魔法銃士ルーサー、ドーラの目前まで迫る
ドーラ防衛本部から十数人の若者が一斉に駆け出し、町の全方向へと別れて消えていく。
全員がバックパックを背負い、その中には緩衝材で保護された加速ポーション瓶が詰められていた。
上は30代程の料理人から、下は年齢12歳程の男児まで混じっている。
もちろん彼も走るのが速いから選ばれ、ドーラを守り衛兵達を無事に帰還させる為に決意して名乗り出たのである。
***
ドーラ南西では、渓谷を抜けた箇所に作った防柵の3段目までが決壊、4段目で何とか持ちこたえていた。
それもすでにギシギシ揺らぎ始めているため、周囲から呼び集めた新米工兵を動員して5段目と6段目の防柵を建築中であった。
槍兵も弓兵もバリスタ操作する兵も必死で戦ってはいるが、未だに押し寄せるアンデッドの群れの終わりが見えず、はるか遠くまでギッチギチに詰まって蠢いている。
疲労で震える腕で次々と背中の矢筒から矢を引き抜いては、アンデッド達に放っていた弓兵が泣きそうな顔で言った。
「もう駄目だよこんなの抑えきれねぇ!
矢筒の中の矢もあと3分と持たずに使い切っちまう!
ちきしょうっ!
もうお終いなのか!?
俺、俺まだ死にたくねぇよぉっ!」
「いいから一本一本無駄なくしっかり狙って撃て!
アンデッドが押し寄せればどちらにせよ死ぬんだ!
必死で足掻け!」
「そんなこと言ったって勝てるのかよ!?
まだうじゃうじゃ居るぞ?
一体どんな作戦であいつ等を一掃出来るんだよ?」
「……」
「……」
誰も答えない。
既に勝ち目があるとは誰も思っていないのである。
既にその場の兵士の半数以上は、ここで戦死する覚悟を決めていた。
そこへバックパックを背負ったポニーテールの少女が息を切らしながら走って現れた。
近くの工兵が慌てて駆け寄る。
「馬鹿野郎!
ちゃんと町の中心部分で避難してるんだ!
ここはお前の来る場所じゃねぇ!」
「ハァッ……ハァッ……、
み、皆さぁんっ!
ドーラ防衛本部からの指令です!
この時計の長針が30分丁度に来た時!
あと2分後に私が持ってきた加速ポーションを全員で一斉に飲んで町の中心部分へ全力で走って退却してください!
ハァッ……ハァッ……!
加速ポーションは私のバックパックに入っています!
一人の送れも無く、取り残される者も無く、一斉に退却せよとの事です!
これはドーラの全周を守る兵士達が一斉に行う作戦です!
もちろん全ての兵士達の方へ私以外にも走る事が得意な若者が同じように向かっています!」
少女が必死で叫ぶ声を聞き、生きる事を諦めかけていた訓練生達は全員、顔に生気を取り戻した。
場を取り仕切るリーダーがすぐに指示を出す。
「工兵! すぐに彼女の持つポーションを全員に配って回れ!
ポーションを持ってきた君!
時間が来ればこの笛を吹いて合図しろ!」
リーダーは少女にホイッスルを投げ渡すと弓を弾き絞り、防柵に押し寄せるオークゾンビの背後から弓を構えていたケンタウロスゾンビの額に向けて矢を放つ。
ケンタウロスゾンビはヨロヨロと倒れ、それを踏みつけながら後続のオークスケルトンが前に出た。
「最後の踏ん張り時だ!
彼女がホイッスルを吹くと同時に一斉に加速ポーションを飲み干して走れ!」
訓練生達は加速ポーションを工兵達から受け取り、気持ちを落ち着けつつアンデッドの群れと防柵越しに戦い続ける。
残り、10秒。
少女は懐中時計を見ながら、ホイッスルを口に持って行く。
7、6、5、4,3、2、1
ピィィィ――――!
ピィィィ――――!
訓練生達は一斉に加速ポーション瓶のコルクを抜き、中の液体を飲み干した。
ギュルルルルルッ!
