魔法銃士ルーサー、ユニーク個体のミノタウロスと対峙する
サーキは木刀を掲げ、崩れた塔で防がれた方ではなく、街中へと続く道を示した。
「よーし、選択肢は無い!
街中を突っ走るぞぉ!
皆遅れずについて来い!
そこのお前シルフィルドの町に詳しいんだな?
隣で案内しろ!」
サーキはベテラン軽騎兵に案内させながら街中を突き進む。
エリックやダイヤ、フィリップ達とサーキ隊のメンバー達もその後に続いた。
……が、時既に遅く30秒も走らない内に魔王軍のダークエルフ、重装ドラグライダー騎兵隊に道を封鎖されて足を止めた。
サーキ達が進もうとする街道は、みっしりと黒い鎧を着た重装騎兵が埋め尽くしている。
「見つけたぞぉ! ここだぁ!」
「異世界転移者がここにいるぞぉ!」
左右の二階建ての建物の屋根の上から声が響き、見上げるとオークアーチャー達がサーキを指さして叫び声をあげている。
ドドドドドドド……
立ち尽くすサーキ隊の背後にもケンタウロス弓兵隊が現れ、完全に街道を埋め尽くして弓を構えた。
「マズいですよサーキ殿、完全に取り囲まれてしまって逃げ場が無いです!」
「前も後ろも魔王軍がみっしり道を埋め尽くしてて奥が見えない。
突破も出来ないわっ!」
「もし魔王軍の魔法兵達が居たら軍隊魔法で一発でサーキ隊が壊滅しかねません。
勿論対抗する軍隊魔法は有りますが、元々サーキ隊には魔法兵が少ないです。
押し負けてしまいます」
場は一瞬静まり、周囲全体から完全に詰んだサーキ隊をあざ笑う魔法軍の兵隊達の声が響き始めた。
そして全方位から弓を弾き絞る音が鳴り始める。
「アタシが異世界転移者のサーキだ!
おいっ!
そこの偉そうな奴、お前だよお前!
度胸があるならアタシとタイマンで勝負しろぉ!」
ゲハハハハハハ……
ヒヒヒヒヒ……
魔王軍の兵士達はあざ笑う。
だがサーキが指さした相手の重装ドラグライダー騎兵のダークエルフは前に進み出て装飾の施されたトライデントを空に掲げて周囲を見回しながら叫んだ。
「俺は魔王軍重装ドラグライダー騎兵中隊隊長、グナールだ!
この異世界転移者は俺が直々に仕留める!
他の者は手出し無用!
手出しをした者は俺の隊が地獄の底まで追い詰めて生きたまま皮をはいでから殺す!
いいなっ!?」
魔王軍の兵士達は静まり返った。
グナールは別にサーキに対して味方した訳でも、慈悲を掛けたわけでもない。
光輝の陣営の異世界転移者を直接倒す事が出来れば、それは途轍もない功績となり、魔王軍の中での絶大な名声を得る事が出来るからである。
グナールは両手でトライデントをサーキに向けて構えた。
「参る!」
「おらぁ! こいやぁ!」
ガキーン
グナールの最初の突きはサーキの木刀によって軌道を反らされる。
自分の横を通り抜けたトライデントの棒部分をサーキは脇に挟み込んで片手で掴んだ。
グナールは力を込めてトライデントを持ち上げる。
「むんっ!」
サーキは体ごと持ち上げられ、その勢いで乗っていた馬から飛び、グナールの懐へと飛び込んだ。
「おらっ!」
トライデントを両手で掴んだまま動けないグナールの顔面に膝蹴りを食らわす。
「プベッ」
カランカラン
グナールが被っていたヘルムが脱げて遠くへとすっ飛んでいった。
「オラオラオラオラァ!」
サーキは片手の木刀でグナールの頭を滅多打ちにして、最後にソバットを顔面に命中させた。
グナールは白目をむいてドラグライダーの上から地面へと転げ落ちて動かなくなった。
「次はどいつだぁああ!?
かかって来いよ!」
魔王軍はそれなりの実力者のはずのグナールがあっという間に倒され、ざわめいている。
「どけぃっ!(ドガッ)」
「ぐっ」
棒立ち状態の重装ドラグライダー騎兵を押しのけ、今度は巨体のオークが現れた。
両端に多数のトゲトゲが付いた身長ほどの長さの金属棒を小脇に抱えている。
徒歩でありながらも片手で重装ドラグライダー騎兵を簡単に弾き飛ばし、サーキの前へと歩み出る。
「俺はオーク第四歩兵大隊隊長、ムロガーだ!
異世界転移者は俺が倒す!
お前達、このムロガーの名を覚えておけ!
いずれ魔王軍の中で知らぬ者は居なくなる!」
「上等だ!
かかって来いや!」
トライデントを掴むサーキの腕にさっきの戦いで付いた切り傷を見つけ、エリックが馬をサーキの傍に寄せた。
「サーキさん、さっきの戦いでダメージを負ったでしょう。
今ヒールを掛けます」
「まてえぇぇいぃっ!」
ムロガーがエリックの方を指さして叫んだ。
「名誉ある1対1の戦いに手出しをするとは何事だ!
ヒールをする事は許さん!
無論、ポーションを与える事も許さん!」
ダイヤが馬を半歩進めて抗議する。
「何よ卑怯者!
サーキは連戦なのよ!?
