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魔法銃士ルーサー、情報工作を行う

 シルフィルドの街中の広場にて、ミツールは見上げるような巨体のミノタウロスと距離をおいて対峙していた。

 ミツール隊の重装騎兵達ほぼ全員が、ミツールが勝つのは絶対無理と思いながらも、ミツール隊の臨時司令官エルマーに従ってミツールとミノタウロスを中心に距離を置いて円陣を組み、入り込む邪魔者を止める。

 騎馬から降りたミツールは、剣を構えてミノタウロスから目を離さないように凝視しつつも、ブラーディに抗議した。


「無理ですって!

 あの蹄で踏まれたら僕はカーペットみたいにペチャンコにされてしまいますよ!

 大体あんな巨体に剣で切りつけたって効くわけ無いし、そもそも人間じゃ急所に背が届きませんって!」

「わがままな奴じゃのぉ。

 仕方がない、少しだけ手を貸してやろう」


 馬から降りた剣聖ブラーディは両手剣を鞘から抜き、一瞬の隙に姿を消した。


 シャキン、ガキン、パキン


 ミノタウロスの両足の下に素早過ぎて捉える事が出来ない影が走り回った後、再びブラーディは元の位置に戻り、剣を鞘に納める。


 プルルルルロオオォォォ――!


 ミノタウロスが雄たけびを上げて右足と左足を一歩ずつ進めると、その蹄と足首を覆っていた鋼の分厚い甲冑がバラバラに分解され、地面へと落ちた。


「見た目に気圧されるでない、真実を見定めるのだミツールよ。

 角を生やした恐ろしい顔で、数キロ先まで響き渡る大声を出せれば強者つわものか?

 自信満々に相手を見下しながら、周囲の空気を支配して威圧出来れば賢人か?

 お前の為だと声高に宣言しながら、自分が実は理解もせず、責任も取れない耐えがたい苦痛を目下に背負わせる者が信頼されて尊敬を受けるべきあるじか?

 世界はそうは甘くない。

 戦いの結果を決める、この世のことわりはそれほど甘くない。

 目の前の真実を見定めよ。

 それを追求し続け、常に勝利し続ける事こそがブラーディ流の剣の道じゃ。

 ミツールよ。

 今もなお、真実の道、勝利の道はそなたの目の前にある」

「そ、そんな事を言ったって近づくだけで危ないですよ。

 僕が必死に剣を打ち付けてダメージをどれほど与えられるか分かりませんが、コイツに踏まれただけで僕は確実に即死します。

 ……うわぁぁっと!」


 恐る恐る接近しようとしていたミツールは慌てて横に走って回避し、元居た場所をミノタウロスの巨大な蹄の足が地響きを立てながら踏みつけた。


「くそっ、真実を!

 真実を見定める!

 見定める!

 うおおおぉぉっと!」


 ミツールは目を見開いてミノタウロスの行動を注視しながら、再び間一髪踏みつけを回避した。


「ブラーディ様、無茶ですよ。

 正直僕はボクサーやF1選手みたいな動体視力を持った超人じゃないんで、運次第です!

 運悪く当てが外れたら回避しきれません!

 一生懸命見ていますが無理ですよ!」

「ミツールよ、そなたは近くしか見えておらぬ。

 武術の世界で見ると言う事は、外面を見る事ではない。

 自分の殻から外を見る事では無い。

 真に『見る』というのは、相手の心の中を見て、相手の心の中を知る事じゃ。

 相手の体、相手の心、相手の目で状況を見る事、それが出来れば漆黒の闇夜に自分の真後ろから無音で稲妻の速度で放たれた刃すらをも回避出来る!」


「相手の心を知る……相手の心を知る……」


 ミツールはブラーディの言葉を受け、何かを掴みかけて来ていた。


 ズシーン!


 再びミノタウロスの踏み込みを間一髪回避してから両手剣を構えて相手を見上げる。

 しばらくの間そのギリギリのやり取りを続ける。


 グシュルルルルルルゥゥ……


 ミノタウロスは苛立ちを感じ始めていた。

 足元を走る小さな人間に、得体の知れない不安感や寒気のような物を感じる。

 両手剣を持って走り回るこのこざかしい人間が、なんとなく嫌だ。

 途轍もなく小さな二つの目が異様に力を持って自分の心が覗かれ始めている。


 ミツール側も次第にミノタウロスの心へのシンクロを深め、数々の疑念が頭に浮かび始めていた。

 (何故こいつは今、脚を後ろに引いて向き直った? 何故だ? 理由が分からない)

 (何故あの大槌を振り下ろしてこない?)

