魔法銃士ルーサー、間接的にドーラ防衛兵を援護する
ルーサーとクロリィがインフェクテッド・ウルフと戦って足止めされていた頃。
ドーラの町の北西、南西、東の3箇所は視界を埋め尽くす程の数のアンデッドの猛攻に耐えていた。
うすのろケリーの担当していた東では、チェスターの送った援軍の奮闘で何とか防衛ラインの決壊だけは防いだものの、いくら倒しても次々押し寄せるオークゾンビやスケルトンを相手に絶望的な戦いを続けている。
テレンス爺さんを守る為に初っ端で数人の死者を出した南西では、予め掘っていた落とし穴、二重、三重の防柵、周辺から駆けつけた応援の力でなんとかアンデッドを押しとどめている。
ただし一番外側の防柵は決壊、二つ目の防柵は一部決壊し、工兵達は必死でバリスタを組み直したり、四つ目の防柵を作り続けている。
その間も弓と槍とバリスタで必死でアンデッドを倒すが、崩れ落ちた死体を踏み越えて次から次へと後続が現れる。
だが最も状況が悪いのは、ドーラ北西であった。
襲い来るアンデッドの数はここが最も多く、通常のオークやケンタウロスのゾンビやスケルトンに加え、異形化して這い歩くダークエルフゾンビが点々と入り混じっているのである。
その動きの素早さはアンデッドとは思えない程で、運動能力も高く、時々他のアンデッドの頭を踏み台にして防柵をジャンプして飛び越えてくる。
キシャァ――!
ドザァァッ!
「わっ、うわぁ助けてぇぇ!」
また一匹、空中高く飛び上がったダークエルフゾンビが背後を動き回る工兵に飛びつき、地面へと押し倒した。
防柵の外のゾンビを相手にしていた槍兵2名が慌てて振り返り、ダークエルフゾンビに攻撃を繰り出す。
しかしダークエルフゾンビは四つん這いのまま素早く右へ左へと飛んで回避した後、異常に長く肥大化したベロを振り回して反撃する。
シャァァ――!
「くっそ、なんだこいつ!
糞つえぇぇ!」
「そこをどけぇ!
チャァア――ジッ!」
ドドドドド
グッサァ!
グビィィ!
ランスを構えて騎兵突撃を噛ましたユリアンが、ダークエルフゾンビを串刺しにして突き進み、住民が避難した後の家の壁にランスを突き立てて張り付けにする。
遅れてユリアンに続いた騎兵隊が、壁に張り付いて暴れるダークエルフゾンビに次々とランスをぶっ刺して止めを刺した。
ユリアンはその様子を眺めている二人の槍兵に向き直って怒鳴りつける。
「何をしている!?
防柵に押し寄せるアンデッド共に攻撃を続けろ!」
「了解!」
「了解です!」
アンデッドを防柵越しに槍で突く槍兵、走り回って防柵を修繕したり、第二の防柵建築に励む工兵、バリスタを撃つ工兵、少し離れた後ろから曲射で矢を射る弓兵。
全員が必死で戦っている。
だが押し寄せるアンデッドの数が膨大な為、とても押し勝てる状況ではない。
もうずっと最初から、防柵はあちこちで押されて軋む音を立てている。
ユリアンは元々防柵に張り付くように倉庫が建っていた場所を振り返る。
「ルーサー様の言う通り倉庫を撤去して正解だった。
机の上の地図を見て、ゾンビの大群など想像出来ていなかったあの時は分からなかったが、今ならルーサー様の言っている事が分かる。
もしも倉庫が残っていたなら敵の盾にされ、反対側でキモゾンビに襲われてる仲間にも気が付かず、防衛側の協力が分断されて各個撃破されていた。
そしてとっくにここは崩壊していただろう」
「しかしチェスターさん!
このペースではいずれアンデッドに押し切られます!
