日暮れる村
僕の学校で実際にやった劇の台本です。
昭和六十四年 十月某日
サスペンス小説家の速水賢次は締め切りを目前に仕事机に向かっていた。
そんな彼の元に訪ねてきたのは、速水の友人で私立探偵である吉川辰弥だった。
〔速水は仕事机に向かっている〕
〔吉川、入る〕
吉「こんにちは、お久しぶりですね、速水さん。仕事は捗っていますか?」
速「いや〜全然。そっちはどう?」
吉「こっちも全然なんですよ。ちょっくら徒歩で藤見沢まで行ってき来たんですけど。」
速「あんな遠くまで?」
吉「ええ。道に迷ってしまいまして…(笑)それに、事件にも巻き込まれちゃいました。」
速「事件?」
吉「お話いたしますよ。あれは、雨の降る日暮れのことでした…。」
〔場面切り替え〕
〔雨のBGМ、米パラパラ〕
〔吉川、彷徨う〕
吉「ん〜迷ってしまいましたねぇ。どうしましょう…。」
梅「あの…そこの旅の御方…。」
吉「あっ、はい。なんでしょうか?」〔ふり返る〕
梅「よければ家に泊まっていきませんか?このあたりは人通りも少なく危ないので…。」
吉「ありがたいです。お言葉に甘えてお泊りさせていただきます。」
梅「家はすぐそこですので。さ、こちらへどうぞ。」
〔場面切り替え〕
〔家具を運ぶ〕
藤「あっ、お帰りなさいませ、静絵お嬢様。」
梅「お客様をお連れしたの。温かい紅茶を入れて頂戴。」
藤「かしこまりました。」〔去る〕
梅「すみません、ホコリっぽくて…。」
吉「いえいえ、とてもいいところですよ。」
鈴「おかえり、静絵。帰りが遅かったから心配したよ。」
梅「鈴川さん。ご紹介します。こちらは私の婚約者の鈴川です。」
鈴「よろしく。えっと…。」
吉「吉川です。こちらこそよろしくお願いします。」
藤「失礼します。お嬢様、紅茶が入りました。」〔入る〕
鈴「それじゃ、僕は部屋に戻るとするよ。」〔出てく〕
藤「お休みなさいませ、鈴川様。」
梅「綾。」
藤「はい、何でしょうか。」
梅「吉川さんを部屋にお連れして。確か、広瀬さんがこの前お泊りになった部屋が空いていたと思うけど…。」
藤「かしこまりました。吉川様、こちらへどうぞ。」
〔吉川、藤川、去る〕
〔場面切り替え〕
藤「吉川様、こちらの部屋へお泊り下さい。」
吉「あ、はい。ありがとうございます。」
藤「夕食は出来上がり次第お呼び致しますので、それまではお部屋の方でごゆっくりとなさって下さい。それでは失礼します。」
吉「あのー、プライベートなことを聞くようですが梅之宮さんと鈴川さんってどういった関係なんですか?」
藤「静絵お嬢様と鈴川様は、すでにご結婚が決まっております。私からはこれ以上の事をお教えすることはできません。それでは失礼します。」〔一礼して去る〕
吉「ん〜何かワケ有りっぽいですねぇ…。」
〔吉川、時計を見つける〕
「腕時計?誰かの忘れ物でしょうか…ま、そっとしておきましょう。」
〔場面切り替え〕
〔梅之宮、吉川はテーブルに向かって朝飯食ってる〕
吉「おはようございま〜す。」〔背伸びしながら〕
梅「おはようございます。昨日はよく休めましたか?」
吉「はい!と〜っても良く眠れました。あのベット、僕が住んでいるアパートに欲しいくらいですよ。」
梅「そう言って頂けると嬉しいですわ。」
吉「そういえば、鈴川さんはどうされたんですか?お姿が見えないようですが…。」
藤「昨夜、急用ができたとの事で出て行かれました。」
梅「昨日って確か…“日落ち”の日だったわよね?」
吉「日落ちの日?」
梅「あ、吉川さんはここの村の人ではないので知りませんよね。私達の村には週に一回“日落ち”といって、夜に外出するのを禁じた日があるんです。村の言い伝えでは、その夜に山からもののけが下りてきて人々を喰らう、という話なんですけど…。この村に来て日の浅い鈴川さんは、この事を知らずに出て行ってしまわれたのですね…。」