 (何故こいつは今、焦っている? 僕よりはるかに大きくて強いはずだ。負ける要素なんて無いはずだ)

 (こいつが薄ら鈍いのは手を抜いてるんでも、舐めてるんでも無い。これが全力なんだ! 多分巨体だから仕方が無いんだ!)


 ブラーディはそんなミツールを離れて見守りながら頷く。


「……ふむ。ようやく見え始めておるの」


 次第に回避が巧みになってきたミツールは、一つの結論に辿り着いた。


 (こいつ、さっきからずっと自分のアキレス腱を庇っている。攻められたく無いんだ! ブラーディ様に足の甲冑をはがされて以降、ずっと不安がっていたんだ!)


 ミツールはミノタウロスの踏みつけ攻撃を回避すると、今度は股の下に向けて突っ走った。

 人間であれば素早く股を閉じて足と足でちょこまか動く奴を挟みつけたり、瞬間的に踏みつけたり出来ただろう。

 だが巨体のミノタウロスは十数トンもの体重を生身の骨と筋肉と腱が動かしている。

 そんな瞬間的な反応が無理であろう事は看破していた。

 ミノタウロスの股を潜り抜け、後ろに回ったミツールはミノタウロスの蹄の上、むき出しのアキレス腱の部分に思い切り切りつけた。


「おらぁっ!」


 ザクッ


 ミノタウロスは慌てて反転しようと足を動かす。

 だがミツールは背後に張り付くように走って移動し、何度も何度もアキレス腱を切りつけた。


「おらっ!」


 ザクッ


「そりゃっ!」


 ザシュッ


「どうだっ!」


 ザクッ、パァアアァァ――――ン!

 フゴオオオオォォォォ――――!


 突如激しい破裂音が響き渡り、ミノタウロスの大木のような足の筋肉が痙攣するように波打った。

 ミノタウロスの足。

 それは象の何倍もの巨体によって、たった二本の足が強烈な負荷をずっとかけられ続けている。

 脚を痛めるのはミノタウロスと言う種族が共通して持つことの多い故障である。

 種族病とも言える。

 このミノタウロスも例外では無く、大槌を振り下ろす激しい行動を控える。

 それほどまでして庇う程の故障個所に斬撃を受け続け、ついに断裂したのだ。


「こいつは余裕だった訳じゃない。ずっと生き死にギリギリの中で立っていたんだ」


 ズシーン


 ミノタウロスは前のめりになって倒れた。

 アキレス腱断裂、パンクはミノタウロスにとっては戦士生命が終わるほどの致命傷である。

 倒れたミノタウロスの顔に走り寄り、表情を見たミツールは次に何をされる事をミノタウロスが恐れているか悟った。


 ザシュッ、ザシュッ


 プロロロロロロォオオオ!


 目潰し、そして倒れたままあがくミノタウロスの動脈が浮き出ていそうな箇所を次々と切り裂いていく。


「はぁっ、はぁっ」


 プロロロロロロォオオオ!

 シャキィィィ――ン!


 距離を置いて息を荒げるミツールの前で、ブラーディがまるでテレポートするかのようにミノタウロスの首の右から左に通り抜けた。

 直後ミノタウロスは綺麗に首が切断された状態となる。


「勝負ありじゃ。よくやったミツールよ、お前の勝利だ」

「有難うございますブラーディ様。

 僕の今の実力では後数十分間は……この怪物を苦しませ続ける事になってたと思います」


「相手を『見て』相手を『知る』とはすなわち、相手の痛みを感じる事。

 忘れるな。

 それが有るからこそ真の強者つわものへの道が開かれるのじゃ」


 ミノタウロスが止めをさされたのを見てエルマーが駆け寄って来た。


「凄いですねミツール殿!

 本当にミノタウロスを倒してしまうとは!」

「もう一ヶ月分は戦った気がするよ」


「それ以上の褒章は出るでしょう。

 勲章ものですよ。

 それより魔王軍の司令部が置かれている思われる施設を見つけたんです!

 案内します!」

「確証はあるの?」


「ローグスキルを持つ歩兵を送り込んで探らせています。

 確定情報を得たら襲撃して一網打尽に出来るように近くにミツール隊を移動させて報告を待ちましょう!」


 ***


 俺とミナは、魔王軍の指揮系統が集中していると思われる城周辺を探り、一匹のオークを取り押さえて裏路地に連れ込んでいた。

 壁を背にしたオークに俺が尋ねる。


「所属と身分を言え」

「たっ、助けてくれ。降参だ。

 もうこの町で魔王軍が勝利する事は無いし、俺もこのまま逃げようと思ってたところだ」


 ゴリッ


 銃口を強くオークの眉間に押し付ける。


「俺は所属を身分を言えと言ったんだ」

「オーク第三歩兵団の隊長だ。

 頼む見逃してくれ」


「軍を捨てて逃げるんだって?」

「笑いたきゃ笑え。

 名誉とか恥がどうだとか言うオークも多いが俺はそんなもん知ったこっちゃ無い。

 敗軍の将も隊長も生きて逃げ帰れば処刑されちまうし、余りに無様な結果なら拷問される。

 そうなるくらいならどこかの山に逃げて隠れ住んでた方がマシだ」


「逃亡資金が必要だろう?

