前世を思い出したらシスコンになった
初めて書いたので、変ですが寛大なお心で読んでいただければ幸いです。
「おい、不細工の豚。勘違いするなよ。お前と婚約はするが、婚姻をする気はない。だから、親しくするつもりはない」
ーーー思い出した。
七つを迎えたばかりの少年が意気高に放った台詞で、俺は前世の記憶を思い出した。
前世、俺は日本に生きていた。父は会社員、母はパート従業員という極めて一般的な家庭に生まれ、高校卒業後、地元の中堅企業に就職した。三十過ぎまで生きていた記憶があるが、それ以降がサッパリ思い出せないので、その辺りで死没したのだろう。死因は知らん。知った所で新たな人生を歩み始めているのでどうしようもない。
さて、前世の人生に大して不満のない俺ではあるが、ただ一つ理不尽を感じていたことがある。
それは、俺が男ばかり六人兄弟の長男で、妹が一人くらい欲しかったと言うことだ。
ーーーよし、このクソ餓鬼。殴ろう。
俺は、大きく腕を振りかぶるとズッパーンとクソ餓鬼の頭を叩いた。
「きゃあ」
俺の隣で短い悲鳴が上がる。俺の妹であるローズだ。この度、クソ餓鬼もとい我がダリス王国第一王子の婚約者に指名されたレディス侯爵家の令嬢だ。
ちなみに、俺はレディス侯爵家の長男ラナンと言う。
今は俺の事はどうでも良い。
大事な事は、クソ餓鬼がローズに言い放った言葉だ。
呆然と俺を見るクソ餓鬼を見下す。年齢は同じだが、俺の方が頭半分長身だ。
「おや、失礼。余りにも不快な言葉が聞こえたもので、思わず手が出てしまいました。ところで、殿下、不細工な豚とは、誰のことでございましょう。よもや、我が妹の事ではありますまい」
ーーーもう一回言ってみろや。今度は、グーで殴る。
「何度でも言ってやる。貴様の妹ローズは、ぶさいっ、ギャア」
最後まで言う前に、俺はクソ餓鬼にゲンコツをお見舞いする。
「貴様、俺を殴るなど、父上に言いつけてやる」
目に涙を溜めて言い放つクソ餓鬼を鼻で笑う。
「どうぞ。結構ですよ。ですが、国王陛下が何を仰っても、殿下が妹に吐いた暴言を謝罪するまでは、私は謝罪する気はありませんよ」
「では、父上に願って貴様を罰してやろう」
「お好きになさいませ。別段構いません」
「父上にお願いすれば、レディス侯爵家を潰すこともできるのだぞ」
フンっと鼻息も荒く勝ち誇るクソ餓鬼に俺は最大限の侮蔑を込めた眼差しを送る。
「構いませんよ。この様な子供の喧嘩で、建国以来辺境をお守りするレディス侯爵家を滅ぼすなら、この国もそれまでのこと」
だいたい、この部屋には今、クソ餓鬼殿下と俺、妹のローズの三人しかいないが、扉の向こうでは、万一を考え幾人もの大人が待機しているはずだ。
それが突入して来ない以上、俺の行いは陛下の御意に叶っているはずだ。
「殿下、年下の女の子にその言葉と態度は非常にいただけません。謝罪を要求します」
ーーー謝れクソ餓鬼。
言葉は丁寧に、目には恫喝を込めて言う。三十路過ぎのおっさんが大人げないとか言うな。今は七歳だし、ここで正す方がクソ餓鬼の為でもある。
「謝るか。お前なんか、大嫌いだぁぁぁぁぁ」
そう言いながらクソ餓鬼は勢い良く扉から駆け逃げていて行った。
ーーー偉そうにしていても、捨て台詞はやっぱり子どもだな。
そんな事を思いながら、クソ餓鬼の後ろ姿を見ていると、右袖がクイッと引かれた。
「お兄様」
愛らしい声で妹が俺を呼ぶ。
ーーー神様、ありがとうございます。妹クソ可愛い。
金色の髪は波打ち、窓から差し込む光を反射し煌めいている。新緑の瞳は、まだ幼いが整った美貌に品良く配置されている。少しぽっちゃりとしてはいるが、それも幼いころだけのもので、余計愛らしさを感じさせた。
「すまない、ローズ。驚かせてしまったな」
兄の行いに驚いたであろう妹に、俺は素直に詫びた。だって、せっかくできた妹に嫌われたくない。
「いいえ。構いません。私の為に怒ってくださってありがとうございます」
「いいや。勝手にしたことだ。ただ、ローズの縁談を潰してしまったな」
「それこそ、構いません。政略結婚とは言え、互いに歩み寄る気持ちのない結婚は、不幸でしかありません。殿下もお望みでないご様子。これで良かったのでしょう」
ーーー神様、俺の妹が可愛い天使な上に聡明です。ありがとうございます。
「それよりも、お兄様」
ローズが言葉を切り、強い眼差しで見上げてくる。
「暴力はなりません」
「はい。ごめんなさい」
俺は素直に頭を下げた。
前世では、男兄弟だったこともあり、鉄拳制裁など日常茶飯事だったが、今世の俺はレディス侯爵家の長男である。多少気に食わないからと言って、すぐ暴力に訴えるようであれば、貴族としてマズイし、強いてはレディス侯爵家を危うくする事となる。
今回のことも、国王陛下が寛大だから良かったものの、短慮なものであれば、レディス侯爵家は終わっていただろう。
「ローズの言う通りだ。暴力は良くなかった。殿下に謝罪しよう。しかし、あの様子では、お会いしてくださるまい。手紙でも出しておく」
「それが良いですね」
ローズは安心したのかフワリと微笑んだ。
可愛い。こんな妹に嫌われたら辛すぎる。
「ローズ、お兄様の事、嫌いになったかな」
女々しいとか言うな。仕方がないだろう。今回の暴力と言う失態で妹の好感度が下がったら辛すぎるだろう。
「いいえ。お兄様が私の為に怒って下さって嬉しかったです。お兄様、大好きですわ」
「俺もだよ。俺の可愛い天使」
ローズが苦しくないよう注意しながら抱きしめる。
ーーー神様ありがとうございます。天使な妹とか、もう本当にありがとうございます。
俺が心の中で、信じているか怪しい神様に感謝しながら幸せを噛み締めていると、急に扉の方から冷気を感じた。
恐る恐る、そちらを見ると
「ち、父上」
ローズによく似た清廉な美貌に、笑顔と青筋立てた俺たちの父上レン・レディス侯爵が仁王立ちしていた。
はい。この後、メチャクチャ叱られました。
そして、クソ餓鬼もといレグルス殿下に謝罪の手紙を書きました。ただの謝罪だけ書いたと思うなよ。ローズを貶めた分だけ嫌味書いてやったわ。
そんで父上に添削されて、余計叱られた俺のこと、馬鹿だと思った奴出て来い。八つ当たりしてやるからな。
読んで下さってありがとうございました。