魔法銃士ルーサー、おたゑちゃんの陶芸を手伝う
「ただいまー」
「キキッ!」
俺が畑仕事を終えておたゑちゃんの家のドアを開けると、ミミちゃんが現れて迎えた。
俺はミミちゃんに用意して貰ったスリッパを履いて上がり込む。
「おたゑちゃん、どこだぃ?」
入ったばかりの土間にはおらず、障子を開けながら部屋の奥へと進む。
家の一番端っこの部屋の障子を開けると、おたゑちゃんが背中を向けて座っていた。
部屋の周囲には棚があり、粘土で作ったような茶碗や壺が所狭しと並べられている。
「おたゑちゃん、何してるんだぃ?」
グィン グィン グィン
おたゑちゃんはグルグルと回るろくろの上で、両手を添えて壺を作っていた。
しんみりとした声でつぶやく。
「フフホファン(一郎さん……)」
「おたゑちゃん!」
「フアア(ふわっ!)フーハーハ(ルーサーさんかぃ!)」
おたゑちゃんは後ろから突然話しかけられて手元が狂い、壺の口がグニャグニャと歪み始める。
「おおっと、壺が歪んじまうぜ」
俺はおたゑちゃんの背後に座り、おたゑちゃんの体を後ろから抱きかかえるような体勢で、おたゑちゃんの肩の上から壺を凝視する。
そして両手をおたゑちゃんの手の上に添えた。
グィン グィン グィン
グニャグニャに歪みかけた壺の口は再び、俺とおたゑちゃんの共同作業で整えられていく。
「……」
「……」
グィン グィン グィン
俺はおたゑちゃんの手の甲、指、手首、とゆっくりとさする様に滑らせていく。
「ウキキッ!」
ミミちゃんが魔導レコードプレーヤーをもって現れ、スイッチを入れて針を置いた。
ロマンチックなBGMが流れ始める。
「そういやおたゑちゃんは孫のナオミが居るんだもの。
既婚者なんだよな」
「フフホファンフォウフフェンハフォ(一郎さんはもう10年前に亡くなってしまってのぅ)」
「そうかぃ、済まなかった。
悲しませるようなつもりは無かったんだ」
「ファフォハホウ、ヒフホヘフォフェ(あとはもう死ぬのを待つだけの余生、消化試合じゃからのぅ)」
「奇遇だな、おたゑちゃん。
俺も同じなんだよ。
実はな。
俺は勇者のパーティーから追放されちまったんだよ」
「フェ?(え?)」
「お前はもう役立たずだから出てくるなだとさ。
ははははは。
おかしいよな。
俺だって勇者のパーティーメンバーとして、魔王軍と戦い、大活躍して勝利。
その後皆に称賛を浴びる事を夢見てたし、それが俺の宿命だとどこかで信じ込んでた。
疑いもしなかったんだよ。
それが人生の目的だとな」
「フファファン……(ルーサーさん……)」
「でもこうやって挫折してみると、俺の夢見た物自体も空虚に思えてきてな。
俺が魔法銃士として全てを犠牲にして、苦しい修行に耐えてきたのは、こんな馬鹿げた一時の夢想の為だったんだな。
あほくさ……ほんと、あほくさ……」
「ファファフフォフファ(違うよルーサーさん)」
おたゑちゃんはヌルヌルの手を絡みつけるように俺の両手を握り返してきた。
そして上へと持ち上げて小さな万歳っぽいポーズを取る。
「おたゑちゃん……」
「ファファフィホフファヘラ(私とルーサーさんの青春はこれから始まるんだよ!)」
おたゑちゃんは俺の方を振り向き、至近距離で二人は見つめあう。
「し、しかしおたゑちゃんには一郎さんという人が……」
「フィフィフォファヘハフェ(一郎さんが引き合わせてくれたんだよ)、
ハハヒホフヘハ(私とルーサーさんを)」
俺の手を包むおたゑちゃんの手の温もり、それは確かにそこにある、魂の温もり。
俺に寄り添う人生でただ一つの、愛の温もりだった。
「……」
「……」
「おたゑちゃん!」
「キキィッ!」
振り向くとミミちゃんが手招きをしている。
「何だ?」
「キキッ!」
俺とおたゑちゃんは陶芸を止めて手を洗い、ミミちゃんに誘われるままついて行った。
***
ミミちゃんに誘われて入ったのは寝室である。
部屋の東の端っこに布団が一つ、西の端っこに布団が一つ。
その間を遮る様に衝立が並べてあった。
「ホウハヒヒハンホヘヘハ(おやぁミミちゃん、お布団しいてくれたんだねぇ)」
「丁寧に距離が取ってあるな。しかも衝立で区切られて」
「ウキッ、キキッ、ノクターン、キキッ!」
「フィフィハンフフォヘハヘ(ミミちゃんが気を使ってくれたんだねぇ)」
***
夜更け。
一つの部屋に一つの行灯が置かれ、俺とおたゑちゃんは離れた場所で布団に入って天井を見上げていた。
「おたゑちゃん」
「ファヒフハハン(なぁにルーサーさん)」
「人間は何で、死んでいくんだろうな。なんで世の中こんなしんどいんだろうな」
「ヒハフヘフハハン(違うよルーサーさん)、
ヒンヘンハハヘヘホフフェホヘハ(人間は皆、必ず最後は死ねるんだよ)
フヘホヘハハハヘ(それにしんどいとか辛いとかは只の幻想)
ハホヒヘハホハ(楽しいとか幸せと同じ幻想だよ)
ホヘハハヘハホヘハ(それならば、同じ幻想なら楽しい幻想をみようよ)
フハハンハヘヘフヘア(ルーサーさんは私と孫の命を助けてくれた)
ハハヒハフヘホヘハ(私はお返しにルーサーさんになんとしても幸せな幻想をお返しするからね)
ホヒヘンハハヒヘ(拒否したって無駄だからね)」
デスマーチが始まりました。
超辛くて更新も厳しい状況です。
でも私は自分の作品が、例えなろうコン一次落ちであろうとも最高の名作だと思っているので、何としても完結を目指します。