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『アイドル』と僕

作者: クロワサン

『みんな―! 今日はありがと―!』

 雨の中、小さなステージで憧れの彼女は多くの人々に手を振っている。そのたびに大きな歓声が沸きあがっている。その中に僕もいた。


 朝倉日菜子。僕は彼女のライブに来ている。先ほどから降り出した雨の中、彼女はステージを限界まで動き回り、沢山のファンの近くまで来てくれる。激しいダンスソングの後にも関わらず、彼女は動きまくっていた。

『これで、今日の、これまでの、ハァ。ステージは、終わりです。みなさん、楽しんでくれましたか? 本当に次で最後です。みんな本当にありがとう!』

 また歓声が上がる。


 彼女は大きく息を吸っているがとても苦しそうだ。朝倉日菜子はグループで活動をしているとかではないため、一人ですべてのステージをやる。大体、十曲くらいを一人でだ。

「おい、ユウ! やっぱり日菜子ちゃんはすげえな! ほんと、すげえのになぁ」

 一緒に来ていた友人の一人が興奮気味に話しかけてくる。まぁ、僕も同じくらい興奮しているし、問題はない。

「うん。すごいよね。たった二年でこんなすごいライブしちゃうんだもん。 それなのに……」

「夕! 次、最後よ。最後のヤツ用意しよ!」

 もう一人の友人もテンション高めで、女の子にもかかわらずかなりの汗をかいているが気にしない様子。

「うん。もう、出してるよ」

 僕たちが出したのは彼女のイメージカラーである緑色のペンライト。スイッチをつけ、彼女が歌いだすのに合わせてみんなゆっくりと振る。

 最後の曲は彼女が初めてステージで歌った曲。バラード調で清らかな声を奏でる彼女にとてもマッチしていた。


 歌が始まるとすでに泣き出している人がチラホラ出てくる。二人の友人たちもすでに泣いている。

「クソッ! 涙止まんねえ!」

「夕も泣いていいんだよぉ?」

 確かに少し、いや、かなりもうすぐにでも泣きそうだ。でも、僕は涙で彼女の姿が滲むのが嫌で必死にこらえた。彼女の姿はしっかりと焼きつけたかったからだ。

 あのステージでたくさんのファンに囲まれながら笑顔で歌う彼女は僕の憧れで夢なのだから。それにこれは……

 

 ――これは、彼女の最後のライブなのだから。



 一週間が過ぎた頃、僕は学校にいた。勿論、二人の友人も一緒に。

「もう、一週間か。日菜子ちゃんの引退ライブから」

「なんかあっという間だったね。まあ、たった二年しか活動してないわけだし、当たり前っちゃ、当たり前なんだけど」

 朝倉日菜子はデビューから一ヶ月でオリコントップ10入り。そこからはずっと、上位をキープ。

 圧倒的な可愛さと清らかな歌声はただのアイドルという肩書では収まらなかった。彼女を超えるアイドルはなかなかいないだろう。

「引退の理由が“私はここまで”だもんな」

「すべてにおいて衝撃的だったよね」

「ユウ。そんなこと言って、一番驚いてなかったのユウよ」

 そんなことはなかった。僕だってテレビで彼女が引退宣言したときは驚いた。でも、

「なんか、日菜子ちゃんがそう決めたことなら仕方がないかなって。悲しかったけど……」

「実際、ほとんどのファンがあの会見見て、納得したもんな。会見の時の日菜子ちゃん、もう覚悟は決めたって顔して普段見れないほど迫力あったもんな」


 それから僕らはずっと朝倉日菜子の思い出に浸っていた。


「なあ、次は誰を応援するよ?」

 友人の一人、相模は僕ともう一人の友人、友香に聞いてきた。

「ちょっと、もう乗り換え? ありないんだけど」

 二人は僕と同じクラスで中学の時たまたま、日菜子ちゃんのライブを見てファンになり、意気投合してから共にライブに行ったりしている。相模は見た目ヤンキーだがアイドル好き。友香はなんというか……女の子好き。つまり、そういう人だ。二人とも少し変わっているがとてもいい友人だ。

