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「由美の話5」
他の男の話をしてしまい、
都合が悪いのか、
由美は一旦話しをそらして、
別の話をした後、また、昔の話しをしだした。
「話を元に戻すわね。
私、あなたが静かに階段をあがるのを感心して見ていたの。
そしたら、あなた、私の部屋の前にくると、
そこに荷物を置いて、
『じゃあ、また、連絡する。』
とそれだけ言うとさっさっと帰ってしまったの。
私、
そのとき唖然としちゃって、ろくにお礼も言えなかったの。
だから、
夜遅いってわかっていたけど、
あなたが家に着く頃を見計らってお礼の電話をしたわ。
そしたら、あなた、ただ一言、
『わざわざどうも。』
だって。
私、本当いってもっとなにか言って欲しかったわ。
でも、あなた、そう言ってすぐ電話を切らないで、
私が電話を切るまで受話器を持っていてくれたの。
つまらないことだけど、嬉しかったわ。
その時かな、
あなたに決めちゃおうかなって思ったのは」
由美はそう笑って言った。
「ふーん。そんなもんかね」
吉野はわざと素っ気ない返事をした。