魔法銃士ルーサー、カラクリ工場の立て直しの始まりに立ち会う
タロは激しく興奮して走り回りながら建物内の各所を見て回り、細工師を質問攻めにしていた。
「この回し車に2本の鉄の棒が付いたものは何かミャ?」
「はぁ、これは左右にある蒸気発生器が棒を押す力を回転に変える仕組み……の試作です。
水車は回転を押し引きの力に変換したりしますが、これは逆ですね。
水蒸気発生器は中の水蒸気が膨張する時に力を発生させるので、左右交互に棒を押して絶え間なく回転させつつ、反対側の伸びた棒を押し戻すようになっています」
「ほぉぉぉおぉ!
何という画期的なアイデアミャ!
ではそっちの机に置いてある鉄の球と輪っかは何かミャ?」
「これは鉄の回転軸を回りやすくする為の仕組みの試作で、回転軸をぐるり一周取り囲むように小さな鉄の球を配置して、その周囲をドーナツ状の鉄の輪っかで覆って球が外に転がり出ない様に固定する。
そうして作り上げたのがほら、この棒にハマっている円盤ですよ」
細工師は垂直に立った金属棒の中ほどに突き刺さっている鉄の円盤に手を添えて、思いっきり回転させた。
シャララララァ――
円盤はスムーズな回転を始め、何十秒間経っても回転の勢いが衰えない。
タロはそれを見て大興奮である。
「素晴らしいミャ!
これらを考えた人はきっと大天才だミャ!
一体何者かミャ?
ぜひともお会いしたいミャ!」
「いぇ、考えたのは古代の異世界転移者だそうです。
ウオラ元王は何百年か前にこの世界に来た異世界転移者が残したスクロールを大金をはたいて手に入れて、私達細工職人に作らせたんです。
しかし作っている私達も何の役に立つのか分からず、ただ金を貰えてるから再現しようとしただけの事、アホらしい話ですよ」
テツトラは腕組みしながら遠巻きにタロの様子を伺っている。
「ふん。下らない話ミャ」
なお、テツトラはぶつくさ言いながらもタロが建物内を駆け回っている間、ひと時もタロから目を離さずに遠巻きに追跡して観察を続けていた。
シロも常にその隣に付いている。
俺はオリバーさんに小声で言った。
「テツトラさんを連れてきた理由はひょっとして……」
「私がタロに水車一つを任せた後、テツトラさんの担当水車も大幅に効率が向上したのですミャ。
テツトラさんはどうもライバルが居たほうが燃えるタイプみたいなので、二人同時に成長して貰おうと思って連れて来ましたミャ。
たった一人の天才に全てを任せる訳にはいかないミャ。
私の食糧生産工場を支える人材の層は厚い方がいいですミャ」
「なるほど。
流石は経営者のオリバーさん、考えが深い」
「ルーサーさんにタロと言う天才を発掘して頂いて、私も多くを学ばせて貰ったミャ」
新王クリーモスがタロに尋ねる。
「どうです? これらの機械、有効に使えそうですかな?」
「恐らく水車の100倍以上の効率で自動の食糧生産を行う工場が作れると思いますミャ!
それどころかこれほどにパワーが出るなら木材加工や金属加工まで自動化出来る可能性が有りますミャ!
設備が整えば100人が一か月かけて生産する物が、5人で三日で作り終える様な事も可能かも知れないミャ!」
「そこ!
その『かも知れない』と言う所が重要なのですよ。
絶対に可能なのですかね?
