魔法銃士ルーサー、町の防衛計画をチェックする
アンデッドの大群がくるまで時間の余裕は無い。
ドーラの兵舎の会議室にて、中央机の上に地図を広げて緊迫した作戦会議が続けられていた。
チェスターは防柵の見回りから戻って来た兵士達の報告を聞きながら兵員配置の計画を立てていく。
実戦経験が無いとはいえスラールさんがドーラ守備の責任者に据えるだけあり、チェスターの判断は迅速で的確、かつ基本をしっかりと抑えている。
「ドーラは最前線への輸送の中継地と言うだけあって、多数の兵器が倉庫に格納されています。
そして防衛の要となるのはバリスタです。
組み立て式で高さ3メートルの防柵の上から狙い撃てるようになっているバリスタが200以上あります。
まずはこれを町の外周に向けて防柵の中から撃てるように配置していきましょう。
配備地点に印をつけていきます」
チェスターは素早く地図に印を入れていった。
その配置は極めて優等生的。
しかし経験の無さ故に仕方が無いが、まだまだ甘い箇所がある。
「これで全部。
バリスタの配置と組み立てには時間が掛かります、今すぐ工兵隊は倉庫からバリスタを運び出して組み立てに向かって下さい」
模擬訓練ならともかく、この防衛計画で失敗は許されない。
俺は容赦なく指摘を入れる。
「待った」
俺の声で全員が動きを止めて注目した。
「この配置では2箇所、穴がある。
まずここだ」
―――――― ドーラの地図:北西 ――――――
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柵柵柵柵柵柵柵柵柵柵柵柵柵柵柵柵柵柵柵柵柵柵柵
_弩___弩___弩_庫庫庫庫_弩___弩__
___________庫庫庫庫________
______家家家家_____________
______家家家家___家家家家______
______家家家家___家家家家______
_____________家家家家______
_家家家家__________________
_家家家家__家家家家__家家家家__家家家家
柵:町の中と外を区切る防柵
弩:バリスタの配置予定場所
庫:町の人が所有する倉庫。農具や干し草が入っている。
家:町の人の住む家。
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「どういう事でしょうかルーサー様。
バリスタは満遍なく配置しているように見えますが」
「この倉庫は侵入しようとする敵軍にとっての身を隠す防壁となる。
さらにバリスタ同士がカバーし合う防衛力を薄くする穴ともなっている。
放置すれば突破の起点とされるぞ。
所有者にはやむを得ない事だと断ってこの倉庫は取り壊して平地にするんだ。
あと、すぐ後ろにある2軒の家はどんな家だ?」
見回りから戻ったばかりの兵士が答えた。
「2軒とも一階建てのボロボロの平屋であります!
ただしどちらも一人暮らしの中年の方が住んでいます」
「よし、2軒の住人を避難させてこの2軒も取り壊せ。
この2軒の家が障害となって防衛軍が力を結集しにくくなっている。
町の中と外での押し合いの様な状況になれば負ける事になる」
「し、しかし家を取り壊してしまうというのは流石にどうかと……」
「仕方の無い事だ。
ここが突破されれば泣くのは二人の住人だけでは無い。
ドーラ全体の壊滅に繋がり、何百倍、何千倍もの被害となる。
そしてそうなってから後悔しても取り返しは付かなくなるんだ。
チェスターよ、心を鬼にしろ。
司令官であれば大事と小事をしっかり見分けるんだ」
「は、はい……」
「そして次がこっちだ」
―――――― ドーラの地図:南西 ――――――
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山山山山山山山山崖__弩_弩柵崖山山山崖崖崖崖
山山山山山山山山山崖_弩_柵__崖崖崖____
山山山山山山山山山崖崖柵柵__________
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崖:切り立った高さ20メートル級の崖。とても普通には登れない。
山:切り立った崖で全周を囲まれた山。ドーラの一部がこれらの山に接している。
家:頑固爺さんが一人で住んでいる家。
柵:防柵。
弩:バリスタ配置計画位置。
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「ここですか!?
念には念を入れてバリスタを3台も密集させて配置しています。
何か問題があるのでしょうか?」
「それが経験の無い指揮官が陥りやすい錯覚だ。
バリスタを狭い範囲に3つ置いているから防衛力が高いと思ってしまう。
だがここの防衛力はさっきの北西の所の倉庫を取り払った場合と比べて極めて薄い。
北西の場合、バリスタの射程距離からして柵外側全ての地点に対して5の制圧力が有ると考えろ。
北東のこの場所は3の制圧力しかないんだ。
しかも見通しが悪くて状況の悪化を周辺の兵士達が察知し辛い上に防衛兵士が入れる面積も狭い。
敵が押し寄せれば必ずここは崩壊する」
「ではどうすれば良いでしょうか?」
「この家の住人を別の場所へ避難させてこの家を取り壊せ。
そして防衛ラインを下げ、崖で囲われた峡谷を出た位置に半円状に防柵を貼り直し、出てきた敵を包囲する形で防衛するんだ」
「ルーサー様、家は町の人の最大の財産です。
それをいくつも取り壊してしまえば私は多分、大勢の人達の反感を買う事になるでしょう。
正直言って住人の方を説得出来る自信がありませんし……」
「今、お前はドーラの町全体を防衛する総指揮官だ。
さっきも言ったように大事と小事を見誤るな!
この家の住人一人のわがままを聞く事で、何千人もの町の人々が殺される結果に繋がる」
「分かりました」
「敵がドーラを落とす致命的な起点となりそうな場所は以上だ。
他は微修正は必要だが概ね良いだろう。
すぐに工兵を走らせてバリスタを組み立てさせろ」
「工兵達にバリスタを運ばせて下さい!」
「了解しました!」
「了解!」
「それと時間は全然足りないんだ。
決して兵士を遊ばせず、手が空き次第第二、第三の防柵を町の中に作り続けろ。
落とし穴などのトラップも付けてな。
特に防衛面に不安のあるさっきの2箇所と、こことこことここを優先しろ」
「分かりました」
「町の人はこの3つの大通りに囲まれたドーラの中央部分へ避難させるんだ。
ここには井戸もいくつかあるし、食糧庫もある。
人々を纏めて管理しやすいように、そして混乱させない様に町の人への連絡係を一人、町の人で責任感の有りそうな奴を選んで任命しろ。
兵士は一人の余裕も無いだろうからな」
「了解です」
「俺は馬でひとっ走りして、町の外周を見回ってくる」
「それなら既に兵士達にやらせております。
ルーサー様にわざわざご足労お掛けすることは無いかと……」
「経験の無い初心者兵士の『見る』とベテランの『見る』は別な物だ。
お前も経験を積めば分かるようになるだろうが、初心者を信頼するな。
あと、俺は見回りが終われば町を出てクロリィちゃんを護衛しながら光輝の陣営の戦死者の集合墓地へ向かう。
その間は俺の方から5分おきくらいに魔導通話貝で連絡する。
そちらからは俺の位置が分からなくて通話の為のイメージが出来ないだろうからな。
異常が有ればその時に教えるんだ」
「了解です」
「ネクロマンサーのクロリィちゃんが使役するスケルタル・ナイトの援軍がドーラに到着するまでの間、何としてもドーラを守り切るんだ。
全てはお前に掛かっている、チェスター」
「心得ております!」