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反撃の始まり、内なる協力者

師匠が暗い川の底へと消え、森に静寂が戻った後。

 ルミナの懸命な治癒の奇跡によって、私の背中を斜めに切り裂いていた致命傷は、傷跡一つ残さず完全に塞がっていた。


「……よかった。本当によかった……っ」


ルミナは私の胸に顔を埋め、まだボロボロと大粒の涙を流して震えている。

 自分自身は尋問の傷痕だらけだというのに、彼女は私の傷が治ったことだけを心の底から安堵し、泣いてくれているのだ。


「もう泣かないで、ルミナ。……ほら、私はこの通りピンピンしてる」


私は彼女の銀色の髪を優しく撫で、涙で濡れた目元を指先でそっと拭った。

 三千の軍勢を相手にした時も、最凶の暗殺者である師匠と刃を交えた時も、私は恐怖など感じなかった。だが、ルミナの悲しそうな顔を見るのは、どんな拷問よりも胸が苦しくなる。


「ごめんなさい、私……リゼットさんが死んじゃうかと思って、すごく怖くて……」

「死なないよ。お前を一人残して死ぬなんて、天地がひっくり返ってもあり得ない。……私はお前を一生養うって決めたんだから」

「ふふっ……また、そんなこと言って……」


涙声のまま、ルミナがようやく小さく笑ってくれた。

 その笑顔を見られただけで、私が負った激痛などすべてお釣りをもらって余りあるというものだ。


私たちが互いの温もりを確かめ合っていたその時、足元で明滅を繰り返していた伝声石から、再び切羽詰まった声が響いた。


『……白銀の死神よ、聞いているか』

「……ああ。聞いているぞ、フローゼル家の騎士」


私はルミナを腕の中に抱いたまま、冷ややかな声で応じた。

 先日、私が森でボコボコにして追い返したあの傲慢な貴族騎士。まさか、彼の方から接触してくるとは思わなかった。


「真実を確かめろとは言ったが、随分と早かったじゃないか。で、その結果が私たちへの泣きつきか?」

『……嘲笑ってくれて構わない。私は、いや、我が騎士団は……とてつもない過ちを犯していた』


通信越しの騎士の声には、かつての傲慢さは微塵もなかった。あるのは、己の信じていた世界が崩壊した絶望と、深い後悔だけだ。


『貴様の言葉通り、教会の地下深層を独自に探った。……そこにあったのは、神への祈りなどではない。地獄だ。教皇は、集めた莫大な「お布施」と、孤児院から引き取った子供たちを触媒にして、禁忌の儀式を行っていたのだ』

「禁忌の儀式……?」

『あの大罪人は、自らの肉体に魔物の因子を取り込み、人を超えた「神」そのものに成り代わろうとしている! あの魔女……いや、ルミナ殿を目の敵にしていたのは、彼女の純粋な「奇跡」の光だけが、そのおぞましい闇の儀式を浄化し、脅かす可能性があったからだ!』


なるほど、合点がいった。

 自分たちでコントロールできない規格外の力への恐怖と、儀式への妨害を恐れての異端認定だったというわけか。どこまでも腐りきった連中だ。


『教皇の肉体はすでに半分以上が異形と化している。今夜、皆既月食の刻に、大聖堂の地下に集められた数千の信徒たちの命を贄にして、儀式は完成してしまう。……頼む! この国を、無辜の民を救ってくれ! 私の力では、もう中枢の結界すら破れないのだ!』


騎士の悲痛な叫びが、森に虚しく響く。

 だが、私の心は全く動かなかった。


「……断る」

『なっ……!? なぜだ! 貴様ほどの力があれば――』

「勘違いするな。私が刃を振るうのは、ルミナを守るためだけだ。腐った国がどうなろうと、騙された信徒どもがどうなろうと、私の知ったことではない」


私は冷たく言い放ち、伝声石を踏み砕こうと足を上げた。

 私にとって、世界とはルミナのいる半径数メートルのことだ。教皇が化け物になろうと、この森の奥深くまで逃げて、ルミナと二人だけで生きていけばいい。わざわざ危険な死地に赴く理由などないのだ。


しかし。

 私のマントの裾を、小さな手がきゅっと掴んだ。


「……リゼットさん」

「ルミナ?」


見下ろすと、ルミナが真っ直ぐな黄金の瞳で私を見上げていた。

 その瞳には、かつて彼女が自らの命を犠牲にしてでも私を治そうとした時と同じ、揺るぎない意志の光が宿っている。


「子供たちが、泣いています。……私を信じてくれた人たちが、犠牲になろうとしています。私……見捨てたくないです」

「ルミナ、でも……教会の本拠地に行くなんて危険すぎる。私はお前を安全な場所で――」

「私も行きます。……リゼットさんが私のために世界を敵に回してくれたように、私も、誰かのために生きたい。そして……リゼットさんの隣で、一緒に戦いたいです」


ルミナは私の血塗られた右手を両手で包み込み、そっと自分の頬に寄せた。

 ああ……駄目だ。

 この光は、本当に優しすぎる。理不尽な目に遭わされてもなお、他人のために涙を流せる究極のお人好し。

 だからこそ、私はこの少女に狂わされたのだ。


「……本当に、お前には敵わないな」


私は深いため息をつき、毒気を抜かれたように笑った。

 そして、伝声石に向かって再び声を発した。


「おい、フローゼル。ルミナが助けに行きたいと言っている。……教皇の首一つ、私が刈り取ってやる」

『おお……! 感謝する、白銀の死神よ……! いや、リゼット殿!』

「ただし、正面の門から悠長に入るつもりはない。結界を迂回して中枢に繋がる、王族専用の地下隠し通路があるはずだ。そこの鍵を開けろ」

『分かった。私が責任を持って手引きしよう。大聖堂の地下水路の入り口で待つ!』


通信が切れ、石の光がふっと消えた。

 よくよく考えてみれば、教皇が真の化け物になれば、ルミナを狙う刺客は永遠に送り込まれ続けるだろう。ならば、ここで根源を絶ち切るのが、ルミナの安全を恒久的に確保する唯一の手段だ。


「行くぞ、ルミナ。……私の背中から絶対に離れないようにね」

「はいっ! 私の騎士様!」


私は大鎌を肩に担ぎ、ルミナを左腕でしっかりと抱き寄せた。

 目指すは王都の中心、腐敗の塔と化した大聖堂。

 日暮れの空は、すでに教皇が放つ禍々しい瘴気によって、毒のように赤黒く染まり始めていた。


◆ ◆ ◆


数時間後。

 騎士の手引きにより、私たちは誰にも気づかれることなく大聖堂の最深部、巨大な黄金の扉の前に到達していた。

 扉の向こうからは、数千人の信徒たちの悲鳴と、この世のものとは思えない教皇の悍ましい咆哮が響き渡っている。


「さて、派手な大掃除の始まりだ。ルミナ、少し音が大きいから耳を塞いでいて」


私はそう囁き、扉をぶち破るべく、銀の大鎌に限界突破の魔力を込め始めた。

 さあ、神殺しの時間だ。

第13話へ続く:腐敗の聖堂と、神殺し

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