異端審問の終焉
「自ら『神』に成り下がるとは、手間が省けたよ。お前みたいな豚が『神』を名乗り、あの純粋なルミナを『異端』だと言うのなら。――宣言通り、私が『神』を殺す」
私が凶悪な笑みと共にそう言い放つと、巨大な肉の塔と化した教皇は、王都を揺るがすほどの怒りの咆哮を上げた。
「ほざけぇぇぇぇッ!! 矮小な虫ケラが、この神の力に抗えると思うなァァァッ!!」
教皇の無数にある眼球が一斉に血走り、そこから赤黒い瘴気の極太レーザーが雨霰と降り注いできた。
一撃でも触れれば、王都の城壁すら塵に変わるであろう破壊の光。それが数百、数千という数で私を更地にしようと殺到する。
「リゼットさんッ!!」
「大丈夫。……あんなの、止まって見える」
背後で心配するルミナの声に短く応え、私は地を蹴った。
銀の大鎌を片手で軽々と振り回し、迫り来る瘴気のレーザーをすべて『物理的』に弾き飛ばす。大鎌が描く白銀の軌跡が、私の周囲に絶対的な防御球を作り上げていた。
「バ、バカな……!? 神たる私の攻撃を、ただの金属の塊で……ッ!?」
「金属の塊? 違うな」
私は弾き飛ばした瘴気の爆発を足場にして、虚空を蹴り、一気に教皇の巨大な顔面――その中心にある最も醜い眼球の真正面へと跳躍した。
「これは、私がルミナを守るための『意志』だ。……お前みたいに、他人から吸い上げた力で膨れ上がっただけのハリボテとは、根本から違うんだよ」
私は両手で大鎌の柄を握りしめ、全身の魔力を刃へと注ぎ込んだ。
――限界突破。
いや、それすらも超えた、ルミナという光に出会ったからこそ到達できた、真のフルパワー。
銀の大鎌の刃が、天を衝くほどの巨大な白銀の光刃へと変貌する。その輝きは、赤黒い瘴気に覆われていた王都の空を、一瞬にして真昼のように照らし出した。
「ひ、ひぃぃぃぃッ!? やめろ、私は、神、だぞォォォ……ッ!!」
圧倒的な力の差を本能で悟ったのか、教皇が恐怖に顔を引き攣らせて触手で防御陣を張る。
だが、遅い。
「さっさと地獄に堕ちろ。」
私が大鎌を振り下ろした瞬間。
巨大な白銀の斬撃が、教皇の張った何十重もの触手の防御を紙くずのように両断し、その巨大な肉体を脳天から股下まで、完全に真っ二つに叩き割った。
「ガァァァァァァァァァァァァァッ!!??」
断末魔の絶叫すらも、斬撃が空気を切り裂く轟音に掻き消される。
真っ二つにされた教皇の体から、溜め込まれていた瘴気が爆発的に吹き出し、直後に浄化の光となって王都の空へと散っていった。
肉の塔は完全に崩壊し、教皇という存在は、文字通り骨の髄まで塵となって消滅したのだ。
ズドォォォォン……!! と、地響きを立てて瓦礫が降り注ぐ中、私はふわりと地面に着地した。
大鎌の魔力を解き、肩に担ぐ。
空を覆っていた瘴気の雲が晴れ、西の空から美しい夕陽が差し込み始めていた。
「……終わったよ、ルミナ」
振り返ると、ルミナが涙ぐんだ笑顔で、私に向かって全力で駆け出してくるところだった。
「リゼットさぁぁぁんっ!!」
小さな体が、勢いよく私の胸に飛び込んでくる。
私は大鎌を放り捨て、その華奢で温かい体を両腕でしっかりと受け止めた。
「すごいです、リゼットさん……っ。本当に、本当に……っ!」
「泣き虫だな、お前は。……怪我はないか? 怖くなかったか?」
「怖くなんてありません! だって、私の大好きな騎士様が、必ず守ってくれるって信じてましたから!」
ルミナは私の首に腕を回し、背伸びをして、私の唇にちゅっと可愛らしいキスをした。
途端に、私の顔から「最強の死神」としての冷酷さが抜け落ち、限界まで茹で上がったタコのように真っ赤になってしまう。
「る、るる、るみ、な……っ!?。皆が、見てる……っ」
「ふふふっ。リゼットさん、教皇様を倒した時より顔が赤いです」
周囲では、正気を取り戻した信徒たちや、フローゼル家の騎士たちが、私たちに向かって歓声と祈りを捧げていた。彼らにとって、私たちは間違いなく、この国を救った英雄だった。
だが、そんな称号はどうでもいい。
私にとっては、腕の中で無邪気に笑うこの少女の存在だけが、何よりも尊いのだから。
◆ ◆ ◆
その頃。
大聖堂から遠く離れた、森の奥深くを流れる川の岸辺。
激しい濁流の中から、黒い外套を着た血まみれの男が、ズルリと陸へ這い上がっていた。
「……ゲホッ、ガハッ……」
私の大鎌の直撃を受け、川へ転落した『師匠』だった。
致命傷を負い、暗殺者としての生命線であった右腕は完全に使い物にならなくなっている。だが、彼は常人離れした執念で、死の淵から生還していた。
彼は荒い息を吐きながら、王都の方角――夕陽を背にして立ち昇る、巨大な白銀の光の残滓を、静かに見つめていた。
あれは、先ほどリゼットが教皇を粉砕した一撃の余韻だ。
「……神すらも、一刀両断か。まったく、デタラメな威力を叩き出す」
師匠は、砕けた自分の双剣の柄を握りしめ、ふっと自嘲するように笑った。
「感情というエラーが、ただの殺戮人形を『人間』に成り下がらせたと思っていたが……とんだ勘違いだ。私の手で組み上げた『人形』は、今日で卒業というわけか。……立派になったな、娘よ」
自分を超え、神をも殺す存在へと至った教え子。
その事実に対する敗北感と、歪ながらも確かに存在する親としての『満足感』。
師匠はゆっくりと立ち上がると、もはや自分には用済みとなった黒い外套を脱ぎ捨てた。
「……好きに生きろ、リゼット。教会の残党どもが手出しできないよう、陰の掃除は、この壊れたポンコツが引き受けてやろう」
最凶の暗殺者は、誰に言うでもなくそう呟き、王都とは逆の方向――深い森の影へと、音もなく姿を消していった。
◆ ◆ ◆
「リゼット殿。ルミナ殿」
大聖堂の瓦礫の前で、フローゼル家の騎士が私たちに深く頭を下げた。
「貴女方のおかげで、この国は救われました。教会は私が責任を持って解体し、真に民を救う組織へと再建します。……どうか、王都に残って、私たちに力を貸していただけないでしょうか?」
彼の真摯な願い。
だが、私の答えは最初から決まっていた。
私は腕の中のルミナと顔を見合わせ、二人でクスリと笑い合った。
「……悪いけど、お断りだ」
第15話へ続く:死神と聖女のスローライフ




