地形である。
だが今は緊急事態だ。
パシャ、パシャ、パシャ、パシャ
背丈の高い雑草の影から、ある程度整備された道が見えてくる。
中央の道だ。
そしてやはりミツール達が居るんだが……予想通りの状況だ。
「あっ、ルーサーさんじゃないすか!」
「ルーサーさん、今さっきまで私達はインフェクテッド・ウルフを……」
「この馬鹿がっ!(ゴチン)」
俺は駆け寄るなり、南の空に向かって信号ワンドを連射し続けていたミツールの頭をげんこつで殴った。
「いってぇぇ!
何するんですかぁ!?」
「何故青信号を連射してる!?
あれを見たピーネとココナは恐らく今突っこんで進んでいるぞ!
俺はフェーズ1は様子見だから深入りするなと作戦で伝えただろうがっ!」
「だってピーネさん、物凄い威力のヘビークロスボウ持ってるじゃないですか!
俺達はここでインフェクテッド・ウルフと出会って小競り合いしましたけど、ゾンビ小隊纏めて消し飛ばすピーネさんのあの武器なら確実にインフェクテッド・ウルフを殺れますっ!
むしろ向こうに逃げて行ったんだからチャンスなんですよっ!」
「小競り合いだとぉ?
見たところお前達は誰も負傷してないようだが、どれくらいの傷を負わせた?」
近くの見張り用塔の上からダイヤとフィリップさんが叫ぶ。
「矢を15本ほど撃ち込みましたが多分効いてません!
スキル・インペイルアロウは若干手応えが有りましたが命中させたのは3回だけです!」
「私も各種属性魔法を撃ちましたが、有効打は恐らくアース・スパイクのみでクリーンヒットは2回です!」
俺は塔を見上げ、ある程度はミツールパーティーの作戦を察しながらさらに確認する。
「それにしてもよくお前ら無事だったな!
インフェクテッド・ウルフの強さはそこらの魔獣以上、ミノタウロスよりもスピードがあって知恵が回る分手ごわかったはずだぞ!?」
エリックが答える。
「ルーサーさん!
恐らくインフェクテッド・ウルフは川を渡って越えられない。狂犬病です。
水が怖いんです!」
「狂犬病!? ……なるほど。
ニールがなぜ大賢者の森を通ったのか。ニールは何故ドーラを襲い、メイウィルド方面へは進まなかったのか。
偶然やなんとなくでは無い、ニールが恐らく味方にさえもそれとなく隠し続けてきた物と言う事か。
今までのニールの操る軍やインフェクテッド・ウルフの些細な動きに合点がいく。
仕方が無い、今回の失態はその情報を得たことでチャラとしてやろう。
だが今は小川を越えずにそこを固めてろ」
「ルーサーさんはどうするつもりなんだ?
今、多分ピーネやココナを助けに来たんだろう?
ウチが援護に付いて行ってもいいぜ?」
「邪魔だ! 小川を越えるな! いいな!?」
「んなっ!」
俺は黙って見送るサーキ達を置いて、今度は小川からニール達の居る側の森へと走り去った。
***
ドゴォォ――ン! バリバリバリバリィィ――!
「やったぁ――!
今度は一発ストライクぅ!」
「ピーネさん。敵をやっつけたのは凄いけど、そんな大声ではしゃぐ必要は無いニャ」
ピーネとココナは既に5回ほどニールのアンデッド小隊を壊滅させ、敵の本陣まであと少しという地点まで進んでいた。
クンクン……
今までと違う臭いを嗅ぎつけ、ココナが注意喚起する。
「何か得体のしれない物が居るニャ!
左の森に気を付けるニャ!」
「え?」
ガサガサァッ
メキメキィ……
「ウボォォ――――ッ!」
地獄の司祭・ファゴスがピーネから見て左の森から草木をかき分け、突如出現した。
「わわわっ、たたっ」
慌ててピーネは矢を一本背中の大きな籠から引き抜き、クロスボウに装填しようとする。
だがココナの判断は早かった。
「回れ右! 全速力で退却ニャァ――ッ!」
一瞬でピーネの元へ駆け寄ると、地面に落ちた矢を拾おうとするピーネを強引に押して後ろを向けさせる。
「走るニャア――!」
「ちょ、ちょっと待って、せめて一発当ててからじゃ駄目なんですか!?」
「ワタシは獣人だから臭いで分かるニャァ!
あいつはとんでもなく強い怪物ニャァ――!
早くっ! 早く行くニャァ――!」
ガサガサァッ
ファゴスに続いて出てきたのは片手に宝珠を構えたニールである。
即座にピーネに片手を向けて呪文を唱える。
「モンスタラ スント ペネ グレッシス モルティス」
モワモワモワ
地面から30センチ程の高さの緑色の霧が、ピーネ達の足元から半径20メートル程の広さで湧き上がった。
「足がっ、重い! 思うように動けない!」
「頑張るニャ! あと20メートルくらいニャ!」
だが彼女達が逃げるのを待ってくれるような相手では無い。
ニールがファゴスに指令を出す。
「一番厄介なのはあのクロスボウを持った女だ。
捕えろ」
「フゴオォアァァ!
スキル・支配の鎖」
ジャラララララ……
ジャラララララ……
ジャラララララ……
ジャラララララ……
ファゴスの両肩と両腰骨辺りの皮膚を突き破り、先端に極太の釣り針のようなフックが付いた血まみれのチェーンが飛び出した。
まるで生きた蛇のように空中をうねりながら伸びていき、ピーネの体に巻き付いてフックが胴体や太ももに突き刺さる。
「きゃあぁぁぁ!」
「ピーネさぁんっ!」
ジャラララララ……
ズルズルズルズル……
チェーンでグルグル巻きのピーネは地面を引きずられながら、ファゴスの眼前にまで引き寄せられる。
ココナは怯えた顔でそれを見ながらも走って距離を取り、ニールの出した霧の範囲外へと移動を続ける。
「はははは、いいぞ!
お前の仲間は所詮は獣人、己の身が一番可愛いんだとよ。
見捨てられて哀れだなぁ小娘。
よし、そいつの上半身を食いちぎれ!」
「ウボォォアァァ!」
ジャララララ……
食いちぎるのに邪魔な鎖が外されるが、負傷したピーネは苦しみながら腹を抑えてへたり込んだままである。
ファゴスの腹に付いた巨大な頭、そのカバのような大きな口が開く。
「スキル・チェンジ・ボディ、ニャ!」
ヒュンッ!
ピーネとココナの体が、瞬間的に入れ替わった。
今、ファゴスの目の前に居るのはココナ。
そしてニールの足止め魔法の霧から抜けた離れた場所に居るのはピーネである。
「ワタシが時間を稼ぐニャ!
早く逃げるニャァァ――!」
「はぁっ……はぁっ……」
ピーネは足を引きずりながら進む。
だが自分達は調子に乗って遥か敵陣の奥深くまで潜り込んでしまっているのである。
安全圏なんて遥かに遠い。
ガサゴソッ
バギィ!
引き返そうと足を引きずって歩いていたピーネの目の前に、森の小さな木を踏み折りながら巨大な獣が姿を現す。
インフェクテッド・ウルフである。
ココナと同じく獣であるため、嗅覚での索敵も十分に知っている。
風下の森の中でじっとチャンスを伺っていたのだ。
今、ほんのわずかだったピーネが生還出来る可能性はほぼゼロとなった。
 