魔法の力が一瞬にして訓練生達全員の体に染みわたり、溢れるような活力を感じ、集中力が高まる。
「走れぇ――!」
少女も、訓練生達も一斉にアンデッドの群れに背を向けて走り始めた。
その速度はエンチャントされ、全力疾走する馬のような速さである。
一瞬にしてその場から訓練生達が消え、代わりにアンデッドの群れを押しとどめていた防柵がメキメキと音を立てて倒れた。
「「「グオォォ……」」」
「「「アァァ……」」」
アンデッドの群れが濁流の様に一斉に進み始め、町へと向かう。
だが既に全ての訓練生ははるか遠くを走っている。
たかが30秒のエンチャント、だがそれはこの局面においては決定的な30秒なのだ。
***
ドーラの全周で、訓練生達の加速ポーションを飲んでの一斉撤退は行われていた。
ただ一人、ドーラ北西で逃げ遅れた者が居た。
防柵の外を騎馬に乗って走り回っているユリアン達に作戦の事を必死で伝えようとしていた工兵である。
必死で懐中時計を掲げて身振り手振りで伝えようとしていたが、必死でアンデッドの群れの隙間を掻い潜って戦うユリアン達騎兵隊に伝わっている気配が無い。
そうこうしている内にオークスケルトンが投げたハチェットを受けて加速ポーション瓶を割ってしまっていた。
ピィィィ――――!
ピィィィ――――!
さらについにその時が来てしまったのである。
他の訓練生達はあっという間にはるか遠くへ走り去り、残された工兵も慌てて走るがすぐ背後でメキメキと音を立てて防柵が決壊した。
アンデッド達がなだれ込み、ケンタウロスゾンビが放った矢が運悪く工兵のふくらはぎに刺さる。
「いってぇ!
くそっ、くそっ!」
工兵はびっこを引きながら走ろうとするが、押し寄せるアンデッド達にぐんぐんと距離をつめられる。
「こ、光輝の陣営万歳ィ――!」
「チャァァ――ジッ!」
ドガァ!
バギィ!
目の前に押し寄せていたアンデッド達が吹き飛ばされ、ユリアンを先頭にした騎馬隊が代わりに出現した。
そして工兵の方へ駆け寄ると、ユリアンが馬に掴まりながら片手を伸ばして工兵の手を取り、走り抜けながら引っ張り上げて自分の後ろに乗せる。
「ユリアンさん!
ありがとうございます!
もう死ぬかと思っていました」
「トロトロしてんじゃねぇぞぉっ!」
「伝わっていたんですか!?
撤退作戦の事!」
「はぁ?
何の作戦だ?
教えろ!」
「やっぱし伝わって無かったぁ――っ!」
工兵は作戦の事をユリアンと、取り巻きの騎兵達に手早く教え始めた。
***
ドーラから森に少し入り込んだ広場にて。
ニールはインフェクテッド・ウルフを一匹失って一旦退避させ、再びドーラ侵攻をさせていたアンデッド達の様子を宝珠に手をかざしながらうかがっていた。
「むぅっ!」
「どうした!?」
「……信じられん。
まだ防柵を破っていなかったとは。
そんな事が出来る戦力がドーラにあるはずが無い。
間違いなく、俺の襲撃箇所をピンポイントで予測されて兵力を結集していたとしか考えられん」
「おいおい、相手は素人達であろう?
しっかりしてくれんか」
「自動操作の弱点をも突かれているようだな。
器用に騎馬で誘導してやがる。
だがもうそれはさせん。
これで終わりだ……むっ?」
「ウオラ様!
集めてまいりました!
ムラサキハリガネムシ2匹、先端の細い金属製の針!」
「こちらもベノム毒1瓶に牛の脂!
まったくこのネクロマンサーめ。
苦労したぞ!
まさか牛の屠殺と解体をやらされることになろうとは思わなかった!」
ニールはウオラの近衛兵を完全無視し、驚いた様子で宝珠に集中している。
ウオラは少し不安を感じながら聞いた。
「どうした?
