四ー弐話・・・・・模擬戦
…深々と頭を下げて一礼をした。
「そんなに畏まらなくてもいいです。面を上げなさい。」
僕は言われた通り顔を上げてランスィート様に向かい合った。
ランスィート様は僕を上から下までじっくりとまるで値踏みをするように見ている。そして、何か納得したように頷き、僕に話しかけてきた。
「ふ~ん、黒髪に黒い瞳…貴方のことね?」
「すみません。何のことでしょうか?」
いきなりの質問に僕は失礼ながら、質問で返してしまった。
「私の父は、グレンバッハ=リカルドです。お父様から知り合いの子を預かると前に聞いていました。貴方のことですね?」
僕はランスィート様の説明を聞いて納得をしたが同時にグレンさんから娘さんがいるとは聞いていなかったので少し驚いた。
「そうです。今、グレンさんの家にお世話になっています。」
その会話を聞いたカルロは驚きの声を上げた。
「サークの下宿先って、グレンさんのお屋敷だったのか!」
「ああ、そうだよ。言ってなかったかな?」
「親父さんの昔の上司の家に下宿しているしか言ってなかったぞ。」
「そうだったかな? けど、何でそんなに驚いているんだ。」
僕がカルロに驚いている訳を聞いてみると、僕の頭を叩いてきた。
「世間知らずにも程があるわー!グレンさんと入ったら、前元帥であり、歴戦の戦で軍神の名で伝説を残すような方だ。こんなのこと子供でも知っているぞ。」
確かに、只者ではないと思っていたが、ここまで凄い方だとは思っていなかった。グレンさんのことで僕とカルロが言い合っていると、ランスィート様が段々と不機嫌になっていったらしく、軽く咳払いをしてきた。
「二人とも私のことを忘れていませんか? 私は蔑ろにされるのが一番嫌いなのですが…」
言葉と一緒に殺気を掛けてきた。
…僕とカルロは顔を見合わせ、アイコンタクトによる第一回脳内会議『危機的状況による生存方法』が開かれ、討議すること約半秒…素直に「ごめんなさい」をする事となった。
それから暫くランスィート様と会話をしていたが、何故か話の流れで僕とランスィート様が摸擬戦をするようになってしまった。
ランスィート様は今は御結婚されて、軍籍から離れられているが昔は近衛隊の二番隊の隊長だったらしく、偶に広場に来ては訓練している兵士達を指導していく事があり、今でもカルロより実力は上らしい。
ランスィート様は準備をしてきますと言い残し、僕達と別れた。残された僕達は兵士達が訓練している訓練場に移動し、ランスィート様を待つことにした。
「全員、集合!」
カルロの呼び掛けに兵士達は訓練を中断し、カルロの前に一糸乱れず整列をした。並んだ兵士の二人が何があったのか質問をしてきた。カルロは今から僕とランスィート様が摸擬戦を行うことを告げると兵士達からざわめいた。ざわめきの内容を聞き取ると、血の雨が降る。とか、ご愁傷様。とか、医師の手配を。とか、死亡確定。とか、不吉な言葉ばかり聞こえてくる。僕は少し不安になり、カルロにランスィート様のことを尋ねた。
「…皆から聞こえてくる言葉に少し不安を覚えるのだが、大丈夫なんだろうか?」
カルロは僕から視線を逸らしながら、答えてくれた。
「大丈夫だ!…と思う。…ランスィート様は優秀な方だから…まぁ、少しばかり…いや、何でもない!」
「そんな、台詞でどこをどう安心できるか! 少しばかり、何なんだ? 教えてよ。」
カルロは答え辛そうに言ってきた。
「…熱くなられたときに手加減がな、ほんの少し苦手と言うか、不得意と言うか、そんな感じ?」
僕はすかさず問い詰めた。
「具体的にはどんな事があった?」
「…え~っと、そうだな…腕を切り落としたり、吹き飛んだ相手が壁にめり込んで全身骨折になったり、鎧ごと胴を切り裂いて深手を負わしたり、かな?」
僕はカルロに恨みを込めて、何故に模擬戦の話の時に止めてくれなかったかと言ったが、
「大丈夫だ! ここには優秀な魔法使いも医師もいる。今までも的確な回復魔法と治療で死人は出ていないから安心しろ!」
「カルロ…僕の体質のことを忘れているだろう。」
「あ!…すまん。…え~と、そうだな、まぁー、無事を祈っている。」
カルロにこれ以上言ったところで仕方がない。覚悟を決めて怪我をしない様に防御に徹しよう。
ざわめきが静かになり、ランスィート様が訓練場に入ってこられた。軽装の鎧を身に纏い、凛とした姿はまるで戦女神の様に美しく、神々(こうごう)しささえあった。僕は場違いにも目を奪われ、見惚れてしまった。
僕達の前までランスィート様は来られて、模擬戦のルールを説明して開始となった。ルールは刃のない模擬剣で有効打が入るまで行い、致命傷にならなければ魔法も有だ。
僕とランスィート様は向き合ったまま、お互いに相手の出方を待っている。
二人の張り詰めた緊張感に周りの兵士達も固唾を呑んで、今から始まる戦いに期待を寄せている。静かな空間にあっと誰かの声が響くのと同時に二人が動いた。
ガッキーン!