吉「何だか怖い言い伝えですね…。」
梅「まぁ今ではお年寄りの方々しか信じていませんけどね。」
藤「お嬢様、広瀬様がお見えになりました。」
梅「お通しして。それから紅茶もお願いね。」
藤「かしこまりました。」〔去る〕
広「久しぶりだね、静絵ちゃん。」
梅「初めての都会はどうだった?」
広「空気汚いし星見えないし、騒音激しいし人冷たいし。村の方が全然暮らしやすいよ。」
梅「フフ、そう?」
広「あ、そちらの方は?」
梅「紹介するわね、吉川さんよ。森で迷っていらしたから家にお連れしたの。」
吉「吉川といいます。よろしくお願いします。」
広「広瀬聖一です。こちらこそ、よろしく。」
梅「広瀬さんは、鈴川さんの生徒さんでもあるんですよ。」
吉「へぇ〜そうなんですか?」
梅「将来は次期大学病院院長なんですって。」
広「そんな大げさな…(笑)」
吉「すごいじゃないですか!」
広「吉川さんまで、止してくださいよ。そんなわけないじゃないですか。」
梅「あら、鈴川さんもそうおっしゃられて…。」
〔農民A、駆け込んでくる〕
A「静絵さん、大変です〜!そこの森で人が倒れています〜!
梅「大変だわ、すぐ行きましょう。」
〔場面切り替え〕
荒「被害者は発見当時すでに死亡…外傷は無く争った様な痕跡も無い。うーむ…難しい事件だ…。」〔行ったり来たり〕
吉「こんにちはー荒川警部。あんまり難しい顔してると眉間にシワが寄っちゃいますよ?」
〔梅之宮、藤田、広瀬、農民Aはこの時外に出ている〕
荒「お、吉川か。…お前さんまた勝手に事件現場に入ってきたな?」
吉「だって僕、鑑識の皆さんとお知り合いですもん。皆さん快く入れてくださいましたよ。」
荒「確かに…現場に行ってお前さんのいない日はないな。」
吉「でしょでしょ?あ、そういえば警部、“日落ち”って知っていますか?」
荒「話を変えるな。で、“日落ち”とは何の事だ?」
吉「村の言い伝えの事ですよ、週に一度、“日落ち”の日の夜に外出をすると、山から下りてきたもののけに喰われてしまうんだとか。」
荒「そんなのあるわけないだろう。」
〔農民A、勝手に現場に入ってくる〕
A「何を言ってるんだい、もののけは人の肉を喰らうんじゃない。魂を喰らうんだ。可哀相に、日落ちのことを知らずに山ん中入っちまうなんて…。」
荒「なんだこいつは。」
吉「遺体の第一発見者ですよ。この方に知らされて私たちはここへ来たんです。」
荒「ほぉ、第一発見者、ねぇ…。こいつが殺ったんじゃないのか?」
吉「確かに、一番確率が高いのはこの方ですが、でも…ねぇ?」
荒「…そうだな。おいお前、容疑者と疑われたくなかったら今すぐここから立ち去れ。」
〔農民A、しばらく立ち止まって…走って逃げる〕
吉「ふっ。まぁもののけの仕業じゃないとしても外傷無しの遺体なんておかしいですよ。しかも争った痕跡すら無いなんて…毒殺の可能性は?」
荒「今からにでも司法解剖にかけたいところなんだが、昨夜の大雨で橋が流されてしまってな。ちなみに俺は自家用のヘリコプターを使って…。」
吉「なんともいえない状態ですか…。」
荒「…ゴホン。とりあえず遺体は別ルートで運ぼう。遠回りにはなるが、橋の復元を待つよりはずっと早いだろう。」
吉「そうですね。」
荒「司法解剖の結果が出るまではここら近辺の調査をしていく。この村のどこかに宿場はないか?」
梅「それでしたら、是非家にいらしてください。」
荒「この方は?」
吉「梅之宮さんです。私が今お世話になっているところの家主さんですよ。」
荒「そうか、この方が…。荒川です。すみませんが、お願いできますでしょうか。」
梅「はい。もちろんです。では、ご案内いたします。どうぞこちらへ。」
〔場面切り替え〕
吉「それにしても、不可解な事件ですよね。本当にもののけの仕業なんじゃないですか?」