ニールよ、何かあったのか?」
「ドーラの全周の防柵から兵士達が一斉に消えた。
……やりおるわ。
まさか一人の犠牲もなく撤退してのけるとは、敵ながら大した奴だ」
「撤退?」
「おそらくドーラの中心に最終防衛ラインが張ってあるのだろう。
そこへ一斉に逃げ込んだのだ。
急いでアンデッド共を送り込まねば、ルーサーとあのババァの率いるスケルタルナイトが間に合ってしまう」
「このポンコツめ!
偉そうなことを言っておきながら何たるザマだ!」
「この使えないネクロマンサーはもう打ち殺してしまってはどうでしょう?
ウオラ様!
こんな奴の代わりなど、探せばいくらでも見つかりますよ!」
近衛兵は一人は全身ずぶぬれ、一人は血と汚物にまみれ、素材の入手で相当酷い目にあって気が立っているようである。
胡坐をかいたニールの背後に並んで立ち、二人共剣を抜いて、一人は振り上げながらウオラに切り捨ての許可を得ようとしている。
「二人共よさんか。
冷静さを欠いておるぞ」
「これほどに無礼な奴を許してはおけません」
「大物ぶって俺達を完全無視しやがって!」
二人の近衛兵が剣を振り上げた姿の影がニールの左右の地面に映っている。
が、その二人の影を何か巨大な影が覆い隠した。
フシュルフシュルフシュル……グルルルル……
すぐ背後から聞こえるうめき声、周囲に漂い始めた異臭、恐ろしい殺気でそれが何かを察し、二人は震えながら振り向いた。
「うわぁ!」
「ひえぇ!」
ガブガブッ
背後には熊を遥かに超える巨体のインフェクテッド・ウルフが一匹、二人の近衛兵の手が触れる程の距離にまで接近していた。
大きく口を開け、近衛兵が剣を振るよりも早く二人の胴体を鎧ごとを咥え込み、ニールに差し出す。
「最後の素材を言って無かったな。
……それはお前達二人だ」
ニールは近衛兵が持ってきた素材を壺に入れて、ぶつぶつと呪文を唱える。
壺の中で何かがコポコポと泡立ち始め、紫の煙が吹き上がる。
さらに金属の針を摘まんで壺の中に入れ、プスッと何かを刺すとビチビチビチィと激しく何かが羽間回る音が響く。
しかもその音はニールが針を刺すたびに大きくなっていく。
そして煙が収まった。
ニールは壺をもって立ち上がり、インフェクテッド・ウルフに二人で横倒しになって咥えられている近衛兵に近寄った。
「これは俺が何百人という人間の捕虜で実験して作り上げたオリジナルの術だ。
大抵の者は恐怖と苦痛で正気を失うが安心しろ。
それはすぐに終わる」
ニールは壺に手を入れると、ウネウネ動くハリガネムシを取り出した。
呪術の影響か、体の大きさが10倍ほどに膨れ上がり、機敏になって禍々しい緑色に変色している。
それを近衛兵の顔へと近づけた。
「きっ、貴様ぁ!
何をっ、何をする気だぁ!
止めろぉ!」
「う、ウオラ様!
コイツを止めて下さい!
ウオラ様ぁ!」
「……勝つためにそれが必要なのか?
ニールよ」
「勿論だ」
ウオラは残酷な目に合うであろう二人から目を反らし、ため息をつきながら言った。
「やれ」
「そんな!」
「ウオラ様!
嘘でしょう!?
ウオラ様ァ!」
「さぁて、根性を見せて貰おうか」
ニールの指でうねっていたハリガネムシは、身動き取れない近衛兵の鼻の穴の中にビチビチと跳ねながら潜って行く。
「フゴオォォォ! ウゴォォォ――!」
「ひっ、ひぃぃ、止めてくれぇぇ!」
ニールは壺に手を入れてもう一匹のハリガネムシを取り出し、もう一人の近衛兵の耳から体内に侵入させる。
「イデデデデ! ぎゃああぁ」
***
俺は懐中時計を見ながら馬を早足で進めていた。
スケルタルナイトの群れも周囲に付き従っている。
「時間だ。
訓練生達は今、必死で町の中心部分に走っているはずだ」
「もうすぐ!
ドーラの門がすぐそこに見えておる!
いそぐんじゃルーサーしゃん!」