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魔法銃士ルーサー、魔王軍支援者のペッパーワーキャットを追跡する

 整形して別の種類のワーキャットに化けていたペッパーワーキャットのニシキは、ドーラ市庁舎の個室の窓を割ってそこから外へとはい出した。

 そして地面に降りると市庁舎敷地の塀へ向かって全速力でガン逃げである。

 俺も逃すわけにはいかない。

 窓へと駆け寄り、後ろの衛兵達に指示を出す。


「衛兵達は本部と連携して急いでドーラの町の出入り口全てに検問を敷け!

 証拠隠滅の恐れもあるからニシキの家宅捜索もすぐに行うんだ!

 俺は奴を追う!」

「分かりました!

 ほらっ、魔導通話貝を出せ、早く」

「了解です!」


 俺は窓枠の上に掴まってジャンプし、足先からするりと窓を潜り抜けて外へと降りる。

 そしてニシキの方へ向かって走る。

 ニシキは塀に辿り着いて後ろを振り返り、俺と目が合った。


「フミャッ!」

「逃げるんじゃない!

 大人しくお縄に付けぇ!」


 ニシキは数歩壁際から下がり、助走をつけて壁に向かって飛び上がった。

 そして高さ3メートルの壁の天辺に手を掛けて這い上がる。

 ワーキャット族は全般的に人間より身長はやや小柄である。

 ただし元々の祖先である猫類の特性を引き継ぎ、瞬発力やジャンプ力、バランス感覚に優れている。

 さらには足も速い。

 正直なところ、この追いかけっこ、人間族である俺がまともに張り合えば相手の方が有利である。

 その上戦争でも戦闘でもないので射殺は出来ない。

 手足を撃ち抜くのもどうしようもなく逃がしてしまいそうになった本当の本当に最後の手段としたい。


 俺も走って壁に向かい、飛び上がって壁の上に手を掛け、這い上った。

 既にニシキは壁を飛びおりて街中へと全力疾走をしている。


「こらっ!

 ニシキ!

 待てぇぇ!」

「待てと言われて待つ馬鹿が居るかミャァァア!」

「きゃぁっ! 何!?」


 ニシキは必死で逃げるが通行人にぶつかって足が一瞬止まる。

 これは俺は俺にとってはラッキーな出来事だ。

 素早く距離を詰めてニシキに背後から右手を伸ばす。


「観念しろっ!」

「フニャッ!」


 左へと進路を変え始めていたニシキは、俺に掴まる寸前に素早く右へと切り返した。

 逃げながらも後ろを振り返って俺の様子を観察している。

 そして人と言う障害物が無くなり、再び全速力で走って距離を開けていく。

 俺は一回目のチャンスを逃した。

 この状況、実は逃亡側が優位である。

 逃亡側はフェイントをかける瞬間を自分で選択出来る。

 しかし追いかける側は相手に制御されたタイミングを後追いする為、どうしても一瞬出遅れてしまうのだ。


「町の皆さん!

 そいつは魔王軍のスパイです!

 捕縛のご協力をお願いします!」

「畜生めミャ!

 卑怯な手を使いやがるミャ!」


 ニシキは大勢の人の前に出るのを避け、右に曲がって細い路地に入り込む。

 俺も後を追って路地の中へと駆け込んだ。


 ――――― ドーラの町・路地 ―――――


 __回回回回回回回回回回回回回回回回回回回

 __回回回回回回回回回回回回回回回回回回回

 __回回回回回回回回回回回回回回回回回回回

 __________________回回回

 ___________ル____ニ_回回回

 __________________回回回

 __回回回回回回回回回回回回回回回回回回回

 __回回回回回回回回回回回回回回回回回回回

 __回回回回回回回回回回回回回回回回回回回


 回:町に並ぶ商店などの建物。

 ニ:追い詰められたペッパーワーキャットのニシキ。

 ル:両手を広げてジリジリと近寄るルーサー。


 ―――――――――――――――――――――


「逃げ込む道を誤ったようだな。

 観念しろニシキ。

 もうお前に逃げ場はねぇ」

「お前のようなのろまに捉まってたまるかミャ!」


「……」


 ニシキは身構えたまま立ち止まっている。

 勇者パーティーのメンバーとして戦うより以前、シェリフとしてゴロツキを相手にしてきた俺だから分かる。


(こいつ……油断出来ねぇ)