荒「そんな非科学的な事があってたまるか。現実を見ろ、現実を。」
吉「被害者の身元は?」
荒「え゛ー亡くなったのは鈴川和矢。隣町の実業家で、今は大学病院の。」
吉「あーちょっと待ってください。鈴川って静絵さんの婚約者さんでしたよね?」
荒「そうだが、なんだお前、知っていたのか。ん?なんでお前さんが知っとるんだ?」
吉「いや―――――――――――梅之宮家の使用人さんに聞いちゃいました。」
荒「警察より情報が早い探偵ってどうなのよ…ねぇ。」〔ブツブツ〕
吉「まぁまぁ、そんなことより司法解剖の結果はどうですか?」
荒「それがまだ届かんのだよ。」
吉「ん〜やっぱりまだだめですよねぇ。」
〔梅之宮入ってくる〕
梅「お茶をご用意しましたので、一息ついてはいかがでしょうか?」
吉「ありがとうございます。」
梅「いえ、このくらいなんでもありません。」
荒「そうだ梅之宮さん。あんたにも鈴川の事についていくつか聞きたい事があるんだが。」
吉「何か知っていることはありませんか?」
梅「そういえば、昨日の鈴川さんはいつもより落ち着きが無かったような気がします。それに、家を出て行かれたときも特別急いでいた様子でした。」
吉「何時頃に出て行かれたのか、覚えていらっしゃいますか?」
梅「それが、丁度その日修理に出していて、時計を見なかったものですから…。」
吉「そうですか、それじゃ仕方ありませんね。」
荒「買い換えたりはしないのか?」
梅「ええ、あの時計は鈴川さんから頂いた大切なものですので。」
吉「鈴川さんから?」
梅「はい。同じものを二つ買ったから、片方を私に、と。」
荒「ということは、鈴川も同じ時計を?」
梅「たぶんしていると思います。」
荒「ひょっとして…こいつか?」
〔ポケットから腕時計を取り出す〕
梅「あ、はい。それです。何故それを?」
荒「鑑識に預けても意味無いだろうと思ってかっぱらってきたんだ。これは、梅之宮さんにお返ししますよ。」
梅「ありがとうございます。あれ?」
吉「どうしました?」
梅「この時計、私のです。」
吉「え!?」
梅「ほらここに、Sと彫ってありますでしょ?鈴川さんのほうはkと彫ってあるはずです。」
荒「じゃぁ鈴川の腕時計は何処へ…。」
吉「この時計、どこかでみたような…。あ!」
荒「なんだ、どうした?」
吉「静絵さん、少しの間この時計、お借りしてもよろしいですか?」
梅「あ、はい。どうぞ。」
吉「ありがとうございます。では、私はこれで失礼します。」
荒「何!?お前これからってときに抜け出すなんて。」
吉「これからじゃありませんよ、これまでです。」
梅「どういう意味…ですか?」
吉「謎は、すべて解けました。」
〔場面切り替え〕
吉「今日、皆さんにここへ集まってもらったのは他でもありません。先日の殺人事件の犯人が分かったのですよ。」
荒「そ…い、いったい誰なんだ!?」
吉「まぁまぁ、そう慌てないでくださいよ。今から説明しますから。これは、梅之宮さんに貸していただいた鈴川さんの遺留品の一つである時計なんですが。」
〔時計を取り出す〕
「ちょっと裏蓋を見てください。よく見るととても小さな穴が開いているんですよ。」
梅「その時計が事件と関係あるというのですか?」
吉「はい、そうです。実際、この時計が犯行の凶器として使われたのですから。」
梅「そんな…。」
荒「しかし、そんなに小さな穴では、何の細工もできないんじゃないのか?」
吉「まぁ一見何の細工もできないように見えますが、実はできちゃうんですよ。この、最近作られた注射針を使えばね。」
荒「注射針だって…?」
吉「この注射針は、旧型のものよりも12倍ぐらい細くて、刺されてもほとんど痛みを感じないから点滴などに利用されているのですが、今のところ大学病院などの大きな病院にしか置かれていないんですよ。
