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魔法銃士ルーサー、大賢者の森の監視をベテランレンジャーに頼む

 俺はおたゑちゃんの買い物を済ませた後、ドーラに再び戻っていた。

 一緒に居たナオミはそのままおたゑちゃんの家の手伝いをしている。

 まぁ俺も手伝うべきでは有るのだが、少し優先したい用事があった。

 向かった先はレンジャーギルドの建物。

 前にクロリィちゃんのお金を盗んだ山賊共を追跡してもらう為に、一度立ち寄ったことのある場所だ。

 扉を開けてすぐに中に居る人達に声をかける。


「よう。

 アレンさんはまだ居るかい?」

「あそこだよ」


 カウンターに立つ女性が指さす先には、丸テーブルに向かって座り、ジョッキでエールを飲む30代程の男が居た。

 既に膨らんだバックパックを隣の地面に置き、出かける準備は整っている様子である。

 俺はその丸テーブルの向かいに座った。


「アレンさん、お久しぶりですな」

「ルーサー殿、何か私に御用で?」


 アレンさんはマスターレンジャーである。

 これはどんな職業でもいえる事だが、マスタークラスともなればあらゆる状況に対応出来る。

 敵、八方より来る、我、八方の構え有り……というやつだ。

 アレンさん程のレンジャーなら、たった一人で魔獣にまみれた深い森のど真ん中に置き去りにされても平気で1年生活出来るだろう。

 レンジャーという物は手に負える野獣はもちろん、純戦闘職ですら手をやく危険な魔獣からも隠れて逃げ延びるスキルを持っている。


「これから大賢者の森にしばらく滞在するんだって?」

「えぇ。

 今まさに出かけようとしていた所です。

 あそこには定期的に行って二週間から一か月ほど滞在して、猟をしているんですよ。

 前回行ったときは鹿5頭、イノシシ2頭にテンが2匹取れましたかねぇ。

 大賢者の森は私にとっては庭みたいなもんですよ。

 タカーシ様への差し入れも準備してますし、退屈はしないですね」


「そうか。

 一つだけちょっと気に掛けておいて貰いたい事が有るんだ」

「何です?」


 俺はミルトン王国での天才オオネズミのラッグの事、そしてミツールが大賢者の森に放したラッグJrの事をアレンさんに話した。


「……という訳で、ラッグJrは一応人間は襲わないと約束したんだが、そこはほら、一応は気を付けて貰いたいなと。

 勿論アレンさん自身にも侮らずに注意して貰いたいが、旅人や森に迷い込んだ人が襲われている気配等があればすぐに連絡して欲しいんだ」

「なるほど。

 野生動物にもまれに凄く頭のキレるのが出現しますからね。

 オオネズミ程度の大きさで、武装した冒険者を何十人も殺すようなのは聞いた事有りませんが。

 分かりました。

 注意しておきましょう。

 しかしオオネズミが、油を利用したり、罠を利用したり、腕木通信を利用したりするとは、そのラッグとやらは恐ろしいですな」


「大賢者の森で、異変があれば伝書鳥ですぐに伝えてくれ。

 よろしく頼む」


 ***


 その日の夕刻、太陽が沈んで世界が闇に包まれた頃。

 ミルトン王国の町の一つノームピック、魔王軍兵士のオークやケンタウロス、ダークエルフが大勢囚われた収容所区画の北で怪しい影が動いていた。


 ―――――― 魔王軍捕虜収容所 ―――――――


 ______木___檻檻_________木_

 ___木_____男檻檻男___木______

 _____________男_________

 __木__木__木___檻檻木____木___

 ___木___木___男檻檻男木_木___木_

 崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖

 ___建建建建建建______建建建建建_壁_

 ___建建建建建建______建建建建建_壁_

 ___建建建建建建______建建建建建_壁_

 ___建建建建建建______建建建建建_壁_


 木:収容所の北は崖となっており、10メートルの絶壁の上には木の生えた森が広がっている。

 崖:高さ10メートルの垂直な崖。勿論捕虜が逃亡出来ない様に、登れそうな出っ張りは除去されている。

 壁:収容所を囲む高さ5メートルの垂直な壁。上は尖ったトゲが多数付いている。

 建:魔王軍捕虜達が眠る粗末なバラック。やる事も無いので全員寝ている。

 檻:牛ほどに体の膨れ上がった狼が入れられた檻。

 男:コソコソ動く怪しい男達。


 ―――――――――――――――――――――――


「よし、早く檻を開けろ」

「開けたぞ」

「インフェクテッド・ウルフの手足の枷を外すぞ」


 ガチャ、ガチャリ


「外した。

 いいか、口枷と目を覆う布を俺が取り去ったら素早くインフェクテッド・ウルフを崖下に突き落とせ。

 遅れたり躊躇したりするなよ?

 俺達がヤバくなるからな」

「分かった。

 準備出来ている」


「いくぞっ。(ガチャ、パサッ)」

「押せ押せ押せ!」

「ふんっ!」


 インフェクテッド・ウルフは拘束を解かれ、ゆっくりと目を見開き始めるが、その目が開き切る前に崖下へと突き落された。

 10メートルの落下の後に地面に激突するが、まるでダメージを受けた様子もなくゆっくりと立ち上がる。


 フシュル、フシュルフシュルフシュル……


 インフェクテッド・ウルフは異常に興奮しながら呼吸を始め、身震いを始めた。

 崖の上の男達はその間にも素早く次の檻を崖の端まで運び込み、二匹目を突き落とす。


 ドサッ

 フシュル、フシュルフシュルフシュル……

 グルルルルルル……

 フゴッ! フゴォォォ――!


