月乃の反抗。
五年後の日曜の朝。
私の名前は宮下陽菜。中学三年生。五年前にお父さんが亡くなってから、はとこである宝ねえちゃんの家にお世話になっている。宝ねえちゃんは遠い親戚の私と二歳年下の妹の月乃を引き取ってくれた大事な人。私達の大事なお母さん。宝ねえちゃんは子育ても結婚もしたことないんだけど、経済的には何故か余裕があるみたい。そのことに触れたら話をいつも逸らされるけどね。
お父さんが死んで、東京から大阪に越してきて五年。大阪弁もちょっとは言えるようになったけど、まだ違和感があるって友達にいわれる。でもこっちの生活も慣れてきた。
「おっはよーん。」
今すごい気の抜いた挨拶してきたのが私達の恩人の宝ねえちゃん。料理はちょっとできないけど、それ以外ならなんでもこなせるまさに天才。私達を引き取ったときも親戚の人たちから文句や心配事を言ってきたりしていたけど、宝ねえちゃんは仕事も私達のこともちゃんと手抜かずにしてくれていて、いつの間にか親戚の人たちも何も言ってこなくなった。
「おはよう。」
宝ねえちゃんに比べちゃんと挨拶をしたこの子が私の妹の月乃。私とは正反対で、大人しく本が大好きな子。今日も食卓に大好きなニーチェの本を持ってきた。
「おはよう。朝ごはん出来てるよ。」
私は二人に声をかける。すると月乃が食卓に座った。
宝ねえちゃんはその向かいの席に座る。
「おー!美味しそうやなー!いただきます!」
「ただのトーストだよ。宝ねえちゃん。」
宝ねえちゃんに褒めてもらってうれしかったけど、ただのトーストなのでちゃんと突っ込みを入れてみた。
「いやいや! ほら! 私が作ったらなんでも焦げるやろ!? 」
「それある意味すごい才能だと思う。」
私は苦笑いをしながら言った。
私も月乃の隣の席につき朝ごはんを食べはじめる。いつもの変わらない日曜の朝だった。
あの月乃の一言がなければ。
「宝ねえちゃん、今日仕事は?」
「今日は休み。先週休みもろてないから。」
「そっか。」
「あのさ、宝ねえちゃん。」
月乃が突然まっすぐな目で宝ねえちゃんを見つめた。こんな月乃を見たのは初めてだった。
「何や?」
「私ね、私…」
「?」
「私、りゅうが、留学…したい。」
私はビックリした。月乃が、あの大人しい月乃が留学。本ばかり読んでいる月乃が留学。学力的には月乃は学年首位をキープしているので問題はないが、私は安易に想像できなかった。
「留学ってどこに? 」
「外国。」
「なんで? 」
「…」
月乃は黙った。顔を真っ赤にしてもじもじとしている。しばらく時がたった。
すると宝ねえちゃんが口を開いた。
「今日あんたら遊ぶ予定とかない?」
「え、ないけど…」
「月乃は?」
「…ない。」
「ふーん。よし。」
宝ねえちゃんは突然私の予定を聞くとニヤリとし、そして
「そや。プレゼンしよ。」
と私達に言った。私は突然のことで何を言っているのかよく分からなかった。
「プレゼン?」
「そう。プレゼン。自分のやりたいこと、夢をプレゼン…つまり調べて纏めて発表して。私に。んで私が採用したら君達はそれがやれる。学校休んだって辞めたってかまわへん。例えば陽菜が世界一周したいって言って、プレゼンして私に採用されたら陽菜は世界一周できるよ。お金のことは気にすんな。もちろん月乃もプレゼンして私に採用されたら留学できる。」
「…なんで。」
月乃は不満そうに口を開いた。そして立ち上がり宝ねえちゃんに向かってこう言った。
「なんでプレゼンなんか…。宝ねえちゃんは私達の意見に何でも賛成してくれると思ったから。言ったのに。なんで賛成してくれないの?」
「賛成せんよ。現時点ではな。」
「なんでよ! 親でしょ! 少しは応援しようって思わないの? 」
「ちょっと月乃!」
私は月乃をなだめた。私は驚いた。月乃が初めて宝ねえちゃんに反抗した。
「…あんな、じゃあ聞くけど月乃は何で留学したいん? 留学してどんなメリットがある? 今の学校はどうするん? どこの国に留学する? 何を勉強する? 向こうで行く学校は? 生活費は? ホストファミリーは? 帰国したらどうするつもりなん?」
「それは…」
月乃はまた黙り込む。言い返せなくなったのか座り込んでしまった。
黙り込む月乃を見て、宝ねえちゃんはこういった。
「いいか。私だってあんたら子供の夢くらい応援したいよ。子供の夢を応援せん奴は親として失格やと私は思っとる。けどな、そんな単に留学したいって漠然な夢言われても何を応援していいか分からへんようなる。それって応援せえへんのと同じ事ちゃう?私は月乃をちゃんと応援したい。」
「…」
月乃はまた黙り込んだ。宝ねえちゃんの言ってることが正しいのか何も言い返せないままだった。
「そんなに、留学したいんやったらちゃんと私に留学の良さや人生プランを紹介して? 図書館で調べるなりネットで調べるなりあんたにはできる事いっぱいあるから。」
宝ねえちゃんは月乃の方をまっすぐ見てそういった。そして、
「タイムリミットは夜八時。八時から二人ともここで自分のしたい事発表してもらう。ええな?」
宝ねえちゃんはそういうと朝食を綺麗に食べ終わり席を立ち、ソファでテレビを見出した。
月乃もすかさず立ち上がり、食器も片付けないまま自分の部屋にこもった。私はため息をつき、「やりたいこと」を漠然と考えながら食器を片付け始めた。