そして、これは鈴川さんの司法解剖の結果なんですけど、彼の体内から3秒ほどで人の体内を回りきる毒薬が発見されています。これは、専門的で大きな病院などにしか置かれていない薬品を使わないとできない代物なんです。
でも、鈴川さんの病院に研修医として通っていたあなたなら、そんな物でも簡単に手に入れることができたんじゃないですか?広瀬さん。」
〔皆広瀬を見る〕
「犯人はあなたです。」
広「ちょ、ちょっと待ってください!僕が犯人だという証拠は有るんですか!?」
吉「証拠ならちゃんと有りますよ。これは先ほど、鑑識の方から頂いた指紋検査の結果の紙なんですが、あなたの指紋からほんの少し時計用のオイルが検出されました。
このオイル、時計の歯車をサビさせないように塗ってあるものなんですけど、普通、時計の中に手を入れない限り手に付くことなんて有り得ないんです。
そして、この時計の中からは、鈴川さんの体内から発見されたものと同じ毒が検出されました。
あなたは静絵さんの時計の調子が悪いのを見計らい、修理に出すなどと嘘を言って鈴川さんの時計とすり替え、歯車を取り出し、裏蓋に穴を開け、即効性の毒を仕込んだ。そして何も知らない鈴川さんがこの時計を腕にはめれば、3秒ほどで毒が全身に回りきって終わりってワケですよ。
そうですよね、広瀬さ。」
藤「もうやめてください!!」〔立ち上がる〕
「私から全てお話します。全て私が悪いのです…。」
広「ちょっと待てよ!」
藤「鈴川様、いや、鈴川は我が家の財産が目当てだったのです。」
梅「そんな…。」
〔広瀬黙ってうつむく〕
藤「偶然にもそのことを知った私は、広瀬さんに相談してこの計画に乗り出しました。」
梅「綾…。」
藤「いくらお嬢様のためだったとはいえ、こんな非常識な行動に出てしまい、私、お嬢様
にあわせる顔がありません…。」〔拳銃を取り出す〕
荒「おい、何をする気だ!?」
梅「綾、やめて!!」
綾「さようなら、お元気で…。」〔目を瞑り、拳銃を頭へ〕
荒「早まっちゃイカン!!」
梅「綾!綾!」
〔銃声が響く、藤田倒れる〕
梅「イヤァァアアアァァァァァアアア!!!」
〔梅之宮倒れこむ〕
〔荒川、脈の確認〕
〔荒川、黙って首を振る〕
梅「綾ぁ…私を一人にしないでよぉ…。」
〔広瀬、壊さない程度に机をぶん殴る〕
広「なんで…なんで静絵ばかりこんな目にあわなきゃならないんだ…?両親に先立たれて婚約者に裏切られて、たった一人の使用人にも…こんな…。なんでなんだよ…。」
〔しばしの沈黙〕
広「お前が…お前らがこの村に来たからだ。お前らさえ来なきゃ、こんな事には…こんな事にはならなかったのに…!」
〔拳銃を手に取る、銃口を荒川、吉川に向ける〕
広「はは…そうだ。お前らがこの村に来なかったことにすればいいのか…。死ねよ…死んじまえよ!!」
〔銃声とともに梅之宮、飛び込む〕
〔梅之宮、倒れる〕
広「し…静絵?」
〔梅之宮、苦しそうにする〕
広「静絵ぇっ!!!」
荒「早く、救急車を!」
梅「大…丈夫…だから…もぅ…や、め…ゲホッ、ゴホゴホ…。」
広「静絵!おい…しっかりしろ、静絵!…静絵…静絵えええええええっ!!!」
〔少しずつ照明を落とす〕
〔場面切り替え〕
速「…。」
吉「…。」
速「それで…その後は?」
吉「静絵さんは順調に回復されているそうですよ。それから、広瀬さんは現在留置所にいますが、じきに刑務所へ移されるそうですよ。」
速「そうか…。」
吉「それじゃ。僕はそろそろ行きますね。」〔立ち上がる〕
速「えっ、もう行くの?」
吉「はい。一つのところに長くは留まらない性質なので。」
速「そっか、じゃ、気をつけて。次はどこへ?」
〔吉川、カウボーイハットを被る〕
吉「アメリカです。では。」〔ニッコリ〕
〔吉川、去る〕
速「さて、仕事に戻るかぁ。」
こうして、吉川はまた旅を始めた。新たな事件を求めて…。
ありがとうございました。