魔法銃士ルーサー、アンデッドの大群接近の報を受ける
その晩、俺は嫌な予感がして仕方が無かったのでドーラの町の宿屋で泊まった。
たけのこ村のおたゑちゃんには伝書鳥で今日は町で泊まる旨を伝えてある。
夜中も、時々目が覚めれば大通りの交差点に面した宿屋の3階の窓から時々外を見る。
深夜から明け方にかけて絶えることなく兵士が走り回り、荷馬車が行き来を繰り返していた。
たしかにこの世界にはゲートの軍隊魔法は存在する。
だがそれは複数の魔導士のマナだけではなく生命力を削る、アルティメットスキルに近い大秘術であり、一日に3回も唱えればその魔導士たちはしばらくマナ回復力すら失って三日間は寝込む事になる。
その後で魔王軍と戦う事になれば成す術なくなるのだ。
なので本当に急を要する緊急時以外は使わない。
だから必死で道を馬や荷車を使って進むのである。
***
翌朝、俺は再びドーラの町の兵舎へと赴いた。
そこに居たのは訓練生の上級生数名であった。
あの顔には覚えがある。
たしか野外訓練の模擬戦の時に、ミツールというお荷物をチームに入れたせいで散々な敗北をした知将タイプのチェスター。
そして脳筋で猪突猛進のユリアンである。
俺は歩み寄った。
「よう、久しぶりだな。
チェスターにユリアン」
「お久しぶりですルーサー様」
「おはようございますルーサー様」
「もうスラールさんは最前線に行ってしまわれたのかな?」
「はい。
光輝の陣営の主力軍は既に最前線に集結している頃です。
今まではあまり協力的でなかったミルトン王国軍や、ジョロネロ国軍も援軍を出してくれているそうで、これほどの大軍団が集結する事は今まであまりなかったそうです」
「確かにな。
で、このドーラ町の防衛責任者は今は誰だ?」
チェスターは畏まって敬礼しながら言った。
「私です。
正直これほどの大役を務める事になるとは思わなかったもので、不安とプレッシャーで押しつぶされそうです。
そしてそこのユリアンが臨時のドーラ守備隊の副官となっております」
「任せて下さい。ドーラの安全は守り切って見せますよ」
「頼もしいじゃないか。
まぁ誰でもプレッシャーはあるもんさ。
で、総兵力はどのくらいだ?」
「はい。
ドーラを守るのは全員が兵団訓練生です。
まず私も属する歩兵隊、主に剣と槍を扱う兵科が150名。
弓兵隊が50名。
ユリアンが属する騎兵隊が20名。
カタパルトやバリスタを扱い、橋や防柵、陣地構築を行う工兵隊が100名です」
「まぁずっとドーラに居て知り尽くしているメンバーと言った所か。
ドーラはかなり重要な拠点だが、多少の魔獣が来たところで十分対処可能な数ではあるな」
突如、兵舎の入り口をドカンと荒々しく開き、メッセンジャーの男が声を張り上げた。
「ルーサー様! ルーサー様はここにおられますか!?
緊急のお知らせです!
ルーサー様!」
「騒々しいな。
俺ならここだ」
「良かった!
伝書鳥でルーサー様に緊急のお知らせが運ばれてきました。
このマークは受領後すぐに開放して確認する印です。
どうかご確認下さい」
「ふむ」
俺はメッセンジャーから手のひらに収まる小さなスクロールを受け取り、開いて中身を見た。
――――― 緊急メッセージ ―――――
アレンよりルーサー殿へ
大賢者の森の奥にて極めて多数の行軍と思しき足跡を発見し、追跡したところ統制されたアンデッドの大集団に遭遇す。
内訳は尽く首のねじ折れたオークゾンビ2000体。
ケンタウロスゾンビ800体、異形化して這い歩くダークエルフゾンビ200体。
まだ新しいオーク・スケルトン4000体、ケンタウロス・スケルトン2000体。
全員鋼の武器で武装しており、森に身を隠して大規模侵攻を掛けようとしている可能性あり。
彼らを率いているのは宝珠を持ったネクロマンサー1名、毛皮のコートを被り極めて裕福な立場と思われる太った男とその護衛騎士2名。
進行ルートからして目的地はドーラの町。
移動速度と距離から判断し、ドーラへの到着予想時刻は午前9時頃と思われる。
メッセージ受領後、すぐさま対応を取られたし。
―――――――――――――――――――
「どうされましたか?」
「大賢者の森に居たマスターレンジャーのアレンさんから緊急の知らせだ。
1万近いアンデッド軍がドーラの町に侵攻しようとしている」
「い……一万……」
近くで何気なく聞いていた訓練生の一人が顔色を変えた。
そしてフラフラと一人、兵舎の外に出ていく。
その入れ替わりにまた別のメッセンジャーが息を切らして現れた。
「ドーラの町の守備隊責任者、おられますかぁ!?」
「私です!」
「ミルトン王国から緊急の警告メッセージです。
すぐにご覧下さい」
メッセージを受け取ったチェスターは恐る恐るスクロールを開いた。
――――― 緊急メッセージ ―――――
ミルトン王国防衛隊より近隣各町の守備責任者宛
ノームピックの魔王軍捕虜収容所が破られ、3000体の魔王軍捕虜が脱走しました。