なんとかして手を打たないとこのままではマズいです!」
「……」
騎乗したままアンデッド軍を眺め、沈黙しているユリアンに二人の工兵が走り寄った。
「ユリアンさん!
ここからそう遠くない場所にある兵器庫に壊れたカタパルトが保管されています。
それを修理してここに引っ張り出して来るというのはどうでしょうか!?」
「壊れてないカタパルトは無いのか!?」
「使える兵器は全て最前線に送られてしまっています!」
「どれくらいで準備出来る!?」
「おいっ、どれくらいかかる?」
「一台につき修理に10分、ここまで運ぶのに2分程。
並行して投擲する岩を別の工兵に集めさせます」
「……」
ユリアンは黙って防柵に押し寄せるアンデッド達を眺め続けている。
彼に付き従う下級騎兵は焦りながら話し合う。
「持つのか? ここ。12分も」
「アンデッド共に油をまいて火をつけると言うのは?」
「それこそ12分で準備なんて出来ないだろ!」
ユリアンは答えた。
「よし! 今すぐ準備に掛かれ!
あと工兵一人にあそこの端部分の防柵を一時的に開けさせろ」
「はい!」
「防柵を開けるぅぅ!?
どういう事ですかユリアンさん!?」
「何となく場の流れが変わってきている感じがする。
今なら突撃が成功する。
行くぞ、ユリアン騎兵隊!」
「ちょっと待って正気を取り戻して下さいよユリアンさん!」
「貴方のそのカン、今まで当たった事無いでしょう!?」
「つべこべ言うな!
早くかかれぇぃ!」
「りょ、了解」
「了解です」
「はぁ――!
命懸けの本番では勘弁してくれぇ……」
「ああん!?」
「……了解です」
工兵達は全速力で走り去った。
一人の工兵が防柵の端っこ、ユリアンの示す場所に走り、ノコギリで綱や杭をゴリゴリと削る。
その間も槍兵達が必死でアンデッドを突き殺す。
ユリアンは近場のバリスタを操る工兵に指示する。
「バリスタ!
その辺のアンデッドを削って俺達の突撃を援護しろ!」
「あっちだ! 撃てぇ!」
ドガァッ!
ドサドサドサッ
バリスタ一発でアンデッドが5体ずつほど纏めてぶっ倒れていく。
その間もユリアンは騎兵隊から自分の知る精鋭を選んでいく。
「バリー、カーティス、サイモン、ミッキー、テッドにヴィクター。
お前達は俺と一緒に突撃隊だ」
「うわぁ、外れ引いたぁ!」
「勘弁してくださいよぉ」
「やっべ、遺書書かなきゃ」
「せめてみんなで行きましょうよ」
「生半可な奴が混じっていれば失敗する!
お前達は選ばれたんだ!
名誉だと思え!
全員短槍と盾に持ち替えろ!
残りの物は防柵の内側に留まって四つん這いのキモいベロベロゾンビを殺しまくれ!」
「了解です!」
「よっし!」
「ユリアン騎兵突撃隊!
ツー・カラム・フォーメーション!
