魔法銃士ルーサー、ユニーク個体のミノタウロスに頭を抱える
俺はミナと一緒に馬を走らせ、シルフィルドの街中を駆け回っていた。
目的は最後の一匹のミノタウロスである。
「ねぇ、別にミノタウロスくらい放っときゃミルトン王国軍の誰かが倒すでしょう?
私も魔法弾代とかで苦労してるから、魔王軍本隊の司令官達を倒す褒章がどうしても欲しいのよね」
「いや、よくよく考えてみれば放置出来ない。
魔王軍はもうシルフィルドでの敗北は決定している。
残った司令官達が撤退後、生き残れるかどうかはそれに見合う戦果が有るかに掛かっている。
下手すれば全軍を動員して異世界転移者のサーキ達を狙う事も有り得る。
しくったな……、サーキ達はもう離脱させておいた方が良かったかも知れん」
「ミツールって子の事は心配してあげないの?」
「あいつには剣聖ブラーディ様がついている。
ブラーディ様がその気になればミノタウロス5匹に囲まれたって……。
シッ!」
俺は馬を止め、耳をすます。
あたりを揺らす地響きと共に巨体の歩く足音が聞こえ、町中を小刻みに揺らした。
ズンズンズンズン……ズン……ズン……ズンズンズンズン
「はぁ……まいったな……」
「どうしたの?
目的のミノタウロスが見つかったじゃない?」
「有り得ない。
足が速すぎる。
普通のミノタウロスはこんなに早く動かない。
こいつぁ多分ユニーク個体だ」
「えええぇ!
やだなぁそれ……」
「行くしかない、俺が分析スキル使うまで手出しするんじゃないぞ」
「はぁ――っ、やだなぁ――」
俺は馬を走らせ、巨体が素早く動きまくる足音のする方へと近寄った。
そして建物の曲がり角から広い通りを覗く。
「居やがった」
ミノタウロスは全身がまるでオイルを塗ったかのように黄金色に光沢を帯びていた。
目の色は赤く、口からはダラダラと泡とよだれが絶え間なく垂れ落ちている。
持っている武器は巨大な戦斧を二つ柄の部分でつなぎ合わせた様なポールアームである。
両肩に乗ったダークエルフがミノタウロスの巨大な耳に付けられたイヤリングに片手で掴まりながら周囲をキョロキョロ見回している。
そして頭の上に載っていたダークエルフが遠くを指さし、なにやら叫んでいた。
さらにクロスボウをその方向の上空に掲げ放つ。
ピュゥゥゥ――――!
クロスボウの矢は甲高い音を立てながら、輝く炎の尾を引いて飛んだ。
「ヤバイんじゃない?
多分サーキちゃん達が見つかったわよ!?
既に位置が魔王軍にバレたわ!」
「やむを得ん。
今一番の不確定要素のあのミノタウロスを先に始末する。
スキル・ガンナー・アナライズ!」
【ガンナー・アナライズ、分析結果】
種族名:ミノタウロス(ユニーク個体)
個体名:ゴンカカ
危険度レベル:93
付加属性1:時の加護(思考速度、反応速度、動作速度、移動速度全て3倍)
付加属性2:スリップ・スキン(移動時、動作時の風の抵抗、水の抵抗を無効化、回避力2倍、属性攻撃回避確率70%)
付加属性3:血の渇望(血を浴びる毎に攻撃速度増加)
付加属性4:ゴールド・スキン(防御力2倍、全属性魔法抵抗1.7倍)
付加属性5:アビスモールド汚染(脳髄が地獄のカビに汚染され、疲労を一切感じず常に動き続けたい衝動にかられ続ける)
付加属性6:マナ・バクテリア寄生体(威力が300以下の全ダメージ魔法を無効化し、逆に吸収してヘルス回復する。なお、フィリップさんのファイヤーボールは威力20)
付加属性7:厚い脂肪(火属性、冷気属性の攻撃からのダメージを半減)
「……これだからユニーク個体は嫌なのよね」
「やはり俺達で何とかするしかない。
コイツ一匹でミルトン王国軍が総崩れになる恐れもあるぞ」
「何で?」
「普通こういう巨大魔獣に対する人間軍の主力は魔法兵複数人が協力して放つ軍隊魔法や儀式魔法だ。
だがこいつはゴールド・スキンを持ったマナ・バクテリア寄生体だ」
「完全無効化じゃないんだから威力的に貫通しそうじゃない?」
「お前もグランドマスターなら魔獣の基礎ステータスくらい覚えとけ。
ミノタウロスは普通、全個体が魔法抵抗力50%後半から最大70%を有している。
それが1.7倍だぞ。
多分ミルトン王国軍が使える最大威力の軍隊魔法でもマナ・バクテリアが吸収する圏内だ。
ドラゴン騎兵のブレスでもスリップ・スキンと厚い脂肪で殆ど効かないだろう。
物理でやるしかない。
貫通炸裂か、貫通系統の魔法弾を準備するんだ」
「レベル93か。
レア素材でも出ないと赤字ね」
***
魔王軍は既に大混乱状態にあった。
既に作戦とか戦術とか呼べる物は無く、シルフィルドのあちこちで出合い頭の戦いが起こるのみである。
指揮をとる事を諦めた魔王軍の司令部は、ごく単純な最後の指令を全部隊に通達していた。
『異世界転移者を見つければその上空に合図の鏑矢を天高く飛ばす。それを見れば全員駆けつけて異世界転移者を殺せ。見事討ち取った者には望みのままの褒美を与える』
ピュゥゥゥ――――!