「なんだよ、このモヤッとした気持ちを他のアイドルを応援して解消しようっていうアイデアなんだぜ?」

「私、そんな尻軽じゃないんで。あーあ、ほんと男って可愛ければ何でもいいんだぁ―」

「なんだと!」

 いつもの風景。二人とも日菜子ちゃんが引退して三日くらいは本当に暗かったけど、だいぶ回復してきたみたいだ。


「「ユウ! お前は(あなたは)どっちの味方だ(なの)!」」

 いや、味方とか敵とかないから。僕は適当に笑ってごまかした。

 少し歩いていると、張り紙が壁に貼られていた。

「ん? なんだこれ?」


 そこにはアイドルオーディション開催と書いてあった。キャッチフレーズは“次なる朝倉日菜子よ、出てこい!”だった。

「なんか、めっちゃ古臭い広告ね」

「でも、これ見ろよ。審査員に……」

 僕たちは目を見開いた。そこには審査員、朝倉日菜子と書かれていた。


「ちょ、ちょっと! どういうこと?」

「つまり、日菜子ちゃんが直接、自分の跡継ぎになれるアイドルを探すということだろ」

「そんなのは分かってるわよ。私が聞いているのは引退したはずの日菜子ちゃんが審査員でテレビでるのってこと」

 確かに彼女の性格上、どんな理由があれども引退宣言してからもう一度公の前に出るなんて思えなかった。

 よく見ると、今夜このことについて日菜子ちゃんがラジオで喋ると書いてあった。僕らはみんなで友香の家に集まり、ラジオを聴くことにした。


『そうですね。今回こういった形で皆さんの前に出ることになるとは思いませんでした』

『じゃあ、この企画に参加した理由とか聞いていいかな?』

 彼女の顔はラジオなのでうかがうことはできないが、なんだか笑っているようだった。

『大丈夫ですよ。むしろここで言わないと他でいう機会があまりないので』

 確かに彼女が公の場に出るのはオーディション当日以外はもうないらしい。つまりここで理由を聞かないと参加したいと思っている人のやる気を上げることは難しい。二年という短い期間で人気者になった朝倉日菜子の後釜なんて二番煎じにもほどがある。今回のラジオ出演は理由を言い、参加者を募るという事を目的にしていると言っても過言ではない。



『理由はですね。私はファンになりたいんです』

「「「えっ?」」」

 僕らは同時に声を出していた。勿論、ラジオ質問をしたパーソナリティーも驚いている。

『あの、日菜子ちゃん? それはどういう意味?』

『えーっとですね。別に変な理由があるわけじゃないんです。私は誰かのファンになる前にアイドルになったんですけど思ったんです。私のみた景色を同じ目線で見てほしいなって。私のファンって結構女の子が多いんですよ、有難いことに。それって凄くうれしくて。勿論、男性の方々も嬉しいんですけど、女の子のファンはちょっと違うって言うか、私と同じ立場になれるような人もたくさんいると思うんです』

『へー! なるほど、つまり日菜子ちゃんのファンの中にそんなアイドルになれそうな女の子がいたってこと?』

『そうですね。そう捉えてもらっても構いません。勿論、私のファン以外にもたくさんアイドルになれる人はいると思うんです。で、私は私がファンになりたい、なったという人を見つけたいと思っています。ぜひ皆さん参加してくださいね』


「なんかすげえことになってるな」

 相模はネットを見ながら笑っている。その横で友香もスマホをいじりながら調べだした。

「うん。今私もネット見てるけどいろんなところで話題になってるよ。日菜子ちゃんはすでにファンの“ファン”になっているかも! だって」

「という事は、今回のオーディションは日菜子ちゃんのライブに来ていた女の子がかなりの割合で応募するのかもな」

「なんか変わったオーディションになりそうだね」

 そんな呑気なことを言うと二人は立ち上がった。そして、いきなりスマホを素早く操作しだした。

「二人とも何してるの?」

「決まってるだろ。ライブで知り合った日菜子ちゃんファンの女の子に応募するか聞くんだよ。うまくいけばアイドルと友達になれるかも!」

「私も同じく。そして好みの子だったら……ぐふふ」

 ……二人のこういう所、嫌いだなぁ。と思いながらも僕はなんもせず適当にネットを調べていた。


 日菜子ちゃんがファンになったファン、か…… そんな子が本当にいたらすごいけどな。

 