 お小遣いが欲しく無いか?」


 俺は懐から取れだした金貨を一枚、指ではじいて空中で回転させた後、パシッとキャッチした。


「ゴクリ……。

 何をしろって言うんだ?」

「簡単な事だ。

 本部に駆け込んでシルフィルドの北東10時方向の城壁が破られてミルトン王国歩兵隊がなだれ込んだと報告しろ。

 数は300人程。

 まずは前金でシルバーコインを一枚渡しておこう。

 こっちのゴールドコインは成功報酬だ」


「分かった。

 急いで行ってくる」


 解放されたオーク隊長は本部の方へと走って行った。

 ミナが俺に尋ねる。


「あのオーク、信頼するの?」

「オーク共は元々下衆だが、さっきのは成り上がった経緯が容易に想像出来る選りすぐりの下衆だからな。

 奴のロジックでは俺の取引を反故にすることに何の利益も無い。

 なんせたった今、逃亡しようとしてた最中なんだからな」


 ***


 シルフィルドを守備する魔王軍の指令室。

 元は城の天守閣に有ったがミルトン王国のドラゴン竜騎兵に火の海にされ、城の近くにあった貴族の屋敷にまで移動していた。

 お陰で情勢把握は伝令や配下の司令官達からの報告頼りである。


「どうするのだ? 一体どうすればいいのだ?」

「既に南の城壁数箇所が破られてミルトン王国軍が多数侵入しているんだぞ!?」

「……撤退か?」

「最悪撤退をするにしても、せめて一矢報いなければ我々の未来は地獄しかない。

 町は守り切れずとも、何か勝ちと主張できる戦果が欲しい」

「もう一度こちらの戦力状況を整理するぞ」

「その情報は既に1時間前の物だろう?

 果たしてどれだけが残っているのか……」


 魔王軍の司令官達は情勢が悪いのは分かっているが、何か大きな戦果を一つ上げようと知恵を巡らせていた。


「異世界転移者のミツールとサーキがこの戦いに参加しているそうだな。

 せめてどちらか一人を始末出来れば、我々は大逆転の英雄だ」

「そうだ、それしかない」


 ガチャッ


 ドアが開き、オークの隊長が開いたドアの所で敬礼した後、入ってきて報告した。


「報告します!

 シルフィルドの北東10時方向の城壁が破られました。

 人間の歩兵共300人程がなだれ込んできており、我々歩兵隊が必死で応戦中ですがすでにボロボロ。

 数の上でも圧倒的であり、敗北は時間の問題です。

 援軍を要請します!」

「なんだと!? この位置を破られれば城は目と鼻の先だぞ!

 援軍、ケンタウロス兵を送るのはどうか?」


 慌てふためく司令官達のいる部屋に次々と隊長格のダークエルフ、ゴブリン、オークが入ってきて報告した。


「シルフィルド北部11時方向の城壁が破壊されました。

 人間の騎兵隊500騎がなだれ込んできています!

 我々では対抗できません。

 どうか応援を!」

「シルフィルド東8時方向の城壁が破壊されました。

 騎兵300騎、弓騎兵200騎が突入してきます!

 援軍を!」

「シルフィルド西、4時方向の城壁が破られました!

 重装騎兵1000騎が群がっております!

 援軍を!」


 なお、全て虚偽報告でルーサーに魔王軍を金貨で売った連中の報告ばかりである。

 司令官達は頭を抱えた。


「多すぎる! 敵が多すぎるぞ!」

「ボロボロだ、もう今すぐ脱出しなければヤバい!」

「勝ち目がないぞ!」

「しかしこのままでは終われるか!

 このままでは……一族纏めて拷問の上に処刑だ」


 ベテランの司令官であれば何かがおかしい、報告内容は戦略として違和感があると気付く者も居ただろう。

 そして荒れ狂う嘘情報に惑わされず、効果的な一手を打てた者も居ただろう。

 だがこのシルフィルドに居たのは経験の浅い者ばかり、武力では無く情報でルーサーに好き放題に荒らされるままであった。

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