魔法銃士ルーサー、鉄壁の防御力を誇るはるか巨体のミノタウロスを、逆らう事を許さずぶっ倒す
俺は二階建ての連なる建物の屋根を駆け回り、ユニーク個体のミノタウロスの斬撃を回避する。
ミノタウロスは斧を両手で掴み、普通の個体と比較にならない速度で頭の上に振りかぶる。
「なんて速さだ。
こりゃ普通に逃げるだけじゃその内当てられるぞ。
スキル・イベージョン!」
俺の体は半透明の分身状態になり、左右に分かれて速度を変えながら散開するように走る。
ズバンッ! ガラガラガラガラ……
ミノタウロスが振り下ろした斧は、俺の分身体の一つ、外れを正確に狙って切り下ろし、その場の屋根と建物を破壊した。
その隙に俺はデス・オーメンで試しにミノタウロスのむき出しの筋肉に包まれた胸部を狙い撃つ。
ドゴン! キンッ!
相手が通常のミノタウロスであれば今の強化された魔法銃、デス・オーメンでの攻撃は有効打となったはずだ。
だが、スリップ・スキン、ゴールド・スキンの効果で強化されたボディにはかすり傷すら付いていない。
元々の高い耐久力に、ユニーク個体の付加属性の影響で割合ブーストが掛かるとこういう事態になるのだ。
この様子では普通に脳天を狙っても弾丸は頭蓋骨を通らないだろうし、少し角度が付いたら骨に沿って逸れてしまうだろう。
後狙える場所と言えば……。
ドゴン! メシッ!
ドゴン! ズンッ!
プルルルルルロオォォォ!
目玉と鼻の孔の中を狙って撃ち、多少はダメージを与えた感覚はあったが有効打と言える程では無い。
それどころか逆にミノタウロスを興奮させて怒らせたようだ。
ミノタウロスは今度は斧を横に振りかぶった。
「やべっ」
ブオンッ! パキパキパキ
凄まじい速度で斧の水平なぎが行われ、斧は屋根のいくらかの突起物を薙ぎ払いながら強風の様に屋根スレスレに右から左へと振り抜かれた。
俺は慌ててジャンプして回避する。
ビュオオォォッ!
ミノタウロスは思考速度や感覚も3倍にブーストされているせいか、斧の狙いもきわめて正確。
回避が一瞬遅れれば俺は真っ二つになっていただろう。
「畜生、こりゃ厳しいな。
このままじゃいつかやられちまうが、ミルトン王国軍には任せられねぇ。
軍隊魔法はマナ・バクテリア寄生体相手じゃ餌をやるようなもんだし、バリスタが有ってもこいつは速攻で走り寄って潰しちまうだろう。
何とかして俺達が仕留めなければ!」
パァ――ン! キンッ
突如、ミノタウロスの耳に付けられたイヤリングが音を立てて弾かれた。
背後の遠距離からミナが狙撃したのである。
「何だ? ミナの奴明らかに今イヤリングを狙って撃ったな?
どういうつもりだ?」
ミノタウロスは顔を横に向け、弾丸が飛んで来た方を振り向く。
パァ――ン! ギュルル! ズゥゥン!
振り向いたミノタウロスにもう一発ミナが狙撃、弾丸はミナの方を向いたミノタウロスの耳の穴に入り、スリップ・スキンの影響で弾丸は耳の穴の奥深くに滑り込み、不思議な振動音を立てる。
「これはモンクの発勁の力を弾丸に込める頸・ショット、いや、ミナの場合は頸・スナイプの着弾音……」
フラッ……ヨタヨタ……
ミノタウロスは少しだけよろめき、脚を踏ん張り直して立ち直った。
「そういう事か!
俺としたことが師匠として戦闘術の極意を教えておきながら、自分自身が忘れているとは……。
いいだろう!
俺も合わせるぞ!」
俺はエイジド・ラブでミノタウロスの鼻先を一発撃った。
パァン!
後ろを気にし始めていたミノタウロスは、怒りの表情を再びこちらに向ける。
「スキル・ダブル・クイックショット!」
パパァン!
俺は2丁の魔法銃に込められていた全弾を、ミノタウロスの両眼、眼球と上瞼、下瞼の隙間に潜り込ませるように狙って撃った。
プルルルロオオ――!
目に異物を入れられたミノタウロスは両眼を固く閉じ、少し体を身構えて俯く。
だがそう簡単に潜り込んだ魔法弾全てが取れる訳は無い。
その間に俺は2丁の魔法銃のカートリッジを交換した。
パァ――ン! キンッ
再びイヤリングが狙撃され、ミノタウロスは目を閉じたまま後ろを振り返る。
パァ――ン! ギュルル! ズゥゥン!
ミナが再び耳の穴を狙って頸・スナイプを行う。
そして今度は俺も反対側の耳の穴を狙い、何発もぶち込む。
「スキル・頸・ショット!」
パァン! ギュルル! ズゥゥン!
