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貴族騎士の襲撃と、『教会の正義』

ルミナの穏やかな寝息を邪魔しないよう、私は音もなく木製ベッドから抜け出した。

 ブーツを履き、立て掛けてあった銀の大鎌を手に取る。扉を開けて外に出ると、朝靄に包まれた森のひんやりとした空気が肌を撫でた。


「……こんな森の奥まで、ご苦労なことだ」


隠れ家の前の小さな広場。

 そこに立っていたのは、十数人の精鋭騎士を引き連れた、あの傲慢な貴族騎士だった。白銀の鎧は朝日に照らされてギラギラと嫌な反射をしており、その腰には、昨日私が広場で粉砕したのとは別の、豪奢な装飾が施された新しい剣が帯びられている。


「よくも逃げおおせたな、狂犬め。教会の魔力探知網を舐めるなよ。……その魔女が放つ忌まわしい魔力の残滓を辿れば、隠れ家を見つけることなど造作もない」


騎士は鼻で笑い、私をゴミでも見るような目で見下してきた。


「魔女、だと?」

「そうだ。貴様のような冷血な『道具』が突然教会に牙を剥いたのだ。その魔女の呪いに当てられ、洗脳されたと考えるのが筋だろう。……安心しろ、私がその首を刎ねて、貴様の呪いを解いてやろう」


本気でそう信じ切っている騎士の顔を見て、私は深い溜息をついた。

 呆れてものも言えないとはこのことだ。


ルミナのあの小さな体には、痛々しい拷問の痕が無数に刻まれていた。

 彼女は、他人の傷を一瞬で癒す最高位の奇跡を使える。だが、彼女はその力を『自分自身』に使うことができないのだ。

 自分の痛みはそのままに、他人の痛みを引き受けることしかできない。そんな不器用で、底抜けに優しくて、自己犠牲の塊のような少女のどこが、人を呪う魔女だと言うのか。


「お前たちの目は節穴か。……いや、腐敗しきった教会に飼い慣らされている時点で、真実を見る目などとうの昔に失っているか」

「減らず口を。もはや貴様は異端審問官ではない。ただの反逆者だ。……総員、あの狂犬を殺せ! 隠れ家の中にいる魔女を引きずり出せ!」


騎士の号令と共に、十数人の精鋭たちが一斉に武器を構えて私に襲いかかってきた。

 三千の軍勢を正面から突破した私相手に、たった十数人で挑んでくる。その圧倒的な実力差すら測れない無能さに反吐が出るが、今はそれよりも腹立たしいことがあった。


「……静かにしろ」


私は大鎌の柄を軽く握り、地を蹴った。

 ――ヒュンッ。


「なっ……!?」

「どこに消え――がはっ!?」


精鋭騎士たちの視界から、私の姿が完全に消失する。

 彼らが私の超高速の移動を認識するより早く、私は彼らの背後に回り込み、大鎌の『柄』の部分で次々と鳩尾を突き上げた。


「「「ぐはぁぁぁッ!?」」」


刃すら使わない。ただの打撃。

 だが、私の膂力が込められた一撃は、分厚い鎧越しに彼らの内臓を激しく揺さぶり、十数人の精鋭を一瞬にして昏倒させた。地面に倒れ伏す重い金属音が、森の静寂を破る。


「……うるさいと言っているんだ。ルミナが目を覚ましてしまったら、どう責任を取るつもりだ?」


私は苛立ちを隠そうともせず、唯一立っている貴族騎士を睨みつけた。


「ば、馬鹿な……我が精鋭たちが、一瞬で……!?」


騎士は顔面を蒼白にし、カタカタと鎧を鳴らしながら後ずさった。

 昨日の中央広場での蹂躙を見てもなお、自分たちなら勝てると思っていたのだろうか。自分たちが信じる『教会の正義』があれば、悪に染まった裏切り者など打倒できるとでも?

 おめでたい頭だ。


「さあ、お前だけだ。……昨日と同じように、命乞いをして尻尾を巻いて逃げるか?」

「な、舐めるなァッ!! 私は誇り高きフローゼル家の長男! 教会の剣たる聖騎士だ!!」


騎士は怒りで顔を真っ赤に染め、腰の真新しい剣を引き抜いた。

 そして、空気を震わせるほどの魔力を剣身に纏わせ、真っ向から私に向かって斬りかかってきた。


「おおおおぉぉぉぉッ!! 聖剣・光破斬ッ!!」


大気を切り裂きながら迫る、眩い光を放つ必殺の一撃。

 並の戦士なら、その威圧感だけで身動きが取れなくなるだろう。

 だが、私にとっては――止まって見えるほどに遅く、そして退屈な一撃だった。


「……それが、お前の誇りとやらが放つ全力か?」


ガシィィィィンッ!!


「な……に……っ!?」


騎士は、目を限界まで見開き、絶望に顔を歪ませた。

 彼の渾身の魔力を込めた必殺の剣閃。それを私は、大鎌を振るうことすらせず、『左手の指二本』だけで、刃を挟み込んで完全に止めていたのだ。


「そんな……馬鹿な、馬鹿な馬鹿なッ!! なぜ、ただの教会の犬が、これほどの力を……ッ! 神の加護を受けた私の一撃が、どうして……!」

「神の加護? 笑わせるな」


私は指先に力を込め、騎士の自慢の剣を飴細工のように『パキリ』とへし折った。


「ヒッ……!?」

「神が本当にいるなら、なぜあの純粋なルミナを救わなかった? なぜ、お前たちのような腐った連中が正義を気取っている? ……教えてやろう、この世界に神なんていない。お前たちが崇めているのは、権力と金にまみれたただの幻想だ」


私は折れた剣の破片を投げ捨て、圧倒的な殺気と共に騎士の胸ぐらを掴み上げ、そのまま大木の幹へ乱暴に叩きつけた。


「がはっ……!!」

「……お前をここで殺すのは簡単だ。だが、ルミナが目覚めた時、家の前に血溜まりがあるのは教育に悪いからな」


私は大鎌の冷たい刃先を、恐怖で震える騎士の首筋にピタリと当てた。


「選ばせてやる。このままここで私の鎌の錆になるか。……それとも、無様に生き延びて、自分たちが信じていた『教会の正義』がどれほど腐りきったものか、その目で確かめるか」

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