魔法銃士ルーサー、おたゑちゃんのお使いで買い出しする
ミルトン王国の騒動が片付き、ミツール達のパーティがアイオラ・ポートへ装備の買い出しに出かけて三日目。
俺はおたゑちゃんの代わりにドーラの町に買い出しに出ていた。
野菜類はノーバちゃんの畑で取れたものをよくおすそ分けで貰っていて不足する事は無いが、山では手に入らない食材類というものがある。
その一つがあるのがドーラの中央通りだ。
俺が中央通りに入って進むと、中年くらいの親父が荷馬と荷馬車を止めて声を張り上げていた。
「活きのいい魚はいらんかねぇ――!
ラピシキス海で取れた新鮮なサンマやブリ、カニやタコもあるよ――!」
俺は親父の傍に歩み寄って尋ねる。
「今日はどんなのがあるんだ?」
「いらっしゃい!
今日はサンマが安いよ。
1匹150ゴールド、5匹買ってくれたら600ゴールドにまけとくよ。
後はワタリガニにエビにシャコ、タコにハモも獲れたてで活きがいいよぉ」
「ええっと、サンマ2匹欲しいんだけど、それとは別に干しエビとか乾燥昆布とかある?」
「乾物かぁ~~?
そいつはちょっとここには無いなぁ。
ドーラの町にも卸しているんだけどねぇ。
ところで、入れ物は持ってきてる?」
「いや、無いな」
親父は荷車に並んだ樽の一つの蓋を開け、サンマを2匹取り出すと大きな竹の皮に包み、紐で縛って持ち手を作って俺に手渡した。
「300ゴールドだ。
あと乾物類はそこの商店街の右側にあるタルーム商店に卸してるからそこで買うといい。
あそこは品揃えがいいからね」
「ありがとう。
行ってみるよ」
俺はサンマの包みを受け取って300ゴールド支払い、今度は商店街に向かう。
「タルーム商店……あそこだな?」
二階建てで大きな商店がそこにはあった。
一階部分は大きく外に開かれた構造になっており、様々な商品が並べてある。
「いらっしゃいませ――!
あっ、ルーサーさん!」
「ん? ナオミか!
お前ここで働いているのか」
カウンターに居たナオミは俺の傍に走り寄る。
「おたゑお婆ちゃんのお使いですか?」
「良くわかったな。
えぇと乾燥昆布と……」
ナオミはささっと近くの商品棚に走り寄り、折りたたまれた乾燥昆布をいくらか取って紙袋に詰めた。
「干しエ……」
ナオミは別の場所に移動して大きな壺の蓋を開け、木のスコップで小さな干しエビをスコップで3杯ほど救って竹皮を編んで作られた入れ物に入れ、手早く紐で縛って乾燥昆布の入った紙袋に詰め込む。
「手慣れたもんだな。
普段は一人でやってるのか?」
「いえ、父と母が経営しているんですが、父は今はジョロネロ国にジョロネロ漬けの仕入れに行っています。
匂いのキツイ商品ではあるんですが、あれが好きな人も一定数居るのでドーラの町一番の商店としては取り揃えて無ければいけないですし。
私が代わりに行ってもいいと言っても、『いや、ジョロネロ国での仕入れは男の仕事だ』と頑固でして」
「うん。
ナオミのお父さんの意見は正しいぞ。
ちゃんとお父さんの言う事を聞くべきだな」
「そうですかぁ?
