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『この子が異端なら、私が神を殺す』

漆黒の刃が、ルミナの心臓を貫く。

 ――その刹那。


ピタリ、と。

 師匠の放った必殺の剣閃が、ルミナの真っ白な肌に触れるほんの数ミリ手前で完全に静止していた。

 刃の切っ先を、血まみれの指がしっかりと握りしめている。

 先ほど師匠の軍靴に踏みにじられ、骨が砕けたはずの、私の右手だった。


「……何?」


氷のように冷たかった師匠の声に、初めて『動揺』の色が混じった。


「馬鹿な。お前は肺を切り裂かれ、手は砕かれているはずだ。……なぜ、私の太刀筋に追いつける? なぜ、動ける?」

「さあな。……自分でも、よく分からない」


私は、折れた指で刃を握りしめたまま、ゆっくりと立ち上がった。

 背中の致命傷から絶え間なく血が流れ落ちている。痛覚はとうの昔に限界を超え、神経は焼き切れるように熱い。医学的に見れば、私はすでに死んでいるも同然の状態だろう。

 だが、今の私を突き動かしているのは、筋肉でも神経でもない。


「ただ……私のルミナを奪おうとするお前を、絶対に許さない。それだけだ」


ゴオォォォォォォォッ!!!


私の全身から、赤黒く、そして白銀に輝く圧倒的な魔力の奔流が爆発した。

 それは、教会の人間として私に掛けられていたすべての『リミッター』が、物理的に吹き飛んだ音だった。

 私が放つ覇気だけで、周囲の巨木が揺れ動き、森の大気が悲鳴を上げて渦を巻く。


「リゼット……さん……っ」


ルミナが、信じられないものを見るように私を見上げている。

 私は血まみれの右手で師匠の刃を強引に弾き飛ばし、足元に落ちていた『銀の大鎌』を拾い上げた。大鎌が私の魔力に呼応し、かつてないほどの激しい輝きを放ち始める。


「くっ……! たかがバグに、私の最高傑作がここまで汚染されるとは……!」


師匠は舌打ちをし、双剣を構え直して私と距離を取った。

 その目には、明確な焦りが浮かんでいる。


「目を覚ませ、リゼット! その女は神の理から外れた化け物だ! 神の秩序を乱す、忌まわしき異端なのだ!」


神の秩序。異端。

 その薄っぺらい言葉が、私の逆鱗に完全に触れた。


自分を犠牲にしてまで他人を癒やそうとする、この底抜けに優しくて尊い少女の、一体どこが異端だと言うのか。

 こんな理不尽を強いるのが神だと言うのなら。


「……違う。この子が異端なら、私が神を殺す!!」


魂の底から絞り出した咆哮と共に、私は地を蹴った。

 ――ドゴオォォォォォォンッ!!


私が踏み込んだ石畳の地面が、クレーターのように爆散する。

 速い。先ほどまでの比ではない。音すらも置き去りにした超極音速の突撃。


「なっ……!?」


師匠が目を見開く。

 私が振りかぶった大鎌の軌道は、もはや技術も何もない、ただの力任せの大振りだった。先ほど『三流のやることだ』と嘲笑われた、防御を捨てた一撃。

 だが、その速度と威力が、師匠の認識できる限界を遥かに超えていた。


「秘剣・絶影――ッ!!」


師匠は持てるすべての技術と魔力を注ぎ込み、漆黒の双剣をクロスさせて私の大鎌を受け止めようとした。

 何十年もかけて磨き上げられた、最凶の暗殺者の絶対防御。

 だが。


「消えろォォォォォッ!!」


ガガァァァァァァァンッ!!!


技術など、圧倒的な暴力の前にはただの紙くずだ。

 私が大鎌を振り抜いた瞬間、師匠の漆黒の双剣はまるでガラス細工のように粉々に砕け散った。


「が、はぁぁぁぁぁっ……!?」


大鎌の刃はそのまま師匠の胸を深々と薙ぎ払い、その体を数十メートル後方へと吹き飛ばした。

 師匠の体は森の木々を何本もへし折りながら宙を舞い、崖下を流れる濁流の川へと、血飛沫を引きながら真っ逆さまに落下していく。


「見事、だ……リゼット……。我が、娘、っ……」


狂気に満ちた歪な笑みを浮かべたまま、最凶の暗殺者は暗い川の底へと姿を消した。


「……はぁ、はぁっ……」


静寂が、戻ってくる。

 私の体から発せられていた魔力の奔流が消え去り、大鎌がカランと音を立てて地面に落ちた。

 限界突破の代償が、一気に押し寄せてくる。

 私の視界は赤く染まりグラグラと揺れ、足から力が抜け落ちた。


「リゼットさん!!」


地面に倒れ込む寸前、私を受け止めてくれたのは、ルミナの華奢で温かい腕だった。


「だめっ、死なないで! お願い、今すぐ治しますから……っ!」


ルミナはボロボロと大粒の涙を流しながら、私の背中の大怪我に両手を当て、ありったけの奇跡の光を注ぎ込んでくれる。

 彼女の温かい光が全身を包み込み、引き裂かれた肺も、砕けた骨も、嘘のように塞がっていく。


「ルミナ……無事、だったか……?」

「馬鹿っ! 私のことなんかより、自分の心配をしてください! なんであんな無茶を……!」


怒りながら泣いているルミナの顔が、とてつもなく愛おしい。

 私は血塗れの右手で彼女の頬をそっと撫で、微笑んだ。


「お前が……私のすべてだからだ。もう、誰にもお前を傷つけさせない」


ルミナはしゃくり上げながら、私の胸に顔を埋めて強く抱きしめ返してくれた。

 ようやく、本当に守り切ったのだ。


――しかし。

 私たちが互いの温もりを確かめ合っていたその時、足元に落ちていた一つの石が、淡い光を放ち始めた。


『……聞こえるか、リゼット・クロムウェル』


その光の石――軍用の『伝声石』から聞こえてきたのは、思いもよらない人物の声だった。


『私だ。先日、貴様に無様に敗北したフローゼル家の騎士だ』


あの傲慢だった貴族騎士? なぜ彼から通信が?


『貴様の言葉通り、教会の内情を調べた。……おぞましい真実だった。教皇は今、禁忌の儀式で自らを魔物に変異させようとしている』


通信越しの騎士の声は、重く、切羽詰まっていた。


『頼む、白銀の死神よ。真の化け物と化した教会を止められるのは、もはや貴様のその異常な暴力だけだ。……私たちの国を、救ってくれ』

第12話へ続く:反撃の始まり、内なる協力者

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