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反逆の狼煙、大鎌の一閃

――明日の処刑台で、私は『死神』をやめる。

 お前を泣かせるこの理不尽な世界、すべてを血祭りにあげる『悪魔』になる。


昨夜、薄暗い牢獄で立てた誓いが、私の全身を熱く焦がしていた。

 無慈悲な太陽が照りつける中央広場。昨日と同じように処刑台に跪かされたルミナは、すでに満身創痍だった。それでも彼女の黄金の瞳は、決して絶望に染まることなく、ただ静かに運命を受け入れようとしている。


「さあ、忌まわしき魔女よ! 我が騎士団の気高き刃をもって、その罪深き魂を浄化してやろう!」


白銀の鎧を着込んだ傲慢な貴族騎士が、これ見よがしに豪奢な剣を抜き放つ。その後ろでは、権限を奪われた司祭が忌々しげに、だが醜い笑みを浮かべて見物していた。広場を埋め尽くす群衆は、今か今かと血の惨劇を待ち望んでいる。


狂っている。この空間にいる全員が。

 いや、今までこれに加担し、何も感じなかった私自身が一番狂っていたのだ。

 だが、もう違う。私の世界には今、たったひとつの絶対的な光がある。


「おい、教会の『道具』。そこから一歩も動くなよ。貴様らには過ぎた大役、私が自ら全うしてやる」


騎士は私を小馬鹿にしたように鼻で笑い、ルミナの首元へと剣を振り上げた。

 ルミナがそっと目を閉じるのが見えた。怯えではない。ただ、私になら命を預けてもいいという、無防備すぎるほどの信頼。


ああ、愛おしい。

 このふざけた世界で、お前だけが私のすべてだ。


「死ね、魔女!」


騎士の剣が振り下ろされる刹那。


「……はぁぁぁぁッ!!」


私は、身の丈を超える大鎌を全力で振り抜いた。

 狙うのは、騎士の首――でもなければ、ルミナでもない。

 彼女の華奢な体を縛り付けていた太く忌まわしい鋼の鎖、そして、騎士の刃だ。


ガァァァァァンッ!!


広場に、耳をつんざくような金属の破砕音が響き渡った。

 騎士の自慢の剣は粉々に砕け散り、強固なはずの鎖がまるで飴細工のようにあっけなく弾け飛ぶ。拘束を解かれたルミナの体が崩れ落ちるより早く、私は左腕でその小さな体を優しく抱きとめた。


「……え?」


目を丸くして私を見上げるルミナ。その呆然とした顔すらも愛らしくて、私は思わず口元を綻ばせた。


「な、ななな……何をしている、道具風情がァッ!!」


剣を砕かれた騎士が、腰を抜かしながら絶叫する。群衆も何が起きたのか理解できず、水を打ったように静まり返っていた。


「見ればわかるだろう。やめたんだ、こんなくだらない仕事は」

「き、貴様ッ! 狂ったか!? 異端審問官でありながら、魔女に魅入られおって!」

「魔女? 違うな。彼女は私の光だ。……お前たちが彼女を魔女と呼んで虐げるなら、私は喜んで、すべてを血祭りあげる『悪魔』になってやる」


私の静かな、だが確かな殺意のこもった宣言に、騎士は恐怖で顔を引き攣らせた。


「き、騎士団よ! その裏切り者を魔女ごと串刺しにしろ!」


騎士の号令とともに、広場を取り囲んでいた数十人の重武装した騎士たちが、一斉に殺気を放って襲いかかってきた。

 四方八方から迫る刃の壁。

 だが、遅い。止まって見えるほどに。


「ルミナ、少しだけ目を閉じていて」

「リゼット……さん……?」


腕の中の温もりを絶対に離さないよう抱き寄せたまま、私は右手一本で大鎌を軽々と振り回した。


「邪魔だ。消えろ」


――閃刃。

 空気を裂く音すら置き去りにした、白銀の斬撃。

 円月を描くように放たれた一振りが、襲いかかってきた前衛の騎士たちの鎧を、盾ごと紙のように両断した。


「「「ぎゃあぁぁぁぁッ!?」」」


血飛沫が舞い、鉄の塊が次々と吹き飛んでいく。

 圧倒的。蹂躙。

 私が一歩踏み出し、大鎌を振るうたびに、重装騎士たちがゴミのように薙ぎ払われていく。悲鳴と怒号が交錯する中、私はただ単調な作業のように敵を解体していった。

 

「ば、化け物……ッ!」


先ほどまで偉そうにしていた貴族騎士が、震える声で後ずさる。

 私は血塗られた大鎌を肩に担ぎ、ルミナを抱き抱えたまま彼を見下ろした。


「次は、お前か?」

「ひっ……!」


殺気だけで腰を抜かした騎士を放置し、私は群衆が蜘蛛の子を散らすように逃げ出した広場を悠然と歩き出す。誰も私を止められない。教会の最高戦力とは、こういうことだ。


「リゼットさん……私を助けてくれたら、あなたが異端になってしまいます……っ」


腕の中で、ルミナが震える声で心配そうに見上げてくる。自分が死ぬ寸前だったのに、まだ私の心配をしているのだ。本当に、呆れるほどのお人好し。


「構わない。お前と一緒にいられるなら、世界中を敵に回したっていい」

「そんな……」


私はルミナの額にそっと自分の額をコツンと当て、安心させるように微笑んだ。


「安心して。私に傷をつけられる者なんて、この世界にはいないから」


甘い言葉を囁きながら、私たちは大聖堂の正門を蹴り破った。

 さあ、ここから脱出すれば、とりあえずの安全は確保できる。

 そう思った矢先だった。


――ゴオオオォォォォン……!


街全体を震わせるような、重々しい警戒の鐘が鳴り響く。

 開かれた正門の向こう側。

 広大な大通りを埋め尽くしていたのは、太陽の光を反射してギラギラと輝く、鋼鉄の波だった。


「……総員、武器を構えろ! 異端者どもを一歩も通すな!」


前線から聞こえる野太い号令。

 その数、ざっと見積もって三千。教会の本隊である聖騎士団の全軍が、私たちの行く手を完全に塞いでいたのだ。


圧倒的な戦力差。普通の人間なら絶望で膝から崩れ落ちるだろう光景。

 だが、私の唇には自然と凶悪な笑みが浮かんでいた。


「ルミナ、しっかり掴まってて。……少し、派手にいくから」


大鎌の柄を握り直し、私は三千の軍勢に向けて、たった一人で駆け出した。

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