魔法銃士ルーサー、勇者のパーティを追放される
「ルーサー。
貴方にはこのパーティーを抜けて貰うわ」
揺れる馬車の中で、冷酷な言葉を俺に投げかけたのは勇者サリー。
メタリックブルーの女性プレートで身を固め、ライトブラウンのロングヘアーが吹き込む風でたなびく。
伝説の勇者の血筋を引き、魔王の脅威に怯える人々の唯一の希望、『救世の英雄』だ。
「いきなり何を言い出すんだ。ここまで一緒に戦ってきた仲間だろう。つまらない冗談はよしてくれ」
「……」
「……」
「……」
馬車の中には俺と勇者サリーの他に、辺境の魔導士キャロル、奇跡の聖女セレナ、戦闘鬼神テンライも並んで座っているが、全員無言。
俺を見据える勇者サリーを除いて、誰も俺と目を合わせようとしない。
「……何だよ。俺が何かやったってのか?」
「貴方の使う魔法銃。最近のモンスターとの戦いで通用しなくなってきていること。
自分でも気付いているでしょう?
魔法銃士は武器のバージョンアップでしか成長することが出来ない。
つまり、もうここが貴方の限界なのよ」
「それはそうだがもっとバージョンアップすれば火力も……」
「貴方が今装備しているのはオリハルコン製で、ドワーフ族の最長老に作ってもらったもの。
この世に存在する中で最高の銃よ。
魔法銃は近年開発された技術だから、遺跡の中でアーティファクトとしてさらに上の武器を手に入れる可能性も無い」
納得がいかない。
この超人ばかりのパーティーの中では多少見劣りしても、俺はそれなりに貢献しているはずだ。
戦闘時の立ち位置が俺と近いキャロルなら、それとなく見てくれているはずだ。
「キャロル、俺の殲滅能力はお前の魔法には及ばないがパーティのサブ火力として……」
キャロルは両手で俺を押しとどめるようなポーズを取り、俺の言葉を遮った。
「……オーケー。分かった。
今までなんども口から出かかっては我慢してた事なんだけど言っちゃうわ。
貴方の使う魔法弾だけど、正直只の豆鉄砲よ。
人間は成長してマナを貯める器は大きくなるけど、弾丸は只の物質、素材の限界なのよ。
つーか、役に立たない上にいつも大量に消費するし……補充させられる私の身にもなってよね。
その銃を消し炭にしてやろうかと何度葛藤したことか。
貴方なんて只のお荷物よ。
……きゃっ。
言っちゃった」
キャロルは最後楽し気に笑った。
俺はそんなキャロルの表情を見るのは初めてだった。
終始ムッとした顔をしていたから、そういう奴なんだと思い込んでいた。
俺の視界はなぜか目から出た汗で波打つが、キャロルは何の遠慮も無く笑っている。
「セレナ……」
「パーティーの旅の荷物は皆で分担して持ってますけど、貴方だけ自分の荷物の8割が自分が使う魔法弾ですよね?
……非力な私だって皆の食糧や水を持ち歩いてるんですよ?
……ルーサーさんの分まで」
セレナは終始目を合わせようとしない。
俺はすがるような目でテンライを見た。
テンライは全身に気という魔力を込めて戦うモンク。
その不思議な力が絶大な攻撃力と防御力を生む為、筋肉質な上半身はほぼ裸のままで旅をしている。
「テンライ……」
「……」
テンライは目を閉じて腕組みし、無視している。
眠っているのかも知れない。
俺はテンライの肩をゆすりながら話しかけた。
「なぁ、テンライ、俺……」
「……」
テンライは無言で俺の手を振り払い、再び元通り腕組みして目を閉じる。
これではっきりした。
眠っていて聞こえていないんじゃない。
これがテンライの意思なのだ。
「ははは……」
ショックを受けたよと。
口からそう言葉が出かかったが飲み込んだ。
その言葉と共に別なものまで目から溢れそうな気がしたからだ。
勇者サリーがさらに続ける。
「貴方にこのパーティーを出てもらうと決めたのは、貴方のスキルと武器の弱さもあるけど、それだけじゃない。
もっと致命的な問題が発生したからよ」
「何だよ……」
「貴方、ドーラの町で道具屋の90歳のお婆さんと……そうとうアツい夜を過ごしたそうね」
「……それが?」
「結構な噂になってるのよ。
というかまだ若い兵士なんてびっくりしてたわよ!
勇者のパーティーメンバーが婆専の変態。
人類唯一の希望であり、大陸中の人々の信仰の対象である私達のパーティーにそんな人間が居てはいけない。
私達の後に続いて戦う人々の士気低下を招く重大な事なのよ。
自分たちを率いる勇者のパーティメンバーがそんなんじゃ、なんか気持ち悪くて心を奮い立たせる邪魔になるでしょう?