お互いの真ん中で剣と剣がぶつかり合った。剣に込められた力が拮抗し、お互いの体勢を崩す為に激しい鍔迫り合いが繰り広げられる。純粋な力比べでこの細腕に僕と同じ位の力が込められていることに素直に驚かされた。
その時、隙とは言えない間を見逃さずにランスィート様は連撃を放つ。
回避は間に合わない。剣で防ぐ為に同じく連撃を放つ。
キィィーーーーン!
余りの速さの為、剣同士のぶつかる甲高い音が連なって、まるで一つの音のように鳴り響く。お互いに間合いをとり、仕切り直しをした。回りの兵士達は近衛隊に所属する言わばエリート集団であったが、今の攻防を全て見て理解した者は一部しかいなかった。殆どの者は連撃をお互いに放ち、間合いを取ったことしか分からなかった。
僕は全ての斬撃を相殺する事が出来ずに脇腹を掠める一撃を貰った。刃がない模擬剣であったが、あの速度で振るわれると十分殺傷能力があり、僕の服や皮一枚は切れて、脇腹からは血が流れてきた。僕とランスィート様の力や速度は、ほぼ互角といったところだった。先程の連撃を防ぐ為に後手に回ったが、捌き切れずに一撃を貰ってしまった。
「流石はお父様が見込まれた事はありますね。並みの方なら最初の一撃で何が起きた分からない内に終わりますのに。」
「いいえ、これもグレンさんのお陰です。いつも相手をよく見る様に指導して貰っています。それより、もう少し手加減をして頂けたら有難いのですが?」
「手加減ですか、貴方なら必要なくて良いのでは? 次は魔法も使わせてもらいますわ。」
ランスィート様はそう言うと目の前に肩幅位の火球を作り出し、僕に放ってきた。
ボォォォーーーー!!
ザシュ!
目の前に迫ってくる火球を剣で切り裂いた。
ボォォンンーーー!
切り裂かれた火球は爆発し、視界に爆炎が広がる。爆炎の中からランスィート様が飛び出してきて、間髪入れずに斬撃を放つ。
僕は爆炎が広がった際にこの攻撃を予測していたので剣で受けずに回避して、ランスィート様の背後に回ろうとしたが、すれ違い様にランスィート様は僅かに微笑んだように見えた。
次の瞬間には微笑んだ訳が分かった。
ランスィート様の背後にも先程と同じ大きさの火球が迫っていた。普通なら火球の直撃で終わっていた。
パキィィィーーーーーン!
時が止まった…の様な静寂に包まれる。
この時、何がどうして起きたか理解出来た者はいなかった。目の前で火球が防いだ訳でもなく、相殺した訳でもない。サークに当たる直前に火球が消え去った。通常では有り得ない事が起きた。
「…貴方、何をしましたの?」
ランスィート様の質問はここにいる全ての者が思っていることだ。僕は質問にどう答えようか迷ったが、思わぬ人物が乱入してきた。
「サークさん!」
乱入してきた人物に皆が気付き、一斉に頭を下げた。
「セシリア…様」
僕は危うく敬称を付けずに名前を呼びそうになり、慌てて頭を下げた。
「皆さん、顔を上げて下さい。突然の訪問、すみません。カルロ、サークさんと一緒に来て下さい。」
セシリアの登場で模擬戦は中止となり、僕とカルロはセシリアの所に行った。
「サークさん、お腹の処に怪我をされています。今、回復魔法を掛けますね。」
「いえ、大した怪我ではないですから大丈夫です。」
僕が遠慮しようとしたが、セシリアは回復魔法を唱えた。
「生命を司る光よ。彼の者の傷を癒し給え。」
傷が癒されていく。他人には当たり前の事でも、魔法の効かない僕には何か違和感がある。
「ここは他の方々がいるので、二人とも私に付いて来て下さい。」
僕達はセシリアの後に付いて行った。