 犯人が追い詰められた場合に取る行動はいくつか考えられる。


 ①大人しく諦める。

 ②大人しく諦めた……と見せかけて隙を見て逃走を図る。

 ③ヤケクソになって武器で反撃をしてくる。

 ④逃走の意思を見せ続け、フェイントを掛けてすり抜け逃亡を図る。


 普段こういうゴロツキとの関わり合いの無い人には分からないかもしれないが、俺にとって一番厄介なのは④。

 純粋な逃亡テクニックで挑んでくる相手だ。

 あまり世間に表立って公表出来る物では無いが、強引なトンズラは有効である。

 特に魔王軍との戦争で世界がまだ各所で混乱している状態では、大人しく捕まれば牢獄にぶち込まれ、上手く逃げきれたら悠々自適に犯罪で得たお金でリッチに暮らせる。

 そういう可能性が有る事も事実である。

 そして子供の遊びの追いかけっこの技術、それが真剣に人生を左右するのも事実である。

 もし犯人が①の選択をしてきたら勿論解決する。

 ②の選択を取ってきた場合、騙されるのは新米シェリフだけ。

 俺は犯人の本心は決して見誤らず、即座に捕縛拘束出来る。

 ③の場合、あまりやりたくは無いが魔法銃をこちらも使用して強引な解決に持ち込める。

 ④は厄介、特に相手は猫型獣人族で純粋な身体能力は人間より上だ。

 それに攻撃の意思を示していないからこちらが武器で応じれば不当行為となる。

 俺はジリジリと詰め寄るが、ニシキは身構えた姿勢のままじっと俺を見つめている。


「……」

「……」


 緊張が高まる。

 この感じ、相手は素人では無い。

 右か左へ素早くすり抜けると見せかけ、相手がそっちに踏み出したら反対側へと逃げる。

 そのフェイントテクニックが有効に機能するには適切な距離がある。

 遠すぎたら意味が無いし、捕まるほど近づいても意味が無い。

 ニシキはその距離になる瞬間、そして俺が踏み出す足と重心を間違える瞬間をしっかり見張りながら待ち続けているのだ。

 俺はフェイントが行われるであろう距離の一歩手前で一旦立ち止まった。


「ニシキ、今からでも遅くはない。

 考え直して自首しようとは思わないか?

 魔王軍がお前の住んでいたジョロネロ国の人間に何をやっていたか?

 拉致されたペッパーワーキャットに何をやっていたか?

 あの当時発行された情報スクロールを見たなら、いくら反ミィム王家派であろうとも現実に直面しただろう。

 それでもまだ魔王軍に加担する理由は何だ?」

「お前達の様な魔王軍領から離れたぬるま湯で生きている人間共には分からないミャ。

 ジョロネロ国は砂漠に隣接している環境だから農業もそれほど大規模に出来る土地が無いミャ。

 商業も工業も、大陸の中央付近のように交易が盛んな地域と違い、辺境なのでそれほど利益は上がらないミャ。

 だから失業者も大勢いるミャ。

 私もジョロネロ国の最高ランクの学校を主席で卒業したミャ。

 でもどこへ就職しようとしてもコネで先約があるから断られたミャ。

 私だけでは無いミャ。

 トボトボ道を歩いていたら、かつての同級生が道路で寝転んで虚ろな目で空を眺めながら街中の道路で寝ていたミャ。

 話しかけても既に頭が狂って私が誰か区別すら出来なかったミャ。

 ジョロネロ国は今のままでは夢も希望も無い、終わりだミャ。

 就職、恋愛、結婚、出産、マイホーム、夢、獣人関係、全てを諦めた連中が大勢居るミャ。

 それを解決するには、強引な手段が必要だミャ。

 魔王軍がどれほど非道な事をしているか?

 分かっているが現実で社会から受けている被害はもっと上だミャ。

 魔王軍は世界征服の暁には私を特別待遇にしてくれると約束してくれたし、仮想敵国が無くなったジョロネロ国だって絶対何かうまい具合に発展するはずだミャ。

 だから一旦全てをぶち壊さないといけないミャ」


「それはお前の勝手な決め付け、独善だ。

 ペッパーワーキャットにも夢や希望を持って頑張っている奴らは大勢居る。

 お前にそれをぶっ潰す権利なんてねぇ。

 それに、その現状を作り上げたのはお前の様な奴、お前ら一人一人、お前ら自身だ。

 なんだかんだ言って結局やっているのは足の引っ張り合いだろう?

 皆がお互いを思いやり、尊重し、謙虚に生きていたなら違ったはずだ。

 今だってジョロネロ国は変わろうとしているんだ。

 結局お前はその足を引っ張り、お前の嫌悪する悲惨な現状呼び込んで、皆を同じ地獄に引きずり込もうとしているんだよ」

「知ったことかミャ。

 今幸せな奴は皆死ねばいいミャ」


「そうか。

 残念だが俺はお前を捕まえなければならない」

「やってみろミャ」


「やってやるさ」


 俺は最後の一歩を踏み出した。

 ニシキは一瞬、俺から見て右側に移動すると見せかけ、素早く反対側、左側から抜けようとして駆け出した。

 俺はニシキの二の腕をバシッと左手で捕まえた。

 ニシキは慌てて振りほどこうとするが俺は手を離さない。


「ばっ、馬鹿なミャ!」

「お前は大通りで俺にフェイントをかけた時、俺が右手を前に出しているのを見て、俺が右利きだという先入観を持ったな?」


「違うのかミャ!?」

「そう思わせたのさ。

 あえてな。

 今、お前は俺が右利きだと思ったから右手の動きを誘いつつ、利き手でない左からすり抜けようと画策した。

 だが俺は最初からお前がどちらにフェイントをかけて、どちらから抜けようとするか分かっていたわけだ」


「離すミャ!

 離すミャァァアア!」

「お前の自白も聞いた。

 俺が証人だ。

 裏を取る為にジョロネロ国の学校の首席卒業者も調べさせる。

 諦めな」


 ***


 ニシキは捕縛され、牢獄へとぶち込まれた。

 ジョロネロ国へと問い合わせた結果、魔王軍派として活動しつつ逃亡をしていたペッパーワーキャットに同国最高学府の首席卒業者がおり、詳細な聞き込みと家族の面談によりニシキと同一人物であることが特定された。

 ニシキの借りていたアパートでは、浴槽に貯め込まれたジョロネロ漬けの奥底から盗まれた光輝の陣営軍の最高機密スクロールが発見された。

 これでこの騒動は解決した。

 俺はその夜、一般の酒場で高級な酒を飲んでいた。


「……美味くねぇ」


 ニシキを決して逃してはならない事は事実だが、これはハッピーエンドと言える解決でも無い。

 やはり世界中に不幸の種をばら撒く魔王軍は、討伐されねばならない。

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