 応募はなんと当日まで許可するらしく、場所は日菜子ちゃんが最後のライブをしたかなり大きなステージでやるらしい。本番まで相模たちはできるだけ多くの日菜子ファンに声をかけるらしい。しかも、イケると思ったら応募するようにお願いするという、なんとも二人らしい適当なやり方だ。勿論僕は二人の後をついていくだけで何もしないのだが。


「約二時間と短い時間でかなりの人数に連絡したが……」

「意外にもすでに応募しているという人が多くて驚いたわね」

 二人はかなり疲れ切った顔になっている。

「で、でもそれなら友達になれる可能性は高いんじゃない?」

「いや、駄目だ。こいつら電話して思ったが日菜子ちゃんと近くで会ってみたいだけでアイドルになりたいというやつが少なかった」

「うん。私も思った。それにただの日菜子ちゃんファンが日菜子ちゃんを超えるアイドルなんてまずムリなのよ!」

 二人は連絡を軽く取り合っただけなのによく分かるなぁ。僕は自分から応募するだけすごいと思うけど。

 二人はもうこれ以上アイドルになれそうな人を探すのを諦めたらしく、スマホをしまった。

「はぁー。やっぱり簡単に見つからないわよ。本気でアイドルになりたい奴なんて」

「あといるとしたら友香! オマエだ!」

「! はぁ!? アホじゃないの? 私がやるわけないでしょ!私はアイドル(可愛い女の子)が好きなだけでアイドルになりたいわけじゃ……!」

 相模に怒り狂う友香は突然かたまり考え込んだ。

「どうした、友香?」

「いたわ」

「? なにが?」

 僕と相模は顔をあわせて首をかしげた。

「相模。いるじゃない。私たちと同じようにアイドル、日菜子ちゃんが好きで昔からアイドルに憧れているくせに自分の可愛さに気付いていないヤツ」

「あっ…… そうか、いたな。俺たちがいつまでも応援したいと思えるアイドルになれそうな奴が」

 ? 二人はいったい何を言っているんだ。“僕”の顔を見ながら変な笑顔で。


「ユウ。いや、音咲夕。お前は今日からアイドルを目指すんだ。そして俺たちが最初のファンになる!」

「……いや二人とも何を言っているの? アイドルにって“僕”は」

「その“僕”って言うのから直そうね。いや、僕っこアイドルもありね。私は好きよ。女の子だし」

「そこじゃねえだろ! いいか夕。お前は僕なんて言って、髪も男みたいに短いしむ、胸もあんまりだけど、めっちゃ可愛いと思うぜ」

 それはセクハラだよ……

 案の定、相模は友香に殴られた。

「夕。コイツが言っていることはキモいけど、私も一部分には賛成。あなたは可愛いわ。きっとアイドルが、日菜子ちゃんが好きなあなたならアイドルにだってなれると思うの」

「いやいや無理だよ! ぼ、僕がアイドルなんて」

「やってみたいとは思わないのか? 少しでも思うならやってみるべきだ」

 二人はぐいぐいと勧めてくる。僕がアイドル…… 確かに日菜子ちゃんに憧れて、夢を見た。見た目が男の子みたいだし、胸もないし。そんな夢のような存在は届かない存在だと今も思う。だけど……


 やってみたい。そう思う。


「僕が……アイドルになれるかな」

「少なくとも夕にはファンがすでに二人いる。どうだ、お前は一人じゃないさ」

「うん。私たちがずっと応援するから。もちろんアイドルになれたらだけどね」

「……分かった。僕、やってみる」



 ――オーディション当日。僕は自分の持つ一番女の子っぽい服を選んできた。

「へ、変かな?」

「いや、すごい可愛いよ夕! もう写真とっていい?」

「友香。少しは自重しろ、他にも参加者いるんだから。それと夕。なんというか、うん、かわ可愛いぞ」

 二人はいつも通りだが少し緊張しているみたいだ。

「ふふ、ありがと。というか二人がなんで僕より緊張してるの」

「ば、ばか。緊張なんて、なぁ友香!」

「いいえ。私は緊張しているわ。うまくいけば日菜子ちゃんと喋れるって考えたらもう……」

「た、確かに。やべ緊張してきたぁ―!」

 あの二人とも。応援に来たんだよね。

 そんなやり取りもいつも通りでなんだか僕は凄くリラックスできた。

 