回復して万全の状態で戦ってこそ、貴方にとっての名誉ある戦いでしょう!?」
「オークアーチャー共!
もしもこの異世界転移者に他の奴らが回復やバフ呪文を使ったり、ポーションを与えたりしたら即座に矢を撃ちまくれ!
その仲間も手下も残らずだ!
俺が許す!」
「はぁぁ――っ!?
何言ってるのよアンタそれでも戦士……」
「いい……どいててくれ……」
サーキは片手でダイヤを制し、ドラグライダーから降りてムロガーの前に歩み出た。
腕からは血が垂れ落ちているままである。
「タイマン勝負だ!
味方からの援護は受けん。
文句は無いな?」
ムロガーはニンマリと笑い、鉄棒を両手で構える。
「いいだろう。
では行くぞ!」
***
両肩に一人ずつと頭の上に一人、ダークエルフを載せたミノタウロスは、遠くから見つけた異世界転移者のいる方向へ向かって歩いていた。
だが進んだ先の目の前の通路は行き止まり、3方向を2階建ての民家に囲まれた袋小路である。
右肩に乗っていたダークエルフがぼやく。
「畜生、行き止まりかよ! どうなってんだこの町は!
このままでは手柄を他の奴らに奪われてしまうぞ!」
頭の上のダークエルフが手をかざしながら周囲の街並み、屋根の並びを見回して確認する。
「すまんすまん、窪んだ屋根になってたから通路かと勘違いした。
本当に分かりにくい造りになってるな。
まるで迷宮だよ」
「はっはっは、迷宮をさまようミノタウロスってか(ドシュッ)」
笑っていた左肩のダークエルフは脳天から血を吹き出しながら、空中に飛び出し、人形の様に手足をくねらせながら落下した。
グチャッ
右肩のダークエルフが慌ててクロスボウの弦を引いて構え、キョロキョロと見まわす。
「狙撃だっ!
どこからだっ!?」
「多分後ろ……のどこかだ」
「早く見つけ出せ!
次は俺達がやられるぞっ!」
「分かってる。
……100メートル以内には居ない。
……300メートル以内にも居ない」
「嘘だろ、そんな遠くから狙える奴居るかよ!
見落としてんじゃねーよ!」
「お前だって狙撃スキル使えば狙えるだろーが。
それに俺の目は500メートル先のダンゴムシが動くのですら見逃さん。
確実に300メートル以内には怪しい物は無い」
グルルルルルルル……ウグルルルルルル……
ズンズンズンズン、ズンズンズンズン
ミノタウロスはむき出しの歯の間から涎と泡を垂らしながら、その場で左右行ったり来たりを繰り返す。
「このっ、ちょっとはじっとしてられんのかゴンカカよ!」
「……いやっ、それでいい。
むしろゴンカカがウロチョロ動きまくっているから俺達は今もまだ生きているんだ!
遠距離狙撃には獲物を狙って集中する時間が必要だ。
そして何より一発も外さない事が重要、相手が一発外したらもう俺は確実に見逃さんからな。
だから相手は今、撃ってこれないんだ」
ダークエルフの推測は当たりである。
ミナは400メートル程の遠方で瓦礫の影に隠れて伏せ、狙撃用魔法銃を構えてミノタウロスの頭と肩に乗るダークエルフを狙い続けていた。
だが付加属性としてアビスモールド汚染されているミノタウロスは、常にイライラしてちょこまかと動き続けている。
しかも時の加護を受けてそのスピードは3倍である。
「まったく……1秒間でいいから止まってくれないかしら」
ミノタウロスはミナの居る方向を見回しつつも、右へ左へとイライラしながら歩き続けている。
頭の上のダークエルフは必死でミナを見つけようとこちらを観察し続け、肩の上のダークエルフはクロスボウを構えてスキルでの遠距離狙撃体勢である。
「ん? いいや。外しちゃえ」
ミノタウロスの背後の屋根に上る人影を見たミナは、明後日の方角へと狙撃した。
「居たぞっ!
ピンク屋根の隣の潰れた手押し車の下、藁に埋もれて居る!
狙撃しろっ!」
「スキル・ロング・レンジ・スナ……」
「スキル・クイックショット!」
パパンッ!
屋根の上に登った俺は、十メートルほど目の目で背中を見せて遠くを指さして騒いでる二人のダークエルフの後頭部を撃ち抜いた。
2体のダークエルフは脳天から血をまき散らしながら地面へと落ちていく。
自分を主導する主を失ったミノタウロスは、ぐるっと体を回転させてこちらを睨んだ。
鼻先にさっきのダークエルフの血が掛かっており、それがジワジワとミノタウロスの皮膚内に浸透して行く。
プルルルルルルロオオオォォ――ッ!
シュンッ
ミノタウロスはすさまじい速度で斧を振るった。
俺は間一髪横に飛んで逃げ、俺が元居た位置の屋根は粉砕されて下の家の中身が丸見え状態である。
「さて。
ついチャンスだからやっちまったものの、これで俺はこのユニーク個体のミノタウロスから逃げ切る事は不可能になったな」
腹をくくらねばなるまい。
時の加護を受けたモンスターから逃げようとしても、無駄に背後から攻撃を受け続けてダメージを増やす結果にしかならず、結局倒されると言うのが熟練の冒険者たちの間では常識である。
無駄にダメージを負うだけの逃げよりも、その場でとどまって攻撃を当てた方が生存確率が高いと言われているのだ。