カーティス、お前は俺の右だ!」
「先頭かよひでぇ!」
防柵際の激戦の中で工兵は斧をかかげ、少し離れた場所で陣形を作り終えたユリアン騎兵突撃隊を振りむく。
「このひと振りで防柵のこの部分が切り離されて倒れます。
いいですね?」
「やれ!」
「いきます!」
コ――ン! メキメキメキメキ……
ウガァァァ――!」
防柵の一部が倒れ、アンデッド集団がなだれ込んだ。
だがユリアン達はそこへ向かって騎兵突撃を始める。
「チャァ――ジッ!」
「うぉぉ!」
「もうヤケクソだぁぁ!」
「突撃ィィ――!」
バリスタである程度削っていた事もあり、なだれ込もうとしたアンデッド達を逆に跳ね飛ばしながらユリアン騎兵突撃隊が出陣する。
ユリアンは腕利きかつ左利きのカーティスと並んで先頭に立ち、目を血走らせながら突進する。
道を阻むゾンビを次々と短槍で突き、盾でケンタウロスゾンビの矢を防ぎながら馬のスピードを上げて行く。
──── ドーラ北西防衛ライン ─────
__________死_死__死_____
________死_死死_ユカ__死死死_
______死死死死死死死_騎騎__死死死
_______死死死死死死__騎騎死_死_
__死死_死_死死死死死死死__騎___死
____死_死死死死_死死死死___死_死
死死死_死死_死死_死死死死死死___死死
死死死死死死死死死死死死死死死死__死死死
__死死死死死死死死死死死死死死____死
死死_死死死死死死死死死死死_______
__死死死死死死死死死死_________
柵柵柵柵柵柵柵柵柵柵柵柵柵柵柵柵柵柵皿皿柵
_槍__弩槍槍_弩_槍槍_弩_槍_弩工工槍
柵:防柵。大量のアンデッドに押されてあちこち軋んでいる。
皿:倒れた防柵。
工:ユリアン達が突撃後、慌てて防柵を立て直して修繕に掛かる工兵。
弩:一定間隔で丸太のような矢を飛ばし続けるバリスタ。工兵が操作している。
槍:必死で押し寄せるゾンビを突く槍兵。
死:大量のアンデッド達。
ユ:盾で矢を防ぎ、短槍で道を阻むアンデッドを突き殺しながら突進するユリアン。
カ:ユリアンと並んで反対側のアンデッドを蹴散らしながら進むカーティス。
騎:大声で叫びながら突撃する騎兵達。
─────────────────────
「チャァ――ジッ!
チャア――ジ!」
「うおぉぉぉ!」
「死ねやこらぁぁ! おらぁっ!」
ユリアン騎兵突撃隊はそれぞれが大声で叫びながらアンデッド集団の中を突進した。
兵団での訓練で、常に突撃しかしてこなかったユリアン。
だがそれ故に突撃兵にしか身に付かない特殊な感覚を身に着け始めており、無数のアンデッド集団の中、自分達の足が止められずに抜けられる隙間、隙間を瞬時に見抜きながら舵を切る。
飛び交う矢の中強引に進み、盾で弾きながら攻撃も絶やさない、これもユリアンにとっては何度も『訓練済み』の事であった。
必死で戦う槍兵、バリスタを撃つ工兵もここに来て初めてユリアンの狙いに気付き始める。
「ゾンビ集団がユリアンの騎兵達に釣られて追いかけ始めているぞ!」
「本当だ! あいつら大声で叫びまくりながら走ってるからそっちに気が引かれているんだ!」
「ユリアン達が結構な量のアンデッドを引き付けてくれたから、防柵への攻撃が弱化している!」
「しかし変だな。
押し寄せていた最初の頃はもうちょっとアンデッド達に知性が感じられたぞ!
あんな単純に釣られる相手じゃ無かったはずだ。
一体何が起こったんだ?」
「分からねぇ。全然分からねぇがチャンスだ!
ユリアンの自己犠牲を無駄にするな!
必死で戦え!」
「安らかに眠れユリアン!」
「いや、まだ死んでねぇよっ!」
一体何が起こっているのかドーラ防衛兵達には想像が付かなかった。
しかし想像が付くはずが無い、それは不可能だったのである。
実はアンデッド軍を操るネクロマンサーのニールはこの時、二体のインフェクテッド・ウルフのコントロールに集中して、ルーサー達との激闘を行っていた。
必然的にドーラ襲撃をしているアンデッド達のコントロール、統制力が弱まっておりアンデッド達は本来の腐りかけた脳に等しい退化した知性での行動をしていたのだ。
ユリアンのカンという意味不明な根拠で行った判断は、実は人の思考の上を行く最適解だったのである。