 二匹の狼はそれぞれ左右のバラックの中に飛び込んで消えた。

 すぐさま中から悲鳴が上がる。


「うっ、うわぁぁ!(ゴキッ)」

「なんだこいつは! いでっ!

 たっ助け(ゴキッ)……」

「ぎゃああぁぁぁ(ゴキッ)」


 時間にして10秒も無い。

 すぐに無音になり、口と爪からオークやケンタウロスの血を滴らせたインフェクテッド・ウルフ二匹がバラックから飛び出す。

 そしてすぐさま次の獲物を求め、素早く立ち去って行った。


 ウウゥゥ……

 ウウウウウウウ――


 その後を追うように、バラックから尽く首が噛んでブチ折られたオーク達やケンタウロス達がフラフラと歩み出る。

 すでに彼らは生きてはいない。

 速攻で殺され、ネクロマンサーの秘術で生み出されたウィルスに感染。

 歩くゾンビとなって復活したのである。


「ひえぇぇぇ(ゴキッ)」

「こんのやろ(ゴキッ)」

「ぐあぁぁ(ゴキッ)」


 インフェクテッド・ウルフがさらに入り込んだ次のバラックも一瞬騒々しくなったかと思うと、即座に静かになる。

 そして仕事を終えたインフェクテッド・ウルフが飛び出して走り去り、再びゾンビオークやゾンビケンタウロスが首をブラブラさせながら這い出る。

 まだ狼を放って一分経っていないにもかかわらず、既に6棟のバラックが壊滅した。

 しかも感染の勢いが止まる気配は全くない。

 崖の上の男達はその様子を見て冷や汗を流した。


「何という素早い仕事だ。

 ……恐ろしい」

「信じられねぇ、目の前でグングンと感染拡大してゾンビが湧き出していくぞ」

「俺達は本当にヤバイ物を扱ってたんだな。

 もしこんなのが町で放たれてたら、30分経たずに町が壊滅するぞ」

「こんな事をしている場合ではない。

 早くウオラ様に知らせるのだ!」

「証拠を残すんじゃないぞ!

 檻は早く荷車に積み直せ!

 急げ!」


 ***


 監獄にて、一人の看守が慌てた様子でウオラ元王の閉じ込められた独房の前へ走り寄った。

 そして息を切らせつつも、声を殺しながら報告する。


「ウオラ様!

 たった今、インフェクテッド・ウルフ2頭が捕虜収容所内に放たれました。

 目の前でたった数十秒でバラック6棟が壊滅、ゾンビ50体以上が発生するほどの凄まじい勢いだそうで、かなり危険な状態らしいです。

 下手するともう、収容所の中の魔王軍捕虜は壊滅している可能性すら……」


 ガシャァアン!

 バリバリバリ


(うわぁぁ――! 脱走だぁぁ!)

(な、何だ? ぎゃあああぁ!)

(何だコイツラ全員首をへし折られたまま動いて居るぞ!)

(逃げろ! 逃げろぉぉぉ!)


 看守の声を遮り、既に大混乱が発生したのが騒音で伝わる。


「たっ、ただいま鍵を開けますのでっ!

 お早くお逃げ下さい!」


 看守はウオラと近衛兵二人の入る牢の鍵を開けた。

 そして震える手で、向かいのネクロマンサーの入る牢の鍵も開ける。


「さ、さぁ、お早く」

「ご苦労。

 ウォルター、ドミニク」

「ははっ」

「御意」


 (フグッ)

 ドスッ


 看守はウオラの近衛兵の一人に口を抑えられ、もう一人に腰の剣を奪われて背後から胸を貫かれた。

 そしてその場に崩れ落ちる。

 ウオラは衣服を整えながら言った。


「ニールよ。

 ここからがそなたの出番だぞ」

「微塵の迷いもなく買収した看守の口封じとはな。

 気に入った。

 ついて来な」


 ネクロマンサーのニールは立ち上がり、先頭に立って監獄の出口へ向かって落ち着いた様子で歩き始めた。

 ウオラと二人の近衛兵はその後に続いて歩く。


「ウウウウウウ……」

「ウゴォ――! ウゴォォ――!」


 既に近隣全体に散らばったであろうオークゾンビの一部、5体が監獄の入り口から入り込み、ニールの前へと近寄る。

 ニールは歩みを止めることなく、落ち着いた様子で手のひらを迫りくるオークゾンビに向けながら言った。


「スゥイブ ドゥエン プルンブム」


 5体のオークゾンビはすぐさま一瞬直立すると、回れ右してニールを護衛するように先導して歩き始めた。

 ウオラは感心しながら後に続く。


「ほほぅ。さすがは魔王軍のネクロマンサー。

 手慣れたものだな」


 ローブを羽織ったニールは落ち着いてウオラ達の前を歩きながら言った。


「ドーラの町襲撃を成功させるには魔王軍本隊との連携が必須となる。

 私のしたためたスクロールはしっかり届いていると考えて良いな?」

「勿論だ。

 『この使者の命を魔王軍へ捧げる』と最後に追記はさせて貰ったがな」


「素晴らしい。

 お前は光輝の陣営には惜しい人材だ」

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