首謀者と思われるのは捕虜であった魔王軍の将軍の一人、ネクロマンサーのニール。
捕虜は全てゾンビとなり、ノームピックの町の防柵に一時期押し寄せたが撤退し、完全に姿をくらましています。
さらに近場にあった魔王軍兵共同墓地が全て暴かれており、埋められていた骨が全て自力で抜け出したと思われる状況から、ネクロマンサーによってスケルトンとして蘇生されたと推測されます。
行方を追っていますがまだ発見出来ておらず、周辺の町に襲い掛かる可能性もあるので万全の体勢をとって備えて下さい。
また、捕虜収容所の監視塔に籠って生き延びた守衛の証言によると、熊ほどもある巨体の素早い狼が次々と捕虜を襲い、捕虜は次々とゾンビ化したとの事。
この狼も見つかっていないため、町の防柵や防壁、門の防備を万全にして注意を払って下さい。
―――――――――――――――――――
スクロールを読みながらチェスターは見る見る青ざめた。
「そんな……嘘だ……。
よりによってこんな時に……」
俺はチェスターの肩をポンと叩いた。
「今すぐ工兵達に町の防柵の点検に走らせろ。
門は閉じて見張りの兵を倍に。
そして各隊のリーダーを招集して作戦会議に入るぞ。
今は午前7時、光輝の女神は2時間も俺達に猶予を与えてくれたんだ」
***
十数分後、ドーラの兵舎の会議室には俺とチェスターとユリアン、そして訓練生の各兵科のリーダーが集まって一つの机を囲んでいた。
チェスターが状況を説明し、全員同じように青ざめる。
重い沈黙の後、歩兵隊リーダーが言った。
「この事は最前線の隊長方には伝えたのですか?
1万近いアンデッド軍をたった300名程度の訓練生で退けるなんて無理です。
ある程度軍隊を引き戻して貰わないと!」
「それが……魔導通話貝でスラールさんに伝えたのですが、最前線側もまだ数的に不利な状況にあってこちらに支援など出来る状況ではないそうです。
むしろ逆に訓練生も召集しようかという案すら上がっていたとの事」
工兵隊リーダーが言った。
「近隣の国、そうだ!
そもそもの原因となったミルトン王国に応援を要請しましょう!」
「そのミルトン王国の兵の大部分も最前線に応援として集結しています。
既に自分の国の各町を守る最低限の兵士しか残っていないそうです」
弓隊リーダーが言った。
「じゃぁ最前線を諦めて戻ってきてもらいましょうよ。
こうなったら仕方が無いです。
ドーラが陥落すれば最前線は孤立してしまいます。
そうなれば最前線の人達だってアウトです」
「そんな事、勇者サリー様に言えると思うなら君が直接言ってください。
……と、スラールさんに言われました」
全員が沈黙し、重苦しい空気が流れる。
「せめて町の一般人だけでも外に逃がす事を考えないと……」
ガチャリ……
現れたのはクロリィちゃんである。
訓練生が必死で戻らせようとしているが無視している。
「お、おばあちゃん、今大事か会議中だからね?
ほら、戻って」
「クロリィちゃん、一体どうしてここへ?」
「町で噂になっておるわい。
アンデッドの大群が攻めてくるのじゃろう?
可哀相に、皆怖がっておる」
「くそっ、あの部屋に居た奴ら全員口止めすべきだったか」
「そうか、そう言えばクロリィちゃんはネクロマンサーだったな。
君、そのお婆さんを入れてやってくれ。
話を聞きたい」
クロリィちゃんは机の前に来て椅子に座った。
「で、アンデッドの内訳は?」
俺は黙ってアレンさんとミルトン王国からのメッセージスクロールを渡した。
クロリィちゃんはしばらく読み込んでから言った。
「これはインフェクテッド・ウルフの邪法を使っておるの。
後先を考えない極めて質の悪い術じゃ。
町の門を閉じて人々を絶対に外に出してはならん」
「何故だい? クロリィちゃん。
今ちょうど、ドーラから人を逃がす事を考えてたんだが」
「インフェクテッド・ウルフは馬よりも素早く森も荒野も走り回り、一噛みで人を感染させてゾンビに変える。
町から逃げ出す人の行列が出会ってしまったら一瞬で全員がゾンビ化する。
ドーラの町の中に侵入されれば一時間も経たずにドーラは死の町と化すじゃろう。
決して町の中に入れてはならん。
行方が分からない以上は、しっかりと防柵を守備させて門を閉じて守るのじゃ」
「防柵なんて野生動物ならともかく、手斧を持ったオークゾンビやオークスケルトンに簡単に破壊されちゃいますよぉ!
駄目だ!
もう俺達は詰んでいるんだぁ!」
「おいお前リーダーなら泣き言言うんじゃねぇ!
ごめんねお婆ちゃん。
俺達がちゃんと守るからね」
「兵が足りないんじゃろう?」
「……」
「……」
「……」
「わしが力を貸そう。
ドーラの町の近くには光輝の陣営の戦死者の集合墓地がある。
例え墓が暴かれ、永遠の眠りを妨げられる事になろうとも、魔王軍からドーラの人々を守る為であれば彼らも本望じゃろう。
彼らにスケルタル・ナイトとなって戦って貰う。
他に手段はないのじゃ。
文句はあるまい?」
「そうか……クロリィちゃんはその為にここに来たのか」