ルーサーさんもそういうのであればそうします。
あと母は近所の旅館に食材を配達に行ってますね。
普段は私が行かされるんですが、多分あそこの女将と世間話でもしてるんだと思います」
「そうかぁ。
で、いくらだ?」
「1250ゴールドですね」
俺が財布から小銭を出して居ると、背後から女性の声が響いた。
「あら、ナオミ、お客さんね?」
「あ、お母さん、お帰り」
俺が振り向くと少し年のいった女性が空になった籠を両手で持って立っていた。
「これはこれは、ルーサー様がいらしてたのですね?」
「どうも、お邪魔してます」
「おたゑお婆ちゃんのお使いですって」
「おたゑお婆ちゃんがいつもお世話になっておりますルーサー様。
たけのこ村は皆優しい人が多くて仲もよくていい場所なんですが、やはりおたゑお婆ちゃん一人で生活させているのは不安で仕方が無かったんです。
ルーサー様が一緒に生活されてると聞いて安心してます。
それにルーサー様がいらっしゃるならどんなモンスターが現れても撃退して下さりますしね」
「いやいや、俺こそ居候みたいなもんで申し訳なくて……」
ナオミの母親は離しながらもキビキビと近くの棚からドライフルーツ、紅茶の葉っぱ、菓子折りを取って布に包むとナオミに渡し、ナオミの背中に手を当てて俺の方へ押し出した。
「ナオミ、ルーサー様と一緒におたゑお婆ちゃんにたまには顔をみせておやり」
「え? でも店番が」
「大丈夫」
ナオミの母親は、パンパンとナオミの肩を叩いて送り出した。
「それではルーサー様、ナオミをよろしくお願いしますね」
「ちょ、お母さん、それどういう意味……」
(……叫びたい。帰りたい)
俺が店を出ると、ナオミも横に着いて出てきた。
「そ、それじゃぁルーサーさん、行きましょうか」
顔を少し赤くしたナオミが俯きがちになって言った。
***
人里離れた山奥の小屋で、2頭の巨大な狼が頑丈な金属製の檻に入れられ、手足を縛られ顔を布でグルグル巻きにされて横たわっていた。
2頭とも既に体毛がごっそり剥げ落ち、目や口、肛門などあらゆる粘膜、あらゆる穴から緑色の液体が地面に垂れ落ちている。
グルゥ……、フグルルル……
かすかに響く声と、呼吸で上下する脇腹でこの狼が生きているのが分かる。
全身の筋肉がピクピク脈打ちながら徐々に肥大化しており、爪も伸びて研ぎ澄まされたナイフのように尖り、鈍い輝きを放っていた。
全身に鎧を付けた5人の男が取り囲んでそれを見ながらヒソヒソ話をしていた。
「ネクロマンサーの秘術というものは恐ろしい物だな。
この狼、俺達が捕まえた時から体格が3割増しくらいにデカくなってるぞ」
「暴れられたら本格的にヤバイな」
「放っておくと何が起こるか分からねぇ。
手遅れになる前にさっさと魔王軍の捕虜収容所に放り込む方がいいな」
「よし、今夜決行だ。
日が沈むと同時に檻ごと荷車で布をかけて檻ごと運び出す。
お前はウオラ様に今夜決行する事を伝えさせるんだ。
あの看守を通じてな」
「分かった」
***
たけのこ村へ向かう途中の小川のほとり、草むらで俺とナオミは並んで座り、休憩していた。
川のせせらぎの音を聞き、延々小さな飛沫をあげる川を眺めながらナオミが尋ねる。
「ルーサーさんはやっぱり勇者サリー様のパーティーメンバーとして、最前線で魔王軍と戦う生活を続けたかったんですか?」
「続けたいかというか、別に楽しくは無い。
魔王軍を倒す事、それが世界の為、多くの人々が平和な生活を送る為に必要な事だからやっていた。
血みどろの戦いを好んで行う戦闘狂なんざ、一種のキチガイさ」
「でもやっぱり心配しておられますよね?」
「まあな。
戦闘ってのは常に生死の狭間にある。
どんな百戦錬磨の勇者でも運が悪ければ負ける事だって起こり得る。
今でも兵団本部に定期的に赴いて、最前線の状況を教えて貰っているが、やっぱりサリー達は危うい橋を渡り続けているようだ。
光輝の陣営も兵力を集中しているギリギリの力比べだよ。
最前線はな」
「異世界転移者のミツールさん達も強くなられてミルトン王国でも大活躍しておられましたし、状況は良くなっている。
そうではありませんか?」
「確かに異世界転移者ってのは女神に祝福された特別な存在だってのは感じたよ。
ミツールにしても、サーキにしても。
なんだかんだ言ってずぶの素人からアデプト・ソードマンクラスにまであんな短期間で、剣聖ブラーディ様の支援が有ったとはいえ、あんなに早く成長するとは思わなかったからな」
「ふふっ、その内追い抜かれてしまうかも知れませんね」
「純粋な戦闘力であれば、そうかもな。
でも戦いはそこだけで決まる物じゃない。
その辺が危ういんだよ。
勇者サリーも、ミツールもな」
「やっぱりルーサーさんは、とても大きくて強い方ですね。
勇者さんや異世界転移者さんよりも。
ルーサーさん、これからも私達を守って下さいね?」
「ん?
ああ、もちろんだ」