合図の矢が天高く飛ぶのを、オーク兵も、ケンタウロス兵も、ダークエルフ兵も、わずかな生き残りゴブリン兵も見た。
シルフィルドの町中の魔王軍の兵士達が、鈍い者も味方に促されて足を止め、それに注目する。
そして町全体で咆哮が上がった。
「異世界転移者を見つけたぞおぉ――!」
「殺せぇぇぇ!」
「全速力であそこに駆け付けろおおぉぉ!」
「進めぇぇ――っ! 目標は異世界転移者の首、ただ一つ!」
単純な命令ほど、多くの兵士を一致団結して動かすのには有効である。
魔王軍は将軍も兵士も、敗北そのものよりも敗走後の仕置きに怯えている。
全軍が目を血走らせて津波の様にサーキ達の居る区画へと押し寄せて行った。
***
サーキ率いるサーキ隊は、街中で出会った30体くらいのケンタウロス兵と、50体くらいのオーク兵を葬った後であった。
サーキにぶん殴られたオーク歩兵隊長がズルリと崩れ落ちて地面に倒れ、サーキは木刀をぴしゃりと振って血を払い、周囲を見回す。
「皆、大丈夫か?」
「はい、ミルトン王国の軽騎兵の皆さんもかなり訓練を積んでいる精鋭なので、オーク一般兵くらいにやられる者は居ないみたいですね。
むしろ私の方が危うくて守って貰ってますよ。
お恥ずかしい」
「なんだかんだ言っても、皆ミルトン王国に来てから凄く強くなったわよね」
「私も魔法兵として何度か戦った事はありますが、ここまで危険な最前線で戦い続けるのは初めてですよ。
本当に皆さん度胸がおありで」
ダイヤが遠くを指さして言った。
「あそこ、ミノタウロスが居るわよ」
「本当ですね」
ピュゥゥゥ――――!
ミノタウロスの頭に載っていたダークエルフの放った鏑矢が、まっすぐサーキ達の上空へ向かって飛んで来る。
ウロウロキョロキョロしていたミノタウロスも、サーキ達の方へ向き直り動きを止める。
そして周囲全体から魔王軍の亜人達の雄たけびが響き始めた。
サーキ達は一瞬何が起こったのか分からず茫然としていたが、状況を察したフィリップが鬼気迫る声で忠告する。
「サーキちゃん、マズい、マズイですよっ!?
ルーサーさんの言った通り早く離脱しましょう!
我々は狙われています!
恐らく周囲全部の魔王軍に!」
「よし、分かった。
サーキ隊!
カラム・フォーメーション!
全速で一旦シルフィルドの外に離脱する!」
ドガーン!
ガラッ ガラッ
ガララララララ!
サーキ達が元来た道を振り返るとともに轟音が響き、古びた塔が崩れ落ちて道を瓦礫で埋め尽くした。
その近くでは仕事を終えたばかりのゴブリン工兵が大慌てで屋根の上を走って逃げている。
別の箇所ではバリスタを抱えた4体のゴブリンが民家の屋根にバリスタを下ろし、こちらへ向けようとしていた。
「あんのゴミクズ!
食らえっ!」
ダイヤが馬の鞍に固定していた弓を取り出し、引き絞って矢を放つ。
バシュッ
ギャアアアァ!
矢に胴を貫かれたゴブリンが一匹、屋根から転げ落ちた。
だが残りのゴブリン達は必死でバリスタを操作する。
軽騎兵の一人がサーキに言った。
「あの道を防がれると我々が外に出るには前進して街中を通り抜けるより他、有りません!
しかし恐らく多数の魔王軍の兵士がその道をこちらに押し寄せて来ているはず!
極めて危険な状況です!」