私も『かも知れない』で大きな決断をする事は出来ませんからね。
大きな大きな夢を見て資金をじゃぶじゃぶつぎ込んで、結局失敗して大損失を出して国を迷走させたのが前王ウオラだからね」
「し、しかし技術開発という物は、道の無い荒野を切り開く作業だミャ。
誰もやった前例が無い事、成功した前例が無い事を知恵を絞って切り抜ける冒険だミャ。
冒険では常に予想外な事が起こるミャ。
そもそも正解の道が絶対に存在しているという保証も無いミャ。
絶対なんてことはとても言えないミャ」
「それでは困るんですよこちらとしては。
絶対に成功して頂かないと。
決められた期日までにね」
やり取りを見ていたオリバーがテツトラとシロを呼び寄せた。
「テツトラさん、シロくん、ちょっとこっちに集まるミャ」
「来たミャ」
「オリバーさん、何か用かミャ」
「タロくん、君が考えている自動製造機械の概要を説明して欲しいミャ」
「それは……」
タロは今まで見た機械の組み合わせについて、自分が出来そうだと思っている事、こうすれば効率よく動くだろうと言うアイデア、必要になるであろう材料や人員に付いて説明した。
オリバーはテツトラに尋ねる。
「テツトラさん、タロくんの言っていることが実現すれば確かに凄まじい生産力を持った工場が作れるかも知れないミャ。
テツトラさんは出来そうだと思うかミャ?」
テツトラは腕組みをしたまま、若干目が泳ぎながらもタロの自信満々な姿を横目で見て答える。
彼も技術者、タロの言っている事は大体は理解している。
自分一人では無理だが、シロに偵察させてタロの技術を盗みながらなら可能だとふんだ。
「可能だミャ」
オリバーさんはクリーモス新王に向き直って言った。
「このカラクリ工場の立て直し、私達に任せて頂きたいミャ。
予定の日数や完成予想に関しては後日届けさせるミャ」
「大丈夫かね? この建物は結構いい土地を広大に取ってるから取り壊して別の事に使おうと思ってたのだが」
「必ず成功させますミャ。責任は私が持ちますミャ」
「分かった。ではお任せしよう。
ジャンジャンと利益を上げて、ジャンジャンと税金を納めてくれる事を期待しますぞ?」
***
深夜のノームピック牢獄。
キョロキョロとしきりに周囲を気にする看守がウオラ前王の居る牢獄の前へと音を殺して歩み寄った。
そして隠し持っていた革袋を差し出す。
「ウオラ様、ウオラ様」
「来たか。
言っておいた物は確かに集めて来たな?」
「はい。
ムラサキドクガエル、吸血キノコ、豚の生肉、朽ちたヒュドラ杉の洞に溜まった雨水、ポイズンランドシャークの牙、ガラス瓶、すべてそろっています」
「それを奴に渡せ、向かいの牢獄に居るネクロマンサー、ニールだ」
看守は後ろを振り返り、鉄格子を掴んで食い入るようにこっちを見るネクロマンサー、ニールの不気味な表情を見てギョッとしてたじろく。
だが恐る恐る近寄って革袋を差し出すと、ニールは乱暴に袋を奪った。
そして素材を地面に並べ、鋭く尖ったポイズンランドシャークの牙でムラサキドクガエルの腹を切り開いて一部の臓物を摘出し始める。
さらに自分の指を切って自分の血も垂らす。
ある程度素材を切り抜いたり、すり潰したりガラス瓶に入れてかき回したりした後、両手で空を仰ぐようにしながら聞いた事の無い言葉で呪文を詠唱し始めた。
「ディモニ セルディアス クエズ ヴィス スィカーレ……。
クワイズ ヴェス ディアス サンクトル デム アナーカ」
呪文が進むにつれ、熱も無いのに小瓶の中のドロドロとした赤い流体がコポコポと泡を立てる。
流体は対流を続けながら緑色へと変色し、粘度が下がってサラサラの液体へと変化した。
ニールはその小瓶にコルク栓をきっちりと締めてから看守に渡す。
「なるべく体が大きくて狂暴な狼を二匹、生け捕りにしろ。
そして狼の首の後ろにこのポイズンランドシャークの牙を突き刺し、根元側の空洞に小瓶の液体を半分ずつ漏らさず全て注ぎ込むのだ。
作業中はオオカミの足を縛って拘束し、口枷を付けて噛めない様にする事を忘れるな。
術後は目を見開くことがトリガーとなる。
両目とも確実に覆っておくのだ。
布を巻いてな」
看守は震えながら小瓶を受け取り頷く。
「扱いには気を付けろよ。
その液体は一滴触れただけで人を病気にさせて殺す。
で、液体を注入したオオカミはその場で即倒するだろう。
そして半日ほどすればオオカミの体毛がバラバラと禿げ始め、目や鼻、口や肛門、あらゆる場所から緑色の血が垂れ落ち始める。
そうなれば完成だ。
二匹のオオカミの全ての拘束を解いて隣の敷地にある、魔王軍の捕虜収容所の中に投げ込め。
いいか、投げ入れる直前に解くのだぞ。
投げ込まれたオオカミは立ち上がり、オーク共やケンタウロス共を噛み殺して回るだろう。
全ての武装を取り上げられて枷まで付けられている連中程度はイチコロだ。
一晩で全員を死なすだろう。
見た目上な。
成功すればすぐにここの牢の鍵を持って俺とウオラ達を助けに来るのだ。
死体が燃やされる前に行動する必要がある」
「分かった。
ウオラ様……本当に宜しいんですね?」
「彼の言うようにいたせ」
「了解しました」
看守はニールから受け取った小瓶と使い終わった革袋を持ち、いそいそと立ち去った。
それを見送った後、ウオラはニールに尋ねる。
「脱出後はまずそなたの宝珠を探しに向かえばよいのだな?」
「そうだ。
インフェクテッド・ウルフに噛まれたオークやケンタウロスはゾンビとなって私の命令に忠実に従う。
彼らを増援とし、ここから西にある建物へと宝珠を取りに向かう」
「本当に宝珠がそこにあるという確証は何だ?」
「自分の長年愛用したマジックアイテムだ。
気配で分かる。
確実にそこに有る」
「ゾンビは私や護衛の騎士を襲わないかね?」
「脱出時は常に俺の傍に居ろ。
そうすれば襲われない」
「分かった。期待しているぞ」