今更だけど普通に若い女の子じゃ駄目なの?」
「そんなの俺の勝手だろうよ、それに俺だけじゃねーだろ!
カラネロ城で晩餐会に招待された時、キャロルの奴!
若い貴族に言い寄られても無視しまくってたくせにどっかの白髪の執事にはデレデレで手とか握り始めて困惑させてたじゃねーかっ!
婆専は駄目で枯れ専はいいのかよ!」
「ちょっとっ! あたしは関係ないでしょ!?」
「キャロルはまだセーフよ。
多くは無いけどそういうカップルあり得るでしょう?
貴方の婆専なんて聞いた事無いわよっ!
不健全!
子孫も残せないでしょう?」
「キャロルだけじゃねーよ!
俺知ってるんだぞ!
大人しくて引っ込み思案なセレナ。
お前首都サラエナでフード被って顔隠して娼館に入っていったよな?」
「なっ、いい加減な事言わないで下さいよ!」
「あれっ? セレナだよなぁ?と近くによって確認して声掛けようか迷ったんだよ。
でも野暮な事はよそうとやめたんだよ」
「行ったかも知れないですけど、それは用事が……、そう! 思い出しました!
聞き込みをしてたんです。
大体なんで私が娼館に……」
「お前ベッドの上では豹変して攻めるんだってな。後でお前と一晩付き合ったというそこの娼婦に聞い……」
「もういいでしょう!? 大体ルーサーさんは!」
「女しかいない社会で小さい頃からシスターとして育ってりゃ……」
勇者サリーが声を荒げる。
「ルーサー! 今は貴方の話をしているのよっ!
とにかく貴方には出て言って貰う。
道中身を守る魔法銃と魔法弾だけは手切れ金代わりに貴方にあげるわ。
でもそれ以外の防具、ポーション類、アイテム類、全部置いて行ってよね!」
「サリー、お前だって下付いてるんだろ? 子孫……」
「さぁ、今すぐアイテムを整理するわよ。
キャロル、セレナ、テンライ。
各自バックパックを開けて。
ルーサーのアイテムを移し替えるわ」
俺は項垂れながらミスリルブーツやマジックレザーグローブ、耐魔の祝福の施されたジャケットと脱いでいく。
サリーはそれらを俺の手から奪い取ると、他のメンバーのバックパックに詰め込んでいった。
「次、ルーサー、貴方のバックパックを開けなさい。
何イジケてんのよ。貸しなさいよ!」
サリーはぐったりした俺からバックパックを奪うと、その中身を一つ一つ取り出して他のメンバーに渡していく。
「何? これ。足袋?
うわっ、くっさ!
何よこのゴミ! 捨てなさいよ」
「……俺のじゃねぇよ……」
俺は消え入りそうな、かすれた声で言った後、バックパックから足袋を取り出してテンライのバックパックに入れた。
「テンライ、貴方のなの? 見たところ足のサイズが違うというか、貴方じゃ履けないでしょう?」
「……」
「ドーラの町はモンスターにあちこち破壊された後だったから大規模な再建作業中だっただろう?
そこに居た大工の若集の脱ぎ捨ててたのをかっぱらってたんだよ。
黙って持ってやった俺の恩を忘れやがって」
「……え?」
「……へっ?」
「テンライ……さん?」
「……」
テンライは俺が突っ込んだ足袋を自分のバックパックから無言で取り出し、鼻に当てて臭いを嗅いだ後、大切そうにしまい直した。
「察しが悪いな。テンライも子孫は残せない系なの。
つーかお前ら全員、今はバレずにたまたまそれほど広まって無いってだけで俺と似たようなもんだろうよ」」
一瞬場の空気が静まり返った。
そう。
恐怖の魔王に対抗する人類の希望。
正義と愛と力のシンボル、勇者パーティーは変態の集まりだった。
キャロル……健康な子供を産む事を祈ってるぞ。
「とっ、とにかく荷物分配はオーケー?
オーケーね!?
御者さぁーん!
ちょっと馬車止めて!」
「わかっ。
……ふぅ。
分かりやしたっブプッ」
ヒヒィ~~ン!
ヒヒィ~~ン!
馬車は止まり、俺は背中を突き飛ばされるようにして下ろされる。
そして戸が閉じられ、再び動き出す馬車の窓からサリーが顔を出して言った。
「ルーサー、貴方は魔獣と戦って死んだ事にしておくわっ!
最低でも私達が魔王を倒すまでの間、世間に出てこないでよね!」
俺は走り出す馬車に背を向けて歩き出す。
もうあいつらなんて見るのも嫌だった。