魔法銃士ルーサー、最も困難な作戦を伝授する
俺とクロリィちゃんは警戒を怠らずにゆっくりとドーラへ馬を進めた。
周囲に敵の気配は無い。
もちろん油断は出来ないし、奇襲とはこういう時に行われると言う事も熟知している。
が、今の状況的にニールの立場に立って考えれば自分の重要な手駒が一つ潰された直後である。
すぐさま次の手が打たれるとは思えない。
「ニールは一時的に撤退したようだ。
そう思わないかぃ?
クロリィちゃん」
「確かに周囲にアンデッド特有の魔力は感じん。
だがそれは、ニールが再びドーラ侵攻に本腰を入れ始めたという事かも知れないわぃ。
町の人達が心配じゃ」
俺は馬の足を速めながらも魔導通話貝を手に取り、ドーラ防衛本部へと繋げた。
カコ、カタタ、ザザ……
「ドーラ防衛本部、まだ生きているか?」
「ルーサー様!
ご無事だったのですね?
長い間連絡が無くて心配しておりました!」
「途中でニールの操る二体のインフェクテッド・ウルフに遭遇してな。
苦戦していたが一体は始末した。
それよりそっちの様子はどうだ?」
「3箇所で激しい襲撃を受けています!
ルーサー様が防衛計画時に指摘された2箇所と、ドーラ東です。
ご助言のお陰で何とかその3箇所にあらかじめ戦力を集中させることが出来たので現時点では持ちこたえています。
いや、5分前報告を受けた時点では持ちこたえていますが、まるで津波の様に果てしない量のオークゾンビやオークスケルトン、ケンタウロスゾンビやスケルトン。
北西に至ってはベロが異常に伸びた風貌で四つ足で機敏に動くダークエルフゾンビが襲い掛かってきています。
いつ崩壊してもおかしくない状況です」
「ダークエルフは種族的に高い魔力が内在しておるので、ゾンビ化すれば機敏で狂暴な怪物に変化しやすいのじゃ。
新米兵士がどこまで戦えるか怪しいぞぃ?」
「危険だな北西は。
何か手を打たないと」
「幸い北西にはそれなりの実力を持つ騎兵隊を派遣していて、防柵を飛び越えたダークエルフゾンビは彼らが撃退出来ているそうです。
ただ、直前の報告によるとユリアンが使い手の手勢数名を連れて防柵の外に騎兵突撃を仕掛けたそうです。
そして外側を走り回りゾンビの大群を誘導しながら逃げ回っているとの事。
その隙にの補修したカタパルトを追加していますが、それでも防衛線の僅かな延命でしかないと見ています」
「やるなユリアンの奴。
本能でその手段を取ったのかも知れないが、アンデッド相手にはその手は有効だ」
「ネクロマンサーがアンデッドを自動操作に任せておる間だけじゃがな」
「ユリアンを引かせるべきでしょうか?
しかしもう正直なところ何処も打つ手が無くなってきています。
私にはどうしてよいか……」
「よし、遠くにだが俺達からもドーラの東門が見えてきた。
アンデッドが押し寄せているのとは違う箇所のようだがな。
チェスター。
3つの大通りに囲まれたドーラの中央部分の要塞化は進んでいるか?」
「はい、冒険者ギルドのワスプさんの指導の元、可能な限り中央の建物の窓は板で封鎖して補強し、町の人々が頑丈な建物の二階に避難させています」
「もうすぐ俺達がドーラに到着し、その中央部分をクロリィちゃんの操るスケルタルナイト達で守らせる。
今は走るのが得意な若者に、ドーラ中の店からある限りの加速ポーションを集めさせろ!」
「加速ポーション?
あの、飲むと30秒間ほど走るスピードが倍くらいになるポーションですか?
一体何故でしょう?」
俺は真剣な鬼気迫る声で言った。
「いいかチェスター。
軍隊を指揮する上で、最も難しい作戦は何か分かるか?」
「攻城戦でしょうか?」
「撤退戦だ。
世の中の軍隊同士の戦闘は、出会ってしまって正面からの膠着戦闘が始まってしまったら、8割から9割方は片方の壊滅、もしくは降伏で決着が付く。
普通に撤退しようとしても隊列が乱れ、敵に追撃されて好き放題に背を討たれて壊滅する事が多い。
それが出来ない指揮官は只一方的にやられるよりはと、壊滅して最後の一人が倒れるまで戦ってしまう。
そして魔王軍相手となれば降伏なんて選択肢は無い。
それは拷問の上の死でしか無いからな。
だから光輝の陣営と魔王軍との戦争の歴史は、激しい消耗と潰し合いの歴史だ。
その果てしない死体の山の上に俺達は生きているんだ」
「……ルーサー様の重いお言葉、心にしっかりと刻み付けておきます!
しかしルーサー様は恐らく今防柵を守っている兵士達をドーラ中央へ撤退するようご助言なさろうとしておられますね?
それは分かります」
「……どうした?」
「私は既にドーラ北東で7名、ドーラ東で12名、ドーラ北西で3名の訓練生を……。
(ゴクッ)
私の指揮で死なせております!
ルーサー様のおっしゃる最も困難な撤退作戦、どれほどの訓練生を死なせるのかと考えると呼吸が苦しくなり、今にも失神しそうで……」
「気持ちを張り詰めて状況が良くなることは無い。
リラックスしろ。
一人の犠牲も無く撤退させる。
俺はその為に助言をしようとしているんだ」
「はい!」
「町の各方面に懐中時計と加速ポーションを持たせた若者を走らせろ。
兵士と若者本人、全員の分を用意してな。
軍務で直接的に役立つヒールポーションや爆弾ポーション、解毒ポーション類と違ってたった30秒の持続時間しかない加速ポーションなど人気が無い。
兵器庫に大量に余らせているだろう?」
「確かにそれは有ったように思います。
私もそれの使い道は分かりかねていました」
「時計の時刻は会わせろよ?
今から8分後、長針が30に来た瞬間に全兵士とポーションを運んだ若者。
全員で加速ポーションを飲んで町の中央部分へ走って撤退させろ。
武器類は中央部分にもストックさせているだろう?
ならば手持ちの武器防具は捨ててもいい。
一人として遅れることなく、全員を一斉に走らせるんだ。
たった30秒、襲い来る敵と距離を離す事が出来るかで撤退戦が成功するかが変わる。
遅れる者が居れば、そいつは確実に追撃してくるアンデッド集団に飲まれて死ぬ。
間違いなく全員に、一斉に加速ポーションを飲んで走らせろ。
それが成功するかどうかは、お前の采配に掛かっている」
「ふぅ~~。
了解しました!
必ず成功させます!」
「幸運を祈る」