 オーディションが始めり、生放送が始まった。司会の人が審査員に声をかけていきその中にはもちろん朝倉日菜子ちゃんもいる。

「さぁ、日菜子ちゃん遂に今日という日が来たわけだけど」

「はい。そうですね。すごく楽しみです。一応、参加者の書類を見ましたがみなさん誰にでもチャンスがありそうだなって思いました」

「その中でも気になった子とかいた?」

「はい。ですが、まだ言えません。これはまだ私のちょっとした期待のなので」


 そして、順番に参加者が軽く紹介された。人数はなんと二十人と結構いる。書類審査を終えてからの人数なのでこれでもかなり絞ったのだろう。僕がその中に残ったのは奇跡みたいなものだ。

 紹介が簡単に終えると遂に順番にオーディションが始まった。私は最後から三番目、十七番でかなり遅い。

 一番から進み、約一時間半が経った。遂に僕の番になった。


「では次の方、音咲夕さん。お願いします」

「は、はい!」

 客席から声がぼんやりと聞こえる。きっと相模と友香だろう。きっと、緊張してるの分かっちゃたんだろうな。

「えーと十七番、音咲夕です。日菜子ちゃんの最初のライブからファンでした。私もあんなキラキラしたアイドルになりたいと思って応募しました」

「では音咲さんはどんなアイドルになりたいですか?」

「はい。ぼ、僕は日菜子ちゃんのように多くの人を感動させられるアイドルになりたいです!」

 そして、マイクは日菜子ちゃんに渡された。

「私のようになって感動させたい、ですか。簡単に言いますが、それは大変なことだってわかりますか?」

 日菜子ちゃんの質問は笑顔の割に内容がとても鋭くキツイ。だけど、その眼から本気が伝わってくる。これが元アイドル。強い意志が伝わってくる。


「はい。僕は日菜子ちゃんがライブのために一生懸命練習したり、テレビやラジオ出ていたのも知っています。全部、見てたので。ファンとして応援していたので。そんな日菜子ちゃんの姿に憧れたんです。なので僕、いえ私はアイドルになれるのならなりたいです。応援してくれる友達に応えたい。日菜子ちゃんが応援したくなるアイドルになりたいです!」

「そうですか。ありがとうございます。すいません、実は私あなたのこと知っていました。いつも応援しに来てくれていたのも知っています。あなたのお友達さんも一緒に来ていたのもライブでよく目に入りました」

 いきなりの事に僕は驚いた。あの日菜子ちゃんが僕達のことをライブにいつも来ているのを知っていてくれたなんて。

「か、感激です」

「ふふ、いえ。では残りの審査も頑張ってください」

 これで僕の最初に審査は終わった。初めての日菜子ちゃんとの会話もいつも以上に緊張して、審査中なのも忘れていた。

 

 そして、すべての審査が終わった。


「では、これにてすべてのオーディションを終わります。それでは最後に朝倉日菜子ちゃんからアイドルになれる子を発表してもらいます!」

「はい。では、発表します。合格者は――」



 ――ステージ裏はまだ緊張する。これからたくさんの人の前に出るという感じが一番感じる場所だからだと思う。

「そろそろ本番よ。ユウちゃん、大丈夫?」

 マネージャーが心配してくれている。

「は、はい。大丈夫です。僕、どこか変じゃないですよね」

「ええ、とても可愛いわ。そうだ、今日も応援に来てくれてるみたいよ。さっき楽屋にあいさつに来てくれたわ」

「本当ですか! うれしいなぁ。よし、気合入れて頑張ってきます! ……!メールだ」

 僕はスマホの画面をみる。そこには三人からのメッセージが届いていた。

「どうしたの?」

「ふふ、私は、ううん“僕”は幸せだなって」

 スマホをマネージャーに渡し、舞台そでに立つ。


 スマホのメッセージ画面には『『『がんばれ!』』』とある。


「今日もいってきます!」

 僕はステージ中央に駆けていく。


 ――これは“僕”と仲間の夢の始まり。


「みんなー! 今日もよろしくねー!」

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