猫
隣町にある小さな古本屋
そこには一匹の猫がいる
気まぐれで、いたずら好きで、すました猫
私がお店に足を踏み入れると、いつも優しく鳴いてくれる
いらっしゃい
その一声に、私の心は安らぎを覚える
今日、ちょうど君が好きそうな本が入ったんだよ
そう言って、私を本のもとへ連れて行ってくれる
こうして少し後ろを歩いているときが、私の一番の幸せだ。
窓から優しい緑の香りが吹き込んだ。
いつも、パソコンの画面に向かって、上司の顔色をうかがってコーヒー、お茶を入れて、他愛もない世間話をして、同僚の例え話の恋愛相談を聞いて、そんな同じことを繰り返す日々。
私が、ただのカイシャインであるとレッテルを張られているだけのこと。
だけど、この時間だけは違う。
私が、“私”になれる時間。
つまんない人生だなんて忘れて、一日癒しの中に腰を落ち着かせる。
本の中の世界に入り込んだように。
人生の中で、この時間だけは私も物語の一部になれる。
さあ、今日はどんな本を読もう。
物語の中に入り込んでいると、かちゃん、と小さな音がした。
ああ、ごめんなさい、気を取らせちゃいましたか
いいえ、大丈夫です。あ、コーヒーありがとうございます。
どうぞ、遠慮なく召し上がってください。
人にいれてもらうコーヒーってこんなに美味しいんですね。私はいつもいれる側だから、なんか、新鮮。
そうなんですか、じゃあ、この時間を存分に楽しんでいってくださいね。いつでもおかわりいれますから。
ありがとう。
物語に入り込んでいるときに、邪魔をされるのは好きではないけれど
これだけは、例外。
一言一言の会話が、このコーヒーの香りがより一層今の自分は本の中にいるように思える。
なんて素敵な時間なんだろう。
もう少し、物語を進めよう。