パァン! ギュルル! ズゥゥン!
パァ――ン! ギュルル! ズゥゥン!
パァン! ギュルル! ズゥゥン!
プルルルルオオオオオ――!
ミノタウロスは目を閉じたまま、再びふら付き始めた。
今度は立て直しが聞かず、前へ、後ろへ、右へ、左へヨタヨタと動くが必死で抗っても体は徐々に斜めに倒れて行く。
俺達が狙ったのはミノタウロスの耳の奥にある三半規管と呼ばれる臓器だ。
殆どの生物に備わっており、角度を変えた3つのリング状の管の中に体液が溜まっている。
生き物は体が傾いた際、その中を流れる体液の感触で自分の体の傾きを感じ取る。
だがこの臓器には癖があり、瞬間的な体の傾きなら比較的正確に感じ取れるが、長時間自分自身が回転し続けると中の体液も体全体につられて回転し、体を止めても慣性の力で回転を続ける。
そうすると実際は体が止まっているにも関わらず、体が回転し続けていると誤解して足元がふら付く事になる。
そういった誤解は視覚を通して補正する事で補う事が可能だ。
しかし俺は、その補正を行うミノタウロスの視覚を奪った。
そして俺とミナの撃った魔法弾がミノタウロスの耳の奥に頸を浸透させ、三半規管内の体液を目茶苦茶に荒らして攪拌しまくればどうなるか?
どんな強敵であろうと、武術の達人であろうと、まともに体を動かす事は不可能となる。
それどころか立っている事すら難しい。
二足歩行する生物は、無意識の間に常に平衡感覚を活用してバランスを取り続ける事で不安定な体勢を維持しているのだ。
その平行感覚が完全に壊されてしまい、目茶苦茶なシグナルを発生させ続ければどうなるか?
フラフラッ……ドガァ!
フラッ……ドシィィン!
ミノタウロスは目をつぶったままふら付いて横の建物にぶつかり、今度は反対側へふら付いたあげく地面にぶっ倒れた。
「グッド!」
***
サーキ隊は魔王軍に完全包囲され、隊長のサーキが1対1の戦いを続けるのを歯噛みしながら見守っていた。
既に1対1に名乗りを上げた魔王軍の隊長格は6人目。
地面にはサーキに敗北した5人が転がっている。
「魔王軍第8ダークエルフ特攻隊隊長、コルビヌ!
参る!」
「……はぁ……はぁ……ぜぇ……ぜぇ……」
既にサーキは満身創痍、全身に傷を受けて隙間が無い程に出血している。
エリックが小声でヒールの詠唱をしようとしたが、近くの建物の屋根から見物していたゴブリンが叫ぶ。
「聞こえてるぞぉ――!
ヒールは禁止だぁ!
ヒールすれば即座にお前達には矢の雨が降り注ぐぞぉ!」
「ぎゃはははは!
流石に次はいけるぞ!」
「コルビヌの奴め! ラッキーだな!」
サーキはすだれのように血の流れる顔をエリックに向けて睨んだ。
「下がってろと言っただろ!」
「し、しかし……」
ドンッ!
容赦なくコルビヌが双剣を構えて突進してきた為、サーキはエリックを突き飛ばしてから応戦する。
***
サーキ隊を探していたミツール隊は、大勢の魔王軍が集結している場所へと差し掛かっていた。
並走していたエルマーが多数のオーク兵達が背を並べてはしゃいでいる所を指さす。
「ミツールさんっ!
確実にあそこの奥にサーキ隊が居るはずです!
あれだけの数、軽騎兵100人で構成されたサーキ隊で対処出来ません!
もう駄目かも知れない!
あのお祭り騒ぎ、ひょっとしたら見たくない物を見る事になるかも知れません!」
一瞬泣きそうな表情をミツールは見せる。
だが騒ぐオーク達のさらに奥を見据えた剣聖ブラーディは言った。
「まだサーキは生きておる!
だが危険な状況じゃ!
今、サーキの放つ光は燃え尽きる寸前のロウソクの如く、激しく輝き、瞬いておる!」
その言葉を聞いてミツールは表情を変えた。
大声で重装騎兵のミツール隊に叫ぶ。
「ミツール隊!
あの街路を埋め尽くす魔王軍の中に突入してサーキ隊を救出する!
全力で、全速力で突き抜けろぉぉ!」
「了解! 各員敵軍の突破に備えよ!」
「了解! 突破体勢!」
「了解!」
ミツールとブラーディ、エルマーを先頭に、重装騎兵達は街路を埋め尽くすオーク兵の集団の中に突撃し、切り捨てながら前進し始めた。
あちこちでオーク兵の怒号や叫び声と共に血が宙を舞い、先頭のミツールは凄まじい素早さでオークを切り捨てながら突進を続ける。
後ろに続くベテランのミルトン王国重装騎兵達はついていくのでやっとである。




